#17 密告者
今日は1月5日。時が過ぎるのはあっという間だ。ライジングを抜けた頃は憎たらしいぐらいの暑さだったが、今ではその太陽が恋しい。このボロアパートでは、冬の寒さを防ぎきれない。相変わらずエアコンが役に立たないので、部屋の中なのにニット帽、マフラー、セーター、手袋のフル装備でパソコンに向かっている。しかし、ゲームの中の俺の装備はもっと充実している。
あれからハロウィンイベント、クリスマスイベント、正月イベントなど、DOGは毎月のようにお祭り騒ぎだった。その度に俺は使える金の全てをDOGに課金した。そして、二度と使うまいと思っていたスマイル金融にも、結局毎月のようにお世話になってしまっている。だがそのおかげで俺もリナも、今ではすっかり上位プレイヤーの仲間入りだ。ギルドもいくつかを転々とし、その時点で入団可能な最強のギルドを常に求めていた。世間はもうすぐ冬休みを終え、学校や会社に行く日々が戻る。しかし俺には関係ない。今更大学に行き始めたところで、後期はもう単位ゼロで確定なのだ。2年生の前期からまた本気を出せばいい。
俺は今日はいつも以上に気合いが入っている。他のギルメンもそれは同じだ。何故なら、今日はかつてのラスボスである、暗黒魔神ブルートに初挑戦するのだ。ギルメンの中には何度か挑んだことのある者もいるが、未だに倒せていないそうだ。今ではもっと強いボスもアップデートによって追加されているが、それでもDOGというゲームにおける、1つの区切りであることは変わりない。ブルートを倒してからが本番という声も聞く。約束の時間になると、ギルメンがログインし始めた。
ピュー太:お待たせぃヽ(゜Д゜)ノ
ハルト:おっす
リナ:こんにちは~
火火夫:よし、これで揃ったな
DRAN:んじゃ、ブルート討伐ツアーに行くとしますか!
モリー:おー!
これが、ギルド『竜炎』のベストメンバーだ。この6人でブルートを倒す。俺達は早速ブルートのいる、ドーベルキャッスルへと向かった。雑魚敵もさすがに強いが、ここはまとめて倒せる魔法使いである、ハルトの腕の見せ所だ。ハルトがその手に持つ、流星の杖を振るうと同時に、無数の隕石がモンスター達を襲った。次々と湧き出るモンスター達を一気に消していく。そしてリナも、ハルトとお揃いの流星の杖で敵を倒しつつ仲間を援護する。2本とも俺がガチャで引き当てたのだ。しかしこれらも、もうすぐ訪れるアップデートで最強の座を降りることになるが、別に構わない。その時はまた、次の最強武器を引き当ててしまえばいいだけのことだ。
DRAN:よし、流石ハルトとリナだ
ピュー太:負けてられねえな
モリー:このまま一気に行くぞ!
ハルト:任せろ!
俺達はブルートの元へ駆け進んだ。このラスボス前の緊張感はいつ味わってもいいものだ。他のジャンルでは味わえない。RPGならではだ。そして、遂に俺達は最奥地に辿り着いた。現れたのは、全身が漆黒に染まり、5つの尾を持つ巨大な狼だった。
暗黒魔神ブルート HP:7000000
かつての俺なら、見ただけで戦意を喪失しかねない数字だ。だが今の俺なら、そしてこのメンバーなら、倒すのは決して不可能ではない。まずはギルマスのDRANと、火火夫の聖騎士コンビが前線に立ってブルートの攻撃を一身に受ける。忍者のモリーと狩人のピュー太がその後ろから飛び道具で牽制する。そして、リナが後衛から仲間を魔法で援護していき、ブルートが生み出す雑魚モンスターを、ハルトが魔法で一掃する。完璧なチームワークだ。ネットゲームでなければ決して味わえない一体感と緊張感。一瞬たりとも気を抜けない互角の戦い。面白い、面白すぎる。まるで本当にその場にいるような錯覚に襲われる。もう少しだ、皆頑張れ。勝てる……勝てるぞ。勝…………った!
DRAN:勝ったあああああ!!
ピュー太:っしゃおらーーー!
ハルト:おつかれ!
リナ:やったー!(≧∀≦)
モリー:大☆勝☆利
火火夫:危なかったね(^◇^;)
遂にやった。DOGを始めて半年近く経って、ようやく当初の目的である暗黒魔神ブルートを倒した。何百時間かかったか分からない。いや、1000時間は余裕で超えてるはずだ。家庭用RPGでは考えられない。
俺達は街に戻り、待機組の他のギルメン達も交えて打ち上げパーティーを行った。といってもゲーム内だから酒を飲み交わしたりするわけではない。ただチャットを通じて馬鹿騒ぎをするだけだ。今まで入団してきたギルドはどこも居心地が良く、この竜炎も例外ではない。皆いい人ばかりだ。
しかし残念なことに、ここの皆とももうすぐお別れしなければならない。俺とリナの目標はあくまで、未だにトップギルドに君臨し続けている、チーム白桜への入団だ。全身装備をレア5で固めた。レベルも100を超えた。戦闘力ランキング300位以内にも入った。そして今日、暗黒魔神ブルートを倒した。厳しい入団条件は満たしたのだ。打ち上げが終わり、リナと夫婦専用部屋へと戻ってきた。
ハルト:今日はおつかれ
リナ:お疲れ様。遂にやったね!
ハルト:うん。チーム白桜はどうする? いつ行く?
リナ:今の人数は28人だから、ちょうど2人分空いてるみたい。早く申請しないと、誰かに先越されちゃうかも
ハルト:そうか。竜炎の皆には悪いけど、今夜中には脱退しないとな
リナ:あっ、いつも言ってることなんだけど……
ハルト:分かってるよ。入団する時に、俺達が夫婦であることは言わないでほしいんだろ?
リナ:うん。ちょっと照れくさいし、中には妬む人もいると思うから
ハルト:オーケー。俺達だけの秘密だ
リナ:ありがと。あっ別に浮気とかするわけじゃないから心配しないでねw
ハルト:しないよそんなことw
リナ:ごめん、そろそろ買い物行かなきゃ。一旦落ちるね
ハルト:俺も今日は遅番だから、これから閉店時間までバイトだ
リナ:そか。じゃあまた後でね。バイト頑張って!
リナがログアウトした。さて、俺もバイト行く支度しないと。
システム:密告者からメールが送られてきました。
…………は? 何だ? 誰かからメールが届いた。密告者……こんな奴、俺は知らない。プレイヤー名で検索してみるか。俺はキーボードで密告者と打ち込んだ。結果は……。
密告者 ギルド:無所属 レベル1 人間 戦士 ログアウト中
レベル1か。明らかに俺にメールするためだけに、たった今適当に作ったようなキャラだ。しかもご丁寧に、逃げるように即ログアウトしている。DOGは1つのアカウントでキャラを3人まで作れるから、知り合いが成りすましている可能性も高い。まあとりあえずメールを開けてみるか。
『気をつけろ リナはネカマだ』
ネカマ…………ネカマってなんだ? 聞いたことない言葉だ。気になるな、調べてみるか。DOGを落とし、検索サイトでネカマの意味を調べてみた。ネカマとは……ネットオカマの略語。男性が、相手の顔が分からないインターネットの特性を利用し、女性を装う行為、またはその者を指す。ネットゲームにおけるネカマ……ネットゲームでは一般的に、男性プレイヤーよりも女性プレイヤーの方が周りから優しくされることが多く、中にはそれを利用してゲーム内通貨やアイテム等を男性プレイヤーからせびるネカマも存在する。
つまり……えっ? リナが本当は男で、俺を騙してるって言いたいのか? 馬鹿な、何を根拠に。まったくタチの悪いイタズラだ。確かにリナは俺からアイテムを貰っているが、それは俺が勝手にやってることだ。……いや、待てよ? 結婚前は実際そうだったが、結婚してからは時々リナの方からねだってくることもあったな。そもそも俺は未だにリナの顔も本名も年齢も、学生なのか社会人なのかも知らないのだ。だから、このメールが100%デタラメとは言い切れない。まあ99%ただのイタズラだろうが……。
って、やばい! バイトに遅れる! この件は後回しだ。とにかく早く支度しないと。俺は大急ぎで着替えて、部屋を飛び出した。俺の心が不安でざわついているのは、この寒さと暗さのせいだけではないことは確かだろう。早く帰ってきて、リナと話をしてスッキリさせたいな。
*
「今日はありがとう! また来てね!」
「おう、次の給料日来たらまた遊びに来るわ。ほんじゃなー、レナちゃん」
店の外で客をとびっきりの笑顔で見送ってから、冷めた真顔で店に戻る。今日はいつもの太客達が都合が悪く店に来れないので、イマイチ実入りが少ない。今みたいなショボい客ばかり付けられていたのでは、時間が勿体ないだけだ。店に入る前に、ふと後ろに気配を感じて振り返った。ブランド物のスーツに身を包んだ、色黒のダンディーな男だ。
「あら、いらっしゃいませ」
「どうもこんばんわ」
この客は確か、ナンバー2のユミコの指名客の松村だ。しかも、ユミコにとって1番の太客のはず。ユミコはあと20分ぐらいで出勤するはずだ。それならば……。
「へえ、君みたいな可愛い子もいたんだね」
「はい、レナっていいます!」
「レナちゃんか、覚えとくよ。今日はユミコは出てきてるかな?」
「ユミコちゃんですか? まだ来てないですねぇ。もう来ててもいいはずなんですけど、あの子時間にルーズなところあるから、いつ来るか分からないです」
「そうか~。どうすっかな」
「松村さん、良かったらあたしと飲みませんか? 前から松村さんのこと気になってて、一度お話したいと思ってたんですよぉ」
「あれ、俺のこと知ってたんだ? そうだな……じゃあ、指名させてもらおうかな」
「ありがとーございます!」
ぺこりと頭を下げ、松村と腕を組んで入店した。そして席に着くなり、お近づきの印にとドンペリゴールドを注文される。流石に羽振りがいい。こうなってしまえばこっちのものだ。このまま松村もあたしの指名客にしてやる。20分後、時間通りにユミコがホールに入るのを視界の隅に見えた。そして、鬼の形相でこちらを睨み付けているのも。甘いんだよ。1番の太客の来る時間を把握していないあんたが悪い。そんなんだから、いつまで経ってもあたしに勝てず、永遠に2番手止まりなのだ。
閉店時間となり、最後の客を見送ってから、あたしは更衣室へ戻った。直前まで聞こえていた話し声も、あたしが室内に入ると同時にピタリと止んだ。ユミコとその取り巻き達が、あたしの方を睨んでいる。もちろんそんなことは気にも止めず、あたしは自分のロッカーへ足を運んだ。
「おい」
ユミコが今にも掴みかかってきそうな態度で話しかけてきた。
「なに?」
「なにじゃねーよ。お前何あたしの客に手つけてんだよ」
相変わらず口の汚い女だ。普段からそういう喋り方をしてるから、客の前でも無意識に出たりするんじゃないのか。あたしから言わせれば、ユミコなんてルックスだけで客を拾っているようなものだ。そのルックスすら、あたしに負けているが。
「松村さんがあたしを指名してくれたのよ。お客さんの指名を断れっていうの?」
「お前が店の外で松村を誘ったんだろ? 腕組んで一緒に入ってきたらしいじゃねえか」
「そうね。でも松村さんは、あんたが来た時点で、あたしとあんたと入れ替えることも出来たじゃない。でも結局それをしなかったってことは、松村さんにとってあんたよりあたしの方が魅力的だったんじゃないの?」
ユミコの血管がブチ切れる音が聞こえた気がする。事実を言っただけなのにキレられるなんて、理不尽なものだ。
「……もういい。どうせ今夜やるつもりだったしな」
「やるって何を?」
突然取り巻き達があたしの腕を掴んで、強引にパイプ椅子に座らせた。
「何すんのよ!」
間髪入れず背もたれに後ろ手に紐で縛られ、暴れる足も同じように縛られた。
「ちょっとあんた達、こんな事してただで済むと思ってんの!?」
「ただじゃ済まないのはお前の方だよ」
ユミコが化粧台からハサミを取り出し、こちらに近づいてきた。まさか、丸坊主にでもするつもりか。くだらない……そんなことであたしが音を上げると思ってるのか。
「髪切るんじゃねえぞ。2度と外を歩けないように、その自慢のツラをズタズタにしてやる」
「は!? ちょっと待ちなさいよ! あたしが何したっていうのよ!」
「お前邪魔なんだよ。あたしにとっても、ここにいる皆にとってもな。なあ皆?」
取り巻き達が口を揃えて同意し、あたしを罵倒した。こいつら、頭おかしいんじゃないのか。いくらあたしが嫌いだからって、ここまでするか普通。とにかくこのままでは本当に顔を切り刻まれる。
「誰か! 誰か来て!」
「バーカ。もう店長もボーイもとっくに帰ったよ。いくら叫んでも誰も来ないっつーの」
やばい……やばい……! 誰か助けて……ダーリン助けて……!
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