#3 リナ

 今日も疲れた。未だに慣れない大学生活と、最近急に上がってきた気温にウンザリしながら、俺は電車の端っこの座席でぐったりしていた。今日は夕方からコンビニでバイトがある。親からの仕送りだけでは、生活は出来ても娯楽に使う金までは無い。まあ、大学と違ってバイトはまだいい。最近は仕事も覚えてきて怒鳴られることも無くなってきたから、バイト仲間との人間関係も、俺にしてみれば奇跡的なぐらい良好だ。リア充とやらの仲間入りも、もしかしたらそう遠くないかもしれない。


「やあ、白鳥君」


 顔を上げると、つり革に掴まった広がニコニコしながら見下ろしていた。俺は溜息を我慢しつつ、「おう」と一言だけ返した。


「白鳥君、今日もログインするよね?」


「ああ。夕方からバイトだから、夜になるけどな」


「オッケーいいよ。今日は一気にストーリークエ進めようか? それでしか手に入らない武器とかもあるし、他にも……」


 また始まった。しかも、これだと広の唾が上から降りかかってくる。全く勘弁してほしい。俺はいつも通り適当に相槌を打ちながら、最寄り駅への到着を待った。


 バイトから帰宅後、そこから持ち帰ってきた廃棄処分されるはずだった弁当を平らげ、無料のアダルト動画ですっきりしてから、DOGを起動させた。もう夜の10時だが、大学生にとってはここからがゴールデンタイムだ。我が分身ハルトを呼び出し、ライジングの溜まり場へと向かわせた。そこには、昨日の4人は誰もおらず、見知らぬキャラが2人いた。この2人もギルメンのようだな。ギルドのメニュー画面を開くと、Mr.プー以外はログインしているようだ。狩りにでも行ってるのかもしれない。初対面しかいないと気まずいな……しかし、何も言わずに立ち去るのもまずいだろうな。俺は仕方なくキーボードに指を当てた。しばし考えたが、まあ普通に挨拶すればいいか。


ハルト:こんばんわ。昨日から入ったのでよろしくお願いします

GIN:どうも、こちらこそよろしく

姫子:よろしくです!

ハルト:他の皆は?

姫子:いつもの所で狩りしてますよ

ハルト:連日頑張るなぁ

GIN:でも、うちはガチギルドじゃないけどね。どっちかというとまったり系で皆マイペースでやってるよ

ハルト:あれ、そうなんだ?

姫子:課金してる人少ないし、いても微課金ですしね。ガチギルドの人達は平気で数十万円使ったり一日中張り付いてますよ


 数十万円!? …………馬鹿なのか? それともよほど他に金の使い道がない金持ちなのか。家庭用ゲームなら、ジャンルにもよるが、中古で数百円から数千円で買ってきた物で何十時間、何百時間も遊べるというのに。ゲームというのは暇潰しのためにあるのであって、その暇潰しにそんな大金をかけているようでは、この先心配だな。まあ俺の知ったことではないがな。


ハルト:お二人はクエスト行かないの?

GIN:最近は全然行ってないね。たまにログインして、こうして駄弁ってるだけだよ

姫子:私も同じですね。チャットもネットゲーの楽しみの1つですから


 なるほど、そういう楽しみ方をしている人もいるってことか。まあ、何事も楽しんだ者勝ちだよな。ヒーロも戻ってこなさそうだし、1人でクエストでも消化してくるか。昨日一気にレベル上げしたから、序盤は1人でも楽勝だろう。そして俺は夜の12時までストーリークエストを進めてから就寝した。レベルは全く上がらず、物語の進展も特になかった。





「130円のお返しです。ありがとうございましたー」


 今日もバイトだ。時給800円で、平日は3時間しか働かないから、2400円の稼ぎにしかならない。まあ、幸い俺は大した趣味はないから貯金は貯まる一方だ。店長が事務室から出てきて声をかけてきた。


「白鳥君お疲れ。今日はもう上がっていいよ」


「あっ、はい。じゃあお先に失礼します」


「廃棄弁当また持って帰っていいからね」


 ありがたいが、そろそろ飽きてきた。まあ、タダ飯に文句は言えないか。俺はビニール袋に弁当を入れ、帰路に着いた。部屋で弁当を食べ終え、風呂上がりにコーラを一気飲みする。夏の暑い時期には、炭酸ジュースが五臓六腑に染みわたる。落ち着いてから、いつも通りパソコンの前に座り、電源を入れた。しかし、イマイチやる気が出ない。あれから更に何日かプレイしてみて、ネットでも情報を集めたところ、俺はドリームオブゴッドというゲームを、もっと言えばネットゲーというジャンルをある程度は把握することが出来た。


 最初に広が言っていたように、ストーリーなんて物はただのおまけだ。ラスボスを倒したところで、世界が平和になってエンディングを見られるわけでもない。そもそも、同じクエストを受注すれば、何度でも戦えるのだ。まあ、全てのプレイヤーにラスボスと戦うチャンスを与えるためには、当然の仕様ではあるのだろう。とにかく、ストーリーなどどうでも良いのだ。


 では何をするのかといえば、ひたすら自分のキャラを強化することだ。GINや姫子のように、チャットだけしに来るプレイヤーもいるが、基本的には皆ひたすらレベル上げと装備やスキルの強化だ。それも、普通のRPGのように、レベルを最大まで上げて最強装備を揃えれば終了というわけではない。アップデートによって最大レベルを引き上げられたり、新たな装備も実装される。そもそも、レベルを最大まで上げるというのも途方もない時間が必要らしい。装備もゲーム中に数個しか存在しない激レアな物もあったりするので、最強装備を揃えるのは実質不可能だ。


 正直なところ、俺には面白さが理解できない。ひたすら同じ事を繰り返してキャラを鍛えるだけなど、それはゲームではない。作業だ。明日は新作のゲームが発売される。今夜はとりあえずDOGに入るが、恐らくこれで最後となるだろう。ログイン後、まずはギルメンのログイン状況を確認する。ほぼ全員いるようだから、とりあえず溜まり場にいくか。いつもの街外れの公園には、ヒーロを含めた数人のギルメンが駄弁っていた。


ハルト:おっす

ヒーロ:こん(^^)

姫子:こんばんわー

Mr.プー:おいすー


 と、挨拶したはいいものの、いかんせんやる気が出ない。どうせ今日をもって、この人達とも金輪際関わることもないし、クエストに行ったって仕方ないのだから。まあ、少しの間だけでも友人が出来たみたいで少しは楽しめたけどな。しばらく雑談した後、そろそろ寝るかと思い始めた時、ギルマスの雷神が、見知らぬキャラを引き連れてやってきた。ライジングの肩書きがあるからギルメンのようだが、初めて見る名前だな。


雷神:皆注目ー!新人を紹介するぞー

リナ:リナです。まだ始めたばかりで分からないことだらけですが、よろしくお願いします!


 女ホビットの僧侶……レベルはまだ3か。本当に昨日今日始めたばかりの初心者みたいだな。まあ、俺にはもう関係の無いことだが。


ヒーロ:リナさんよろしくね(^^ゞ

Mr.プー:なんだ、雷神にナンパされた?w

雷神:∑(OωO; )

リナ:いえいえw たまたまギルメン募集のチャットログを見て、私から雷神さんに声をかけたんですw

雷神:そういう事よ。ところで、ハルト君時間空いてる?

ハルト:ん? ああ、まあそれなりに

雷神:ちょっとリナさんのレベル上げ手伝ってあげてもらっていい? レベルが1番近い君が適任かと思ってね

ハルト:えっ まあいいけど

リナ:すみませんハルトさん、よろしくお願いします!


 何か妙なことになったな。どうせ暇だからいいけど。俺1人でリナを死なせずに狩りが出来るちょうどいい場所か……。ポメラ森でインプでも狩るか。俺はリナを連れてポメラ森へと向かった。ここの敵なら、今のハルトなら一撃で倒せる。ハルトの魔法で、次々とインプを撃退していくと同時に、リナのレベルも上がっていく。


リナ:すごい! ハルトさん強いですね

ハルト:いや、別に大したことはないけど

リナ:でも、さっきからまとめてみんな一撃で倒してるし、すごいですよ


 ……まあ、範囲攻撃が得意な魔法使いだからな。でも褒められて悪い気はしない。もちろんハルトより強い奴なんか腐るほどいるが、初心者の僧侶から見れば充分強く見えるのだろう。今更だけど、ゲームとはいえ、女と2人で行動するのなんて初めてだな……。その後もリナから時折賞賛を浴びながら、しばらくの間狩りを続けた。こっちからも何か話題を振った方がいいのかな?


ハルト:リナさんはゲームとかよくやるの?

リナ:そうですね、結構好きですよ。でも、ネットゲームはDOGが初めてなので、いろいろ教えてもらえると嬉しいです(^-^*)

ハルト:そうなんだ。まあ、俺もDOGが初めてのネットゲームだし、始めたばかりだから、あまり教えられることは無いと思うけど

リナ:それじゃあ、初心者同士で一緒に頑張って強くなりましょう!


 ……俺、今日でこのゲーム止めるつもりなんだけどな。今そんなこと言ったら、お互い気まずくなるだけか。


リナ:あっ、ごめんなさい。そろそろお風呂に入って寝ないと……

ハルト:ああ、もうこんな時間か。じゃあ解散しようか?

リナ:はい、ありがとうございました! また一緒にあそびましょうね!


 リナはそう言ってログアウトした。俺はしばらく何も操作せずにボーッとしていた。また一緒に……か。まあ、そこまで言うのなら、もう少しぐらいは続けてやってもいいがな。せっかく友人も出来たことだし、もったいないよな、うん。いつの間にか綻んでいた口元を慌てて直し、DOGからログアウトした。

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