#25 グル
今日も俺は朝からずっとパソコンの前にいる。といっても、DOGをプレイしているわけではない。リナに復讐するために、着々と準備を進めているのだ。広も今頃同じ事をしているだろう。しかしこの下準備も、リナの正体と居場所を掴めなければ、当然ながら意味がない。あれから1週間経つ。探偵は1週間ぐらいあれば充分だと言っていた。そろそろ吉報が欲しいところだが……。そう思った矢先、電話が鳴った。富岡探偵事務所……! 俺は弾かれたように電話を取った。
「もしもし! はい、はい……本当ですか! すぐ行きます!」
女の居場所が掴めた。やった……流石に高い金を取るだけあって、プロはやはり違う。俺はすぐに広に連絡を取り、成功報酬の15万円をしっかりと胸にしまい、部屋を飛び出した。見てろよあの女……。リナはもちろんだが、出方次第ではお前もただじゃおかないからな。心の中で燃え盛る怒りの炎を抑えながら、事務所前で広と合流し、共に足を踏み入れた。所長の富岡が、柔和な笑顔で俺達を出迎える。
「どうもこんにちは。今お茶を出しますので」
「いえ、そんなことより、早くその女のことを!」
「分かりました。そちらにおかけください」
俺と広がソファーに腰掛けると、目の前のテーブルに調査報告書を並べられた。かなり事細かく書かれている。
「これを全部読むのは大変なので、要点だけ説明します。まず彼女の名前は、桃山理奈。歳は23歳で……」
「えっ、理奈?」
俺と広、2人同時に声を出した。何だよ……リナは本名だったのか。K子は自分の彼女の名前を、ゲームのキャラにしてたってわけか。
「はい。住所は県内のM市T町133番地の、パピヨンマンション1901号室。勤め先はO市の高級キャバクラ、ジュエリーキャット。そこの指名率ナンバー1キャストで、源氏名はレナです」
「はあっ!!?」
今、何て言った? 馬鹿な、そんなはずはない。そんなことが……あるはずは…………。
「ど、どうしたの白鳥君。でかい声出して」
「……俺、そのジュエリーキャットで働いてんだよ」
「えっ、コンビニじゃなかったの? ていうか、それで何で気付かないのさ……」
広の驚きと非難の混じった視線から目を逸らすように、俺は富岡に詰め寄った。
「と、富岡さん冗談は止めてくださいよ。だって、全然別人じゃないですか……やだなあもう、はは……」
富岡は何も言わずに、俺が預けた写真と、自身が撮ったと思われる写真をテーブルに並べ始めた。通勤途中のレナを、隠し撮りした写真のようだ。
「まあ、すっぴんと厚化粧ですから、素人目にはかなり分かりづらいので、無理はありませんがね。鼻や口や耳の形や位置などを、よーく見比べてみてください。更に、目の下と耳たぶにある小さなホクロ。完全に一致しています。間違いなく、同一人物です」
俺と広は写真に思いっきり目を近づけ、間違い探しをするように見比べた。
「……ほ、ほんとだ。白鳥君、間違いないよこれ。女の子って化粧でこんなに変わるんだ……」
認めたくはない。認めたくはないが、2人の言う通りだ。俺は…………馬鹿だ。大馬鹿すぎる。いっそ死ね。25万も払って探し出した女が、俺が毎日のように顔を合わせている女だったなんて、間抜けにも程がある。道理で、どこかで会ったような気がしていたはずだ。
とてつもない脱力感に襲われる。それが去ると、今度は再び怒りが押し寄せてくる。レナ…………あいつ、リナとグルになって、俺を騙していやがったんだ。ユミコ達から危ない所を助けてやったのに、こんな形で恩を仇で返していたんだ。デート中も、腹の中では俺のことを嘲笑っていたんだ。レオンだった広、闇金を紹介した藤森、ネカマだったリナ、そいつとグルだったレナ。人間不信を拗らせて、心が張り裂けそうになる。一体俺が何をしたっていうんだ。
「その他の細かいことは、報告書に書いてあるので、宜しければ目を通してください。まあ、同僚だったようなので、その必要はないかもしれませんが」
富岡が差し出した報告書を、広が受け取る。成功報酬の支払いを済ませ、俺達は事務所を後にした。さっきから何も喋らない俺を、広が心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫?」
「…………ああ。生きてるよ」
「そんなこと聞いてないよ……。それで、これからどうするの? このレナって子に、リナの居場所を聞き出すんだよね?」
「そうだ。俺とレナは、今日は夕方6時から閉店までのシフトだ。閉店後、あの女を問い詰める」
しかし、店の中で2人きりで話すのは不可能だ。店の周りも、繁華街故に深夜でも人が多くてやりづらい。仕方ない……多少強引だが、あの手しかないか。
*
ジュエリーキャット閉店後、俺は掃除を済ませてからすぐに店を出て、タクシーでレナの住むパピヨンマンションへと向かった。先回りする必要があるからだ。マンション前には、広のバンが既に待機していた。辺りはすっかり暗くなっているが、念のため鈴木運送の名前は、上にテープを貼って隠してある。俺はタクシーから降りて、バンの助手席に乗り換えた。
「お疲れ」
「ああ。まだ来てないよな?」
「うん、ずっと見張ってるけど、それらしき女の子は。ていうか、本当にやるの? 流石にやばいんじゃない?」
「当たり前だ。お前ももう一度思い出せ。奴らのせいで、俺達がどれだけの物を失ったかを!」
その言葉に、弱気になっていた広の顔つきが、僅かながらに引き締まる。そう、今更後戻りなど出来ない。その時、1台のタクシーがやってきて、エントランス前のロータリーに停まった。降りてきたのは…………レナだ。時間が時間なだけに、周りには誰もいない。やるなら今しかない!
タクシーが行くのを見届けてから、俺と広は買ったばかりの覆面を被った。広がバンを発進させ、エントランスに入ろうとするレナを遮るように横付けした。俺達は素早く車から降り、広は横の荷台のドアを開け放ち、俺はガムテープを片手にレナに突進した。
「えっ!?」
悲鳴を上げられる前に、ガムテープで口を押さえ、荷台へと引きずり込む。荷台の中で、広がレナを俯せに押さえつけ、俺が両手をガムテープでグルグル巻きにした。抵抗できない状態になったのを見届けてから、広は運転席に戻り、バンを急発進させた。やった……ぶっつけ本番で上手くいったぞ。近くに土手がある。その土手沿いの橋の下辺りなら、人は誰も来ない。バンはそこを目指して走り出した。その間俺は、じたばたと暴れるレナを押さえ続けた。腕力には全く自信がないが、流石に両手を縛られている女には負けない。やがて目的地に着き、停車してから広も荷台に乗り込んできた。俺は、既に抵抗を止めているレナの、口元のガムテープを剥がした。
「ぷはっ! あ、あんた達一体なんなの!?」
「そんなことはどうでもいい。いいかレナ、これからする質問に正直に答えろ」
「……!」
「素直に答えれば危害は加えない。でももし、答えなければ、その時は……」
「あんた白鳥でしょ。どういうつもり?」
「うっ……!」
「ば、バレてるよ白鳥君……。どうすんの?」
く、くそ……! 覆面を被って声まで自分なりに変えたのに、こんなにあっさりとバレるなんて……。何て勘のいい女だ。もうこうなったら仕方ない。どうにでもなれ。俺は覆面を取っ払い、素顔を晒した。
「やっぱりね」
「う、うるさい! 俺とデートするように、お前に指示した男がいるだろう。彼氏だか友達だか知らないが、DOGでリナと名乗って俺を騙してた奴だよ」
「……あ~。何だ、結局バレたのね」
さっきまでの恐怖の表情とは、打って変わってレナには余裕が見える。というか白けた顔だ。どんだけナメられてるんだ俺は。
「こっちの男も、俺と同じ被害者だ。当然、俺達はあいつを許さない。でも俺は、お前のことも同じくらい許せない」
「あたし?」
「あの時助けてやったのに。礼の一言もないどころか、ネカマとグルになって、俺を笑いものにするなんて思わなかったぞ」
「…………」
「メンタルの弱い奴なら、下手すれば自殺してるぞ。それぐらい俺は真剣だったんだ。それをお前らは……」
「……ごめん」
へっ……? 突然レナが俯いて、涙を流し始めた。怖がったり、白けたり、泣いたり、なんなんだこいつは。広に視線を送るが、広も首をかしげるだけだった。
「正直、感謝はしてたのよ。でもあの場では、いつも馬鹿にしてたあんたに助けられて、素直にありがとうって言えなかった。やっぱり後悔して、次に会った時には、ちゃんとお礼を言おうと思ったの。でも、次の日に彼氏に、リナに成りすましてあんたとデートするように言われて……。だから、バレないようにその日からは極力、あんたと関わらないようにするしかなかった。非道いことをしたとは思ってる。デートの時の別れ際、本当のことを言おうとしたけど、あの時もすぐ近くに彼氏がいたから、そこでも結局言えず仕舞いで、そのまま今日までずるずる来ちゃったのよ。本当にごめんなさい」
…………どうなんだ。これがレナの本心なのか? こいつの演技力は、女優顔負けだ。一概には信じられない。助かりたくて、適当に反省してるふりをしているだけかもしれない。まあ、今の言葉が本心かどうかは、この際どうでもいい。問題は、リナのことを正直に話すかどうかだ。
「分かった、その件はもういい。俺が一番知りたいのは、お前の彼氏についてだ。まず……そいつの名前は?」
「薫。早乙女薫よ」
早乙女薫…………か。名前まで、男なのか女なのか分かりにくい奴だな。K子のKは、薫のイニシャルか。
「そいつの住所は?」
「知らない。こっちが聞きたいわ」
「は? どういうことだよ」
「あたし、捨てられたのよ。あたしに何も言わずに、どこかに引っ越しちゃったわ。電話も出てくれないしね。前々から他に女がいるような気配はしていたけど、その女は何かに利用しているだけだと思ってた。でも実際は逆で、利用されて使い捨てられたのは、あたしの方だったのよ。自分の馬鹿さ加減には笑うしかないわ……あっはっは」
レナから乾いた笑いがこぼれた。彼氏を庇って惚けているのか? しかし、猜疑心をフル稼働させても、どうしても演技には見えない。しかし、演技じゃないとなると、もはや……。
「白鳥君……もう無理だよ。唯一の手がかりがこれじゃあ、もう探しようがないよ。もう一度探偵を使うお金もないし……」
くっ……やはりそうなるか。25万の返済も終わらないうちに、スマイル金融で追加融資なんて出来ないだろうし、自力で探し出せるとは思えない。もはやここまでか……。
「探偵? まさか、あたしを探すためにわざわざ探偵雇ったの?」
「ああそうだよ。藤森サブマネージャーに騙されて紹介された闇金から、わざわざ借金までしてな。笑いたきゃ笑えよ。まあ、どうせそれは踏み倒すけどな」
俺は半ば投げやりに言った。今までの苦労は結局全て水の泡。泣き寝入りだ。もうどうでも良くなってきた。
「ふーん……。あのさ、薫のことで今思い出したんだけど。あいつ、あんたと同じ大学に通ってるわよ」
「えっ! 本当か!?」
「あんたも司馬研大学でしょ? 薫は今は4年生で、卒業単位も取得しちゃってるから、全然通ってないけどね。でも、そこに行けば今の住所は分かるんじゃない?」
それだ! 流石に通っている大学には、今の住所を知らせているはずだ。あそこの学生課を訪ねれば、奴の居場所がきっと分かるはずだ。それにしても、まさか同じ大学だったとはな…………。近くに住んでたってだけでも驚きだったというのに。
「よし。それなら明日行ってみるか」
「……ねえ、あたしもそれに付き合わせてよ」
「は? 何言ってんだよ」
「あたしもこのままじゃ気が済まないから。あいつに何か仕返しするっていうなら、あたしもついていく」
「土壇場で裏切って、俺達の邪魔をする気じゃないだろうな?」
「もうあいつには愛想尽きたわ。あれだけ好きだったのに不思議なもんだけど、完全に冷めた。あんな卑劣な男、頼まれたって助けてやらないわよ」
…………うーむ。本当に信用していいものか。でも、妨害する気なら同じ大学だなんて情報は出さないか。しかしそれが嘘だとしたら…………いや、でも現に俺の大学の名前を言い当てたし。
「白鳥君、別にいいんじゃない? この子も、形は違えど被害者みたいなものだし」
俺が悩んでいると、いつの間にか覆面を外していた広が、横から割り込んできた。
「……勝手にしろよ」
「えっとじゃあ……レナさん? 桃山さんって呼んだ方がいいのかな? これからよろしくね」
「別に、好きに呼べばいいわよ」
はあ…………何だかおかしな事になったな。しかし、道は開けた。大学で早乙女薫の住所を突き止めれば、いよいよ大詰めだ。首を洗って待ってろよ。目に物見せてやるぞ。
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