第22話 望まない再会
今、魔王とクローディア達の姿は、海上の魔王軍船の甲板にあった。
いつも荒れ狂っているはずの船の下に広がる深黒大陸近くの海上は、不思議なほど穏やかで、その静寂は逆に恐ろしく感じるほどだった。
「そろそろ見えてくるはずだ」
魔王は遠くの海を眺め、その先から来るであろう敵である勇者が乗る船を待つ。
「で、魔王。やはりこの姿で戦わないとはいけないだろうか?」
魔王の後ろにいたクローディアは、今は頭から黒いフード付きのマントを深々と被り、表情は見えないが、その声は明らかに不満を伝えていた。
それに異を唱えたのは、魔王ではなく斜め後ろに待機するメラルダである。
「いけません。クローディア様たちが魔王様の近くにいるのを、他国の者に見られるのは現時点ではまだ早いのです」
そのメラルダの横には同じ様に黒いフード付きのマント姿の二人がいたが、片方の背の低い方も声をあげた。
「黒色は仕方ありませんが、この衣装のデザインといいますか、露出的なセンスはどうにかならなかったのでしょうか?」
「気にするなブラック魔法使い、よく似合っているぜっ!」
「ブラックって、言わないで下さい!」
もう片方の黒いフードの男へ、ブラック魔法使いは突っ込みを入れた。
現在、勇者パーティーは、それぞれ正体を隠すという理由のため、メラルダが用意した衣装に身を包んでいる。
ぱっと見は怪しさだけが目立つ三人の姿だった。
「見えたぞ!」
魔王は前方からこちらに向かう船影を見つけ、全員に向け叫んだ。船影はどんどんと大きくなり、目の前まで迫ってくる。
その船をクローディアは見たことがあった。何故この船がここに?と、ベールの下で表情は隠れているが、身体がわなわなと震えている。
そして、その船の先端にそれが、獣がいた。
小さく身を屈めた獣は、赤黒い血を全身に浴びている。そして獣の長い黒髪は、血の固まりが付着し、ぼろぼろとなって乱れていた。その獣は女だった。
「何故だ!何故お前なんだ!」
クローディアが獣を見た瞬間叫ぶと、息を荒くした獣は茶色い瞳を見開き、口を大きく横に開く。
「見つけた、魔王!殺す、魔王!!」
「シズク!!」
クローディアは、獣に、仲の良かった隣国の王女の名を叫ぶ。
「シズク?誰だそれは?」
「クローディアの友人、イースト公国の王女です!」
魔王の問いに、ブラック魔法使いが答える。
クローディアは魔王を守るように前に立ち、黒いマントを払う。
「ここは私に任せてくれ」
クローディアは目の周辺を隠す漆黒の鳥のような仮面を付け、黒い勇者の正装を纏っていた。その右手には漆黒の宝剣を握り、目の前の勇者"シズク"に向かい合う。
「シズク、それが勇者の姿だというのか?!そんな獣のような姿が、勇者だというのか!目を覚ませ!」
クローディアは瞳に怒りを浮かべる。その対象はシズクではない、シズクの心の奥に潜む、勇者を操る存在に対して、激しい怒りを向けたのだ。
「なんだ、貴様は?」
シズクは魔王の前に立つ、クローディアに声を放つ。
クローディアは一瞬下を向き、少しだけためらいを見せてから、叫ぶ。
「わ、私は、ブラック勇者だ!」
辺りは一瞬、静寂に包まれる。そして笑い声が響く。
「は、はははっ!何だ?ブラック勇者だと!馬鹿にした名前、まずはお前から殺す!」
シズクは、高く飛び上がると、魔王の船に飛び降りる。船がその勢いに僅かに揺れた。その様はまさに獣が獲物を刈る様に酷似している。
シズクは素早く右手を振りかぶり、クローディアに振り下ろす。クローディアが思わず宝剣を正面に構えると、宝剣とシズクの手から延びた鋭利な爪が甲高い音を立てぶつかり合った。
「あはは、この爪を受けるか!」
「ま、まさか、その爪が聖剣なのか?!」
クローディアは驚きを隠せない。聖剣とは勇者の心を投影し武器としたものだ。歴代の勇者の聖剣は短剣、長剣、時として槍など、すべて武器の形状をしていた。それは以前クローディアが敵となった存在から見せられた映像にあったものだ。
しかし、シズクのように爪自体が聖剣となったものは見たことがない。
「これが、リミッターを解除した勇者だというのか?あいつがシズクをこんな化け物にしたというのか!?」
クローディアの嘆きのような声に、シズクは、面白いなあ、と目を輝かす。
「ブラック勇者、お前おもしろい、もっと楽しませろ!」
シズクは両腕を下して甲板につくと、腕を軸に両足を互いに回転させクローディアに迫る。その両足からも鋭い爪が伸びているのをクローディアは見逃さなかった。
クローディアは、交互に攻撃のくる足の爪を宝剣で受け止める。
「くっ、爪がすべて聖剣だというのか!?」
クローディアは、攻撃のタイミングが見いだせず、シズクの勢いにジリジリと後退する。
「ブラック勇者、伏せて!」
ブラック魔法使いの声が響くと同時に、シズクの上で大きな炎の固まりが現れる。しかし、シズクはその魔法の炎の固まりが爆散する前に、足の爪で瞬時に切り裂く。そして切り裂かれた炎は塵のように消えていった。
「そっ、そんな、私の魔法を切り裂いただけでなく、そのまま消滅させるなんて?!」
クローディアと同じ仮面を付け、深くスリットの入った艶っぽい黒い衣装のブラック魔法使いは、驚きを隠せない。
シズクが余裕の笑みを浮かべると、その後ろに黒い影が迫った。
「食らえや!」
全身黒の甲冑のブラック戦士が、シズクの一瞬の油断を狙うが、シズクは冷静にその剣を爪で受け止めると、そのまま真っ二つに切り裂いた。
「弱いな、お前たち」
「くそ、何だこの化けもんっ?!」
ブラック戦士は、瞬時に間合いを取り直す。
「はははは、全部殺すぞ!神の命だ!」
シズクは上空に向かい雄叫びのように叫ぶと、再び身を低く屈めてクローディアに襲いかかる。
拳、蹴りと野生児のようなシズクの攻撃はモーションが大きく、多少の隙が生じる。しかし、クローディアは相手がシズクということもあり、防ぐだけで本気で切りかかることが出来ないでいた。激しく動くシズクの髪から、浴びた返り血が舞う。
「お願いだシズク、正気を取り戻してくれ!」
防戦一方のクローディアの声はまるでシズクには届かない。
「殺す殺す殺す!」
狂気に満ちた瞳のシズクが迫ったとき、シズクの髪から舞った血糊がクローディアの足元を滑らせた。
「くっ、しまった!」
シズクの爪がクローディアに突き刺る瞬間、その爪は目の前に現れた障壁に阻まれる。爪の前だけではない、シズクの周りをすべて取り囲むように障壁が張り巡らされていた。
「魔王か!!」
形相のシズクが魔王を見ると、魔王は険しい顔でシズクに対して放つ魔力の威力を高める。
「この障壁は簡単には破れないぞ!」
シズクは魔王の言葉が耳に入らないのか、障壁を破ろうと手や足の爪を何度も突き立てる。しかし、魔王の言うとおり障壁は破れずにいた。シズクを囲う障壁は身体の動きをとるには狭く、シズクは一撃に力を乗せられないでいたのだ。
「魔王、魔王、魔王、魔王っっ!!」
シズクは発狂するように叫ぶと、突然ガクンと膝を突き、障壁の中で気を失った。
「シズク!?」
そんなシズクにクローディアが駆け寄り声をかけるが、シズクは目を覚まさない。
「身体の限界を超えたのだろう。再び目を覚ますとまた暴れ出すだろうからな、この障壁はこのままにするしかない」
魔王はクローディアに声をかける。それを聞いたクローディアは、下を向いて、奥歯をかみしめ言葉を吐く。
「くそっ、何とかしてシズクを救わなければ!」
クローディアの瞳は、涙の膜が覆っていた。
「マルク様、クローディア様」
いつの間にか二人の後ろにメラルダが立っていた。
「どうであった?」
魔王がメラルダに問うと、メラルダは首を横に振る。
「あの船の船員は全て死亡していました。どうやらこちらの船が見えた時点で、全員を殺したのかと」
クローディアは絶句した。
「そんな、あのシズクが、虐殺をしたというのか。あんなに明るく良い笑顔をする、あのシズクが、、」
鈍い音が響く。クローディアは跪き、甲板を殴りつけていた。
「クローディア、まだ助けられないわけではないぞ」
魔王がそう言うと、クローディアはそのままの姿勢で無言のまま頷く。
「で、これからどうするよ?」
ブラック戦士が魔王に聞くが、魔王もまだ考えている途中らしく返事が出来ないでいる。本来であれば最悪敵の勇者を殺すのも仕方ない、と考えていた魔王だったが、それがクローディアの友人ということになると話は別だ。
「魔王、どうにかして、シズクの中から勇者の力を追い出すことは出来ないものか?」
クローディアは悲痛な顔で魔王を見る。クローディアを見つめながら、魔王は重い口を開いた。
「クローディア、全く方法がない訳ではない、、、」
「しゅ、手段があるのか?!」
クローディアの顔に輝きが戻るが、そんなクローディアを見つめる魔王の顔は逆に悲痛なものに変わる。
「クローディア、お前の命が危険になるがそれでも構わないか?もちろん俺もお前を助けるが、絶対に助かるとは言えない方法なのだ」
クローディアはの笑顔は崩れない。手段か在るなら、何を迷うことがあるだろう。命を懸けて大事な友人を守りたいと彼女は思った。
「ああ、構わない魔王。シズクを助けよう。魔王が助けてくれるなら、私は何だって出来るさ」
クローディアは、自分が勇者として初めて本当に人を救いたいと思い、気持ちを高めた。
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