#9 結婚

 昨夜のイラつきが残ったまま、蝉の鳴き声に起こされる。エアコンが古いせいでろくに冷房が効かず、汗まみれになっていた。朝飯を用意する時間も惜しい。俺はすぐにパソコンの電源を入れ、DOGへのログインを試みる。すると、トップ画面になにやら公式からのお知らせが表示されていた。ん? 大型アップデートだと? 詳細は公式サイトにて……か。俺は早速公式サイトを確認した。そこには更新内容がズラリと書かれている。なんだなんだ、随分といろいろ追加されるんだな。


「……は? 新装備だぁ!?」


 各職業に新たな装備が追加される。性能も明記されているから見てみると…………なんてことだ、天竜の杖を遥かに上回っているじゃないか。流星の杖……今度はこれが魔法職最強の武器という事になるのか。せっかく天竜の杖を手に入れて舞い上がっていたのに、これじゃあ台無しだ。くそっ、ふざけやがって……! やることが汚いぞ糞運営め!


 ……いや、待て。ということは、レオンのセイントセイバーも最強では無くなったというわけだ。ならば、新装備を俺が先に手に入れてしまえばいいんだ。そうだ、ポジティブに考えよう。俺は無理やり発想を転換させて、落ち着きを保った。他の新要素は……ランキングシステムか。なるほど、面白そうだ。競争心をかき立てられるな。1位は無理にしても、出来るだけ上位に行ければ嬉しいな。もう1つの新要素は……。


「えっ、こ……これは……」


 結婚システム……だと。まあ、結婚をシステムとして取り入れたゲームは時々あったりするが……。例えば、旅の途中で貧乏な田舎娘と金持ちのお嬢様、どちらと結婚するか選ばされたりとか。気に入った町娘に農作物をプレゼントして好感度を上げて、結婚して一緒に牧場経営したりとか。しかし、それがネットゲームに採用されるとなるとどうなるんだ? 俺は落ち着いてマウスのホイールを回し、続きを読み進めた。 


 結婚は種族関係無しに、男性キャラと女性キャラで行う。アップデート後にすぐに結婚出来るわけではなく、特定のクエストクリア後に行う事が可能。特定のクエストとは、新ダンジョン『レトリバーマウンテン』の最深部のボスを撃破する事で手に入る宝石を加工し、結婚指輪を作成するクエストを指す。なお、このクエストはソロ専用となり、仲間と共に挑むことは出来ない。手に入る宝石はランダムで、同じ宝石で作った指輪をお互いに装備することで、初めて結婚が可能となる。夫婦になるメリットは様々で、パーティを組んだ際にお互いのステータスや、取得経験値やゴールドの増加。夫婦専用クエストへの参加資格。夫婦専用の部屋も利用できるようになり、飾りアイテムで部屋を自由にコーディネートすることが可能。結婚指輪も、魔法耐性や状態異常耐性などの様々な効果のある、優秀な装備品となる。その他諸々、様々なメリットが……。


 俺は全てを読み終わる前に、既にリナのことを考えていた。馬鹿な、何を考えているんだ。顔も知らない相手と結婚なんて……。いやいや、これはゲームだ。リアルで知り合い同士な方が珍しいだろう。正直、経験値アップだとかのメリットには、あまり興味は無い。ただ、リナと2人だけで一緒に夫婦専用クエストで遊んだり、専用部屋でチャットで話せたりしたら、一体どれほど楽しいだろうか、ということはどうしても考えてしまう。もう自分を誤魔化すことは出来ない。恥ずかしい話だが、俺はリナに恋をしている。駄目で元々、リナに結婚を申し込もう。


 しかしネックなのが、この結婚指輪クエストだ。仲間を連れて行くことが禁止されている。愛する人の心を射止めたければ、自分だけの力でやり遂げろとでも言いたいのだろうが、はっきり言って職業格差がもろに出るだろう。高火力だが打たれ弱い魔法使いは、前線で味方が盾になってくれて初めて真価を発揮出来る。逆に聖騎士は、1人でも充分に戦える。つまり圧倒的にレオンの方が有利だ。レオンもおそらくリナとの結婚を狙ってくるに違いない。


 ボスが落とす宝石はランダムで、同じ種類が2種類必要だから、どんなに上手くいっても2周。現実的にはもっと何周も回ってボスを倒しまくらないと、ダブることはないだろう。それに、どうやらプレイヤー同士の宝石の交換や売買は出来ないらしい。あくまで自力でやらせるつもりだ。


 こうしてはいられない。アップデートは来週だ。今のうちに少しでも強くなっておかないと。俺は改めてDOGを起動させ、ログインした。まずはいつも通り、ギルメンのログイン状況を確認。リナがいる……よし、レオンの野郎はいないな。早速リナにメールだ。


『おはよう。今何してる?』


 ソワソワしながら待つこと1分。返信メールを即座に開く。


『おはよう。ダックス海岸でレベル上げしてるよ。よかったら一緒にやる?』


 おお、向こうから誘ってくれるとは願ってもいない。早速ダックス海岸へ行くと、蟹や海老のモンスターを1人で狩るリナを発見した。


ハルト:よっ

リナ:早かったね(≧▽≦)

ハルト:まあね。ていうかよく1人でここで狩り出来るね

リナ:ハルトさんの大賢者の杖と、レオンさんの法皇の帽子のおかげで大分強くなったからねw

ハルト:そっか。それは良かった


 レオンの帽子は余計だ。俺にだけ感謝してくれればそれでいいのに。そういえば、いつの間にか敬語じゃなくなってるな。後はその、名前の後の「さん」を取ってくれればもっと嬉しいんだがな。もちろんレオンにはずっとさん付けで構わない。俺とリナはしばらくの間黙々と、時には声を掛け合いながら狩りを続けていた。楽しい……皆でワイワイとプレイするのもいいが、やはりリナと2人きりで遊ぶのが一番だ。しかし、そろそろ本題に入りたい。


ハルト:そういやさ、最新情報見た?

リナ:うん、見たよ-。何かますます面白くなりそうだね!

ハルト:ああ、新しいクエストとか、ランキングとか、楽しみだよな

リナ:あと、結婚システムも追加されるんだってねw

ハルト:そうそう。何かいろいろ特典あるみたいだしな。強い人らはさっさとパートナー見つけて効率上げていくんだろうな

リナ:まあ、ゲームだしね~。お互いのメリットのためだけに結婚する人続出しそう(^_^;)


 ……どうした俺。聞きたいことはそんな事じゃないだろう。しかし、悟られないように遠回しに聞こうにも、どう切り出せばいいのか分からない。まともに女と会話なんてしたことないからな……。こうなったらヤケクソだ。


ハルト:話変わるんだけどさ。リナってどんな男が好みなの?

リナ:え、どうしたの急にw うーん、そうだなぁ……やっぱり優しい人かな

ハルト:それだけ?

リナ:あと、私のことを守ってくれる、強くて頼れる人がいいな。


 一瞬レオンのことが頭に浮かんだ。リナの中で、俺とレオンどっちの方が信頼できるんだろうか。少なくとも、昨日のクエストではレオンの方がリナを守れたことは認めざるを得ない。もっと強くならなくては……。俺は、より一層決意を固めた。


リナ:あっ、レオンさんからメール来た

ハルト:え。何だって?

リナ:一緒に狩りしないかって。誘っていい?

ハルト:ん……まあいいんじゃない? 3人の方が効率いいし

リナ:はーい


 ウザイ……せっかく2人きりだったのに邪魔しやがって。数分後、レオンが現れてパーティを組んだ。


レオン:おはよう。今日もよろしくね

リナ:頑張ろうo(^o^)o

ハルト:ああ、よろしく


 狩りのスピードはさっきと比較にならないぐらい早くなったが、正直そんなことはどうでもいい。早くログアウトしないかな、こいつ。そればかり考えていた。まあいい、リナの好みはとりあえず把握できた。誰よりも強く……それが当面の目標だ。そして、何としても結婚指輪を揃えてリナに……。


リナ:あっ、ごめんなさい。そろそろ出掛けないと。また後で来るね!

ハルト:そっか。しょうがないね

レオン:お疲れさま


 リナが先にログアウトしてしまった。レオンと2人きりは気まずい。俺も一旦朝飯のために落ちるか。そしてすぐに戻ってきて、1人で狩りの続きをしよう。


レオン:ハルト君

ハルト:ん? なに?

レオン:キミ、リナちゃんのこと好きだろ


 なっ……! こいつ、いきなり何を言い出すんだ。


ハルト:は? 何だよ急に

レオン:隠さなくてもいいよ。見てれば分かるから

ハルト:あっそう……。で、だったら何?

レオン:来週のアップデートで、リナちゃんに結婚を申し込むつもりだろ? 悪いけど、俺が先にやらせてもらうよ

ハルト:何だよそれ。宣戦布告のつもりか?

レオン:そう受け取ってもらって構わない。俺もリナちゃんのことが好きだ。それなら早い者勝ちだろ?

ハルト:あーそーだね。まあ好きにすれば?

レオン:そうするよ。で、どうする? 俺とこのまま狩り続ける?

ハルト:あさめし


 俺はそれだけ言い残してログアウトした。ふざけた野郎め……上等だ。お前の挑戦、真っ正面から受けてやるよ。俺は食パンを袋から取り出し、乱暴にトースターに放り込んだ。そういえばリナは……リナはどう思っているんだろう。まるで当然のように、俺とレオン、先に結婚指輪を完成させた方がリナと結婚できるみたいな流れになってしまったが、リナにその気が無ければ勝者はいない。もしかしたらリアルで既に彼氏がいるかも。いや、いたとしてもゲーム内で結婚するぐらい問題ないだろう。とにかくやるしかないんだ。


 ……トースターから焦げ臭いニオイが漂ってきた。慌ててパンを取り出すが、時既に遅し。しかも手を火傷するというおまけ付きだ。俺は深くため息をつき、その黒い物体をゴミ箱に投げ捨てた。

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