第4話 名前ですか? はい…忘れられてました。


 

 腰まで伸びた青銀の髪――。緩く波打つそれは、空から落ちる光にキラキラと輝いていた。

 白い指先が鬱陶しそうに伸びた前髪をかき上げる。金属的な輝きを放つ金色の瞳が振り返り自分を見つめているのを、少女はただ茫然と見返す事しかできなかった。

 そこに佇む青年の周りだけまるで空気が違っていた。

 今まさに神が降臨されたような気がして、少女は思わず膝をつき祈りの姿勢を取った。

 そんな少女の姿に、青年は困ったような笑みを浮かべ形の良い唇を開く。

 「さて――……っ!?」

 甘く響くテノールの声音がそう聞こえた次の瞬間、ぷしゅ~…という間抜けな音が似合う様で、青年の姿は元の三歳児の姿へと戻っていった。


 「…………」

 恰好をつけて振り返り、神らしく威厳のある言葉で話をしようとした瞬間に元の姿へと戻ってしまった間抜けさに、それこそ顔から火が出るのではないかという思いをルフィアスはしていた。

 兼ねてからアリアからは神らしくしろ――としつこい位に言われ、他の神からも地上界では威厳は必要だ…と言われていた。

 所々怪しくなってしまいそうな所はあったが、召還されてからはずっと神らしくしてきたつもりだった。

 だから成長した姿で恰好をつけたのに、数秒で元の姿に戻るとはこれはあんまりではないだろうか……。

 恰好をつけて髪を上げていた手を下し、思わずルフィアスはその場で膝を抱えて座り込んだ。

 地上界では神力が弱くなる…と聞いてはいた。神界では問題なく使える力も、地上界では限界がある。だから地上界に行くことがあれば、絶対に大きな力は使うな――と、そう言っていたのはどの神だったか……。

 “信仰こそが、我ら神の力の源よ――”

 ああ…これはもしかしなくてもやってしまったかも知れない……。

 ルフィアスはいじいじと指先で地面にを書いていた。

 「あの…神さま……? どこか痛いのですか?」

 そう少女から声を掛けられ、ルフィアスは慌てて顔を上げた。

 そう言えば、昨夜からこの少女は自分の名前を呼ばない。“神さま”とだけずっと言っている。

 まさか――…と、ルフィアスはようやくここにきて彼女が己がどの神を呼び出したのか知らないのではないか…とそう思った。

 「君は…私の名前を知ってますか?」

 威厳の事などもうどうでも良くなり、彼は傍によってきた少女を見上げてそう聞いた。

 「え?」

 「いや…だからその…私の名前……」

 自分を指さす三歳児に、少女は困惑した顔で首を傾げる。

 「あの…創造神パルティア様では???」

 

 は??? はあぁぁぁ~~~っ!?


 思わず大きな声を上げそうになり、ぽかんと口を開いた顔でルフィアスは少女を見つめた。

 パルティアって誰っ!? どこの神様っ!?

 イリューシャにそんな名前の神様って居たっ!?

 いやいや…それにちょっとでもかするような名前の神様も居ないんですけどっ!?

 思わず立ち上がり、膝をつく少女の肩に手をかけて言った。

 「君の知ってる神様の名前を全部言ってみて下さいっっ!!」

 「え…知ってる神さまって……。この世には神さまはパルティア様しか居ないですよね???」

 思わず唇の端がひくつく。

 まさかの一神教――……。

 ガックリと膝をつき、ルフィアスは思わず項垂れた。

 道理で信仰が一向に集まらないわけである。

 元々ルフィアスは神として与えられた性質もあり、信仰そのものがそう集まるようなものではなかった。

 創造神ティアランディアからもそう言われていたから、ちっとも大きくならない聖域を少しも気にしてはいなかった。

 だが違ったのである。

 パルティアなどという偽神のせいで、このイリューシャの神々の名前が忘れられてしまっているのだ。

 いやいやこれはマズいっ。非常にマズすぎるっっ。

 丸く愛らしい顔を青ざめながら、ルフィアスは自分の眷属とした少女の名前を呼ぼうとした。

 そして再び項垂れ崩れ落ちる。

 昨夜から今に至るまで、彼は少女とその妹である幼女の名前を一度も聞こうとはしていなかったのだ。

 これは…アリアとたった二人で自宅警備員のような生活を送ってきていた弊害かも知れない。

 いかんいかん…と首を振り、ルフィアスは立ち上がって少女に聞いた。

 「君と、君の妹さんの名前を教えてくれますか――?」

 真剣な顔でそう言うルフィアスに、少女は妹を近くに呼び寄せてにっこりと笑って答えた。

 「私は、白狼族ヤーリスとマティアの娘でリュカと言います。妹はミーヤです」

 間抜けな神様に少女が教えてくれた名前は、古い白狼族の言葉で"幸福リュカ"と"ミーヤ"という親の愛が籠った名前だった。

 「リュカとミーヤですね。私の名は…」

 これを告げたら怯えられるかも知れない…とそう思いながら、ルフィアスは己の名を告げた。

 「ルフィアス――」

 大きく開かれた青い瞳を見つめながら、その輝きが曇らないでくれる事を思わず願っていた。

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神様は三歳児 日向 聖 @hyuga1225

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