⑨ 夜に咲く


 これのどこが見る価値のない、見捨てられた村だと言うのだろう。

 日はとっくに暮れたというのに、巨大な焚火と松明で煌々と照らされた広場には数々の屋台が立ち並び、ますます盛り上がりを見せるアスペラの夜祭だった。


「いいのか、あのバアさんは大反対してたぞ?」

「いいのいいの、私たちはこのために来たみたいなもんなんだから」

「オマエさっきから食ってばかりじゃねえか。って、さっき吐いたばっかなのに良くそんなに食えるのな」

「美味しいものは別腹なのだよ」


 カトリは周囲を顧みずに大きな口を開けて、心底美味そうに屋台料理を食べた。

 生産者として、その姿をみて悪い気はしないが、いったいあの細い身体のどこに入っていくのか、そっちの方が気になって仕方がないキリュウだった。


「今更なんだけども、こんなに食べてお金は払わないでいいの?」

「ホント今更だな。別に太らして食ったりしねえから遠慮してねえで食えよ」


 経済が物々交換で成り立っているアスペラでは、たとえ長老やその補佐官であろうとも、その仕事が無ければ農作業に参加する。全員で働いて全員で食べるというのが基本らしい。


「そのうえ今日は祭りだろ。食った飯はどこぞの神に捧げるって意味になるからな」

「それは素敵。ずっとここに住んでいたいくらい」

「いいんじゃね? 別にコッチは構わないぜ」


 冗談半分で漏らすカトリを、何も躊躇うことなく受け入れるキリュウ。

 それには冗談を言ったカトリの方が驚かされた。さっきの盗賊への対応といい、こんなにも住みやすそうな場所に他人を受け入れることに対して、彼らには抵抗がないのだろうか。

 いくら、元々難民がつくった集落だからと言って、あまりにも何も考えてなさそうなキリュウの態度が理解できないカトリだった。

 

「そもそも、なんで私たちのこと聞こうとしないの?」


 次々と投げかけられるカトリの疑問をキリュウは最後まで聞き、やはり何も考えていないといった口調でこう返す。


「聞いて欲しいの?」

「普通は空飛んだりしたら驚くでしょ!?」

「さっきも言ったけどよ、元々の事情が事情だし、たとえソイツにどんな過去があっても、少なくとも話が通じるなら来る者拒むつもりはないってのが俺の方針。人が多ければできることも多くなるしね」


 負担よりも利益を増やす自信があるということか。カトリが感心していると、聞き覚えのある野太いながらも甘ったるい声がやってきた。


「キリュウちゃ~ん。どうかしらさっき完成したばかりの新作よん」


 カトリが恐る恐る振り向くと、そこには肩に派手なストール巻いた、一度見たらそうそう忘れようのない濃ゆい大女。いや、大男が跳ねていた。

 カトリはつい顔に出して驚いてしまったが、対するハニー長老もカトリを見て一瞬たじろぐ。お互いの様子にぎこちない空気が立ち込める。


「それって、ココの伝統衣装か何かですか?」


 彼が自慢する新作ストールを良く見ると、何枚もの小さな布を縫い目も丁寧に張り合わせて作られた巨大なパッチワークだった。ふとカトリは夜になって、周囲の人々も似たような布を体に巻き付けていることに気が付く。


「これはですね。集落の結束を高める……、宗教上の……」


 カトリを前にして女言葉でもなく、姿通りの男言葉でもなく、しどろもどろの変な言葉づかいになってしまう長老。カトリとしてはキリュウのように雑に扱われるのはどうかと思うが、かといって特別扱いして欲しいわけではない。


「あの、私も普通にしゃべるので、ハニーさんもどうか普通に……」

「とんでもない。キリュウ、カトリさんのことくれぐれもよろしくね」


 面倒ごとを押し付けるように、長老は焚火のある広場へと去っていく。キリュウは何をよろしくすればいいのかと呆れた顔をしてカトリを見た。


「過去のことは聞く気はないけど、オマエ、ウチの長老に何したんだ?」

「もしかして、アンタ何も聞いてないの?」


 キリュウの態度で答えは聞かずとも解った。カトリは意地悪く口元を緩ませる。

 

「何もしてないよ。ホントダヨ」


 

※※※



 気が付けば、満月は空高くにあった。


 賑やかな夜祭も次第に落ち着きを見せ、だんだんと夜らしい静かさ訪れる。同時に楽しさの反動か、もう祭りも終わりなのかと心の中にも夜がやってくる。


 残り僅かな祭りの熱を求めるように、いつしか皆、焚火を取り囲むように集まっていた。

 

「さあ、皆、もう夜祭もこれで終わりだ。十分楽しめたか!?」


 ヤグラに登ったキリュウが広場に向かって声をだす。

 いつしか戻って来たリッカの案内で特別にヤグラに登ることを許されたカトリはその様子をすぐ後ろで見ていた。


「本当のシメは明日だけれど、まぁ、明日のはね……」

「アナタがつまらないって思ってるだけでしょ!」


 人垣の最前列でハニー長老がキリュウの言葉尻に答えると、周囲がドッと湧く。

 アスペラの祭り自体は明日の昼まで続くが、今日のような賑やかな祭りとは打って変わって、明日は全員正装でのまじめな儀式。それも終われば、当たり前のように冬が来るまで毎日、野良仕事が続く。

 これが楽しい非日常の最後だということは何も言わずとも皆知っているのだ。


「ってなわけで、今年も最後にパーッといこう!」


 キリュウの声をきっかけに、皆、身体に巻いていた色とりどりの大きな布をほどき、両手に広げはじめた。色使いなどは各自バラバラだが、長老のストールもこのために用意したものだったようだ。



 すると誰からもなく、カトリ以外の全員が胸に手を当て、目をつぶり、黙想しはじめた。カトリも当初は何も解らなかったが、郷に入れば郷に従えとばかりに、静かに頭を垂れる。


「オマエさ。さっき聞いたよな……」


 パチパチと焚火の音だけが夜のアスペラに響くなか、キリュウが小さく呟く。どうやらその声は自分に向けられているのだと気付き、カトリはゆっくり目を開けた。


「普通は空なんて飛ばねえとか言ってたよな?」


 キリュウは後ろを振り返ることなく呟き続けるが、目はずっと祈り続けるアスペラの人々を見渡している。そして、掛ける言葉もなく、ただその様子を見ていたカトリの髪をなでるように、ふわりと風が過ぎていった。


 風が焚火の熱を届けたのか、不思議と心地よい温もりが少しずつ、ほんの少しずつカトリの全身に伝わってきた。

 風もほんの少しずつ、強くなっていく。



「確かに。もう空なんて飛べなくなっちまったけど……」



 キリュウの声が、まるで強い風にかき消される。

 その風に思わず目をつぶり、カトリが再び開けると……



「目に焼き付けときな。今日、この日にしか見られないアスペラの奇跡だ!!」



 カトリは知っていた。


 その力は、誰にでも与えられるものではない。才能が無ければいかな努力も意味がなく、努力せねばいかに才能があろうとも使える物ではないということを。

 その力は、ある者にとっては幸福を築く神の奇跡であり、また、ある者にとっては破滅を呼び寄せる悪魔の誘惑であることを。

 その力は、決して万能ではない。だが、それでも誰もが憧れを抱かずにはいられないということを。



 キリュウに押されるようにカトリがヤグラから身を乗り出すと、眼下には皆が身に着けていた色とりどりの布が、地面から吹きあがり続ける強い風を受けてあたかも花畑のように狂い咲いていた。

 

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