③ ハレとソレ、あと妥協
何もない日なんてものはなく、少なからずこの世の時間は平等に進む。
にもかかわらず、普通の日と何かある日には、確かな違いがあるようだ。どこかで聞いた言葉で、それはハレとケとか言うらしい。
滅多にないからこそ、ハレの日には前夜から興奮して眠れない。
自分のそういう幼い部分について、それは良い自分なのかはたまた悪い自分なのか、彼自身、今もなお判断しきれなかった。
「キリュウくん……?」
ともすれば、身体を動かさずにはいられないような、源流の不確かな高揚感。
素直に情熱に突き動かされる自分も嫌いではない。
だが、そうやって思いのままに行動して、後から恥じることも多い。
掻き立てられるようなはやる気持ちを落ち着かせ、今日をどう過ごすべきなのか。
自分自身を見つめなおすため、彼は夜が明ける前から神殿に籠っては、自問自答を繰り返していた。
「そんな形相で神様なんて睨んで、何かあったの?」
神殿と言っても、村人全員が集まれる広さがある以外は、むしろ他の建物よりも簡素なくらいで、華美な装飾もなければ目立った家具もない。
ただ薄い木の板のうえに、村人と共に何処からか流れ着いたという、形も大きさも素材すら不揃いな神像がいくつも並べてあるだけの集会所に他ならない。
しかしその光景は、こんな僻地に流れ着かざるを得なかったような人々を、来る者拒まずの精神で寄せ集めた結果でもある。
それなりに長い時間をかけて大事にされてきた場所というだけあって、床に座して無数の神像を眺めているだけで、ざわつく彼の心を静めるには十分だった。
「もう、みなさん準備できてるよ」
「リッカ、ちょっと黙ってて……」
言いかけた文句を諦め、リッカは彼の隣に腰を下ろして、同じように目の前の神像を見つめることにした。
しばらくして厳めしい面持ちで神像を見つめていたキリュウが口を開く。
「リッカさ、神様って何なんだろう」
「いつから神様を信じるような殊勝な心掛けができるようになったの?」
その質問に答える前に、リッカにはどうしても確認しておきたいことがあった。
彼ら自身、信仰は自由であると考えていることもあり、信心深い他の村人に敢えて言うことはなかったが、幼いころから彼のことを知っている彼女は、キリュウが他の村人とは違って、神なんて存在をこれっぽっちも信じていないことを知っていた。
「別に、今も信じてるわけじゃないけど。皆の心をまとめる存在ってことなら、俺もあのヒトたちのことは嫌いじゃないよ」
ヒトじゃないと思いますが、と前置きしてリッカも自分の意見を述べる。
「キリュウくんの神様は皆の重心なんですね。私も神様は人類全員の架空の友達か架空の師匠のようなヒトだと思ってますよ」
「何それ?」
「1人でいると寂しいし、誰にも相談できないって辛いじゃないですか。だから皆が持ってる架空の相談相手ってことです」
「そういや母さんも似たようなこと言ってた気がする。どっちにしろロクな神様じゃないな……」
「あの人は、神様大っ嫌いでしたからね。少し前まで、理解できないものは全部神様のせいでしたから、学者としては許せなかったのでしょう」
2人とも期せずして思い出した懐かしい人を思い描く。しかし、そんな感傷に長く浸る間もなく、突然、建物の外から強い太鼓の音が神殿内に轟きはじめた。
「さあ、キミが主役なんだから早く行かないと!」
結局、彼は何を言いたかったのだろうか。リッカは羽織を直して颯爽と神殿を出るキリュウに声を掛けようと思ったが、その様子を見て諦めた。
大地を揺るがさんばかりの太鼓のリズムは、彼の静めたハズの心を否が応にも再燃させる。
「もう知らん、なるようになれだ!!」
飛び出した神殿の前には、彼を待っていたとばかりに村人全員が堂々と腕を組んで揃っていた。
全員の瞳がそれを見るキリュウと同じように熱く輝いている。
「みんな待たせた!! 今日は祭だ!! みんなが信じてる神様は違うかもしれないが、豊作祝いに精一杯騒ぐぞ!!!」
神殿前の広場の左右に設置された巨大な太鼓が、キリュウの言葉を煽るかのように一層大きな音で打ち鳴らされた。
※※※
「だから、そんなに激しく動いちゃダメーーー!!!」
キリュウ自身が心配していたことは、見事に的中した。
何ら打ち合わせも練習もしていないにもかかわらず、自然と一体感をなしていくリズムと掛け声。人間の根っこの部分を刺激するような空気に突き動かされ、いつのまにやら木を組んだだけの粗末な輿の上に登っていた。
そこまではリッカも静観していたのだ。
しかし、熱気かはたまた解放感か、一枚また一枚と衣服が脱ぎ捨てられていき、ついに最後の良心すら天に舞ったとあっては、静観しているわけにもいかなくなった。
この際、キリュウのことはどうでもいい。
しかし、ある地域では豊穣の象徴と神聖視されるとは聞くが、どう考えても倫理的に反するブツを村のいたいけな子女たちを守らなければ。
考える間もなくリッカもキリュウの輿に登ると、揺れる輿に加え、我を忘れて踊るキリュウに翻弄されるソレを扇子で隠しながら、正気に戻れと叫び続けていた。
「ンアーーーー!!! ソバヤトーフヤ!!!」
しかし、祭りのテンションと共にキリュウの動きは激しさを増すばかり。
キリュウと同じく半ば狂乱状態の村民にしてみれば、頭の上でブラブラされていても、あまり気にならないらしいようだが……。
リッカも無駄な努力を諦めようかと思った頃。
開かないハズの門扉が開くとともに現れた、見知らぬ少女にその奇祭っぷりを目撃されてしまった。
この乱痴気騒ぎの集団は放っておく以外の方法がない。しかし見知らぬ彼女の方は放っておくわけにもいかない。
その場で唯一まともな精神を持ち合わせていたリッカは輿から飛び降り、キリュウ一行がどこかへ消えていくのを見送ると、何事もなかったかのように少女に声をかけた。
「えー。 ようこそ、ここはアスペラの村ですよ!」
「ななな、なんなのアレは!?」
初対面にも拘わらず、襟首を掴まれるリッカであったが、とても言い訳ができるような状況ではない。
なので、もみ消すことにした。
「アレ? はて、何のことでしょうか?」
「だから、あの……、その……、な! アレ!」
「カトリ様、私からも詳しくご説明頂けますでしょうか?」
しどろもどろになりながら、真っ赤な顔で説明を試みるカトリ。だが、聡明なカトリは説明を諦め、まんまとリッカの言葉に乗っかった。
「おお、そうか、ここがアスペラか。わたしたちはラザフォード各地を旅してまわっている者なのだが、是非、村長殿に滞在の許可を頂きたい!」
奇妙にして後ろ向きな利害関係の一致であった。
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