第19話 涙の訳は

魔王の部屋


 クローディアは、ポツポツと顔に温かい水滴があたっているのを感じた。そして自分の名前を呼ぶ泣声が耳に入る。

 転倒時に少し打ったのだろう、後頭部が少し痛い。誰かの泣き声がその痛みに響いた。


「うっ、、」

 クローディアは意識が覚醒する途中にいた。ゆっくりと瞼を開くと、すぐ前に自分と似た雰囲気の顔と長い金髪が顔にかかってくる。


「クローディア姉様!目を覚まして!」

 声を発すその相手は涙でぐちゃぐちゃな顔で叫んでいた。何が一体どうしたのだろう?とクローディアはゆらぐ記憶をたどり、その声を発する相手が異母妹であると分かった。


「マ、マリアンヌ、、、?」

 ぐちゃぐちゃな顔をしたマリアンヌがクローディアの声に気付くと、そのまま横になったままのクローディアに抱きついた。

「クローディア、良かった!目が覚めて!」

「マリアンヌ、ちょっと苦しい。お願いだから、離してくれないか?」

 クローディアは自然な動作でマリアンヌの頭に右手をまわす。それはまるでマリアンヌの頭をなでるような格好になった。そして、クローディアは力がまだ入らない体を空いた片手で何とか支えながら起きようとすると、マリアンヌがそれを支えた。


 体を起こしたクローディアが周りを見ると、心配した表情のメラルダとアルマ、そしてベッドの脇に座る魔王の姿があった。

「すまない、皆にはとても心配をかけたようだ」

 クローディアが頭を下げると、魔王がクローディアの手を取り軽く握りしめた。

「目覚めてくれて本当によかった。ただの湯当たりでないのは一目でわかったのだが、回復を含めた魔力も一切受け付けず、昏睡が二日間続いたのだ」

「二日も私は意識を失ったままだったのか、、、」

「ああ、その間、マリアンヌがずっと付き添って、お前の面倒を見てくれていたのだ」

 クローディアが自分を支えるマリアンヌを見ると、彼女は真っ赤な顔で下を見たままだった。


「私のことを姉様って、、」

「あっ、あれはクローディアを色々な言葉で刺激を与えて、目を覚ませようとしただけですわ、、」

「ありがとう、マリアンヌ」

「本当、、、目が覚めてよかったですわ」

 下を向いたまま、マリアンヌは小さい声で答えた。


「クローディア、身体の方はどうだ、何か問題などあるか?」

「魔王、少し頭がズキズキするぐらいで大したことはないよ。これぐらいで済んだのはルーシアのおかげだ。彼女の助けがなければ、私は眠ったまま死んでいたかもしれない」

 心配する魔王にクローディアはそう答える。その言葉に魔王は表情を変えずに言う。


「詳しいことは後で聞く、今はもう少し休むが良い」

「ありがとう、そうさせてもらう」

 クローディアはマリアンヌに支えられながら、もう一度ベッドに横になると瞳を閉じる。すると、すぐに落ち着いた寝息が聞こえてきた。


「眠ったようですね」

 メラルダがそう言うと、うむっと、魔王が答え、マリアンヌを見た。

「マリアンヌ、料理長も心配しているだろう、身体を休ませつつ報告でもしてやれ」

 マリアンヌは魔王の言葉に、そうさせてもらいますわ、と疲れの見える笑顔で答え部屋を出て行く。


「魔王様もお休み下さい」

「いや、俺はもう少しクローディアの側にいよう」

 魔王はクローディアの髪を優しくなでながらアルマに言う。

「マルク様も無理をなさらないよう」

 メラルダがそう言うと、分かったと魔王は短く答えた。


 翌日、起きあがることができるようになったクローディアは、部屋に皆を呼んで昏睡中の出来事を話した。


「何ですの、そのふざけた存在は!そんな存在に勇者が良いように使われるなんて、ぜっったいに許せませんわっ!」

 最初に口を開いたのは、怒りに包まれたマリアンヌだった。

「マリアンヌ、無理しない、血管切れる」

 料理長がそんなマリアンヌにフォローを入る。


「ふむっ、その存在が常にこれまでの勇者と魔王を操っていたと考えられるな。しかし、その目的は何だ?絶えず戦いを続けさせる事とも考えることができるが、どうにもそこから先が見えない」

「マルク様、気になるのはその存在の次にとるであろう行動です。勇者を、クローディア様を亡き者にしようとするなら、同じ様な力を持つ者がいなければ」

 魔王の疑問に、メラルダが更に懸念を加える。


「別の勇者を用立てるんじゃありません?性格悪そうな存在ですし、それぐらいやるんじゃありませんの?」

 マリアンヌは胸の前で腕を組み、吐き捨てるように言う。

 周りはマリアンヌの"別の勇者"という言葉に驚愕の表情をするが、クローディアと魔王だけは驚く素振りを見せなかった。

「私もそう思うのだ。本来、勇者の力が現れるのはセンターサウス王国の血筋だけだ。私たちはそれが当たり前と思っていたが、それさえも都合よく利用されていたんじゃないかと」

 クローディアはマリアンヌの言いたいことを理解して、同意した。

「そうですわね、それができるのであれば他の国に勇者を誕生させることもできますわっ」

 クローディアとマリアンヌはそれぞれの意見を繰り広げる中で、料理長が険しい顔で言った。


「国と国、戦争、起きる」

 全員の視線が料理長に集まった。


「そ、そんな私を殺すために戦争を起こすと?!」

クローディアは思わず感情を泡立てる。

「可能性は高い。自分を神と呼ばせることに抵抗のない存在だ、そういう者にとって、我々の社会的混乱など興味はないだろう」

 魔王が淡々と解説すると、メラルダは顔をゆがめる。

「前魔王様たちが、ここまでして作った世界を簡単に壊そうとするなんて許せません、、」


「どこの国に勇者が現れるか分からない今、俺たちが出来ることは余りない。だが、各国の動きを監視するために、人間に姿を変えた仲間を潜入させることぐらいは出来る」

「魔王、それにはセンターサウス王国も協力いたします!」

 マリアンヌは、胸を張った。

「頼む、五百年前の戦乱を再び繰り返すわけにはいかないのだ」


 クローディアがふと何か思いついたかのように口を開いた。

「魔王、私が行方不明になったという噂を流してはどうだ?私が姿を消せば、他の勇者が個人的に私を探しに出るかもしれないが、一国丸ごとが動くことはないと思うのだが?」

「確かにそうすればセンターサウス王国と他国が直接戦争にはならない可能性はある。しかし、クローディアが見つからないとなると、新しい勇者は次の目的である俺を狙ってくるだろうな」

 魔王はこの流れの中で、良い方向性を模索した。


「新たな勇者誕生前に、各国に対して友好条約を結ぶという手もあるが、まだ時期が早すぎる。逆に偽物の勇者が誕生すると情報を流すのはどうだ」

 それを聞いたマリアンヌは、良いかもしれませんと頷く。


「これまで勇者はセンターサウス王国のみに誕生してきましたわ。それがいきなり別の国に現れたとなれば、その国としても真偽の判断がすぐに付くとは思いませんわ」

 メラルダがそれに同意する。

「確かに、そうすれば新たな勇者はその国に居づらくなりますね。では、この案にクローディア様の案を入れましょう」


「私の案を?」

「そうです。本当の勇者の失踪情報も入れれば、国を追われた新たな勇者はセンターサウス王国では戦闘をしないでしょう。その結果魔王様を求めて、新たな勇者は単独でここに来ることになります。そこを全員で迎撃しましょう。これで国家間の戦いは避けられます」

 メラルダの案に全員が頷いた。


「では、クローディア様には失踪にあわせて、"ブラック勇者"になっていただきましょうか」

「なっ、何でそんな話になる?!」

 メラルダは、フフっと、不適な笑いをクローディアに向けた。


 それから、魔王城の中は慌ただしくなった。


 マリアンヌと人の姿に化けた料理長は、二人でセンターサウス王国へ向かい下準備に取りかかる。

 疲弊した王に直接今回の出来事を告げたマリアンヌは、許可を得た上で近隣の諸国へ勇者失踪と偽勇者の報を伝えた。


 また、グルル、アルマ夫妻は部下を従え、情報収集へ向かった。

 北のノースランド連合、西のウエスト国、東のイースト公国へ部下を潜り込ませ、新たな勇者の誕生と国の動きの監視に務めた。


 魔王とクローディアは二人で魔王の部屋にいる。これからの戦いと、勇者の力についての相談の為だ。これまで勇者がこの世に同時に二人以上現れたことはない。

 勇者同士の戦いがどのような歪みを生み出すのか、それは誰にも分からなかった。


 クローディアは少し不安になり、魔王に寄り添った。

「なあ、魔王。私は勝てるだろうか?あれは我々が勝てる存在なのかさえも、まだ分からない。ああ、らしくなく弱気な私を今は許して欲しい」

「クローディア、一人で戦うな。俺たち全員で戦うのだ。だから、ぽっと出の他国の勇者に臆することはない。ましてや、性格の悪いその存在とやらにもな」

「ありがとう魔王、私は頑張れるよ」

 クローディアは魔王に唇を交わす。


 その時、ドアがノックもなしに唐突に開いた。

「クローディア、助っ人に着てやったぜっ!」

「もう戦士は、ノックぐらいしなさいといつも口を酸っぱく言っているのに、もう!って、あっ」

 突然現れた戦士と魔法使いが、目の前の二人の様に、思わず両手で顔を隠す。


「あらあら、タイミングが悪くて申し訳在りません、マルク様、クローディア様」

 続いて、メラルダが入ってきた。


「わあああ、二人ともどうしてここに?!」

 クローディアだけが慌てて、戦士と魔法使いに振り返ると、メラルダがそれに答えた。

「私がお連れしました。お二人の力が必要ですからね」


「おおよっ、話は聞いたぜっ。この一大事に来なくて何が男って感じだぜっ!」

「クローディア、微力ながらあなたの助けに参りました。一緒に戦いましょう」

 戦士と魔法使いのその言葉に、クローディアは涙目でありがとうと言った。


 メラルダはそんな彼らを見ながら、胸に抱えた荷物を下ろした。

「クローディア様、今回の戦いでは聖剣の使用は止めた方がよいでしょう。代わりといっては何ですが、魔王城に保管されていたこの漆黒の宝剣をお使い下さい」

 クローディアはメラルダから赤黒い宝剣を受け取る。すると、宝剣の力がクローディアに流れ込んできた。

「すごいなこれは、聖剣と同等の力を感じるぞ」

「はい、元々は対勇者用として当時の魔王様が作らせたものと伺っています。後は、皆様にそれぞれこれを」


 メラルダはクローディア、戦士、魔法使いに黒い包みを手渡した。

「何でしょうか、これは?」

 魔法使いが、怪しいものを見る目で袋を見る。


「ブラック勇者、ブラック戦士、ブラック魔法使いの衣装です。サイズは問題ないはずです」

「ブラック戦士って、何かかっけぇ響きだな!」

「感動のポイントが違います!えっとメラルダ、これを本当に私たちが着ないといけないのですか?」

 メラルダはにこりと笑う。

「はい、正体はなるべく隠した方がよいですから。ちなみにデザインから始まり、生地の選別から、仕立てまで私が行いましたので、ご安心を」

「メラルダは裁縫が得意でな。実はこの魔王の正装もメラルダのお手製だ」

 魔王は何故か胸を張り自慢するように言う。


「意外な特技を持っているのだな、メラルダは」

 クローディアは渡された宝剣と黒い衣装を胸に抱え苦笑した。


 そして、近くまで迫っている戦いに向けて、クローディアたちは気持ちを高める。

「これからの世界のためにも、決して負けられない」

 クローディアの言葉には、強い決意が込められていた。

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