第2話
異世界物はロケーションしないでいいから楽だとか言ったのどこのどいつだ
① キミのとなりで
天井近くに設けられた格子から入る光が、床に壁に縞模様を描く。
神殿では奉納際も終わったというのに、理由も聞かされずその場に残されたアスペラの住民達が沈黙に耐えかねて世間話に花を咲かせていた。
隣接する長老院からの扉が開き、全員の視線が集まる。
足元からゆっくりと光に照らされるように現れたのは、儀式用の衣装に身を包んだキリュウだった。誰からともなく、あいさつ代わりとばかりに見慣れないその姿に威勢の良い声が飛び交う。
だが普段とは違い、その声に何の反応も見せない彼に一同は違和感を覚えると、キリュウの後に続くように、神殿に現れた純白のドレスを来た女性が目に入り、その場は水を打ったように静まり返った。
神妙な顔つきのキリュウと共に現れた見たこともない女性に、その場の全員がただ事ではない何かが始まるのだと固唾をのんだ。
「皆、身を正して括目せよ。ラザフォード王国王女の御前である」
物言わず現れた2人が全員の前に並ぶと、キリュウはいつもとは違う張りのある声で号令を出す。
広い神殿の隅々にまでキリュウの声は届いていた。だが、いかに身構えていたとはいえ、その突拍子もない言葉をすぐさま理解できた者はいなかった。
にわかにざわめき始めた場内で、注目を一身に浴びるカトリはキリュウに耳打ちするようにつぶやく。
「なんか、これ。話し始めていい雰囲気じゃないよね?」
「俺が言うのもなんだけど、こんな見捨てられたような所に国の要人がふらっと来るなんっておかしいと思わないか?」
「やっぱり、そこから説明しないとだめか……」
カトリは意を決めて、騒然とする人々を前に言葉を紡ぎ始めた。
「ご紹介に預かりました。ラザフォード王国、第5王女カトリーナ・アナスタシア・ラザフォードと申します」
ミラに徹底的に叩き込まれた王女らしい余所行きの声で名を名乗るカトリ。
今朝になってその正体を明かされたキリュウは、すぐに信じられずに狼狽えたが、彼女が述べた国と同じ自身の名には、当たり前だが実感せざるを得なかった。
「本日は、アスペラの皆さんにお願いがあって参りました。王女とはいえ、継承順位は後ろから数えた方が早いくらいなので、あまり畏まらないで聞いてください」
親しみやすく、それでいて丁寧な口調を心掛けたつもりのカトリ。しかし、アスペラの住民達の様子は畏まるというよりもむしろ、カトリの存在自体を怪しんでいた。
実情はどうあれアスペラは、キリュウの言う通りラザフォードの僻地も僻地、領主にすら見捨てられた土地にある集落である。そこに半ば不法占拠にも近い形で住み着いている彼らは、本来なら他に行く当てのない難民たちとその子孫なのだ。
仮にカトリが本当の王女だとすると、彼らからすれば目もくらむような別世界の人間が突然現れ、しかも自分たちにへりくだった物言いをしているのである。
まだ一方的に命令された方が理解できるというもので、目の前に現れた王女を名乗る人間のことを受け入れられないのだ。普段のキリュウの行いを知っている彼らからすれば、途方もない悪ふざけではないのかと疑う者すら少なくなかった。
「すぐに信じろって方が無理な話なのかもな」
今度はキリュウからカトリに耳打ちする。
アスペラの住民を代表するようなキリュウのつぶやきはもっともな話であった。
「俺ならもっと大勢家来を連れて来て、問答無用で信じさせるけどな……」
「お願いする側がそんな高圧的だったら、それはもう強制でしょ!?」
「強制も何も、そもそもこの国はオマエらのもんみたいなものだろ?」
「この国が誰のものかってなら、全員のものだよ」
「じゃあ、オマエらは何のために居るんだよ!」
「王ってのは国を、アンタたちを守るためにいるんだよ!!」
気が付けば周囲の視線も気にせず2人は顔を突き合わせ、大声で口論していた。
だが、期せずしてこの醜い言い合いはアスペラの住民達の態度を変えるきっかけとなったようだ。少なくとも人を品定めするような疑いの目は消え、いつしか皆が素直に話を聞こうと身を正していた。
カトリは人々の態度の変化に首をかしげる。
「オマエが言う通り、本当のオマエの言葉があいつらに伝わったんじゃねえの?」
王女だからといって畏まるなと言っておきながら、当のカトリが王女として正しい振る舞いをしようとし過ぎて、かえってぎこちなくなり、アスペラの住民が理解できない存在になっていたということか。
そもそも、王ならいざ知らず、カトリのような末席の王族など、こんな僻地の人間までもが知っているはずがない。
例えカトリがその頭に王の証たる冠を頂いていたとしても、王冠を頂く者が王なのだということを国中の者が知っていなければ王は王たりえない。王の権威なんて所詮は他の人間が作り出すものであって、本人に証明能力などないのだ。
そうなると、王族だと名乗るよりもカトリ本人の熱意や真剣な態度のほうが、アスペラの住民たちには敬意を払える存在として映ったというわけである。
本音でぶつかったとはいえ、カトリにしてみれば皮肉なものだったが。
「失礼。取り乱してしまいました。そのお願いというのは、是非アスペラという集落のことをもっと教えて欲しいのです」
「ほら、また堅苦しくなってる。オマエはオマエなんだろ?」
キリュウはあの時カトリに言われたことを、そっくりそのまま返して見せた。
彼にとってもあの一言は反論のしようがないほど、自分に深く突き刺さっていたのである。
本心では決して悪い気持ちではないし、キリュウにとってあの一言はカトリという人物の懐の深さをこれでもかと印象つけていた。しかし、それでも何も言い返せないままでいるのは彼の性格上、耐えられなかった。
キリュウに背中を押されるままに、カトリも大きく息を吐いて、意識を変える。
「えっとね。わたしももうすぐ大人として扱われるようになります。一応元服だか成人だかそういう儀式があるのね……。って、そういうんじゃないから!」
話の腰を折るように耳打ちするキリュウに、カトリは真っ赤になって肘を入れる。
何を言われたのかはおおよそ想像が付くが、アスペラの住民からすると、王女とキリュウの関係が不思議で仕方がなかった。
「んで、多分わたしは臣籍降下。要するに王族から降りてただの貴族として政治家になる道を選ぶと思う。でも実際、ほとんどの貴族は庶民のことなんて何にも知らないんだ」
まさに、アスペラを見る価値もないと断じた貴族にあったばかりである。しかしカトリの言葉は見捨てられたアスペラの住民にとって、意外でも何でもなかった。
むしろ続くカトリの言葉の方が不思議に思えてしまうほど、この国の庶民と貴族の間には大きな隔たりがあるのだ。
「わたしは、世間知らずのまま政治家になんかなりたくない。むしろ見捨てられた集落があるなら、この目で現状を知るべきだと思ったわけ。でも、実際に来てみたらどう?」
丘の上から見た整然としたアスペラの街並み。住居を見ても祭りを見ても、様々な民族が暮らしていることが手に取るように解るというのに諍いどころか、各地の文化を組み合わせて、ひとつの新しい文化を生み出していた。
「キミたちは凄いよ。多分ウチの政治家たちにはこんな村は作れない。だからどうかお手本にさせて欲しい。わたしにアスペラの暮らしをもっと教えてほしい!」
包み隠さず、正真正銘語るカトリにアスペラの住民たちは、一様に頷いていた。そもそも彼らには王女を敬う気持ちなど対してあるわけでもない。
しかし、その王女が見捨てられたはずの自分たちに頭を下げ、しかも尊敬してくれているというのだから、拒否する理由は何もなかった。
「今気づいたんだけどさ。ってことは、オマエあれか。アスペラの新人としてしばらく暮らすってことか?」
「ん?」
「いいぞいいぞ。働き手なら大歓迎だ!」
「いや、ちがっ。わたしはあくまでも視察ってことで……」
「遠慮するなって、アイツらが拒否するなら断ろうと思ってたけど、生活を知るなら一緒にはたらくのが一番だろ!」
カトリの話を聞こうともしないキリュウによって、王女カトリは見捨てられたアスペラにおいて、ひとりの農民となってしまった。
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