⑦ 祭りの夜は無法地帯
「お勤め、ご苦労様です」
帰ってきたカトリに頭を下げるルークだったが、その後ろには明らかに夕飯を食べた形跡が見て取れる。
「ほー。君たちはもう夕飯食べちゃったんだ」
自分が返ってくるまで飯も食わずに待っていろとまでは言わないが、お前の代わりに行ったんだぞとばかりに、カトリは嫌味をぶちまける。
もちろん、キリュウにいいように丸め込まれた腹いせもかねて。
「ルーク、あんたひとっ走り門扉を閉じてきて」
「そんなの、カトリ様にだってできるでしょうに」
「ダメ。ご飯食べないと力が出ない」
そう突き返して、ミラに夕飯を用意させる。機嫌の悪さをこれでもかと態度で表すカトリには、さすがのルークも軽口を叩こうとはせず、自分が壊した門扉を閉めに家を出た。
自分が作り出したとはいえ、沈黙が重たかった。
夕飯を乱暴に口の中に放り込む様子を、ミラは何を思って聞いているのだろう。
「この村はお金が使えないんだってさ」
「カトリ様、食べながら喋ってはいけません」
さすがに八つ当たりが過ぎたか。根負けして話題を提供するカトリだったが、そんな状況でも堂々とカトリの行いをたしなめるミラ。
ばつの悪さも相まって普段なら反発するカトリも、少しは空腹が紛れたこともあり、大人しく言いつけを守り、呑み込んでから一連の出来事を説明した。
「アスペラだって一応は王領の一部なんだから、なんでお金使えないんだろう」
「それはだな……」
開けっ放しの窓に、憎たらしい男の顔が浮かんでいた。
驚いたカトリは、思わずスープの入った食器を投げ飛ばしそうになったが、隣にたたずむ既に見慣れた女の顔に気が付き、ぐっとこらえる。
「ミラ、食事中の家を覗くのは良い行いなの?」
「私的には覗かれるということが、どういう嫌悪を抱くのか解りかねますが、一般的にはどうなのでしょうかね」
「ほら、キリュウくん、ちゃんとお邪魔しようよ」
リッカに引っ張られるように窓から2つの顔が消えると、改めて正面玄関から入ってきた。
「どうも、夜分お邪魔します」
「なんだ。夜祭には行かないのか。ウチの祭りは凄いぞ」
礼儀正しいリッカに対し、お構いなしのキリュウ。
彼らとは出会って間もないカトリであったが、初対面の印象もあってか、何故かキリュウの存在そのものがいちいち、カトリの気持ちを逆なでる。
「何か用?」
「カトリ様、本来お邪魔しているのは我々の方ですよ」
そう言われればその通りなのだが、プライベートな空間にずかずかと入ってこられるのは気に食わない。しかもキリュウは意外にもミラには礼儀正しく、それもまたカトリには癪にさわった。
「この家は元々空き家だし、ウチの長老が提供したなら、今はアンタらの家さ。好きに使ってくれよ。何か足りないモンがあったら遠慮なくな」
「痛み入ります」
目が見えないゆえに例の洗礼を受けずに済んだミラには、キリュウは言葉遣いこそ悪いものの好青年という印象を持っているようだ。
「でだ、金の価値なんて、何と交換できるかどうかで決まるんだから、そもそもこんな辺境じゃ交換する相手もいないし、あんま必要ないわけよ」
「わざわざ、そんなことを言いに来たの?」
「貨幣に関する講義でもしようか?」
カトリも強情だが、キリュウも敢えて火に油を注ぐタイプの人間らしい。
とことん相性の悪い二人の掛け合いを静聴していたミラには、まだ相手を小馬鹿にする余裕があるキリュウに対して、素直に悪態を付こうとするカトリは分が悪い様子が手に取るようにわかった。
ルーク相手のときの様にはいかない相手ですよ。と、思わず声を掛けてしまいそうになる。
「ああ、ひとつ言い忘れてたことがあった」
口喧嘩を一方的に止めたキリュウは、真面目な表情に切り替えて報告する。
「アスペラの恥の部分だから、平に申し訳ないとしか言いようがないんだけどな。もう少ししたら夜の鐘が鳴る。そしたら無用な外出はしないで欲しい」
「なに、なんか悪いことでもするつもり?」
「そうそう、祭りの夜はそこらじゅうでギッタンバッコンしてるからな」
散々、いいようにあしらわれたカトリが、ここぞとばかりに口を挟むが、やはり一枚上手のキリュウはカトリに二の句を継がせない。
「い、いやいや、そういう風習はここにはありませんから!」
赤面するカトリに、アスペラを代表して訂正するリッカ。
「実は、あまり大きな声で言いたくない話なのですが、最近ちょっと治安が良くないんです」
「アスペラの住民はいい奴ばかりなんだけどな。どこからか、最近ここの景気がいいって話を聞きつけた夜盗が出回るんだわ」
辺境の見捨てられた集落というのが聞いていた話だったが、景気がいいうえに、それを狙われているだなんて、完全に予想外だった。
しかし、カトリにとっては、キリュウをへこませる格好の批判材料でもある。
「ちょっと、アスペラ大丈夫なの?」
景気の話は敢えて聞かないふりをして、意地の悪いことを言う。だが、意地の悪さではキリュウも負けてはいなかった。
「街道側の門扉さえ閉めておけば、簡単に入って来れないんだけどな。誰かが指示して壊したから、今晩はわからないな」
「夜盗ですか……」
静かに成り行きを聞いていたミラが口を開く。
「例えば、今この家の屋根の上に居るのは、夜盗なのでしょうか?」
刺々しい言葉の応酬ばかりではなく、親しくなったがゆえの言い争いが一瞬で止み、全員の視線がミラに集中したかと思えば、誰からともなく天井を見た。
ギシリ。
冗談だろうと頭のどこかでは思いつつ、静寂の中でしか気づけないような、かすかな軋む音が、あたかも本当にそこに誰かが居るかのように存在感を増す。
「ちょっと見てくる」
小声で告げると、物音を立てないように素早く家の外に出るカトリ。
その姿を追いかけるキリュウとリッカだが、2人が外に出るとカトリは既に翻る様に宙を飛んでいた。
平屋はいえ、優に大人二人分はある屋根に、苦も無く飛び上がるカトリ。その脅威的な身体能力に顔を合わせて驚くキリュウ達だったが、屋根の上から聞こえるカトリの声に、思わず声をのんだ。
「やあ、今日は良い夜だね」
カトリは誰よりも長い付き合いのミラが、そういう冗談を言わないと直観的に気づいていた。だからこそ、最初から居ると踏んで屋根の上に立った。
青白い月の明かりに照らされるように舞い降りたカトリに驚いたのは屋根の上にいた三人組も同じだった。
「まさかこんなところで特殊なプレイを楽しもうとかそういう人じゃないよね」
何を言っているのかと、状況が読めない不審者。同時に軒下で頭を抱えたキリュウが叫ぶ。
「いいから降りてこい。危ないことするんじゃない!」
その声を合図とばかりに、屋根の上にいた不審者のうち2人が襲い掛かってくる。
しかし、カトリは間合いを取るように軽く後退するだけで、まんまと屋根から落とした。
「ホント、こんなところで戦ったら危ないよね」
屋根の延長線上の何もない宙に浮いたままのカトリが、足を踏み外して落ちた2人を眺めてしみじみ語る。
カトリに向かって襲い掛かったつもりなのだろうが、カトリにとってみれば足場なんて関係ない。にもかかわらず、どこまで屋根が続いているのかも確認しないで、ただ相手との間合いを詰めようと襲い掛かれば、不意に落ちるしかなかった。
落ちてきた不審者は受け身を取る間もなく、地面に叩きつけられ、動けなくなったところをキリュウ達に縛られている。
「おい、もういいから降りてこい!」
キリュウの声を無視して、一人残った不審者と対峙するカトリ。正直、こんな辺境を狙う夜盗なんかに負ける気はしない。
「そんなに心配しないでも大丈夫だって。それに、今日のストレスをこの人で発散させてもらわないと……、こっちがおかしくなりそうだよ!」
ついでに目の前で自分の強さを見せつけることで、散々馬鹿にしたキリュウがもう二度と、口答えできないようにしようとまで計算するカトリだった。
「いや、でも……、お前、下からスカートの中、丸見えだぞ!!」
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