⑧ ホントのエコロジー
日没の鐘と共にアスペラの夜祭がはじまっていた。
焚火を囲うように広場に集まった出店。普段なら既に各々の家で明日の支度をする人々も、今日ばかりは陽気に飲み食い、踊り歌って盛り上がりを見せる。
そんな人々の喧騒を遠目に、月明りに照らされ、屋根の上で相対する2人がいた。
1人は深くフードをかぶり、突然の乱入者に身構える不審人物。格好のせいで性別も分からないが、先に落とされた2人の不審者に比べて、体格はまだ小さく子供のようだ。
そしてもう一方は、わりと深刻な状況にもかかわらず、敵よりも、軒下から飛んでくる邪魔な声に悩まされるカトリ。
「でも逆光でよく見えない! リッカ、松明!」
「こんな時に真面目な顔で何言ってるんですか!」
「アイツ捕まえたら次はお前だからな!!」
宙に浮いたままスカートを押さえるカトリは、あまりにうるさい外野の声に、それだけは言わずにいられなかった。
「カトリさん、こっちは黙らせるので気を付けて!」
リッカの応援に向かいの家の壁を蹴って、屋根の上に戻ると、戦略などお構いなしに身構える不審者に向かって蹴り込んだ。
その大振りは最少の動きで避けられたが、天地を無視したカトリは、あらゆる角度から流れるような動きで次々に蹴りを入れ、圧倒的に攻める、攻める。
その勢いに、防戦一方になる不審者だったが、不安定な足場にもかかわらず、全て避けてゆく。カトリの予想に反し、一筋縄ではいかないようだ。
「反則かもしれないけれど……」
間合いを取り、息を整えたカトリは右手で不審者を指さしたまま、左手で素早く陣を描きはじめる。
その様子にそれまで自ら攻めてくることはなかった相手も間合いを詰めるが、時すでに遅し。
「フロート!!」
カトリの掛け声とともに、駆け寄る足が次第に屋根を離れ、不審者はバタつきながらも宙に浮かびあがった。
不審者は宙に浮きあがってからもしばらく、両手両足を使ってもがいていたが、蹴るものがなくては満足に身動きすら取れない。
観念した様子の不審者をそのままフワリと地面に下ろして、待ち構えていたキリュウに引き渡した。
※※※
当初の予定では敵を徹底的に痛めつけ、キリュウがもう二度と軽口を叩けないよう、自分の恐ろしさを見せつけようとしたカトリだったが、結局は3人とも無傷で捕まえてしまった。
結果的に不審者を難なく捕まえたことでキリュウ達を驚かせることになったのだが、縛りあげた3人を前にして発せられたキリュウとリッカの言葉に、カトリの方が恐怖することとなる。
「俺は生まれついての農民じゃねえけど、農業って大変だぞ。そもそも重労働だし、お天道サンの機嫌は自分勝手だし、なにより食いモン作らねえと、自分のメシが無いからな……」
「ある意味、命がけですよね」
「なのに収穫物だけ盗ろうとか考える奴がいるってどうなの?」
「いやいや、この人たちも命がけで盗もうとしたんですよきっと」
ミラが待つ家から漏れる光を背に浴びながら、キリュウ達は自分たちの苦労を語りだす。しかし不審者3人とカトリにとっては何のことやら。その様子をただ聞いているしかない。
「じゃあ、失敗したらどうなるんだろうな」
「私たちの場合は蓄えがなくなったら、死んじゃうしかないですねぇ……」
「しかも腹減って死ぬなんて、どんだけ苦しいんだろうな」
餓死とは感覚が違うだろうが、1食抜いただけでも空腹で力が出なくなる。不審者3人が何を考えているかわからないが、カトリは何も食べる物がなくなり、力尽きていく様子を考えてゾッとした。
しかし、それよりも数段恐ろしい言葉が、少なくともキリュウよりは常識人だと思っていたリッカの方から飛び出す。
「そういえばキリュウくん。盗賊の血で育てたトマトは赤くて美味しかったですね」
「ああ、あれな。カトリも美味いって褒めてたよな。でもこの前捕まえた盗賊も、あんなに威勢がよかったのに、ひと月もしないでくたばったからなぁ……」
「えっ、ウソだよね?」
「カトリさん、私たちはみんな命を食べているんですよ……」
半分だけ照らされたリッカの含みをもった笑顔に、あのトマトの味が蘇る。
思わず、建物の陰に隠れて食べたばかりの夕飯と共に吐き出すカトリ。その様子に、さすがの不審者たちも怯えはじめた。
「さて、アスペラ長老院筆頭補佐官としてお前たちに2つの道を提示しようか。ひとつは、大人しく俺たちの畑の肥料になる道」
「よかったですね。トマトは終わったので、ひと月もじわじわ血を抜かれるようなことはありません。大人しく小麦畑に埋まるか、バラバラにして豚のエサです」
「ちょ、ちょっと待って!」
口を拭いながらカトリが戻ってくる。
「まだ何もやってないのに、厳しすぎるでしょ」
「カトリさん、これはアスペラの問題なのです。口出し無用でお願いします」
リッカに止められるカトリを無視して、キリュウは口早に残されたもうひとつの道という奴を提示した。
「そして、もうひとつの道は……、心を入れ替えて、ウチで働くか?」
その言葉には、カトリも不審者3人も耳を疑った。
しかし、あれだけ脅かされてしまえば、他に選びようがない。
3人の意思を確認すると、大満足のキリュウはリッカに指示して、縄で縛ったままの不審者たちをどこかへ連れて行かせる。
「まさか、全部嘘なの?」
「あれだけ怯えさせておけば、真面目に働くだろ。お前も中々のもんだ。無傷で捕まえられないと後が大変だからな」
無駄ゲロを吐かされる形になったカトリだったが、キリュウの言動に怒るのも忘れ呆然とした。
「ウチは元々、難民の村だろ。食うに困って襲ってくるような奴なら、見捨てちゃいられねぇってのが長老の考えなのさ。ま、しばらくは保護観察だけどな」
「懐が深いというか、なんというか……」
「処置が甘いとは思うが、俺もリッカも長老に拾われた身だからな」
昼に会ったあの様子を見ていると、あの人物の言葉らしいが、罪人も受け入れようとするアスペラという集落には驚かされる。
見捨てられた村が何故こんな状況になっているのか、ますます興味が湧くカトリだった。
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