第15話 妹の恋の応援

クローディアと魔王の部屋


「よしっ、持って行く荷物はこれでよいかっ」

 クローディアは腰に手を当て、まとめた大きな鞄を見下ろした。そこに魔王がノックもせずにドアを開け、大きな籠を持って現れる。


「クローディア、洗濯物が乾いているが、、」

「だから、私の衣類は洗わなくて良いと言っただろ!」

 クローディアは顔を赤くして、その籠を奪い取る。


「いや、シルクのものは丁寧に手洗いしている。そんなに心配する事は、、」

「そうか、ありがとうって、そっ、そういう心配はしていないのだ!」

 クローディアが強く言うと、魔王は少し悲しい顔とする。それを見たクローディアは今度はあたふたとしたが、出来るだけ冷静に努めた。


「あああ、すまん魔王。気持ちは嬉しいのだが、個人的に何とも表現し辛いのだか、やはり恥ずかしいのだ」

「ふむ、クローディアが自分では洗濯をしない事が、そのような気分にさせるとなるのだろうか」

 クローディアは目を閉じ、そう言うことかもしれないと、とりあえず納得してその意見を肯定しておいた。


 そして、その乾いた洗濯物から、何着か衣類を探し出すと鞄に詰め込む。

「それが明日、魔王城へ持って行く荷物か?」

「そうだ、私も長期の外出、旅行というのは私は初めてなのでな、一応必要な物を選んだつもりだ」

 クローディアが魔王にそう言うと、魔王はふむっ、と頷いた。

 今日で魔王のセンターサウス王国滞在という名の同棲期間が終わり、明日からはクローディアの魔王城での同棲期間となる。


「魔王、私は向こうでちゃんと出来るだろうか?今更ながら色々と不安となってきた」

「なに、皆お前のことを歓迎してくれるはずだ。そんなに肩に力を入れることはない」

 魔王はクローディアの両肩に手を置き優しく口を開く、すると部屋のドアが"コンコン"とノックがされた。


「クローディア、私ですの」

 その声を聞いてクローディアがドアを開けると、涙目のマリアンヌがそこに立っていた。

「ま、マリアンヌどうしたのだっ?!」

 マリアンヌは何も言わず、じっとその場に立ったまま動かず、わなわなと震えている。クローディアはとにかく話を聞こうと、マリアンヌを部屋に迎え入れた。


「マリアンヌ、何があったか教えてくれないか?黙ったままでは、私は何も出来ない、、」

 クローディアがどうしたものかと困っていると、マリアンヌが重い口を開いた。


「お別れだ、ですって、、」

「お別れ?」

 クローディアが復唱すると、マリアンヌは大声で泣きながらクローディアに抱きついた。


「料理長がお別れだと、今まで世話になったと、そんな言葉を私にかけますの!たったそれだけの言葉ですの!ひどくありませんか!?」

「えっ、、」

 クローディアは視線をゆっくりと魔王に移すと、魔王は首を傾げてよく分からないといった顔をする。クローディアは仕方なく、力いっぱいきつく抱きつくマリアンヌをひきはがすと、困り顔のままで聞いた。


「ま、マリアンヌ、明日は確かに料理長も魔王城に戻る。その挨拶だっただけではないのか?」

 マリアンヌは、ありえません!と信じられないといった顔で、クローディアに向かい異を唱える。

「そんなことはありませんわっ!私、これでも精一杯色々と料理長にアピールをしたつもりでしたのに、余りにあんまりな態度だと思いません?!」

 クローディアは絶句した。何となくマリアンヌが料理長に好意を持っていたのはしっていたが、ここまでだとは思いもしなかったのだ。


「ま、マリアンヌ、具体的にアピールとはどのようなことをしていたのだ?」

「そんなの決まっていますわ。一日に二回は料理長の部屋に行き、二人でお茶をしていましたの。世間話も勿論しましたわ」

 それを聞き、それはあまりアピールとなっていないのでは?とクローディアがマリアンヌへ言うと、マリアンヌは愕然とした顔をした。


「そ、そんなっ、この私がこんなに二人だけの時間を過ごしたのにですか?!私は次期女王ですのに?!私が直接話すということがどのようなことかお判りでしょう!?」

「料理長は俺よりも鈍感とメラルダが言っていたな」

 割り込んだ魔王の言葉に、二人の女性のきつい視線が突き刺さる。

「魔王、ちょっと黙っていてくれないか」

 冷たいクローディアの言葉に魔王は口をつぐんだ。


「なあ、マリアンヌ。マリアンヌは料理長の事が好きなのか?」

「た、多分そうなのかもしれませんわ、でも、私自身よく分かっていないのです。ただ料理長のそんな言葉に涙が溢れてきてどうしようもないのです」

 クローディア自身、マリアンヌの言葉が意味することは理解できても、自身の経験不足から頭から良い言葉が出てこない。だから、実行することにした。


「マリアンヌ、良ければ私から料理長に聞いてみようか?」

「クローディアが?!」

 クローディアは自分がらしくない事をしていることは自覚していたが、この異母妹に対して出来ることがあるなら何かしたいと思ったのだ。

「ああ、私で構わないならな」

 マリアンヌは少し考え、小さく、お願いしますわっ、と言うと、静かに部屋を出ていった。


「クローディア、俺から料理長に確認しても良いぞ」

「魔王、これは私がマリアンヌと約束したのだ。好意は嬉しいが、これは私に任せてくれないだろうか」

 クローディアはにこりと魔王に微笑んだ。


 クローディアは一人部屋を出て、料理長の部屋へ大股で向かう。

 料理長に割与えられていた部屋は、この城の中でも客間に値するもので、正直クローディアの部屋よりも良いものだ。その時点でマリアンヌの配慮が分からないでもないが、逆にそれが料理長を引かせることになっていなければよいと思った。


 料理長の部屋の前に来たクローディアは、その部屋のドアが半開きになっていることに気づいた。隙間から中を覗くと、そこには料理長が呆然と立ち尽くしている。


「料理長!?」

 料理長はその言葉にも反応がない。

「大丈夫か、料理長!?」

 部屋に入ったクローディアがもう一度料理長に声をかけると、料理長はやっと気づいたのか、ゆっくりとクローディアを見て言った。


「マリアンヌ、泣かせた。俺、何した?」

 料理長はそれだけ言うと口を閉じた。

「りょ、料理長が悪いわけではない、マリアンヌの料理長への気持ちが少し先走っただけだ。料理長にとっては、驚いたことだろうが」

 クローディアはマリアンヌと約束はしたが、どのように聞くべきか今になって悩む。だが、こういう時はこうするしかないと、クローディアは自分を奮い立たせた。


「マリアンヌは料理長の事が好きなのだ。あれは、あんな性格だからな、気持ちを態度でうまく表現できないのだ。だから、好いた料理長につれなく別れの言葉を言われてしょげているのだ!」

 ダイレクト過ぎるクローディアの発言だった。だが、そのダイレクトさは、鈍感な男にはなんとか届いたようだ。

「マリアンヌ、俺、好き?」

「そっ、そうだ。料理長、お前はマリアンヌを、妹のことをどう思っている?」

 料理長はこんな時だけマリアンヌのことを妹と表現するクローディアを卑怯と思いつつ、考える。

「俺、人在らざる者。マリアンヌ、人間、王女」

 料理長がそう言うと、クローディアの頭の中で何かがブチっと切れた。

「料理長、つまらん言い訳をするな。私はそんなことは聞いていない。好きか嫌いか、どっちかはっきりしろ!」

 クローディアは料理長の襟元を掴み、振り回す。料理長は力で抵抗できないため、クローディアに言葉で訴えた。


「クローディア、放す、危ない、危険!」

「答を聞いたら放してやる!」

 何と無茶なと料理長は思いながらクローディアの顔を見ると、クローディアは目の焦点が合っていない。クローディア自身がテンパっている事を知った料理長は、ふと冷静になる。

 料理長も男だ、決して女性に興味がないわけではない。しかし、自分のこの性格は、女性とつき合うのには向いていないと思うことも多く、実際失敗した事も多かったのだ。


 それが、人在らざる者ではない人間の女性から、"好意"を寄せられるとは夢にも思わなかった。しかも、初めて会ったときに、美しいと思った女性からなど当然初めてのことで、彼自身どうして良いか分からないというのが正直なところだろう。


 自分には過ぎた部屋を与え、毎日のように訪れてはお茶をしていくマリアンヌに、これは何かの罰ゲームかと思わない方が逆におかしいと料理長はクローディアに言いたい。


 しかし、その反論をクローディアは許さない。反論ではなく、二つに一つの選択をクローディアが求めているからだ。

 料理長は回答を余儀なくされた。


「俺、マリアンヌ、嫌いではない」

 クローディアの眉が斜めにつり上がる。

「それは、好きだという事でよいのか?」

 威圧感溢れるクローディアの態度に、料理長は頷くしかなかった。クローディアは料理長の反応に満足したのか、料理長を掴む手を放してにこやかに言う。


「分かった。ではマリアンヌを呼んでくるので、しっかりとお互い話しあってくれ。後はお互いのことだしな。私は料理長の気持ちをマリアンヌに伝えることが出来るだけで満足だ」

 クローディアは、そそくさと部屋を出て、マリアンヌの部屋へ向かう。尻餅をつく形で残された料理長は、もう好きにしてくれという顔で、立ち去るクローディアを見つめていた。



魔王とクローディアの部屋


 魔王が椅子に座りクローディアの帰りを待っていると、興奮状態のクローディアが帰ってきた。

「クローディア、上手くいったのか?」

 魔王の問いに、クローディアは息を切らしながら答える。


「ああ、良い方向に向かったぞ。マリアンヌも大喜びで料理長と今後のことを話し合うと息巻いていたぞ」

「そ、そうか」

 魔王は突っ走るこの姉妹に若干の不安を抱きながら、料理長の行く末が良いものであるようにと願うしかなかった。


 一時間後、マリアンヌと料理長が揃って部屋にやってきて、二人に報告をした。

「私たちおつき合いすることになりましたわっ。私もクローディアと同様、明日より魔王城へ同行いたします!」

 そんなマリアンヌの言葉に魔王は、料理長は動揺しているな、と内心思いつつ、頑張ってくれと他人事のように思う。


「しかし、マリアンヌまでこちらに来てしまうと、問題ではないか?」

 クローディアが尋ねると、マリアンヌは右手の人差し指を揺らしながら答える。

「大丈夫ですわ、人在らざる者との事については私に一任されておりますもの。それ以外のことなら多少身体に負担がかかるとしましても、老い先短い陛下にお願いいたしますわ」

 クローディアは今になって、自分の行動が良かったのか悩むことになったが、本人たちが納得してるなら、まあ良いかと済ますことにした。


 そして翌日、魔王城へは当初の予定より一名増えた四人が向かうこととなった。

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