第20話 相手を心の内に入れるということ

夢の中


「何だここは?」

 魔王は一人見知らぬ場所に立っていてたことに戸惑っていた。クローディアとベッドに入ったまでは記憶している。だが、今の魔王は正装をしたまま、天地のはっきりしていない場所に浮いているような感覚だった。夢だとしても妙な現実感がここにはあった。


「いらっしゃい、魔王」

 魔王がその声に振り返ると、そこには銀髪を揺らす少女の姿がある。

「おまえは、ルーシアか?」

「おお、初対面なのによくわかったね。さすがミストの子、ううん、クローディアのお相手という感じかな」

「ふんっ、クローディアの話を聞いていたからな。簡単な状況判断というやつだ」

 魔王は、俺に何のようだ?とルーシアに言った。


「ミストから魔王への伝言を持ってきたのと、あと、クローディアの特訓につき合ってもらえないかな?」

「何?父上はここにはいないのか?」

「ミストからね、男なら自分の女は自分の手で守れって。成人した息子にわざわざ会う必要は俺には無いなんて言ってたよ」

 魔王は、ため息をつく。


「全く、あの父上は。好いた女に会えたら、息子などどうでも良いということか」

「いやいや、たぶん一度今生の別れをした息子にまた会うのが気恥ずかしいと、私は見た」

 ルーシアはにやにやした顔で魔王に言う。それに対し、魔王は頭をかきながら、仕方ない父上だ、と溜息混じりに呟く。


「で、あとはクローディアの特訓といったな?ここにはいないのか?」

「うん。ここにはいないから、今から私を通じて二人をつなげるよ。魔王、私の手を取って」

 魔王は言われたとおり、ルーシアのか細い手を取った。魔王は、握った子供のような手を見ると、これがかつて勇者だった者の手だったのかと驚く間もないまま、意識が転移する。


 それは不思議な感覚だった。人と人を意識下で繋げる感覚、それは相手の心に自分を刻みつつ、自分の心にも相手の居場所を刻むような深い関係を作る感覚に近い。


 魔王が"クローディアに触れた"と感じた時、その声が聞こえた。

「まっ、魔王?」

 目を開けると、そこにはクローディアかいた。戸惑いと、親しみと、安らぎを浮かべた目で魔王を見つめている。


「お待たせ、では早速始めよう!」

 ルーシアが二人を交互に見て言うと、魔王が口を挟んだ。

「待て、その前にまず具体的な話をしてくれ。大体ここでないと、その特訓とやらは出来ないものなのか?」

「そだよ。まずね、クローディアは明らかに実践不足なの。勇者になってから今まで戦いを経験してきたといっても、主に人間相手だけだし、力の使い方も本人が理解しなくても戦えたレベルみたいだったからね」

 ルーシアは、えっへんと胸を張り二人に向かう。


「それにね、ここじゃないと魔王との全力の戦いなんて出来ないよ。仮にダメージ受けても、若干の精神的疲労だけで済むし、勇者の力を使っても寿命は縮まない。まあ、クローディアは元の体力と力が強いから、力の消耗はあんまり関係ないかもだけど」

「ここで魔王との全力対決をするのか?」

 クローディアが心配そうな声でルーシアに言う。


「敵はね、多分勇者のリミッターを外して来ると思うの。一戦だけで使い捨てる駒のように、クローディアに勇者をぶつけてくると思うよ。クローディアが戦う相手はそんな相手なんだよ」

「勇者を駒にするのか、ひどい話だ。しかし、そこまですると何故分かる?」

 魔王が聞くと、ルーシアは少し困った顔で言った。


「急造の勇者だからね、勇者としての戦い方を教える暇もないと思うんだよ。それに、仮に元の力が弱かった場合も無理して戦うにはそれしかないからね、あの時の私みたいに、、」

 二人には、ルーシアは口元だけ少し無理して笑ったように見えた。

「そう言うことか、分かった協力しよう」

 魔王はルーシアの気持ちを理解した上で、クローディアを見た。クローディアは何故か顔を赤くしている。


「す、すまない魔王、ここに魔王が来てから何か変な感じなのだ」

「それは多分、クローディアの中に魔王の居場所がしっかりと出来たからだね。それが互いの居場所をつなげるというものだし。"相手を自分の内に入れる"というのは、こういうことなんだよ」

 クローディアは驚きの顔でルーシアを見た。ルーシアはそんなクローディアに構わず叫ぶ。


「クローディア、聖剣を出して全力で魔王に切りかかって!」

 クローディアは言われたまま、体内から眩く輝く聖剣を取り出すと、戸惑うことなく魔王に聖剣を振り下ろした。しかし、その聖剣は魔王が右手で瞬時に展開した障壁にいとも簡単にはじき返されてしまう。


「クローディア、それが全力か?」

 魔王は展開した障壁を拳に集め、クローディアへ向けて放つ。クローディアはそれを聖剣で正面で構え切り裂こうとするが、その力を直撃しないように反らすのが精一杯だった。クローディアは思わず片膝をつく。


「これが魔王の力なのか!?」

「はいはいクローディア、もっと聖剣に力を込めて。本当ならあれぐらいの魔力は簡単に相殺できるからね」

 ルーシアは表情を変えることなく、クローディアに言う。

「あれを相殺だと?」

「クローディア、俺が相手だからと手を抜くな。俺は全力で行くぞ、死にたくなければ、命を懸けてかかってこい!」


 クローディアは自分が手加減されていることに気づき、キッ、と魔王を睨んだ。

「行くぞ魔王!」

 クローディアは聖剣に意識を集中し、再度魔王に向かい立ち上がる。本当なら自分が倒さなければいけなかった魔王がそこにいる。それに最初に出会ったとき、このように互いに命をかけて戦う可能性が全くなかったわけではない。今一度その時の気持ちを聖剣に宿し、クローディアは聖剣を魔王に対し横から凪払うように振るった。


「うおおおおっ!」

 クローディアの叫び声が辺りに響く。魔王は左手で新たに障壁を作っていたが、その障壁はクローディアの聖剣に押し返されるように湾曲し、魔王は半歩後ろに後退する。

 魔王の障壁が再び元の形に戻ろうとした瞬間、その場で更に横に高速回転したクローディアが聖剣で障壁を再度凪払う。

 その二激目は、障壁を更に湾曲させ、二つに折るように割った。勢いの止まらない聖剣は魔王の胸元を掠めると、クローディアの身体ごと宙に舞わせた後、地面に叩きつけ転げ回る。


「はーい、ストップ!」

 ルーシアが静止のポーズをすると、魔王はクローディアに駆け寄り、その身体を起こした。

「クローディア、大丈夫か!?」

「ああ、平気だ。自分の勢いに身体がついていけなかったようだ」

 クローディアは魔王に微笑む。それを見たルーシアは、二人に言った。


「クローディア、あなたの戦い方はスピードを生かした攻撃型ね。力の使い方は少しは分かったと思うけど、ちゃんとそれを制御できないとだめ。でも良かった、スピード型なら私も教えやすいよ」

「ルーシア、私は、私にあなたの技を教えてほしいのだ」

 魔王の腕の中のクローディアが、ルーシアをまっすぐに見つめる。


「了解だよ、ではこれから特訓再開!飛ばしていくね」

 ルーシアは拳を高く掲げた。


 数時間後、魔王は目が覚めた。

 隣には、まだ目覚めないクローディアの寝顔がある。魔王は自分の身体に痛み、だるさという感覚が残っていることを感じた。

「やはり、ただの夢ではなかったという事か。クローディアはまだルーシアと特訓中か」

 魔王はクローディアの頬を優しくなでる。

「クローディア、お前のことは俺が命を懸けて守るぞ。だから無理だけはするな、おまえは一人ではない」

 クローディアが寝ていることは分かった上で、魔王は話しかける。


「しかし、俺とお前が本当に敵同士で戦っていたらどうなっていたのだろうな?お前が死ぬのか、俺が死ぬのか、お前と夢の中で真剣に戦った俺にもそれは分からん。だがなクローディア、お前は戦う相手ではないのだと夢で通じて改めて思ったよ」

「私もだよ、魔王」

 クローディアはゆっくりと目を開く。

「もう、ルーシアの特訓は終わったのか?」

「とりあえず動きは頭と心に叩き込んだ。後は実践という感じだ」

 クローディアは自分の頬に置かれた魔王の手に触れる。

「夢を通じて触れた魔王は、とても暖かったんだ。だから私も思うのだ、魔王は戦う相手ではないと。こんな風に思うのは、私が女だからなのだろうか?」

 魔王はそんなクローディアを愛おしく思い抱きしめる。


「なら、俺は魔王である前に、男としてお前を守ろう」

「ありがとう魔王」

 二人は再び目を閉じる。いくら夢の中であったとしても、その疲労感は確かなものとして二人を襲っていた。


 朝日が昇るにはまだ少し時間がかかる。二人はそのままの姿勢で、再びゆっくりと眠りに落ちた。



 そして、予め予想されていた一報が入ったのは、日の出から一時間後の事だった。


 "イースト公国に勇者誕生の動きあり"


 寝室で魔王とクローティアはメラルダからその報を受けた。


「そうか、思ったより早かったというべきか」

「既にマリアンヌ様へも報告済みです」

 メラルダはそう付け加える。

「本当に勇者同士の戦いとなるのだな」

 クローディアは少し汗ばんだ手を見つめながら言う。


「イースト公国も慌てている事でしょう。先にマリアンヌ様から偽勇者の報を出しておいてもらい正解でした」

 メラルダがそういうと、魔王は頷いた。

「メラルダ、船の準備だ」

「承知しました、マルク様」

 メラルダは、一礼をし部屋から出ていく。


「クローディア」

「ああ、分かっている魔王。"私たち"は、絶対に負けない!」

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