#19 童貞
う、嘘だろ……? めちゃくちゃ可愛いじゃないか……! 俺は初めて見るリアルのリナに、完全に心を奪われていた。俺は今まで、様々なリナを思い描いた。童顔な妹キャラのリナ、スラッとしたお姉さんキャラのリナ、ちょっとポッチャリした人懐っこそうなリナ、活発なスポーツ少女のリナ。そのいずれのリナとも違うタイプで、いずれのリナよりも魅力的だった。俺はずっとこんな美少女と仲良く遊んでたのか。あれ、でもこの顔……どこかで会ったことがあるような……? いや、そんなわけないか。俺がこんな美少女と関わる機会があるはずがない。多分、テレビで見たアイドルの誰かと、ごっちゃになってるのだろう。
リナ:送ったよ! 届いたかな?
ハルト:うん、来た。ビックリしたよ。想像してたよりずっと可愛い
リナ:えへへ、ありがと。ハルトもカッコいいよ(^_^ )
ハルト:そ、そう。お世辞でも嬉しいよ
リナ:お世辞じゃないのにな~w どうせなら直接会っていろいろお話したいと思ってるよ
ハルト:いやぁ……流石にそれは難しいでしょ
リナ:そうかな~。ハルトってどこに住んでるの? 私はS県K市だけど
えっ……ち、近い。会おうと思えば、簡単に会えるじゃないか。電車で精々20分ぐらいの距離だ。俺は今まで幾度となく、リナとデートする妄想をしたことがある。それが、ここに来て一気に現実味を帯びてきた。リナに会いたい……敢えて封印してきたその思いがどんどん溢れ出す。
ハルト:俺、S県のY市
リナ:ホントに!? 超近いじゃんw
ハルト:うん。もしかしたらどこかですれ違ってたかもね
リナ:かもね~。何だか運命感じちゃうなぁw
ハルト:そんな大げさな
リナ:ねえハルト。一回会ってみない?
ハルト:え。会うって、リアルで?
リナ:うん。一緒にご飯でも食べに行こうよ(*‘∀‘)
自分から言い出せないでいると、リナの方から誘ってきた。会って一緒にご飯……。デートか? それはデートという事なのか? デートって何をどうすればいいんだ? 頭の中が混乱してきた。恋人どころか女友達すら出来た事がない俺には、このチャット内容は刺激が強すぎる。どうしよう、どう返せばいいんだ。
リナ:嫌かな?
ハルト:い、嫌じゃないよ! ぜひお願いしたい
リナ:決まりだね! えっと……それじゃあどこにしようか。ハルトはどこかお勧めのスポットある?
ハルト:いや、俺あんまりそういうの詳しくないから……
リナ:そか。じゃあ、Y市とK市のちょうと中間ぐらいに、山越リバーシティっていう、でっかいショッピングモールあるの知ってる?
ハルト:ああ。それぐらいは
リナ:そこにしようか。いろいろ美味しいお店あるし、ついでに買い物もしていきたいからw
ハルト:分かった。異論なし
そして、3日後の日曜日に山越リバーシティにあるカフェ・ラビットで待ち合わせという話で決まり、一旦解散となった。リナと会える……あとたった3日で。何だこれは……何なんだこの超展開は。オタク、コミュ症、童貞の俺がいきなりこんな可愛い女の子と2人きりで……。現実だ。とにかくこれは現実なんだ。俺は鏡を見て、改めて自分を客観的に見てみる。やばい……こんなんじゃリナと釣り合うわけがない。リナはカッコいいと言ってくれたが、社交辞令なのは確実だ。あと3日でもう少しまともな見た目にならなくてはならない。デートのやり方なども全然分からない。DOGも忙しくなるが、まずはそれらの情報収集をする必要があるな……。俺はいつも使っている匿名掲示板を開き、情報を集めるためのスレを立てた。
『童貞の俺がネットで知り合った女の子とデートに行くことになった件』
*
「ちょっとダーリン、そんな約束してどうするつもり?」
今まで黙って見ていた理奈が、当然の疑問を口にする。不満げな顔を見る限り、聞かずとも分かっているようだ。
「決まってるだろう? 理奈がこいつとデートしてくれ。それを僕は近くで見てるから」
「えー……なんであたしがこんな奴と。ていうかダーリンはそれでいいわけ?」
「長いネカマ人生で、こんな面白い事は初めてなんだよ。ターゲットをリアルで、間近で観察できる機会なんてね。バレかけたのは癪に障ったが、逆にそのおかげできっかけを作れた」
「でも、写真ならともかく実際に会ったら、いくらなんでもレナだってバレるって」
「そこは理奈の腕の見せ所だろう? 普段から客相手にキャラを180度変えてるんだから、その演技力があれば大丈夫さ」
「う、うーん……。でもあたし、そのゲームの事とか全然知らないんだけど。話題に出されたらどうするの?」
「まあ、全部を把握してくれなくてもいいよ。これまで撮ったスクリーンショットを見せるから、今までに話した事をある程度把握してくれればいい。あまりマニアックな話題を出されそうになったら、今はデート中だからゲームの話はしたくないとでも言って、話題を切り替えればいい。男の扱いは僕なんかよりずっと慣れてるだろう?」
「そうだけど……。分かった、やるよ」
よし、面白くなってきたぞ。最近ゲームにばかり気を張りすぎていたから、いい箸休めになる。ハルトが生のリナを前にして、一体どんな反応を示してくれるのか、今から楽しみでしょうがない。万が一、理奈=レナということがその場で気付かれたとしても、それはそれで面白い。それこそどんな反応が待っているか、想像もつかないのだからな。
*
「いらっしゃいませ~!」
若いイケメン店員が元気よく出迎えてくれた。一目で俺とは全てが対照的な人種だと分かる。
「えっと……予約してた白鳥ですけど」
「はい、白鳥春斗様ですね。すぐにご案内出来ますので、こちらへどうぞ」
席に案内される途中、俺は店内をきょろきょろと見回した。これが美容院ってやつか……。床屋とはえらい違いだな。店の内装も、客も店員も、何もかもがお洒落だ。ネット住民のアドバイスに従い、初めての美容室に来たわけだが、本当に俺なんかがこんな所にいていいのだろうか。
「どんな風にしましょうか?」
イケメン店員からヘアカタログを渡されたが、モデルが格好良すぎて、はっきり言って何の参考にもならない。俺に似合う髪型はどれなのか、さっぱり分からない。結局口から出た言葉は、いつもの床屋の時と同じだった。
「……普通に切って下さい」
こんな的外れな注文にも、イケメン店員はニコリと笑って了承してくれた。格好良くて爽やかで非の打ち所がなく、妬む気すら起きない。さぞかし女の子にモテるのだろう。
「あの、店員さん」
「はい何でしょう」
「デートってどうやるんでしょうか」
「え?」
アホか俺は……! 初対面の赤の他人に何を聞いてんだ。血迷うのも程々にしろ。
「いや、何でもないです。すいません」
「…………」
気まずい沈黙が続く。恥ずかしい……早く帰りたい。しばらくしてから、イケメン店員が何かを思いついたように口を開いた。
「お客さんの場合でしたら……無理に気張る必要は無いと思います」
「え?」
「無理に話題を作ろうとせず、彼女さんの話をよく聞いてあげてください。どこに行くか迷った時も、とりあえず彼女さんの意見を尊重して、それで決まらなければお客さんが思い切ってズバッと決めちゃいましょう。自分を大きく見せようとしても大抵失敗するので」
「背伸びは禁物で、ありのままの自分を見せろってことですか?」
「ええ、あくまでお客さんの場合はってことですけど。あっ、失礼なこと言ってたらすみません」
「いえ、とても参考になります」
カットが終わり、鏡の中の自分を見て驚いた。ネット住民が言っていた通りだ。確かに普通に切ってもらっただけなのに、床屋で切ってもらうのとは全然違う。オタク臭さが見事に脱臭されている。少なくとも首から上だけは……。服もこれから買いに行かなければならない。会計が終わった時に、イケメン店員に小声で「頑張って下さい」と言われた。イケメンなんて性格悪い奴ばかりだという、俺の勝手な持論が見事に覆された。
次は服だ。普段はウニクロやムラシマといった格安の店で適当に買っているが、今回はそういうわけにはいかない。美容院の向かい側のデパートに入り、洋服売り場の階へと向かう。どうせどの店がいいかなんて分からないんだ。エスカレーターを降りて1番近い店に入った。
「いらっしゃいませぇ。どんな服をお探しですかぁ?」
入って数秒後に、女店員が馴れ馴れしく話しかけてきた。服屋の店員ってのはどうしてこう、いちいち客に話しかけてくるんだろうな。客にじっくり選ばせる気はないのだろうか? これだから、こういう所で服を買うのは嫌なのだ。しかし、今回だけは事情が違う。ネット住民のアドバイスを思い出す。店員にこう言え。それだけで解決する。
「僕に似合う服を選んで下さい」
*
自宅に着き、服の入った紙袋をドサッと下ろした。慣れない所にばかり行ったせいか、余計に疲れた。コーラを飲んで一息ついてから、紙袋から服を取り出した。服屋ではちゃんと試着しなかったから、本当に似合うのかどうか半信半疑だ。そそくさと服を脱ぎ、値札が付いたままの新品の服に袖を通し、鏡の前に立った。
「…………お、おぉ……」
自分ではない自分がそこにいた。どこにでもいるような、普通の大学生みたいだ。髪形と服装だけで、人はここまで変われるものなのか。あとはこのコミュ症と卑屈な性格さえ直れば、それなりに充実した日々を送れるのだろうな。それでもリナほどの美少女とは全く釣り合わないが、少なくとも月とスッポンとまではいかなくなったはずだ。決戦は明日の日曜日。俺にとって今後の人生を左右しかねない、大勝負となるだろう。童貞丸出しで、今からソワソワしてもしょうがない。心を落ち着かせる意味でも、とりあえずDOGを進めるとしようか。
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