#24 人探し

 インターフォンを鳴らす…………出ない。もう一度鳴らす…………出ない。もう一度鳴らす寸前に、ドアが開いた。


「はい、どちら様……し、白鳥君!」


「……よう。上がっていいか」


「ど、どうぞ」


 広とはあの日以来、電話すらしていなかったから、およそ4ヶ月ぶりだ。なんだか更に一回り太ったように見える。相変わらず汚い部屋だが、今はそんなことはどうでもいい。


「お前に見せたい物がある。ちょっとパソコン貸してくれ」


「見せたい物? まあ、いいけど……」


 俺はパソコンを起動させ、検索サイトを開き、あのブログのタイトルを検索した。


「えっ? 何だいこれ」


「7月のところから見てみろ。お前のことも、いろいろ書いてあるぞ」


 広がマウスを握り、ブログを見始める。徐々に広の顔色が悪くなっていき、手が震え始める。こいつにとっては、知らないままの方が幸せだっただろう。そういう意味では、俺は残酷なことをしている。だが仕方がない。今の俺には、1人でも多くの仲間が必要なのだ。一通り読み終えた広が、ガックリと肩を落とした。


「そんな… まさか、本当にネカマだったなんて……」


「偶然にも、お前が適当に言ったデマカセが、真実だったってわけだ」


「ああぁ…………」


 広が頭を抱えてしまった。目には涙を浮かべている。気持ちは痛いほど分かるが、嘆いている場合ではない。俺は別に、こいつに嫌がらせするために、ここに来たわけではないのだ。


「僕は何て馬鹿なんだ。ネカマなんかのために、あんな大金と時間を費やしていたなんて……。何故疑おうともしなかったんだろう」


「お前はまだいい。俺なんか借金までしたんだぞ。お前との争いが終わった後の、今でも毎月のようにな。あいつのために、一体いくら注ぎ込んだか……」


「えっ、本当に? どこで借りたの?」


「どこって……先輩から紹介してもらった金融会社だよ」


「……金利は?」


「10日で3割だけど、それがどうかしたのか?」


「…………白鳥君、それ闇金だよ」


「ヤミキン? 何だそれ」


「違法な金貸し業者だよ。法律で決められた金利を度外視した設定で金を貸して、強引な手段でそれを取り立てるんだ。本来は銀行とかサラ金で借りれなくなった人が、最後に行き着く先が闇金なのに…………何でいきなりそんな所で借りちゃったのさ」


「い、いや、だって……先輩が良心的な金融会社だって」


「白鳥君……騙されてるよ」


 く……くそったれがぁぁぁ……! どいつもこいつも、人をカモにしてそんなに面白いか! 道理で金利が高いわけだ。紹介した藤森もムカつくが、自分の無知っぷりにも、ほとほと呆れかえる。今思えば、誰が見たってまともな金融会社には見えないのに。


「……くっ、その件はもういい。それより、これからの事を話しに来たんだ」


「これからって?」


「決まってるだろ。このネカマ野郎に、復讐するんだ」


「復讐って、どうやって?」


「それを一緒に考えるために来たんだ。とは言っても、俺も何もノープランってわけじゃない」


 携帯を取り出し、あの時の写真を取り出した。今のところ、これが唯一の手がかりだ。


「この女は、確実にリナと繫がっている。こいつを探し出せれば、リナの正体が掴めるかもしれない」


「そんな無茶苦茶な……。僕は遠慮しておくよ。仕返しなんてしたって、お金が返ってくるわけじゃないし……うわっ!」


 俺は広の胸ぐらを掴んだ。


「そんなことは百も承知だ。だからって、このまま泣き寝入りするのか? 純粋な恋心を踏みにじられ、ネットで晒されて笑いものにされて、それでお前はいいのか? 悔しくないのか? リナを巡って俺と競い合ってた時のお前は、もっと張り合いのある奴だったぞ。ここで引いたら、きっとお前は一生変われない。今この時こそが、お前の人生のターニングポイントなんじゃないのか広! いや、レオン!」


「うっ……」


 驚きと恐怖で歪んでいた広の顔付きと、目の色が徐々に変わっていく。強い決意を感じさせる。こいつのこんな顔を見るのは初めてだ。自分で言ってて恥ずかしくなるような臭い台詞も、こいつの心には響いたようだ。


「分かった、僕もやるよ。手伝わせてくれ」


 よし……お世辞にも頼れる仲間とは言えないが、1人でやるより遙かにマシだ。雲を掴むような話かもしれないが、行動を起こさなければ何も始まらない。かつてライバル同士だったハルトとレオンが、再びリナを追い求めることになるとは、何とも奇妙な話だ。もっとも、その動機は前回とは全く違うがな。



 *



 山越リバーシティ。一時は人生最高の思い出となったこの場所も、今となっては忌々しき黒歴史が詰まった魔窟だ。俺と広は手分けして、北方面と南方面を探し回った。しかし当然のように、あの女の影も形も見つからない。無駄に時間と体力だけが失われていく。一旦俺達はカフェ・ラビットで待ち合わせることにした。先に着いた俺がコーヒーを頼んですぐに、広が戻ってきた。ぽっちゃり体型の広には、些か重労働だったようで、汗だくになって息を切らしていた。


「どうだった?」


「はぁ……どうもこうもないよ。やっぱりいくら何でも無謀だよ。こんなに広くて人混みの多い所で、人一人見つけるなんて。そもそも今日のこの時間に、その女の子が来てる保証だって、どこにもないんだから」


「まあ、そうだけどよ……。じゃあなんだよ、初日からいきなり諦めるのか?」


「そうは言ってないけどさ…………もっと確実な方法は無いの? 森の中で、あるかどうかも分からない、1枚の落ち葉を探すようなやり方じゃなくてさ」


「あるならやってるわ。あ、そうだ。お前パソコン詳しいだろ。あのブログをハッキングして、奴の住所を逆探知とか出来ないのか?」


「出来るわけないでしょ……。まあでも、ブログの中に何か他に、手がかりでもあるかもしれないけどね」


 広が携帯でネカマブログを開いた。そう思って俺も最初から一通り見たが、奴の個人情報に関わる物は、当然ながら一つも無かった。しかし広は何かに気づいたようだ。


「……よく考えたらこの写真さ、随分と近くから盗撮されてるよね。ここのカフェの時に撮られた写真なんて特に、白鳥君の目の前の席にいたんじゃないの?」


「えっ」


 広から携帯を取り上げ、まじまじと写真を見てみた。確かに……どの写真も至近距離で撮られている。あの時、ここのカフェで俺の目の前に、どんな奴が座っていた? 必死で記憶の糸を手繰り寄せた。確か、若い男が1人で座っていたような……。駄目だ、記憶力には自信がある方だが、いくら何でも数ヶ月前に俺の前に座っていた、赤の他人の顔なんて覚えているわけがない。しかしブログは念のため、後でもう一度よく見直しておくか。何かヒントがあるかもしれないしな。


「とにかく、僕ら2人だけでいくら走り回ったって、一生見つかる気がしないよ。人探しは、人探しのプロに任せない?」


「人探しのプロって…………探偵とか?」


「まあ、そうなるのかな? 失踪した人を見つけ出したりも出来るらしいよ。その女の子は別に失踪とかしてるわけじゃないんだろうし、プロなら案外簡単に見つけられるんじゃない?」


「まあ確かに……行ってみる価値はあるかもな」


 それなら善は急げだ。残っていたコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。探偵なんて推理小説の中でなら耳にしたことがあるが、まさか自分が依頼することになるなんて、夢にも思っていなかったな。携帯で一番近くの探偵事務所を検索し、俺達はそこを目指して歩き出した。



 *



 富岡探偵事務所。そこが山越リバーシティから一番近い所で、ボロいビルの2階にそれはあった。スマイル金融ほどではないが、やはりこういう所には入りづらい。


「……白鳥君、鳴らさないの?」


「わ、分かってるよ、うるせえな」


 意を決してインターフォンを鳴らすと、感じの良さそうな女性事務員が応対してくれた。スマイル金融の時のが、ある意味トラウマになっていた俺は、まずここで一安心する。


「どうぞ、おかけください」


 所長の富岡が応接間のソファーを促し、俺と広はそこに腰掛けた。俺は早速依頼内容を簡単に説明し、女の写真を富岡に見せた。もちろん、ネカマに騙されて云々等、余計なことは言わないでおく。しばし考えた後、富岡が口を開いた。


「なるほど、要件は分かりました。写真はすっぴんなので、恐らく普段は違った雰囲気だとは思いますが、特に身を隠したりしているわけではないのであれば、探し出すのはそれほど難しくはないでしょう。基本料金では2週間までしか捜索出来ませんが、恐らく1週間もあれば充分かと」


「そういえば、料金ってどれぐらいするんですか?」


 広が質問した。


「基本料金が15万円、成功報酬で更に15万円です。合計30万円になりますね」


「さ、30万円!?」


 俺と広が同時に叫んで固まった。無理だ……いくら何でも、そんな大金出せるわけがない。てっきり4~5万程度だと思っていたのに、桁が違った。これでは広も協力するはずがない。しかし、この自信満々な態度…………やはりプロなら、俺達素人には決して不可能な方法で、女を探し出すことが出来るのだろう。何とかして30万円作れないだろうか……。


「白鳥君……僕、精々5万ぐらいしか出せないよ」


「…………まあ、半分無理やり付き合わせてるお前に、そこまでの期待はしてねえよ」


「ごめん……」


 これであと25万円か……。しかしどっちみち、俺にはそんな大金はない。給料日は近いが、それでも全然足りない。一体どうすれば……。あ、そうだ!


「あの、ちょっと待っててもらっていいですか? すぐに金を用意してきます」


「分かりました。では、お待ちしております」


 俺と広は富岡探偵事務所を後にした。次に目指す場所は、あそこだ。


「銀行でお金を下ろすんだよね?」


「いや、恥ずかしい話だが、俺の今の貯金はほぼゼロだ。25万なんて、とてもじゃないが払えない。基本料金すら無理だ。だから借りる」


「借りるって、まさか例の闇金から?」


「ああ。お前、今朝言ってただろ。あいつらは違法業者だって。だったら、返す義務なんてはなっから無いはずだ。何か言ってきたらすぐに警察にチクって、まとめて逮捕させてやる」


「だ、大丈夫かな……」


「大丈夫だって。ちょっと待ってろ。電車で3駅だから、すぐに行って戻ってくるから」



 *



 スマイル金融。ここに来るのももう慣れた。とはいえ、俺がこれからやろうとしているのは借りパクだ。そう考えると緊張してしまうが、構うものか。こいつらはただの犯罪集団だ。今まで搾り取られた、不当な金利を取り返して何が悪い。俺は普段通りの振る舞いで足を踏み入れた。


「やあどうも。今月もそろそろ来る頃だと思ってたよ。で、今月はいくらにする? 3万か? 4万か?」


 社長の酒井がいつものように、淡々とした口調で聞いてくる。


「… に、25万お借りしたいんですが」


 とりあえず今は基本料金の10万円分あればいいのだが、どうせ借りパクするのだ。2度も来るのは面倒だから、全額分借りてやる。


「……へえ、随分と金額が飛んだねぇ」


「駄目ですか? やっぱり」


「いや、駄目じゃないよ。君はうちのお得意様だから。25万だと金利が7万5千、合計32万5千円、10日以内に払ってくれるならね」


 32万5千円……。返す気などないとはいえ、その金額に思わず躊躇する。まあいい。こうなったら25万借りるのも100万借りるのも同じ事だ。


「分かりました。それでお願いします」


 そしていつも通りの流れで書類を書き、25人の福沢諭吉が目の前に積まれた。よし……これできっと上手くいく。


「じゃあ、10日後の5月31日、返済額は32万5千円だ。1日でも過ぎれば、そこから更に利息が乗っかって、合計42万2500円になるからね」


 ……なんで今回に限って、遅れた時の金額まで提示してくるんだ? 今までそんなことは無かったのに。やはりいきなり桁が変わったから、警戒されているのだろうか。いい勘しているな、まったく。


「分かりました。じゃあ、失礼します」


 まあいい。とにかく、これで準備万端だ。あとはこれを探偵に渡して、吉報を待つしかない。俺は再び富岡探偵事務所へと向かった。

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