#16 ナンバー1

「えーっと……この辺にあるはずなんだけど」


 藤森さんから教えてもらった住所を頼りに、俺は地図を片手に雑居ビル街をきょろきょろしながらうろついていた。人気が少なく、見かけるのはホームレスばかり。あまり長居したくはない、酷く寂れた町だ。


「……あっ、ここか。宝山ビル、間違いない。ここの3階だ」


 汚いビルだ。廃ビルにしか見えないが、集合ポストには、確かにスマイル金融の名前がある。4人乗りの狭苦しいエレベーターに乗り、3階で降りると目の前にその事務所があった。は、入りづらい……。外からだと中の様子が全然見えない。いや、気負う必要は無い。俺は客として来たんだ。お客様は神様なんだから。おらおら、神様が来てやったぞ。無理矢理自分を奮い立たせ、インターホンを押した。


『…………はい。どちらさん?』


「あ、えと……白鳥といいますけど。ふ、藤森さんからの紹介で」


『あぁ、どうぞ』


 随分と無愛想だな。言われるがままに扉を開けると、煙草の煙が一気に鼻孔に入り込んできた。換気ぐらいしろよと心の中で毒づく間もなく、異様な光景を目の当たりにした。事務所内にいるのは、机に向かってデスクワークや電話をしている、強面の若い男が4人。冷や汗ダラダラでどこかへ電話をしている中年の男と、それを隣で立っていて見張っている金髪の男。一番奥に座っている、社長と思わしきインテリ系の男。そのままUターンしそうになる体を、必死に前に進ませると、インテリ系の男が立ち上がった。


「どうも、白鳥君だっけ? そこのソファー座って待っててくれる?」


「あ、はい……」


 部屋の隅の、カバーが所々破けている黒いソファーを指差された。そこに向かう途中、中年男の話し声が聞こえてくる。


「頼むよ、5万でいいんだって。友達だろ? な、何だよ、この前だって飯おごってやったじゃないか! ちょっとぐらい貸し……あっ、もしもし!? もしもーし!?」


「おいおい、信頼ねえなおっさん。いつになったら金貸してもらえるんだよ。あと15万どうやって作る気?」


「……か、会社の同僚にも掛け合ってみます」


 よく分からないが、一回り以上年下の金髪男に、あの中年男がいいなりになっているのは分かる。程なくして、インテリ系の男が対面に座って名刺を渡してきた。


「藤森の友人でスマイル金融の社長の酒井だ。宜しく白鳥君」


「ど、どうも」


 無愛想な社長とヤクザやチンピラみたいな社員……。どこがスマイル金融なんだか。ツッコミたいところだが、もちろんそんな勇気は無い。


「ところで……あれって何やってるんですか?」


 俺は中年男と金髪男を横目に見て言った。


「あの男はウチで金を借りたが、支払いが出来ずに逃亡を図ったんだ。それをついさっき見つけ出して拉致してきた。で、親戚や知り合いに片っ端から、金の無心をさせているところさ。まあ、あの調子じゃあ完済は無理そうだがな」


「……払えなかったらどうなるんです?」


「一つ言えるのは、ウチは貸した金はどんな手を使ってでも回収するってことだな。まあ、君には関係ない話だ」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。あの中年男の今後については想像したくないな。酒井の言うとおり、俺には関係ないんだし。


「で、いくら借りたいんだっけ?」


「とりあえず3万あれば大丈夫です」


「そう。じゃあとりあえず、この書類に必要事項書いて。あと身分証明書もね。それと、ウチは金利トサンだから」


「トサン? って何ですか?」


「10日で3割。つまリ10日後に39000円にして返してもらう。1日でも過ぎれば更に利息は膨らむから、くれぐれも遅れないように」


 9000円もかかるのか……随分高いな。金を借りるって思っていた以上にペナルティーが大きいんだな。どこの金融屋もこんな感じなんだろうか。まあ、来週には10万以上給料が入るんだ。これぐらいは仕方が無い。


「書けました」


「…………うん、オーケーだ。これ3万円ね。10日後の9月28日までに、39000円をこの口座に振り込んでくれ」


「分かりました」


 俺は席を立ち、スマイル金融を後にした。帰り際、半ベソになりながら電話を続ける、中年男と目が合ってしまった。自業自得……事情は知らないが、計画性がないからそういうことになるんだ。外に出ると、こんな雑居ビル街なのに空気が美味く感じた。怖かったが、何はともあれ3万円が俺の懐に入った。帰り際に早速これでプリペイドカードを買って、DOGに課金しよう。時計を見ると、12時を回っていた。そろそろメンテが終わり、イベントが始まる頃だ。リナを待たせたくはない。急いで帰らないと。



 *



 もう一度鏡の前で、あらゆる角度から自分を見る。いつも通り、パーフェクトな自分がそこにいた。胸元をはだけさせた、真っ赤なドレスもキマっている。ジュエリーキャットの不動のナンバー1、レナの姿がそこにあった。更衣室の扉が開き、2人のキャストが仲良く喋りながら入ってきたが、あたしの姿を見るなり黙って、自分達のロッカーを開けて着替えを始めた。恐らく皆あたしのことを嫌っている。でもそんなことは関係ない。店長はあたしをクビにするぐらいなら、この店のキャスト全員をクビにするだろう。特にあの2人はろくに指名客もおらず、待機席が指定席になっている無能だ。2人で傷の舐めあいしているうちは、決して上になんて上がれない。


 そんな連中と馴れ合う気はない。あたしにはダーリンさえいればそれでいい。男は皆馬鹿だと思っているけど、ダーリンだけは違う。ネカマっていうちょっと変わった趣味を持ってるけど、格好良くて、背が高くて、頭が良くて、あたしにも凄く優しくしてくれる。いずれは一流企業に就職して、あたしにプロポーズしてくれるだろう。その日が来るまで、まずはあたしがお金を稼がなければ。更衣室を出て、ホールへと足を運んだ。今日も店は盛況のようだが、本当に盛り上がるのはこれからだ。あたしがホール入りすると同時に、客の男達の視線が、隣にいるキャストそっちのけで、一斉にあたしに注がれるのを肌で感じる。


「あ、レナさんおはようございます。2番テーブルで染谷さんお待ちです」


「は~い。今行くよ」


 2番テーブルに行くと、国会議員の染谷が、鼻の下を伸ばしながら歓迎してくれた。そして、いつもの高級シャンパンを注文される。持ってきたのは、あの新人のボーイだ。


「失礼します」


 前のように客にグラスを落とすようなドジはしないものの、まだ不慣れなようで、置き方が雑だ。舌打ちしたい衝動を堪える。あんな危なっかしいボーイはさっさと辞めてほしいし、あたしが店長に命令すればそれも容易い。しかし、明らかに向いてないのに、毎日毎日よく働く。どうしてもお金が必要な、深い事情があるのかもしれない。そう考えると、流石にクビにするのは少し可哀想な気もする。確か名前は白鳥だったっけ。名前負けもいいところだ。


 あまりに鈍くさいから、視界に入る度に、つい目で追ってしまう。ダーリンと歳は近そうなのに、いろいろな面で天と地の差だ。多分結婚はおろか、一生彼女も作れずに、まともな就職先も見つからず、底辺を這いずり回って、冴えない人生を送っていくのだろう。


「レナ、どうしたんだ? ボーッとして」


「あ、ごめん。今日ちょっと熱っぽくて~。でも染谷さんが来てくれたから、これでも大分元気になったんだよぉ」


「おお、そうかそうか。じゃあ今日アフター行けるか? 金座のデパートでまたいろいろ買ってやるぞ」


「えっ、ホントに!? ありがとー、超うれしー!」


 そこで買ってもらう物は、当然のことながら全て質屋行きだ。バレることはない。何故なら他の客からも、同じ物をプレゼントしてもらっているからだ。服でもアクセサリーでも、同じ物をいくつも買ってもらった上で、1つだけ残していれば、貰った物はちゃんと使っていると嘘をつける。客達はいずれも、自分がプレゼントした物だけで、レナが全身を固めていると信じて疑わない。罪悪感なんてものは微塵も感じない。騙される方が悪い。世の中そういう風に出来ているのだ。そもそも法を犯しているわけでも何でも無いのだから。新人のボーイ……白鳥がやってきて声をかけてきた。


「レナさん、6番テーブルのお客様からご指名です」


「あら、染谷さんごめんね、ちょっと行ってくるから」


「流石にナンバー1嬢は忙しいな。なるべく早く戻ってきてくれよ」


「うん! 待っててね!」


 席を立ち上がり、白鳥とすれ違いざまにあたしは小声で言った。


「お客と話してる時に声をかける時は、失礼しますぐらい言いなさいよグズ」


 まったく、ダーリンの爪の垢でも飲ませてやりたい。あたしの言葉でその場で固まる白鳥を放置して、あたしは6番テーブルへと向かった。

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