#5 課金

「おい白鳥君、聞いているのかね?」


 教授の声に、俺はハッとなって顔を上げた。まったく聞いていなかった。必修科目ではない上に人気も無いからなのか、講義を受けている学生の数は少なく、さっきまでの俺のようにボーッとしていれば、嫌でも目立ってしまう。


「あっ、すいません……」


「もうすぐ期末試験なんだ。そこで結果を出せるなら何も言わんが、点数も低くて授業態度も悪いのでは、単位はあげられないよ?」


 それは困る。俺は慌ててペンを握り直し、黒板に目を向けた。最近どうも集中力が低下している。気が付けばDOGのことを、そしてリナのことを考えている。今日はどこまでクエストを進めようか……次は炎と氷どちらの魔法を習得しようか……そろそろ装備の買い替え時か……。リナ……今日は何時頃にログインするだろうか? リアルではどんな子なのだろう? 俺と同じ大学生……それとも中学生か高校生……逆に年上で、OLとかの可能性も……。そんなことばかり考えている。


 ドリームオブゴッド……ここまでハマるとは思っていなかった。ネットRPG全般に言えることかもしれないが、謎の中毒性があるのだ。俺が今までやってきた普通のRPGは、ストーリーを全クリするという明確な目標はあるものの、逆に言えばそれが達成されれば終わりということだ。DOGはその高すぎる自由度や、豊富すぎるやり込み要素のおかげで終わりが見えない。しかも今後もアップデートで新要素はどんどん追加されていくのだ。いずれ、今のラスボスである暗黒魔神ブルートも、ただの中ボスに成り下がる日が訪れるのかもしれない。


 他のプレイヤーとの絡みというのも、その中毒性に拍車をかけている要素の1つだ。何せ、周り全員が仲間であると同時にライバルであるようなものだ。自分と周りのレベルを勝手に比較し、勝手に対抗心を燃やしてしまう。ギルメンとレベル差が開きすぎると、一緒に遊んでくれなくなるかもしれないという不安もある。もっと強くなりたい……強くなって自慢して、皆から頼られたい。そして更に、DOGには対人戦モードもある。今は弱いからそんなものには参戦出来ないが、いずれはやることになるだろう。そうなれば、強くなりたいという思いは更に強まるに違いない。


 そして何よりもリナ。俺はリナのことが気になって仕方が無い。これは恋なのだろうか。いや、会ったこともないのに、そんな気持ちを抱くのは馬鹿げている。でも、もっと仲良くなりたい。あんな余り物の装備なんかじゃなくて、もっとちゃんとした物をプレゼントしたい。しかし、ハルト自身も強くさせたい。時間は限られている……両立はなかなか難しい。どうすればいいだろうか……。


 講義終了のチャイムの音に、再び現実に戻された。教授が黒板の文字を消し、周りの学生もぞろぞろと教室を出て行く。しまった……全然ノートを取っていなかった。かといって、俺にはノートを見せてくれる友人などいない。ああ……何てこった。





「はい、これ給料明細ね。今月もお疲れさん」


「ありがとうございます、店長」


 今日は給料日だ。と言っても、別にそこまで待ちわびていたわけではない。DOGをやり始めてから新しいゲームを買ってないから、最近は金をほとんど使っていない。元々の貯金もそこそこあるしな。帰り道、給料明細を開けてみると、今月は7万円を超えていた。我ながら結構頑張ったものだ。帰宅後、流れるようにパソコンを付けた。期末試験も赤点ギリギリではあったが、なんだかんだで無事終わり、明日から夏休みに入る。バイト時間以外は、ずっとDOGに時間を費やせるというわけだ。


 すぐにギルメンのログイン状況を確認する。リナがログインしている。ここ数日時間が合わず、会うことが出来ずにいた。今日は話せるといいが……。俺はいつも通り、ライジングの溜まり場へと向かった。リナがいた……俺は高鳴る気持ちを抑えながら、キーボードを叩き始めた。


ハルト:おっす

チルル:やほーい

Mr.プー:おっすおっす

リナ:こんばんわ^^

レオン:今晩は


 ん? レオンなんて、このギルドにいたか? 種族は人間、職業は聖騎士、レベルはたったの6か……最近始めた初心者だろうな。まあどうでもいいか。そんなことよりも、俺は別のことに驚いている。リナのレベルが、ちょっと見ない間に随分上がっている。装備もなかなかいい物を持っているじゃないか。ハルトとさほど変わらないステータスだ。俺は焦った。レベルが近ければ一緒に遊びやすいのだが、このペースだとすぐに追い越される。それでは格好がつかない。


ハルト:あれ、リナ強くなったねー。頑張っちゃった?

リナ:ふふ、それもあるけどね。ちょっとだけ課金しちゃったの。このゲーム面白いから、少しぐらいならお金出してもいいかなーって


 なるほど、課金か……。DOGは基本無料で遊べるが、課金することによって更にゲームを楽しむことが出来る仕様だ。例えば、ガチャを回して新たな装備やアイテムをランダムで手に入れることが出来るし、経験値やお金を余分に獲得出来るように、一定時間ブーストをかけたりといったことも出来る。とにかくリアルマネーをかければかけるほど、強くなるまでの近道となるわけだ。とはいえ、普通にプレイする分には、無課金でもまったく問題は無い。だから俺は今まで一切の金をかけずに遊んでいたのだ。


 俺は給料明細に目を止めた。70000円……か。それにDOGのおかげで、買おうと思っていたゲームをスルーしたのだ。ゲーム1本分ぐらいの値段なら……課金してもいいか。俺はチャットをしながらゲーム内のショップ画面を開き、持っていたプリペイドカードのナンバーを入力した。とりあえず5000円分……さて、これで何をするか。最近装備に限界を感じてきている。装備のガチャでも回してみるか。しかし1回あたり約500円……地味に高いな。カツ丼が食べられるじゃないか。まあいい、とにかくやってみよう。1回目……ゴミ。2回目……ゴミ。3回目……ゴミではないが既に持っている。くそ、ろくなのが当たらないじゃないか。その後も微妙な物ばかりが出続けて、最後の1回となった。


「来い……来い来い来い来い来い……!」


 祈りをこめてマウスをクリックした。心拍数が上がり、マウスを握る手に力が入り、ミシミシと音を立てる。


「……うっ、ぐぅぅぅ……!」


 終わった。どれもこれも冴えない物ばかり。さすがに無課金で今まで手に入れた装備よりはマシだが、レア度1~5まである中で、レア3が9個、レア4が1個。しかしガチャから出る装備は、レア3以上は確定しているため、実質ほぼ最低に近い結果となった。5000円もかけたのに何て様だ。


チルル:おーい、ハルト君~?

Mr.プー:離席か?

リナ:あらら


 そうだ、チャットの最中だった。俺は慌てて返事をした。くそっ、もう2度と課金なんかしないぞ。広も言っていたが、無課金でも、工夫と時間次第で課金者とも対等に渡り合えるはずなんだ。夏休みで暇を持て余した、学生の底力というものを見せてやるぞ。





 ハルトのレベルは20を超えた。ここまで来ると、敵も大分強くなってきて、一筋縄ではいかなくなってきた。貧弱な魔法使いでは、敵の攻撃に耐えられないのだ。初心者向けではないという、最初の広の言葉を思い出す。仲間と一緒ならまだしも、平日昼間だと俺のような暇な学生しかログインしていない。広も最近忙しいのか知らないが、姿を現さない。せめて、あの時のガチャがもう少しまともな結果が出ていれば……。俺は10分に1回ぐらいのペースで死んで街に戻されるハルトにイライラしながら、ひたすら狩りを続けていた。そういえば、そろそろ誰かログインしただろうか。


「おっ……リナがいる」


 俺はリナにメールを飛ばした。


『今どこにいる? 一緒にクエストやらない?』


 1分もしないうちに、返事が来た。


『ごめんなさい、これからちょっとレオンさんにクエスト手伝ってもらう約束しちゃってるんです(・_・;) また今度誘ってくださいね』


 レオンだと? あいつは最近始めたばかりの初心者だろ? リナが手伝うんじゃなくて、レオンがリナを手伝うのか? 俺はギルメンリストから、レオンのステータスをチェックした。


「な、なん……だと……」


 レオンのレベルは30を超えていた。しかも、装備もどれもこれも一級品じゃないか。課金したのは間違いないが、たかだか数千円の課金ではここまでにはならないだろう。一体いくらつぎ込んだんだ。くそっ、こんな奴に負けてたまるか。しかしこれ以上の課金は……。ならば時間だ。徹夜でも何でもして、すぐに追い越してやるぞ。


 翌日もいつも通り、DOGにログインする。結局寝落ちしてしまったが、それでもレオンのレベルに追い付くことは出来た。しかし、レオンは更に強くなっていた。馬鹿な、早すぎる……。さては、経験値アップアイテムを課金で買いやがったな。汚い真似しやがって。俺は悔しさでギリギリと歯ぎしりをした。それに後から知ったことではあるが、レオンの職業である聖騎士は、総合的に見て最強と言われている。DOGは比較的バランスの取れたゲームではあるが、それでも完璧ではなく、明らかな職業格差がある。聖騎士や忍者などが強く、魔法使いや戦士などは不遇とされている。もっとも、極限まで鍛えれば、高火力を期待できる魔法使いが最強らしいが、それまでは茨の道なのだ。


 くそっ……こうなったらキャラを作り直すか? いや、今更そんなことはしたくない。最終的には最強になれるんだ。ならば、とことんやればいい。しかし無課金では限界がある。俺のマウスカーソルは、無意識のうちに課金ページへと運ばれていった。2度と課金しないと言ったな……あれは嘘だ。前回と同じ5000円をぶち込んでやる。経験値やゴールドアップのアイテムもいいが、装備の方が重要だ。俺は再び10連続ガチャに挑んだ。結果は……。


「…………き……きたーーーー!!」


 俺は立ち上がり雄叫びを上げた。隣に誰も住んでなくて良かった。落ち着いて座り直し、再度画面を凝視した。間違いない。現時点の最強の杖……天竜の杖だ。噂によると、これを手に入れるために何十万も課金して、それでも出なかった奴がいるとかなんとか。それをたったの合計額10000円で……。笑いが止まらない。レオンの装備は武器も防具もかなり強いが、それでもこの杖1本の価値には及ばない。そして更に……天竜の杖には及ばないものの、もう1本強力な杖が出た。大賢者の杖だ。武器が2つあっても仕方が無い。売れば結構な金になるが…………それはしない。ふふふ……今から楽しみだ。

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