#10 リア充

 アップデート当日。正午ジャストにメンテナンス終了ということなので、俺はその5分前からスタンバイしている。何事もスタートダッシュが肝心だ。あれから1週間、自由な時間は全てDOGに費やした結果、ハルトは見違えるほど強くなった。今やギルマスの雷神にも並ぶほどだ。しかし、レオンは常に俺の一歩先を行っていた。悔しいが、結局今の段階でも奴の方が頭1つ抜けていると認めざるを得ない。だが、勝敗はまた別問題だ。何としても奴を出し抜いてやるぞ。


 ……よし、正午ジャスト! 突入ゥゥゥ! DOGのアイコンを素早くダブルクリック。煩わしいロード画面を経て、ログインをする。他のプレイヤー達も待ちわびていたのか、次々と街に姿を現す。ぐずぐずしていられない。直ぐさまクエストを受注し、レトリバーマウンテンへ向かった。既に多くのプレイヤー達がモンスター共との戦いを始めている。俺も試しに手を出してみるか。…………よし、いける。以前ならまだしも、今のハルトならここのモンスターなら1人でも問題ない。この調子なら、ボスも思ったほど強くないかもしれない。俺はモンスターを無視して真っ直ぐ頂上を目指した。険しい道のりだが、登り続けること15分、遂に頂上に到着した。


『ここから先はパーティが解散され、1人だけの戦いになります。準備はよろしいですか?』


 もちろんイエスだ。最初から仲間なんて連れてきていない。そして目の前に現れたのは、一体の巨人のモンスターだった。強そうだな……とりあえず、まずはHPを確認だ。


ラブラジャイアント HP 530000


 はあっ!? おいおい、馬鹿じゃないのか? マスチフドラゴンでも360000だったんだぞ。しかもあっちはパーティを組んで戦えたんだ。これを1人で倒せというのか。俺が狼狽えている間に、ラブラジャイアントが攻撃を仕掛けてきた。ハルトのHPの約3倍のダメージをくらい、あっけなく一撃死となった。何が起こったのかよく分からないまま、我が分身は街に戻され、俺はしばし呆然としていた。


 さっきまでの焦りが嘘のように、俺の心は急激にクールダウンしていく。ここまで力の差があると、焦ってどうにかなる問題ではないからだ。レベル、装備、スキルレベル、何もかもが足りない。初心者を最近卒業したようでは話にならない。それに、あれならレオンだって勝てないはずだ。まずは根本的な再強化が必要なことがよく分かった。俺は気を取り直し、ひとまずはストーリーを進めることにした。





Mr.プー:指輪クエ行った?

雷神:行った行った。あれクリアーさせる気ねえだろw

ハルト:俺も一発でやられた

チルル:私も勝てる気しない(^◇^;)

リナ:そんなに強いんだ(・_・;)

雷神:レオンはどうだった?

レオン:無理だったね。ちょっとは粘れたけど、HPの4分の1ぐらい削るので精一杯だったよ

Mr.プー:でもそこまではいけたのか。すげえなー

雷神:まあいいよ別にクリアー出来なくても。どうせ結婚相手いねーし!(つд`)

チルル:wwww

Mr.プー:俺で良ければ……

雷神:馬鹿野郎


 その後もしょうもない会話が続く。俺はその間、時折会話に参加しながら、ガチャを回し続けていた。皆が集まる前に、俺はネットでDOGの攻略サイトや掲示板を読み漁った。既にラブラジャイアントを撃破した上位プレイヤー達の報告などを見ると、やはり今のままで勝つのは、100%不可能ということが改めて判明した。DOGはとにかく装備が重要なゲームだ。レベルも重要だが、装備さえ強ければかなりカバー出来るのだ。


 課金させるために、そういうゲームバランスにしているのだろう。まんまとDOG運営に乗せられているのは分かっているのだが、ガチャを回す指が止まらない。既に4人分の福沢諭吉が溶けた。今まではパチンコや競馬で散財する大人達を見て馬鹿にしていたが、俺が今やっていることはそれと変わらない。金額が金額なだけに、装備は一気に強化されたが、流石に流星の杖はそう簡単には出てこない。20万円でようやく出たという、恐ろしい報告もある。そこまで確率を絞る運営も、装備1つにそこまで金をかけるプレイヤーも、正気の沙汰ではない。ただの凶人だ。まあ俺も、徐々にそれに近付いているのだが……。


 携帯のアラームが鳴り響き、俺は舌打ちをした。バイトの時間だ。大学は夏休みだが、バイトにそんなものはない。バイトなんかしている場合ではないのだが、そういうわけにもいかない。DOGに課金するためにも、金は必要だ。


ハルト:悪い、バイト行くから落ちるわ

雷神:おう、マジか

チルル:あら、大変だね

Mr.プー:いてらー

レオン:お疲れ様

リナ:頑張ってね~!


 名残惜しくパソコンの電源を落とした。いつもは皆と時間を合わせるために、夜にシフトを入れるのは避けているのたが、アップデート直後にログインするためにずらしていたのだ。まあ、それも結局は無意味だったわけだがな。早いところバイトを切り上げて、皆と……リナと遊ぼう。


 ……皆といえば、最近広のヒーロをめっきり見ないな。レベルが止まっているから、違う時間帯でログインしているわけでもなさそうだし。最後に話した時、これから忙しくなるかも~とは言っていたが。俺は気になって、広に電話をかけてみた。……1コール……2コール……3コ……。


『もしもし?』


『おう広、俺だけど。お前最近DOG来ないな』


『ああ、ごめん白鳥君。最近バタバタしててさ、全然ログインする暇ないんだよ。もしかしたらこのまま引退かも……うぅ、僕もやりたいなぁ』


『何だよ、自分から誘っておいて。まあリアルで忙しいって言うならしょうがないけどよ』


『ごめんね。落ち着いたらまた行くからさ。その時は逆にいろいろ教えてもらうことになりそうだけどね』


『だろうな。俺、もうお前より強くなったし。あ、いけね。バイトに遅れちまう』


『あ、そうだね。じゃあまたね、白鳥君』


『ああ、また』


 どうせ引退するなら、アイテムとか全部俺に譲ってくれればいいのにな。まあいい、急がなければ。着替えを済ませた。財布を持った。携帯を持った。エアコンも消した。よし、行こう。部屋から出て外階段を駆け下り、自転車に乗って走りだした。


 …………ん? 何だろう、この胸のつっかえは。さっきから妙にモヤモヤする。何かがおかしい、何かが変だ。ただいつも通りバイトに行くだけなのに。鍵は閉めた……ガスの元栓も……閉めたよな。まあいい、気のせいだろう。そうに違いない。俺はこの気持ち悪さを無理矢理払拭して、ペダルを強く漕ぎ出した。





「……ちょっと、すいませーん」


「えっ、あっ……いらっしゃいませー!」


 ボーッとしながら品出ししていて、お客がレジに並んでいたことに気付かなかった。慌ててレジに戻り、会計を済ませる。いかんいかん……最近本当に集中力が欠けている。ちょっと油断すると、すぐにDOGのことを考えてしまう。しかし、きっと今頃は皆で新エリアに行っているに違いない。もちろんその皆の中には、レオンとリナも含まれている。夜にバイトなんて入れるんじゃなかった。その後もイライラを必死に隠しながら、時計を何度も見て、ようやく勤務終了時刻となった。よし、さっさと帰ろう。俺は更衣室で着替えを始めた。すると、また誰かが入ってきた。


「ようお疲れ」


 さっきまで一緒に仕事していた先輩だった。


「あ、お疲れ様です。張本さんも上がりですか?」


「ああ、今夜は昼番の皆とカラオケに行く約束してるからな。お前も一緒に来ないか? もう皆店の前で待ってるし」


「えっ、俺も……ですか?」


「バイト仲間なんだから、当然だろ? 都合悪かったらいいけど」


 俺は戸惑った。俺なんかを誘ってくれるのは素直に嬉しい。しかし、俺は極端に友達が少ない。ゆえに、大勢で遊んだことがない。ましてやカラオケなんて行ったこともない。まともに歌える曲もない。ないないづくしだ……正直行きたくない。そして何より、早く帰ってDOGをやりたい。でも、せっかくの誘いだ。俺的には奇跡とも言える、この職場での良好な交友関係に、亀裂を入れたくはない。しかもそのメンバーの中には、女の子も何人かいる。夢にまで見た、リア充への仲間入り。その入口がすぐそこに見えている。


「…………えっと、すいません。ちょっとこれから用事があって」


「そうか、残念だな。んじゃな、お疲れさん」


 行ってしまった。……いいんだ、これで。分不相応なことはするものではない。部屋に引き籠もってゲームをやっているのが、俺にはお似合いだ。俺は急いで身支度をして、店を出た。店の前では、張本と他のバイト仲間数名が談笑している。俺は軽く一礼だけして、逃げるように真っ直ぐに自宅に向けて自転車を走らせた。さっきの誘いのことはすぐに忘れ、頭の中はDOGやリナのことでいっぱいになった。やってやる……俺はやってやるぞ。絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのだから。

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