#27 被害者

 5月31日。既に日は暮れている。僕は一旦ゲームの手を止め、ランキングを確認した。


戦闘力ランキング

1位 リナ  791877pt

2位 ハルト 790463pt

3位 cube  736589pt


デュエルランキング

1位 リナ   4836pt

2位 ハルト  4822pt

3位 零    4558pt


 来た。遂に……遂にトップに躍り出たぞ。思った以上にギリギリだった。ハルトのポイントは、結婚指輪が外れて戦闘力が下がった事以外は、変化が無いところを見ると、どうやら奴はもうDOGをやっていないようだ。リナがネカマだと知って、抜け殻にでもなったか? だとしたら狙い通りというわけか。そして3位以下とのポイント差も充分。もはやリナの独走状態と言えるだろう。まあ念のため、残り時間もフルで活動するつもりだが。cubeや零が、何か隠し球を持っていて、土壇場で追い上げてくる可能性も、無くはないからな。


 思えばここまで来るのは、本当に長い道のりだった。僕は今まで数々のネットゲームをプレイし、その度にネカマとなって男達からアイテムを貢がせ、無課金プレイを貫いてきた。常に上位に食い込んできたが、決してトップを取ることは出来なかった。だが、それも仕方の無い話だ。学校には真面目に通っていたし、いくら他のプレイヤーに貢がせているといっても、自分のためだけに重課金する上に、毎日が日曜日であるニート達に、勝てる道理などはない。現に、ウルフが引退しなければ、今でもトップは間違いなくウルフのままだ。


 卒業単位を取り終え、就職も決まった大学生は、人生で最も自由な時間のある時期だ。だからこそ、今度こそ僕は持てる力と時間を全てDOGに注いだ。強力なパトロン達との出会いや、ウルフの引退など、様々な幸運に恵まれ、僕は今ここにいる。僕はずっと、頂点に飢えていた。絶対の自信を持っていた空手も、インターハイでは準優勝に終わった。人一倍負けず嫌いなのに、1位というポジションを経験したことが無かったのだ。それを今回遂に成し遂げた。


 それもこれも、ハルトのおかげだ。奴と出逢わなければ、ここまで来ることは出来なかっただろう。もっとも、最後に僕の前に立ちはだかった壁もハルトだったがな。なんとも皮肉な話だ。改めて時計を見ると、午後8時を指していた。あと4時間で5月が終わる。即ち、リナの……僕の勝利が確定する。


 電話が鳴った。誰だ…………知らない番号だな。僕は携帯を手に取った。


「はい、もしもし」


『…………もしもし、ダーリン?』


 ちっ、理奈か。ずっと無視していたから、番号を変えてかけてきたのか。まあ、出てしまったものは仕方が無い。この際、ここではっきりと別れを切り出してやろう。これから先も、番号を変えて電話をかけて来られても面倒だしな。


「ああ、理奈か。久しぶりだね」


『うん。元気にしてた?』


「まあね。なあ理奈、何も言わずに音信不通にして悪かったけど、はっきり言って僕はもう……」


『分かってる。もうあたしのこと、好きじゃないんだよね。別にそれを責める気はもうないの。あたし、そこまで未練がましい女じゃないから、安心して』


「そうか、悪いな。だったら、何の用で電話してきたんだ? わざわざ番号を変えてまで」


『ハルトの事で、どうしてもダーリンに伝えたいことがあるの』


 ハルトの…………? 何故今更理奈の口から、ハルトの名前が出てくる?


『でも、電話だとちょっと言いづらいっていうか、説明しにくいの。とにかくとても大事な話だから、直接会って話したい』


「…………分かった。ただし、あまり時間は取れないぞ」


『ありがとう。じゃあ、以前ダーリンと一緒に行った、貴州駅近くにある、カフェ・コーギーで待ってるね』


 貴州駅なら車で行けばすぐだ。それほど時間はかからずに帰ってこられるだろう。リナの1位が確定する0時には立ち会いたいからな。僕は財布と携帯と車のキーを手に、部屋を出た。マンション敷地内に停めてある、自分の車に乗り込んでエンジンをかけ、カフェ・コーギーに向けて発進させた。


 それにしても、大事な話とは一体なんだ? 今でも同じ店で働いているのだとしたら、当然理奈は毎日のようにハルトに会っていることになる。奴に何か、不穏な動きでもあったのか? たとえば僕に何か復讐しようと……。だが、奴に何が出来るというのだ。いや、何も出来るはずがない。まあいい……理奈に会えば分かることだ。しかし、理奈もつくづく馬鹿な女だ。散々利用して捨てた男に、尚も尽くすとはな。拾っておけば、意外とまだ利用価値があるのかもしれない。


 カフェ・コーギーには駐車場がない。近くのコインパーキングに、車を停めて降り立った。相変わらず寂れた町だ。駅近くだというのに、人通りが極端に少ない。昼間はまだ商店街が開いていて多少の賑わいがあるが、夜だと不気味なぐらい静かだ。まったく、もう少しまともな待ち合わせ場所はなかったのか。


「…………リナだな?」


 ────!? 後ろを振り返ると同時に、顔面に衝撃が走り、視界が大きく揺れ、背中が地面に叩きつけられた。見上げると、7~8人ぐらいの男達が、僕を取り囲んでいた。中には金属バットを持っている奴もいる。何だ、こいつらは。


「よう、会いたかったぜカレン」


「俺にはナツミって名乗ってたよな」


「マユって名前にも覚えがあるだろう」


 僕が過去にネカマで使っていた名前……。こいつら、まさか……! 僕は瞬時に立ち上がり、目の前の男に拳を放った。その拳が届く前に、後ろからバットで殴られ、後頭部に激痛が走る。


「散々人をコケにしやがってよぉ!」


「金返せてめえ!」


「ざけてんじゃねえぞ!」


「死ねやコラァ!」


 うずくまる僕の体に、容赦なく靴のつま先や金属バットが襲いかかる。痛みがピークに達した後、徐々に意識が薄れてくる。そんな中で、僕はこの状況について考える。理奈の呼び出しで僕はこんな場所に来て、ここに僕が今まで騙してきたパトロン達が待ち構えていた。理奈が糸を引いているのは明らかだが、パソコンやネットに疎い理奈に、僕の今までのパトロン達と、コンタクトを取れるとは思えない。理奈の後ろにも、誰かがいる。こいつらを結びつける唯一の手段は、K子のネカマブログ。それを最近、僕は自らハルトに曝した。タイミングが良すぎる。ハルト…………これは……貴様の仕業か。僕の意識はそこで途切れた。



 *



 俺達3人は、早乙女薫が男達にボコボコにやられる様を、暗くて目立たない場所に停めてあるバンの中から、身を隠しながら眺めていた。空手の達人といえど、あの大人数で武器を持った男達に襲われれば、勝ち目はない。男達は動かなくなった早乙女薫を、通行人に見つからないように、早乙女薫の車の後部座席に放りこんだ。その中の1人が、ちゃっかり早乙女薫の財布をポケットから抜き取ったのを、俺は見逃さなかった。まあ、金なんか実行部隊の者達で、好きに分け合ってくれればいい。それまでの様子を見ていた広は痛々しそうな表情で、レナは何を思っているのか分からない無表情だ。結局俺は、レナを信じた。一か八かの賭けだったが、結果的にはそれが正解だった。


 俺はあれから、K子の被害者を募るためのホームページを立ち上げた。DOGの被害者達は、俺も知っている者が多かったから、割と簡単に集めることが出来た。だが、それだけでは不十分だ。かといって、早乙女薫が前にやっていたゲームの被害者達を集めるのは難しかった。名前が全て伏せられていたので、ゲーム内でそいつらと連絡を取ろうにも、それは不可能だったのだ。


 そこで俺と広は、手分けしてそれらのゲームの関連サイト……例えば攻略サイトやブログなどに、片っ端からK子のネカマブログを貼りまくった。被害者の目に止まるように、できる限りの多くのサイトにだ。その結果、俺達の予想を遥かに上回る勢いで、人が集まったのだ。よほど多くの恨みを買っていたと見える。散々貢いだ相手が突然音信不通になっただけでなく、そいつがネカマだと知ったんだから当然と言えるだろう。


 俺が学生課で入手した早乙女薫のファイルを、そのまま被害者の会のホームページに貼り付けた時には、凄まじい盛り上がりを見せた。近場に住んでいる者は、自分の手で制裁を加えられると喜んでいた。遠方にいる者も、住所さえ分かれば何かしらのアクションは起こせるだろう。明日にでも、早乙女薫宛にたくさんのプレゼントが届いてもおかしくない。その辺の判断は、各個人に任せてはいるから、抗議の手紙だけで済むか、爆弾が送りつけられるかは分からないが。


 俺の当初の計画では、早乙女薫のマンションの前で待ち伏せして、奴が出てきたところを、今のように複数で袋叩きするという、ただそれだけのシンプルなものだった。しかしこれには、いくつかの問題点があった。第一に、マンションの前では人目に付きやすい。都合良く誰もいないタイミングで出てきてくれる保証はない。第二に、いつ出てくるか分からない。ここ最近のリナのログイン時間を考えると、おそらくほとんど外には出ていない。こんな不確定要素だらけでは、せっかく被害者を集めても、積極的に参加しようという者はいない。


 だが、レナに呼び出しをさせることで、問題は一気に片付いた。決まった時間に、確実に、人のいない場所に敵が現れることが分かっていれば、行動を起こせる者もぐんと増える。その結果、俺の提示した案に乗った者の数は、見ての通りというわけだ。だが、最大のメリットは他にある。それは……「間に合った」ということだ。早乙女薫、俺は知っているぞ。お前が最も嫌がることをな。


「だ、大丈夫かな。まさか、死んでないよね?」


 広がオドオドしながら聞いてくる。


「多分大丈夫だろ。こんなのは序の口だ。これからもっと面白いことになるのを、連中だって知っているんだ。殺したりしたら、せっかくのお楽しみがなくなってしまうからな」


「ああ……白鳥君には、最後の仕事が残ってるんだよね」


「そんな大げさなものじゃないけどな。でも、奴にトドメを刺すことが出来るのは、俺だけだ」


「そうだね。…………ていうか桃山さん、大丈夫? やっぱり元彼が痛めつけられるのを見るのは辛かった?」


「……ふふ、ぜーんぜん。愛想尽きたって言ったでしょ。自業自得、いい気味よ。次は外見ばかり気にしないで、もうちょっとまともな男を選ぶわ」


 こいつに選ばれた男は、いろいろ苦労しそうだな。俺も彼女を作るなら、見た目よりも中身をよく見てからにしよう。…………いや、俺には関係のない話か。広がバンを発進させ、俺達はその場を後にした。

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