第3話 大人ですか? いいえ、幼児な神様です。
人間というのは、状況に慣れてしまえば存外図太い生き物であったという事をルフィアスは思い出した。
自分が人間であった頃もそうであったが、人間というのは自分の置かれた状況に順応しやすい生き物である。目の前に居る存在がこの世界の一柱であると言われ、己の命を懸けた願いを聞き届ける為に神の眷属として生き返らせられたと言われた時には、かなりのパニックに陥っていたが、暫くして状況が飲み込め己のした事が
良いにつけ悪いにつけ、唯一生き残った家族を助けられるという事にホッため息ををつきついにぽろぽろと涙を流しながら感謝の言葉を口にしたのは昨夜の事であったというのに、今朝にはもう従者としての仕事を果たそうとするかのように、なにくれとルフィアスの世話を焼こうとしていた。
「ルフィアス様…申し訳ありません…っ。この様な物しかこの辺りには見当たらなくて……」
そう言って娘が差し出したのは、土で汚れた手に乗せられた小指の先ほどの小さな木の実だった。
五つほどの小さなその実を、娘は何のためらいもなくルフィアスに差し出す。
後ろに座る妹には、地中から掘り起こした木の根を咥えさせているが、灰汁が強いのか齧ると同時に幼女はそれを吐きだした。
差し出された手を見つめ、娘の顔を見やり、ルフィアスは初めて娘から送られてくる“信仰”という名の力を受け取った。
それは彼が神となって初めて受け取った“もの”であり、この“信仰”こそが自分たち神にこうして力を与えるのか…と実感する。
受け取ったキラキラとした小さな光のような力に、ルフィアスは微かに笑みを浮かべた。
それは存外悪くはないものであった。
差し出される赤い実に己の小さな指先で触れ、ルフィアスは【腹を満たすモノであれ】と言葉を言祝ぐ。
神として紡ぐ言葉は娘には理解できないようであったが、次の瞬間、その青い瞳は大きく見開かれた。
小指の先ほどの小さな実が、見る見る間に大きくなり差し出していた両手から零れ落ちる。
小さな木の実は、ルフィアスが良く知る真っ赤な林檎へとその姿を変えていた。
手に残った林檎を小さな両手で掴み、一口齧る。
シャクっとした感触に、瑞々しい甘さ。そしてふわりと香る懐かしい香りに、ルフィアスは瞳を細めた。
「残りは君たちで食べると良いよ」
落ちた林檎を慌てて拾い上げる少女は、驚いたようにルフィアスを見つめ、ありがとうございます…と小さく呟きゆっくりと頭を下げた。
声に僅かな震えが混じる。
込み上げる涙を何とか堪えようとしたが、上手くいかずついに少女は小さくしゃくり上げた。
「あ…りがと…ござ……ます……っ。あり…が……」
何度も例を言う少女に、ルフィアスは困ったように首を傾げる。
「礼は良いから、早くその子にも食べさせてあげると良い。ほら――…」
言った瞬間、少女の後ろで座り込んでいた幼女の腹から大きな音が鳴った。
「あ――…っ」
慌てて少女は妹を振り返る。
大きな林檎は、そのままでは幼女には食べづらいだろうと、ルフィアスはそっと小さな指先で林檎に触れた。
林檎は綺麗に八等分され、宙に浮いたまま幼女の元へと運ばれる。
甘い匂いに誘われるように、幼女は土の付いた手で林檎を取ろうとした。
「
慌てて浄化の魔法を掛けてやると、幼女のベタベタとしていた亜麻色の髪はふわりとした軽やかな髪へと変わり、汚れていた肌も白さを取り戻した。
亜麻色の髪の間から除く白い犬耳に、ルフィアスは「白狼族だったのか」と呟いた。
幼女はほんの一瞬驚いたようだったが、すぐに手を伸ばし林檎の欠片を両手に一つずつ取って食べ始めた。
「おいちっ。ねぇね、おいちーねっ」
幼女の言葉に再び泣きそうになった少女に、「ほら、君も食べるといいよ」そう言って浄化の魔法を掛ける。
少女は何度も礼を言いながら、シャク…シャク……と林檎を食べ始めた。
*************************
日が完全に昇り、そろそろ朝の七時を迎えようか…という頃、ルフィアスは「よっこらしょ――」と何とも爺むさい掛け声を上げながら座っていた瓦礫から立ち上がった。
「神様っ? どうかしましたか?」
幼女のトイレの世話をしていた少女は、木の陰から慌てたように顔を出す。
そんな少女に首を振り、ルフィアスはゆっくりと空を見上げた。
この世界イリューシャは、重なる三つの月と大きさの違う二つの太陽によって作られている。
時間はほぼ地球と同じで二十四時間で割り振られていた。
ゆったりとした白い衣の懐に手を突っ込み、小さな手にはかなり余る大きな懐中時計を取り出し、ルフィアスはふむ――と頷いた。
そろそろ出発すれば、何とか夜までにはこの森を分断するように走る川までは辿り着けそうであった。その川まで行ければ、小さな船を作り川を下っていく事ができる。
川を下れば、歩いて森を抜けるよりはかなり早くこの森を抜ける事ができるだろう。
だが、それには問題があった。
獣人である少女ならば何とか夜まで歩く事はできるだろうが、妹である幼女を抱きかかえていては流石に難しい。
ルフィアスは幼児であっても神ではあるので、少女の代わりに幼女を抱きかかえてやっても良いのだが、流石に今の己の身体のサイズでは無理があり過ぎた。
ふう――…と、諦めたようにため息を吐く。
できれば力を使うのであまりやりたくない方法ではあったが、仕方なくルフィアスは呪文を唱えた。
【世の理を避け、我は時を進む――。一足、二足進むと共に、時よ…サラサラと流れ…我の周りを
足元から神力を纏った風が舞い上がり、ルフィアスの青銀の髪を舞い上げる。
一足、一足進む毎にルフィアスの身体は大きくなり、やがて二十歳ほどの青年の姿へと変わった。
「ええええええええええええぇぇぇぇぇ――――ッッッ!!!!!!」
青色の瞳を大きく見開いた少女の絶叫が、再び静まり返った魔の森に木霊するのだった。
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