② 奇妙な川と謎の門
丘を下ると堤防がどこまでも続いていた。
それ自体は丘の上から集落を見渡して理解していたが、丘の下に立った時、カトリは不思議な違和感に気がついた。
「何か?」
カトリに手を引かれてたミラは、それゆえに、言葉になる前のカトリの微かな気持ちの変化を感じ取る。
「この場所、何か変。どこが変だかわからないけど……」
「確かに普通じゃないですよ。丘を下ったかと思えば、また堤防があるなんて無駄もいいとこじゃないですか」
そこは丘と堤防に囲まれた、浅く広い谷のような場所であった。しかし、最低限だが樹木は刈られ、轍が残っているということは、それなりに往来がある正しい道なのだろう。
「それはそうなんだけど、もっと変な感じ。何だろう」
2人の話を聞いていたミラには思い当たるフシがあった。
「ルーク。貴方、堤防に登って御覧なさい。恐らくですが、カトリ様の感じ取ったのは、コレかと存じます」
「人使い荒いなぁ……」
文句を言ったところで待遇が変わるわけもなく、しぶしぶルークは両手をついて器用に急斜面の堤防を登っていく。
「あんな鎧着たままで、あいつホント体力バカだ」
「カトリ様、お口が悪いですよ」
カトリ達が見上げるなか、大人の背丈にして4、5人分はあろうかという堤防の上に登りきったルークが身を乗り出して足元のミラに聞く。
「ミラさま。これからどうすればよろしいのですか!?」
「そこに川は流れていませんか?」
「ハイ。それはもう、なみなみと!」
「カトリ様。そういうことですよ」
そういうことと言われても、すぐには何のことか解らなかったが、少し考えて手を叩いた。
「そういうことね!」
見上げる程の堤防に、なみなみと川が流れている。ということは、今カトリ達が立つ場所より高い場所に水面があるのだ。カトリが感じ取った違和感の正体はまさにそれであった。
しかし、同時に違和感は謎へと変わる。
「でも、なんでそんなに高いところに川が?」
水は低いところを流れるという常識に反している。まさか、アスペラの賢者は水の流れすら操れるとでも言うのだろうか。
さすがのミラも答えのない疑問に黙っていると、空から情けない声がする。
「あの……、もう降りてもよろしいでしょうか?」
※※※
ルークが見た限りでは堤防の上に橋はないらしい。したかなくそのまま谷を道なりに進むと、今度は堤防の横に大きな門扉が作られていた。
目印として歩いてきた馬車の轍はまさにその門扉で断ち切られている。
「今度は門!?」
「それが何か? そんなに驚くことでしょうか?」
門扉を見ただけで驚くカトリを、ここぞとばかりにルークが笑い飛ばす。なんでもそのまま受け止められるのは素直というか、愚直というか。
「いやいや、だって、堤防の中に門だよ。水はどこに行ったの?」
カトリの心配を他所に、何の疑問を抱くこともないルークは大きく息を吸うと、巨大な門に手をかけて、全身で押しはじめた。しかしというか、案の定というかそれだけでは門はピクリとも動かない。
それでもカトリは万が一の事態を想定して、自然とその様子を遠巻きに見守れる場所に避難した。
「もし堤防の底まで水があったなら、アレを開けたらどうなるか、あのバカは気付いてるんだろうか……」
まあ、轍が途切れていることから考えれば、大丈夫だとは思うが……。
「あれってわたしたち部外者が勝手に開けちゃっていいものだと思う?」
「大丈夫でしょう。開けるのは私共ではありませんし」
2つの意味で十分身の安全が守れる場所から、ルークが孤軍奮闘する様子をおざなりに見ていてふと気が付く。
「そういえば、門番が見当たらないな」
これだけ立派な、しかも集落の入り口だとすれば、門番の1人や2人は屯しているのが普通だろう。そもそも、あの巨大な門扉は普段どうやって開けるのだろうか。
カトリが感じた新たな疑問の答えを夢想していると、ひとしきり無駄な汗をかき終わったルークが諦めて二人の元に戻って来た。
「ルークでも開けられないってことは、カンヌキでも掛かってるんじゃない?」
しかし、ルークは話も聞かずに鎧の金具を何本か抜いてカトリに手渡すと、あれほど騎士の誇りだと豪語していた鎧の一部を分解しはじめた。
「あれー、誇りは?」
「誇り……、より……、プラ、イド、です!!!」
カトリの冗談にも反応せず、滅多に見せない真剣な顔になったルークは、息も絶え絶えに汗をぬぐう。そして、自分の荷物の中から大きな包みを開いくと、顔ほどの大きさのパンを一息に口に入れ、水筒の水を乱暴に飲み干した。
「カトリさま、本気。出させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
よろしいかと確認をとるルークだが、ダメだと言っても聞く耳は無いようだ。既に握り拳をバキバキと鳴らし、真っ赤な顔で鼻息も荒くなっている。
「ミラさ。これって許可したら、わたしも共犯になる感じ?」
「歳のせいか、最近、耳が遠くなりましてね。嫌になりますわ」
微かな川のせせらぎだけで水面の位置を把握していたにしては、都合のよい耳だ。
しかし幼い頃からの教育で、とうの昔に逆らう気持ちは折られている。カトリは、やり場のない怒りと共に、ぐっと言葉をこらえるしかなかった。
かと思えば、まだ許可もしていないというのに、ルークは天高らか上げた片足を踏み下ろし、地響きを立てている。準備は万端だと言わんばかりだ。
「ああ、もう。どうにでもして……」
その言葉を許可と受け取ったルークは、鎧で制限されていた筋肉をこれでもかと膨らませると、門扉にがぶり寄り、力任せに押し出した。
「こんな……田舎の……、扉……、ひとつ……、あけ、られ、ないで。何が……、騎士……です、か!!!」
軋む音とともに門扉がゆっくりと開かれていく。
どうやらカンヌキは無く、純粋に重たく作られているだけのようだ。
開いた門扉に背中を預けて座り込むルークを置いて、恐る恐る中を覗き込む。
しかし、飛び込んできたのは、丘の上から見た豊穣の大地でも、ましてや伝え聞く賢者でもなく……
「キリュウくん、ダメええぇ! そんなに動かないで! 激しすぎ!!!」
「オラオラオラオラァ! まだまだぁ!!!」
「イヤァアアアアア! そんなに近づけないで!!!」
「ンアアー!!! フロヤノニカイィ!!!」
「ダメダメ! もうダメッ!! 私どうにかなっちゃう!!!」
「な、何ですか! この卑猥な声は!?」
耳が悪いと言っていたはずミラが、立ち尽くすカトリにその光景を問い質す。
「ぷらんぷらん、してる……」
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