#4 ネカマ
僕はパソコンチェアから立ち上がり、キッチンへと向かった。カップに入れて忘れていたココアを、電子レンジで温め直した。再び熱を帯びたココアを口に含み、今日のことを思い返す。ドリームオブゴッド……なかなか面白くなりそうなゲームじゃあないか。まだリリースして間もないにも関わらず、豊富なコンテンツがあり人口も多い。しばらくはこれで楽しめそうだな。それに、早くもパトロン候補者も見つかった。
ハルト…………あいつはいいパトロンになりそうだ。少し話した程度だが、僕には分かる。本当は女と2人きりで遊んでいて浮かれているのに、興味ない風を装っているのが見え見えだった。ああいう奴に限って、一度惚れた女にはとことんのめり込み、際限なく貢ぐのだ。自分の身の程も知らずにな。ここから先は、長年ネカマをやってきた僕の勘だが、ハルトは今までに出会ったパトロンの中でもなかなかの逸材だ。精々利用させてもらうとしようか。
現実の僕はホモでもオカマでも何でもない。至ってノーマルだし、現に付き合っている女もいる。そんな僕が何故ネカマなどをやっているのかというと、それには2つの理由がある。僕は凝り性で、そして負けず嫌いだ。たかがゲームであろうと、やるからには全力で取り組むし、全力で取り組むからには勝ちに行く。そこで便利なのが、女に飢えた間抜けな男共だ。インターネットというのは便利でもあり恐ろしい物でもある。可愛い幼女がムキムキのおっさんになることも出来るし、小汚い中年オヤジが美少女になることも出来るのだ。画面上に表示されているアイコンやキャラクター、それが発する文字でしか相手を判断する事は出来ないのだから。
僕がネットゲームを始めたのは小学4年生の頃からで、ネカマを始めたのもそれと同時だ。始めは軽い悪ふざけのつもりで女キャラを選択し、自分のアバターにした。それも特別可愛くなるように、顔や髪形、服装を着飾った。言葉遣いも適当に女っぽくした。たったそれだけで、頼んでもいないのに男共が次から次と、僕にアイテムをプレゼントしてきた。当時は本当にネットゲームに慣れていなかった事もあり、それがますます初々しく、護ってやりたい精神を呼び覚ましたのだろう。そう、ネットゲームを攻略する上では、正直に男を演じるよりも、可愛い女の子を演じた方が確実に便利なのだ。それがまず1つ目の理由だ。
そして2つ目。単純に趣味と言えるのかもしれない。僕が男だとも知らずに、画面の向こうに勝手に自分の理想の女を思い描いて、鼻の下を伸ばしている馬鹿共の顔を想像すると、笑いが止まらなくなる。時々どっちが目的でどっちが手段なのか、自分でも分からなくなる時がある。今まで僕のターゲットに選ばれて釣れなかった男はいない。釣られた男は、散々僕にしゃぶり尽くされた後に捨てられていく。ハルトも利用価値が無くなり次第、そうなるだろう。僕にはネカマの才能があるに違いない。喜んでいいのか分からない才能ではあるが、少なくとも今はそれが楽しくて仕方が無い。
さて、明日も早いからそろそろ寝るとしようか。これからどうやってDOGを攻略していくか考えながらな。最も、一般のプレイヤーの言う攻略と、僕の言う攻略は少し意味が違うが。
*
午後3時。今日は少し早めに帰宅した。早速DOGを開きリナを呼び出す。ハルトや他のギルメンは、まだログインしていないようだ。平日のこの時間では無理もないがな。今のうちにパトロンとなりそうな者を増やしておくか。システム上ギルドの掛け持ちは出来ないが、フレンドなら自由に登録して増やしていける。きっかけを作るのは、共にクエストに行くのが一番手っ取り早い。僕はリナを、人が最も多く集まる街の中央広場に移動させ、キーボードを叩いた。
リナ:すみませーん。初心者なんですけど、どなたかクエストを手伝って頂けませんか-?
これだけで充分だ。ハートマークや顔文字やギャル文字などを多用して、無駄に媚びる必要など無い。下手なネカマは、すぐにそうやってキャピキャピ感を出そうとして見抜かれるのだ。そんな物は時々会話に混ぜる程度でいい。リナの容姿は小さくか弱い、童顔のホビットだ。加えて初心者を名乗る低レベルの僧侶ときたもんだ。誰もが助けてあげたくなるだろう。あっという間にパーティの定員が埋まった。いずれも金を持ってそうな、高レベルのプレイヤー達だ。フレンドになっておいて損はないだろう。
一通りクエストを終えると、短時間で経験値と金が手に入り、フレンドも増えた。こいつらはいずれまた利用価値があるだろう。再度ギルメンの状況を確認すると、何人かがログインしていた。ハルト……よし、ターゲット確認。さあ、デートでもしようじゃないか。溜まり場にはハルトを含めたギルメンが集まっていた。
リナ:こんばんわ!
雷神:へいらっしゃい(*ゝω・*)ノ
Mr.プー:寿司屋か!
ハルト:こんー
ヒーロ:こばわー
チルル:こん(^-^*)
初めて見るのもいるな。ここは愛想よく振る舞い、仲良くなっておくか。僕なら……いや、リナなら、どんな奴ともすぐに打ち解けることが可能だ。そして、そろそろ狩りに行こうかという話になった。前回ある程度レベルを上げたから、今回は雷神達と同行させてもらえるらしい。
ハルト:リナ
むっ……ハルトから囁きだ。他の者には聞こえない、プライベートチャット機能は、当然DOGにも備わっている。早くも囁きを利用してくるとは、なかなか積極的だな。
リナ:はい、どうしました?
ハルト:これから行く所は結構敵が強くてさ、まだリナには危ないかも
リナ:足手まといになりますかね?(・_・;)
ハルト:いや、ちょっと待ってて
数秒後、ハルトからメールが送られてきた。メッセージは空だが、装備が一式添付されている。思わず口角が吊り上がった。これぞネカマの醍醐味だ。まったくチョロすぎるな。
リナ:え? これって……
ハルト:あげるよ。俺のお古で悪いけど、同じ魔法職だから装備出来るでしょ
僕がハルトに目を付けた理由の1つがこれだ。僧侶のリナと魔法使いのハルトは、装備が大体一緒だ。こうして余り物の装備を分けて貰うことも、これが最初で最後ではないだろう。まあいずれ、余り物ではなく本命の装備を出させてやるつもりだがな。
リナ:あ、ありがとうございます! 大事に使いますね!
ハルト:そんな大袈裟な……。大した物じゃないよ
リナ:いえ、それでも凄く嬉しいです。こんなに親切にしてもらったの初めてなので
ハルト:そうか……
初期装備に毛が生えた程度の、余り物のクズ装備ではあるが、オーバーリアクションは必要だ。優越感とちょっとした罪悪感を植え付けてやることで、次回以降の貢ぎ物のランクをアップさせてやるのだ。その後しばらく狩りをした後、程なくして解散となった。少し疲れたな。僕は席を立ち、ベランダに出て煙草に火をつけた。
とりあえず順調といったところか。しかし、DOGがリリースされたのは数ヶ月前だ。稼働初期の頃から参加している上位プレイヤー達とは、まだまだ天と地の差がある。課金しまくればすぐに追いつけるだろうが、その気はない。金が無いわけではない。むしろ、どちらかと言えば裕福だ。単純にプライドが許さないのだ。課金は全てパトロンにやらせてこそ、一流のネカマと言えよう。まあ、焦る必要はない……焦れば大魚を逃がす。今まで失敗したことなど、一度たりともないのだから。僕は夜空に溶けていく煙草の煙を、無意識に目で追いながらそんなことを考えていた。
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