#12 天使と悪魔

『おはよう! 暇だったら一緒にクエストいかない?』


 ログインして間もなく、リナから誘いのメールが来て、眠気が一気に覚めた。もちろん大歓迎だ。俺はすぐに返信して待ち合わせ場所へ向かうと、リナは既に来ていた。


「ん!?」


 一瞬目を疑った。またリナの装備が新しくなっている。大賢者の杖と法皇の帽子はそのままだが、他の部位の装備が軒並み強くなっていて、素のステータスも上がっている。完全にハルトを上回っているじゃないか。


ハルト:リナどうしたの? 何かやけに強くなってるけど……

リナ:ああ、これ? 実はさっき闘技場でデュエルしてたの。それの連勝ボーナスでいろいろ貰えたんだよ( ^-^)

ハルト:1人で?

リナ:まさかぁw 1人じゃ勝てないよ。上位プレイヤーのJETって人に手伝ってもらったの。あの人凄いよ。ランキングで2位だから


 あまり気にしていなかったが、戦闘力ランキングを見ると確かにJETの名前がある。しかもハルトと同じ魔法使いだ。職業は同じでも、ステータスは段違いというか桁違いだが……。所属ギルドは、チーム白桜か。って、これはギルドランキング1位のギルドじゃないか。そんなのと組めば、そりゃあ勝てるわな。


ハルト:でも意外だな。リナって対人戦とかあんまり興味ないのかと思ってた

リナ:ふふ、私ってこう見えて結構なゲーマーなんだよσ(^_^)

ハルト:俺もデュエルやってみようかなぁ。後で雷神達とも組んでやらない?

リナ:うん、いいよ


 本当はリナと2人だけでやりたいのは言うまでも無いが、今のハルトでは恥をかくだけだ。JETのように、リナを守りきれる気がしない。むしろ、今となっては俺が守ってもらう側だ。レオンどころか、リナにまで抜かれるとは我ながら情けない。プレイ時間なら負けていないはずだ。ならば、俺に足りない物は……やはり課金額か。マウスカーソルが、また無意識にゲーム内のショップ画面へと導かれていく。馬鹿、落ち着け。一体今までいくら使ったと思ってる? たかがゲームだぞ。しかも、ゲームを買うのではない。欲しい物が当たるかどうかも分からないガチャ、言ってしまえばただのギャンブルだ。これ以上金をつぎ込むなんて馬鹿げてる。いや、どうせ他に金の使い道なんてないのだ。今使わないでいつ使う? やめておけ……使ってしまえ……俺の中の天使と悪魔が勝手にデュエルを始めた。


リナ:ハルトさん、そろそろクエスト行こ?

ハルト:ん、ああそうだね。行こうか


 一度は天使に軍配が上がり、リナと共にクエストを消化していくが、やはり煮え切らない。それもそのはず、ハルトよりも強くなってしまったリナを、まざまざと見せ付けられているのだから。リナは言った。自分を守ってくれる、強くて頼りになる男が好きだと。このままでは、リナの心はどんどん離れていってしまう。


ハルト:ごめん、ちょっと離席する

リナ:あ、うん。じゃあ私1人で狩って待ってるね


 俺は立ち上がり、部屋の隅に置かれたタンスの引き出しを開けた。ここに貴重品などが入っているのだ。貯金通帳を確認する。残高は413596円。天使よ、馬鹿はお前だ。金ならたっぷりとあるじゃないか。昨日4万円使ったが、その10倍以上の貯金がまだあるのだ。俺は通帳とカードを持って部屋を出た。そのまま近くのコンビニまで走り、ATMで金を下ろし、プリペイドカードを購入した。その瞬間、さっきまでウジウジ悩んでたのが嘘みたいに、俺の心はすっきりと晴れ渡っていく。天使がまだゴチャゴチャ言っているが、すぐに悪魔がぶちのめしてくれた。リナを待たせている……早く帰ろう。





 しばらくリナとクエストをこなした後、一旦解散となった。デュエルは雷神達がログインする夜にやるので、それまでは自由時間だ。早速ショップ画面を開き、プリペイドカードの番号を入力した。7万円分……この前貰った給料とほぼ同額だ。これでも流星の杖が出るとは限らないが、充分な強化ができるのは間違いない。さあ行くぞ。まずは最初の10連…………オールゴミ。こんなのは想定の範囲内だ。さっさと次に行こう。次の10連…………まあまあのアクセサリーが1個出た。今装備している物よりは強い。次の10連…………オールゴミ。こうして、時折キラリと光る物が出ることもあるが、一番欲しい物が出ないまま、65000円分のガチャを回し終えた。そして最後の10連。



「…………! ふぅ……まあ、こんなもんだよな」


 俺は脱力し、椅子の背もたれに大きく体を預けた。やはりそう甘くはない。1万円で天竜の杖が出たのが、そもそも出来過ぎだったんだ。あれはただのビギナーズラックというやつだ。だが、伊達に7万円も入れてない。武器とローブ以外の、並性能だった部位の装備が大幅に強化されたのだ。早速ランキングを確認する。さっきまで20144位だったのが、12496位まで急上昇した。もはや無課金勢は全員抜き去ったと言っていいだろう。そしてレオンのランキングは……11539位か。ふふ、射程距離に入ったぞ。待っていろ……すぐに追い抜いてやるぞ。


 午後8時。ぼちぼちといつものメンバーがログインし始めた。雷神達にメールを送り、闘技場で待ち合わせをした。雷神達はハルトとリナの異常なパワーアップに驚きを隠せなかったが、元々マイペースに楽しむギルドだから、特別焦ったりなどはしていない。ただ一人を除いては。


レオン:ハルト君、キミ一体いくら課金したんだい?


 レオンから囁きチャットが来た。


ハルト:さあね。関係ないだろ?

レオン:俺もまた課金する予定だ。その程度じゃ、またすぐに突き放せるよ

ハルト:そうか。まあ頑張れよ

レオン:ラブラジャイアントも攻略法が大分分かってきた。指輪を手に入れるのも、時間の問題だよ

ハルト:先に倒すのはそっちだろうな。でも1回倒しただけじゃ終わらないのは分かってるだろ?

レオン:もちろん、同じ宝石を2個手に入れるのも俺が先だ。キミには負けないよ


 ふん、言ってろ。金に余裕があるのはこちらとて同じ事だ。お前が負け犬のようにしっぽを巻いて逃げ出すまで、いくらでもつぎ込んでやる。


雷神:闘技場かぁ、久々だな

Mr.プー:もう戦い方忘れたわw

チルル:戦士とか聖騎士は後回しで、後衛の……特に回復役の僧侶を狙うのが定石だよ(`・д・´)

リナ:てことは、逆に私狙われます?

ハルト:だろうね。まあ、皆でガードすればいいよ

レオン:大丈夫、このメンバーなら並のパーティ相手なら勝てるよ


 6人でパーティを組み、デュエルを開始した。デュエルは基本的には、大体同レベルの相手がランダムでマッチングされる。しかし、俺達……少なくとも、ハルトとリナとレオンは、レベルの割に装備が強力だ。レオンの言った通り、ほとんど毎回圧勝だった。しかし時には、圧倒的に格上の相手と当たることもあり……。


チルル:ちょ、なに今の格闘家www

Mr.プー:チートか?w

リナ:即死しました(^-^;)

雷神:相手が悪すぎたな(;´Д`)

ハルト:あれはしょうがないw

雷神:っくしょー、次だ次。俺より弱い奴に会いに行く!

チルル:かっこ悪w


 と、負けたら負けたで盛り上がった。楽しいな。対人戦は、通常プレイでは味わえない興奮や緊張感や達成感を味わえる。今後、本格的に闘技場に参戦していくのも悪くないかもしれない。まあそれは、リナと結婚してからの話だがな。


雷神:さーて、そろそろ解散すっか

Mr.プー:俺も、明日仕事早いから落ちるわ

レオン:もうこんな時間か

リナ:お疲れ様でした。楽しかった~

チルル:たまにはデュエルもいいねw

ハルト:うん、またやろう


 11時半か。まだまだ夜はこれからだ。俺はまっすぐにレトリバーマウンテンへ向かった。もちろん勝てるとは思ってないが、今の自分がどこまで通用するか試してみよう。道中の雑魚を難なく倒していき、あっと言う間に頂上に辿り着く。奴がいた……よし、リベンジだ。遠くから魔法を撃ち、ラブラジャイアントのHPを削っていく。攻撃力は決して不足していない。問題は防御力だ。攻撃を避けきれず、ラブラジャイアントの攻撃がハルトを捕らえた。死ん…………でない。耐えた! ギリギリだが一撃耐えた! すぐに回復アイテムを使って立て直す。しかしそれだけでは追いつかない。結局、5分の1程度のHPを削ったところであえなく撃沈した。それでも前回と比べれば大健闘だ。何となくだが、勝利のビジョンが見えてきた。


 俺は無意識に、再びコンビニへ向かっていた。ATMは閉まっているが、10万円落としたからまだ3万円残っている。その全てをプリペイドカードに変えた。今日一日で、このコンビニにどれだけ売り上げ貢献してるんだか。まあ、そんなことはどうでもいい。すぐに自宅に戻り、買ったばかりのプリペイドカードを使用する。今回は装備のガチャは回さない。まだ流星の杖などの最強レベルの装備は無いが、新装備を求めるよりも、今の装備を鍛えたり、単純にレベルを上げた方が効率が良さそうだ。俺は3万円を全て、装備の強化素材や、経験値アップアイテムなどに変えた。後は狩って狩って狩りまくるだけだ。これだけの金をかけたんだ。もう後戻りは出来ない。

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