#14 プロポーズ

 ジュエリーキャットの給料明細を見て驚いた。まだ10日ぐらいしか働いていないのに、想像を超える金額だ。辞めてしまったコンビニバイトの分も最後の給料が入ったし、親からの仕送りも入った。これでまた余裕が出来た…………課金する余裕が。俺は息をするようにDOGに金を入れ、そしてゲームの中の自分へ最大限の投資をした。


 ラブラジャイアント戦の勝率は既に100%に到達した。あれほど苦戦していたのが嘘のように。ここまで来れば、後はいかに高速で周回して宝石を稼ぐかだ。既にクエストを終わらせた上位プレイヤー達の情報によると、宝石は全部で10種類あり、ドロップ率は約5%。既に入手した宝石は、あからさまに入手確率が下がるようで、結局10種類全て手に入れてから11回目のドロップでようやくダブってくれて、指輪を作ることが出来たという報告も多い。俺は現在8種類の宝石を手に入れている。あと2種類の宝石を手に入れれば確定リーチだ。


 だから最近は溜まり場には行っていないし、ギルメン達ともたまにメールでやりとりするぐらいだ。レオンとリナも、ログインはしているが顔を出さないらしい。レオンは俺と同様にレトリバーマウンテンに籠もっているのだろう。実際に、山中で何度もすれ違ったことがある。しかし、リナは何をしているのだろう? 日に日に強くなっているから、どこかで1人でレベル上げでもしているのかもしれない。ちょっと前までは、よく皆でクエストに行ったりチャットをしたりしていた事を考えると、少し寂しい気もする。リナへのプロポーズが無事に終わったら、成否に関わらずまた皆と遊ぼう。


 そんなことを考えているうちに、ラブラジャイアントの断末魔がこだました。もはや聞き飽きた音声だ。宝石が落ちた……やはりダブりではない。しかしこれで9個目。順調だ……極めて順調。いよいよゴールが見えてきた。それに対し、レオンは最近目に見えてペースが落ちている。レベルも前ほど上がらなくなっていっているし、装備も特に変化がない。戦闘力ランキングは、既にハルトがレオンを上回っている。Mr.プーから聞いたが、宝石もまだ5個しか持っていないそうだ。俺を油断させるための情報操作ということも考えられなくもないが、おそらくそれは無いだろうし、どちらにせよ俺は手を抜くつもりはない。考えられるのは資金切れか。課金出来ない奴が、俺のように一日中プレイしつつ課金もしている者に、勝てる道理など無い。


 更に5時間が経過した。作業的にラブラジャイアントを撃破する。そろそろ俺の体力の方が限界だ。一体あと何回倒せば…………おっ、宝石が落ちた。ルビーか……これで10個目。よーし、いよいよリーチかかったぞ。あと1個で……。



────────!?



 待て! 俺はアイテム欄を開いた。ルビー2個……ある! そうだ、ルビーは一番最初に手に入れていたんだった。終わった……遂に終わったぞ……! 俺は両の拳を握りしめ、高々と上げた。ロッキーのラストシーンの曲が頭の中で流れ、エイドリアンの名を大声で叫びたい衝動に駆られるが、俺のヒロインはエイドリアンではなくリナだ。リナはログインしてるか? よし、してる! 俺は今までに無い速さでメールを飛ばした。


『リナ今暇? 大事な話あうrんだけど、街外れの大樹まで凝れる? 舞ってるから!』


 慌てすぎて滅茶苦茶な文章になってしまったが、まあ言いたいことは伝わるだろう。あっ、しまった。宝石を加工して指輪にしなきゃいけないんだった。俺は大急ぎで街に戻り、街外れの大樹に行く前にアクセサリー屋に行き、2つのルビーを指輪に変えた。そして、それをすぐにチェックする。


ルビーの結婚指輪

特殊装備品(装備条件:結婚)

属性耐性:炎水風土氷雷光闇

状態異常50%の確率で無効化

備考:2つ所持することで、異性のキャラにプロポーズすることができる指輪。2人の愛が永遠に続きますように……。


 ここまで苦労しただけあって、最後の一文を読んで思わず涙ぐんだ。いかん、感傷に浸っている暇はない。急いで街外れの大樹に足を運んだ。昔から、告白は大きな木の下と相場が決まっているのだ。リナはまだ来ていない。そういえば、メールの返信が来ないな。離席中なのだろうか。それとも……。嫌な予感がする。一瞬、レオンがリナにプロポーズする場面が頭をよぎった。まさか、一歩遅かったのか? 馬鹿な、そんなことあるはずが……。


リナ:お待たせ~!


 き、来た! 落ち着け……まずはいつも通り振る舞うんだ。


ハルト:おっす。いきなり呼び出して悪かったね

リナ:ううん、大丈夫だよ。ていうか変なメールだったねw 舞ってどうすんのw

ハルト:ああ、それは気にしないでw


 恥ずかしい……。とにかくプロポーズだ。今まで生きてきて、プロポーズはおろか告白すらしたことがなかった。チャットとはいえ、ちゃんと伝えられるだろうか。いや、駄目で元々だ。当たって砕けろだ! 俺はリナにマウスカーソルを合わせ……プロポーズのコマンドをクリックした。


システム:リナに結婚を申し込みました。

リナ:え? これって……

ハルト:俺はあれからずっと結婚指輪クエストに挑戦し続けていたんだ。こうしてリナにプロポーズするために。そして、さっきようやく指輪を完成させたんだ

リナ:えっと、その……

ハルト:リナ。俺と結婚してくれないか?


 ……言ってしまった。もう後戻りはできない。成就か、それとも玉砕か。泣いても笑っても、数秒後には判決が下される。しばしの沈黙。リナも返答に困っているのだろうか。まるで時が止まったように動かないチャットログを、俺は食い入るように凝視し続けた。もう一押ししようと、続けてメッセージを打っている最中に、リナが発言をした。


リナ:一つだけ聞いてもいい?

ハルト:あ、うん。何かな

リナ:私と結婚したいっていうのは、結婚するとゲームを進めるのに有利になるから? それとも……


 …………そんなの決まってる。もうビビるのは止めだ。今こそ男を見せろ、白鳥春斗……!


ハルト:俺はずっと前からリナのことが好きだった。だから結婚したい。結婚と言っても所詮はゲーム、仮想の世界かもしれない。でも、俺の気持ちに嘘はない

リナ:……そっか








システム:リナが結婚を承諾しました。おめでとうございます。

リナ:私なんかで良ければ、これからよろしくお願いします……w



「う……うおおおおおおおお!!!!」


 俺の中の何かがフル回転を始め、脳天を突き抜けて頭上で弾けた。夢か? これは夢なのか? ほっぺたを思い切り抓った。痛い、痛いぞ。信じられない。こんな事が俺の身に起こっていいのか? お、おおお落ち着け。とにかく落ち着くんだ。震える手をキーボードの上に置いた。ここでタイプミスなんてしたらダサすぎる。ゆっくり落ち着いて打つんだ。


ハルト:い、いいのか? 本当に

リナ:うん。私も、ハルトの事ずっと好きだったの。今だから言うけど、実は指輪くれるの待ってましたw

ハルト:そう、なのか。ごめん、情けない話だけど、俺こんな事初めてだから、上手く言葉が出てこない

リナ:私だってそうだよ。告白されたのなんて初めてだもん。だから、凄く嬉しい

ハルト:俺だって嬉しいよ。まさか成功するなんて思ってなかったし

リナ:ふふふ。まあ何はともあれ、これからも仲良くやっていこうね、ハルト!


 『ハルト』……か。やっと呼捨てにしてくれたな。しかも、実は両想いだったなんて、本当に夢みたいだ。まだ会ったことすらないし、チャット越しとはいえ、女の子に好きって言ってもらえる日が来ようとは思わなかった。ありがとう、リナ。ありがとう、ドリームオブゴッド。そしてこれを紹介してくれた広、本当にありがとう。俺は今、最高に幸せだ。


ハルト:そうだ、ギルメンの皆にも報告した方がいいかな?

リナ:あっ、その事なんだけどね。このタイミングで言うのもアレなんだけど……

ハルト:ん? なに?

リナ:私、ライジング抜けようと思うの

ハルト:えっ、何で!? 何か嫌なことあったの?

リナ:ううん、全然そんなんじゃないの。皆すごく優しい人達ばかりだし、楽しいよ

ハルト:だったら……

リナ:私、もっと強くなりたいの。強くなって、ランキング上位に行きたいの。でもライジングは皆で楽しくマイペースにって言う主旨のギルドだから、どうしても限界があると思うんだ

ハルト:まあ、確かにそうだけど……抜けてどこ行くの?

リナ:チーム白桜っていうトップギルドに入りたいんだけど、まだ入団条件満たしてないから、どこかの中堅ギルドにお邪魔しようかなって。そこで修行積んで、いずれはチーム白桜へっていう感じかな


 驚いた。リナがそこまでの向上心を持っていたとは思わなかった。でも正直、俺も最近ライジングに対して物足りなさを感じていた。俺とリナとレオンの3人だけが突出して強くなってしまい、雷神達とレベルがどんどん離れていく。レベルが離れれば当然、同じクエストを同じように楽しむ事は出来ない。本当にこのゲームを続けていくのならば、いつかはこういう決断も必要だったのかもしれない。俺も既にDOGに数十万円もの金をかけた。ここまで来たなら、行ける所まで行く。リナがトップを目指すなら、俺も同じ道を歩んでいきたい。


ハルト:分かった。じゃあ俺も一緒に行くよ。リナと一緒に

リナ:ありがとう。ごめんね

ハルト:謝るなって。夫婦が一緒に行動するのは当たり前だろ?

リナ:ふふ、そうだねw


 今日から俺達は、新しい道へ歩いていくことになる。結婚の報告と同時に脱退の報告をしなければならないのは寂しいが、俺にとってリナ以上に優先することなどない。リナは、俺にとっての全てなのだから。



*



 くくく……実に楽しませてもらった。今日の出来事は、ネカマブログの最高のネタになる。ハルトとレオンのリナ争奪戦は、ハルトに軍配が上がった。まあ、予想はしていたがな。レオンもなかなかの逸材だったが、ハルトには及ばないことは分かっていた。僕は今までにも2つのネットゲームで結婚した。ハルトは僕の3人目の旦那だ。1人目と2人目が今何をしているのかは知らないし、僕の知ったことではない。


 さて、結婚指輪も手に入れたことだし、ここからが本番だな。ハルトはもはや完全にリナの虜だし、もう少しあからさまにアイテムをおねだりしても問題は無いだろう。ハルトのリアルの資金がどれだけあるのかは知らないが、もしパンクしたら、また次の男に乗り換えれば済むことだ。それまでは、こちらも存分に夢を見させてやるよ。僕はメンバー募集しているギルドリストを物色しながら、そんなことを考えていた。

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