#8 間抜け
ふう、今日も大収穫だったな。大賢者の杖に法皇の帽子か。武器と頭防具はこれで充分だな。体防具、足防具、アクセサリーは、精々中の上といったところだが、まあこの辺もすぐに充実するだろう。それに、まだ公式発表はされていないが、噂によると再来週に大規模なアップデートがあるらしく、各職業で新たな装備が登場するらしい。そうなると当然、天竜の杖やセイントセイバーも最強の座を降りることになるだろう。それまでは、焦って装備を整える必要は無いわけだ。
僕は後ろに大きくのけ反り、凝り固まった背筋を伸ばした。いつの間にか、理奈が後ろからモニターを覗き込んでいたことに気付く。
「ダーリン、モテモテだね」
「ん? ああ、まあね。でも僕は別にそんなに難しいことはしてないよ」
僕は席を立ち、キッチンでヤカンに水を入れて火にかける。インスタントコーヒーを開封して、2つのカップにセットしながら話を続けた。
「男の僕がこんなことを言うのもおかしな話だけど、男というのは愚かな生き物さ。遥か昔から、女という名の絶対的な餌を完全無視することなど出来ないんだ。もちろん、何もしなくても女の方から寄ってくる男も、中にはいるだろうけどね。だが、そんなモテ男でも満更例外というわけではない」
「うん。うちの店に来るお客も、中には普通にモテそうな人いるんだよね。美人な奥さんの写真とか見せてもらったこともあるし。そんな人ですらキャバクラ通いとかしちゃうんだから、皆新たな出会いを常に求めてるのかもね~」
僕は熱々のコーヒーをリビングのテーブルに置き、椅子に腰掛けた。対面に理奈も座り、自分のコーヒーに角砂糖をドバドバと入れ始めた。こんな甘党でよく太らないものだと感心する。
「サクラだらけの悪質な出会い系サイトが、いつまでも無くならないのもその証拠さ。女の子らしい文体と、本人かどうかも分からない顔写真で、勝手に期待と妄想を膨らませる。ちょっと話しただけで、この子は本当にいい子だと都合のいい解釈をする。サクラの存在を知っていても、まさか自分がそれに引っ掛かるとは夢にも思っていない。そういう間抜けが100人に1人でもいれば、業者は丸儲けというわけだ」
「自分だけは他の人とは違う、ていう考えはよくあるよね。あたしのお客は皆、指名し続けていれば、いつかはあたしとヤれると本気で思ってるよ。でもあたしは絶対にヤらせないけどね。指名や売上欲しさに、客に股開く子もいるんだけどさ、逆効果なんだよね」
「へえ。駄目なのか?」
「キャバクラに来る客っていうのは、疑似恋愛しに来てるわけ。いかにしてオキニの嬢を落とすかってね。ヤった時点でそれは1つのゴールなの。その後急に冷めて、また別の子を落としにいくんだって。不思議なもんよね」
なるほどな。要するに理奈の客達は、理奈という名の永久に辿り着かないゴールに向かって走り続けているようなものか。いずれは力尽きてリタイアするのだろうが、理奈はそれでも構わないのだろう。リタイアする頃には、もう充分に絞り尽くした後なのだから。しかしよく考えると、、僕も無意識にやっていたことだ。ネカマとキャバ嬢というのは、つくづく似ているな。まあ、本物の生身の女と現実世界で疑似恋愛出来るだけ、キャバクラの方が遥かに良心的だとは思うがな。
「それにしても、あたしから見たら不思議でしょうがないわ。何でタダで出来るゲームにわざわざお金かけて、しかもそれで得た物を他の人にあげちゃうんだろうね。相手の顔も分からないのに」
「理奈。DOGのようなネットゲームに、リアルに支障が出るレベルでどっぷりハマっている人達は、どんな層が多いと思う?」
「うーん……やっぱり、インドアなオタク系の男の人ばっかりじゃないの?」
「はは、間違ってはいないね。でも最近はネットゲームの敷居も大分下がってきていて、日中に暇を持て余した主婦なんかもよくやっている。ニートだとかオタクだとか主婦だとか、そんな限定的な話じゃなくて、一言で言えば…………現実世界で認めてもらえない者達、ってところかな」
「どういうこと?」
「人間は、誰かに認めてもらわずにはいられない生き物だ。褒められたくて仕方が無いんだよ。巨万の富を得た者が仕事を辞めずに続けるのは、辞めて誰からも必要とされなくなるのが怖いんだ。辞めて一生遊んで暮らすにしても、その遊びの中で誰かに認めて欲しいんだ。100%自己満足で絵を描いたり曲を作ったつもりでも結局は公開して、誰かに絵上手いね、いい曲だねって褒めてほしいのさ」
「ああ、そういうの分かるぅ。でもそれとこれと何の関係があるの?」
「ネットゲームの上位の大半を占めているのが、理奈の言うインドアなオタク系の男達だ。ニートも非常に多い。基本的には日の目を見ない日陰者達。仮に素材が良くても、自分を磨く努力をしないから容姿も悪く、体もろくに動かさないから運動能力も並以下。趣味がゲームと聞いただけで、一歩引いてしまう女が多いのも現実だ。大作RPGを誰よりも早くクリアしただとか、シューティングゲームで最高難易度をクリアしただとか、そんなことは世間一般において何の評価にもならない。精々周りのゲーム仲間数人にスゲーと言われてお終いだ。だが、それがネットゲームとなると話が変わってくる」
「ネットゲームで活躍すれば世間に評価してもらえるの?」
「その通りだけど、意味が違う。重度のネットゲーマー……廃人と呼ばれている者達にとって、ゲームの中こそがリアルなんだよ。現実世界では褒められないし、そのための努力をする気力も無いから、ゲームの世界へ逃げるんだ。現実世界と違って、ゲームの世界は実にシンプルだ。スタートは皆平等、つまり容姿や両親の資産などは一切関係なし。そして強さこそが全てで、いかに時間と金をかけられるかでほぼ決まる」
「あぁ~……現実では悲惨なニートでも、時間はいくらでもあるからゲームの中で最強になって、皆に認めてもらえるってわけね。でも、お金はあるのかな?」
「あるさ。他に使い道がないからね。無ければ作ればいい。借金するなり親のスネを囓るなりしてね。冷静に考えれば、働きもせずにゲームに時間と大金をつぎ込むなんて、正気の沙汰じゃない。でも、ネットゲームはある意味では麻薬みたいなものなんだ。自覚していても止められない。一度味わってしまった、褒められる快感、頼られる快感、強くなる快感、他人をやっつける快感を忘れることは出来ないんだよ。女の子にプレゼントをあげて礼を言われるなんてのも 現実世界で不可能でもゲームなら出来るからね」
もっとも、僕はそんな連中を見下しながらも、同時に感謝もしている。そんな廃人達を踏み台にして、リナは上へ上へと上り詰めていくのだから。ふと時計を見ると、11時を回っていた。コーヒーを飲んだのにも関わらず、疲れのせいか眠くなってきたし、この後もう一仕事あることを考えると、そろそろ話を切り上げるとするか。
「ねえダーリン、そろそろ……」
「ああ、分かってるよ。シャワー浴びてきな」
理奈が上機嫌そうに風呂場へと入っていった。本当は、そんなことをしている暇があったら寝るか遊ぶかしたいところだが、まあ仕方ない。これも仕事の一つなのだから。
……おっと、忘れるところだった。僕は再びパソコンチェアーに座り、マウスを握った。そしてDOGではなく、自分が運営するブログサイトを立ち上げる。『ネカマブログ』……僕のネカマ活動を逐一書き残している、悪趣味全開のブログだ。さっきスクリーンショットで撮った、りょうとのチャットログや、大賢者の杖や法皇の帽子の画像などをアップした。要するに、僕にまんまと騙されている、間抜けな男共を晒し者にして楽しんでいるのだ。ターゲットにチクる奴が出てくる可能性があるから、キャラの名前は消してある。
こんなブログだから、初めは批判意見も多かった。しかし、炎上は同時に注目も集める。いつしか、反吐が出るようないい子ぶった輩はいなくなり、僕と同類の性格の腐りきった者だけが残った。おかげで今では人気ブログの仲間入りだ。ハルトにもレオンにもその他大勢のパトロン達にも、これからブログを盛り上げていくための名役者になってもらうとしよう。
*
目が覚めて時計を見ると、針は6時半を指していた。少し早起きしすぎたな。隣で寝息を立てている理奈をそのままに、僕はベッドから起き上がりパソコンの電源を入れた。ログインする前に、DOGの公式サイトをチェックする。最新情報は常に押さえておかなければならないからな。
「んっ……アップデート内容が更新されてるな」
今までは噂の範疇を出なかった大型アップデートの情報が、公式サイトに堂々と紹介されている。実施は1週間後。装備の増加、クエストの増加、モンスターの増加、エリアの増加。まあこの辺は予想通りというか、当然の追加要素だ。興味深いのは、この2つの新システム。
まずはランキングシステムの実装。装備とステータスとスキルレベルを総合して評価される『戦闘力ランキング』。ギルメン同士で協力するギルドクエストの成績が反映される『ギルドランキング』。対人戦の成績が反映される『デュエルランキング』。以上の3つによって、ゲーム内の上位プレイヤーや、自分が全体の中でどの位置にいるのかが一目瞭然になる。面白い…………少なくとも戦闘力とデュエルランキングの2つの頂点に、いずれはリナの名を連ねることになるだろう。
そしてもう1つ。こっちは別の意味で面白いことになりそうだ。くくく……ハルトやレオンの必死な顔が目に浮かぶようだ。さあ、どうなるか……楽しみだな。ログインしたが、まだギルメンは誰もログインしていなかった。ひとまず奴らがログインするのを待ちながら、レベル上げでもするとしよう。
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