第16話 お義母様

クローディアと魔王の部屋


 朝、クローディアが目を覚ますと、すぐ横に子供のような魔王の寝顔があった。

 この状態にも大分慣れたものだが、流石に肌をさらすのは恥ずかしく、ベッドから静かに出て、魔王が寝ていることを確認した上で服を着替える。


 着替え終わったクローディアは、まだ眠る魔王の肩をさすり起こしにかかる。

「魔王、もう朝だぞ。そろそろ起きろ」

 魔王はゆっくりと寝返りし、瞼を開く。まだ少し寝ぼけているのか、その瞳には何時もの眼光の鋭さはない。


「おはよう、クローディア。今日はいつもより早い気がするな」

「ああ、今日は魔王城へ行く日だからな。少しは気合いを入れたかったのだ」

 クローディアは、そんなものかと言う魔王に、そういうものだと、言い返した。


 魔王はベッドから起きるといつものように、そのまま服を着替えだし、すぐ出せるように魔王の正装もベッドの上に広げていた。

 ぼさぼさの頭を手櫛で整え、準備に問題が無いことを確認した魔王は、クローディアを見て言った。

「クローディア、俺の裸ぐらいはそろそろ見慣れたのではないか?」

「まっ、まだ慣れん、、、というか本当に慣れるものなのか?」

 目を見開き魔王をじっと見つめたまま固まっていたクローディアは、魔王の声で我に返り、赤い顔で答える。


「しかし、この服も久々に広げたな。城の中では軽装ばかりだったので、俺自身何か懐かしく感じるぞ」

「確かにこの衣装はどこから見ても魔王だものな。私も横にいる男が魔王だったんだと、思い出させてくれる」

 魔王とクローディアはお互い胸の前で腕を組み、感慨深く語った。


 そんな二人のいる部屋のドアが、軽くノックされた。クローディアがどうぞと言うと、食事の乗った台車を押す料理長と、その脇でお茶のセットを持ったマリアンヌが入ってくる。


「朝食、持ってきた」

「今日は私たちもここでいただきますわ」

 そんな二人をクローディアと魔王は歓迎した。


 マリアンヌと料理長の関係も良い方向に進んだようだと、横にいるマリアンヌに赤面する料理長を見てクローディアは思う。

 後は二人の関係を国王がどう思うのか?となるわけだが、第一王女が魔王と許婚の時点で大した問題ではないだろうとクローディアは思っているし、マリアンヌも自分が女王になるのだから問題なしと考えているようだ。


 クローディアがその様なことを考えている横で、魔王は口を開いた。

「料理長、お前は我が魔王軍の中でも古き気高い部族の代表だ。よければお前に、国に戻ったら伯爵の爵位を与えたい。どうだ?」

「俺、伯爵?何故?」

 料理長は突然のことに、意味が分からず戸惑いが隠せないが、魔王の配慮をマリアンヌが理解した。

 マリアンヌは口元を押さえて、ああっと、声を出す。


「ま、魔王、何という心遣い、、感謝ですわっ!」

「魔王、いきなりどういう話なのだ?」

 クローディアは分からず、魔王に聞こうとするが、それをマリアンヌが制した。


「クローディア、魔王は私と料理長が結婚するにあたり、料理長に私と釣り合いが取れる爵位をくださると言っているのです」

 マリアンヌは今まで見せたことがない感謝の気持ちで、魔王に頭を下げる。


「俺は料理長の今までの実績に対して、正当な評価を下したにすぎん。だから料理長、気にせず受け取れ」

 魔王は突き放す感じで料理長に向かい言う。それを見てクローディアが笑った。

「魔王、そんなに照れなくても良いぞ。お前は本当に良い奴だ、私の将来の伴侶だけのことはある」

 料理長はようやく理解したようで、魔王に頭を下げた。

「魔王、感謝、俺、より尽くす」

「俺に尽くすのは半分でよい、あとは隣の女に尽くせ」

 料理長はマリアンヌを一度見てから、魔王にもう一度頭を下げる。


 ふんっと、魔王はそっぽを向き口に料理を運ぶ。

 クローディアは何ともいえない顔で魔王を見つめると、ふと朝の寝顔を思い出して、呟く。

「本当に、人間だの、人在らざる者とか、一体誰がこんな区別をするようになったんだろうな。そんな区別は必要ないと私は思うぞ」

 それにマリアンヌはすぐに答える。


「簡単なことですわ、区別しないと都合が悪い連中がいたという事です。勇者や魔王という存在を用意したのも多分そいつらですわ」

 クローディアが驚いた顔をしていると、マリアンヌは魔王に向かい言う。


「魔王、この機会ですので魔王城につきましたら、昔の資料など私に見せて貰えませんか?これは前から私が疑問に思っていた、勇者の存在の意味について調べたいのですわ」

 それを聞いた魔王は、頷く。

「構わんよ、マリアンヌ。是非お願いしたい内容でもある。何故なら、俺も疑問に思っていた内容の一つでもあるのだ」


 クローディアが、えっという顔で魔王を見る。

「考えてみるといい、魔王とは魔王軍のトップにすぎない。それに対比するのは本来であれば人間の国の王のはずだ。つまり、勇者ではないはずなのだ」

「勇者ではない、、、?」

「そうだ、勇者という存在自体が意味がないといえる。人間が総力を上げて、力を鍛え戦えば良いだけだ。魔力で人在らざる者に敵わないとしても、人間が勝る技術や工夫する能力を王がまとめて対抗すればよいのだ」

 マリアンヌはそれに同意する。

「その通りですわ。それに勇者とは本来魔王を倒す存在ではないと私は考えますの」


 そうだと魔王が言い、言葉を繋いだ。

「本来勇者とは、その名の通り"勇気ある者"を指す。明日へ一歩進む勇気がない人々を導く存在に過ぎない。だが、そこに魔王を倒す存在としての意味は用意されていない」

「まっ、まて、魔王。では勇者とは魔王を倒す者ではないというのか!?」

 クローディアは話の展開が自分の知らない方向に向かっていることに気づいた。


「クローディア、多分マリアンヌも同意見と思うのだが、何者かが勇者の存在理由に"魔王を倒す存在"と"力"という意味を勝手に付け加えたのだ」

「私もそう思いますわ。そして、本来国は国民全員で作るという思想に、勇者という存在を勝手に組み込んだのですわ」


「そ、それではルーシアも魔王の父上も犠牲者になるではないか。。。」

 魔王はクローディアの肩に手を回し、自分に引きつけた。

「そうかもしれない。だが俺達が終わらせることが出来るかもしれないのだ。だから、今ここで俺たちが手を取り合う意味がある」

「魔王、、、」

「クローディア、そんなに思い悩むことはないぞ。俺達は戦う必要はないのだからな」


 料理長もやっと話しについてきたのか、口を開く。

「俺達、敵、じゃない」

「そうですわ、料理長は私の将来のパートナーなのです!」

マリアンヌが鼻息荒く言うと、その場が笑いに包まれた。


「そうだな、今の我々は戦う相手では無いのだからな、変に緊張してしまったぞ。昼には魔王城には向かいたいし、そろそろ出る準備もしなくてはいけないな」

 クローディアが周りを見渡して言うと、魔王は頷き、マリアンヌはそうですわねと、料理長は了解とそれぞれ反応を返したのだった。



謁見の間


 昼過ぎ、四人が揃った事を確認した魔王は告げた。

「では、これから魔王城へ向かう!」

 四人は眩い光となり、それぞれの思惑と共に謁見の間から姿を消した。



魔王城 魔王の間


 魔王たちが次に目を開けると、目の前には、片膝を付き魔王を出迎えるメラルダの姿があった。

「マルク様、お帰りお待ちしておりました」

 メラルダはにこりと魔王に向かい微笑む。


「メラルダ、留守をよく守ってくれた」

「いえ、私だけでなく、アルマやグルルもいましたので、皆で帰りをお待ちしておりました」

 メラルダはそう言うと、魔王の後ろの三人に目を向ける。

「あら、マリアンヌ様もご一緒ですか?」

 マリアンヌは料理長との関係をメラルダに言おうと一歩踏み出した瞬間、身体が崩れる感覚に襲われる。何事っ?と思ったマリアンヌは理解した。


「わっ、忘れていましたわ。私、まだそんなに接するのに慣れていなかったのですわ!」

 マリアンヌは片膝を付き、倒れ込むのを必死に耐えていた。それを見ていた料理長がすかさず肩をかして、マリアンヌを支える。

「マリアンヌ、俺と、将来、約束した」

 料理長がメラルダに説明すると、メラルダは、ほほう、と口に手を当てにんまりとする。


「メラルダ、料理長とマリアンヌのために一室用意を頼む。あと、料理長に伯爵の爵位を与えるので、その準備も併せて頼む」

 魔王の言葉を聞いたメラルダは、その意味を瞬時に理解したらしく、承知しましたと頭を下げた。


「あ、あのっ」

 立ち去ろうとするメラルダにクローディアが声をかけた。

「クローディア様、何でしょうか?」

「お、お義母かあ様とお呼びした方が良いのだろうか?」

 ピシッと回りの空気が固まるのをメラルダ以外の全員が感じた。


「おっ、お、か、あさ、ま?」

 メラルダの青い妖艶な肌が次第に茹でタコのように真っ赤に変わっていく。

「い、いやー!そんな言葉で呼ばれたら恥ずかしくて私死んでしまいまちゅ!許してくだちゃい!お願いです、メラルダで結構ちゅ!」

 すごい勢いと言葉で否定された。メラルダは目に涙を浮かべ、両手で自分を抱えてもじもじしている。


「す、、すまん、メラルダ。えっと、悪気は無かったのだ、許して欲しい」

 クローディアは慌てて言い直すと、メラルダはお願いでちゅよ、とやたら可愛い素振りをしたかと思うと走り去っていった。


「メラルダは母親扱いされると、その恥ずかしさの余り幼児化してしまうのだ」

 魔王の散々な解説に、クローディアは、がくりと重い疲労が両肩に乗った感覚に襲われた。


「魔王、お前苦労したんだな、、、」

「クローディア、分かってくれるか、、、」

 真っ赤な肌で子供走りで去っていくメラルダを、二人はその姿が見えなくなるまで眺めていた。

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