第14話 それぞれの時間
クローディアと魔王の部屋
昼食を取った後、一人ベッドの周辺でごそごそと捜し物をするクローディアの姿があった。
「変だな、この辺りに置いたはずだったのだが」
むーと、立ち上がったクローディアが腕を組みし考えていると、ノックもなくドアが開き、軽装の魔王が両手に籠を抱えて戻ってきた。
「どうしたクローディア、捜し物か?」
「い、いや、そんな、たいしたものじゃないのだが、、、ん?」
振り返ったクローディアは、魔王が抱えている籠の中から僅かに覗く物をみて、口をパクパクさせながら指を指した。
「まっ、魔王。そっ、それは何だ?!」
「ん、朝の内に洗濯していた物が乾いたのでな、取り込んできたのだ。安心しろ、しっかり乾いているぞ」
クローディアはすごい勢いで、魔王から籠を取り上げる。
「洗濯は魔王の自由だが、私の下着まで洗わなくて良いだろ!」
「どうせ洗うなら一緒に洗った方がよいだろ。ちゃんと洗う際は白物と色物、黒物は分けてしているから安心しろ」
だからそういうことではない!とクローディアは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「だ、だいたい魔王が自分で洗濯をするなんて聞いたこともない!」
「ふむ、魔王城では自分のことは自分で出来るようにしろと、メラルダが煩かったのでな、俺にとっては割と当たり前だったのだが」
魔王城で一人洗濯をする魔王の姿が浮かび、クローディアは頭を抱えた。
「一人で洗濯していたのか?」
「ん?いや先に来ていた侍女がいたのでな、二人で世間話しながら一緒に洗濯していたぞ。場所が変わってもコミュニケーションは大事だからな」
クローディアは何か色々と疲れがどっと出たように額に手を当てる。それを見た魔王は、クローディアに言った。
「なぁ、クローディア。考えたのだが、今日は別々に行動をしないか?」
それを聞いたクローディアは、えっ?という驚きとも恐れともとれる表情で魔王を見つめる。
「まっ、魔王、私が何か悪いことをしただろうか?すまん、先の洗濯の件で怒ったのなら謝る、私もちょっと動揺しただけなのだ、だ、だから、機嫌を直して貰えないだろうか?!」
クローディアは涙目で魔王に詰め寄る。魔王は挙動不審な感じになったクローディアに戸惑いつつ答える。
「ま、待て、クローディア、そんなに慌てるな。まるでマリアンヌみたいだぞ」
クローディアは、その言葉に顔を真っ赤にする。
「ここに俺が来てからは、ずっと二人一緒での行動だけだっただろう。それだけではいけないと俺は思う。一緒に住んでいても、それぞれの時間というのは必要だとな」
最近、剣の練習もしていないだろ?と魔王が最後に付け加えると、クローディアはやっと魔王が言いたいことが理解できた。
「そ、そうだな、確かに常に二人で一緒にいないといけないと、勝手に私の中で義務にしていたかもしれないな。ありがとう魔王、今日の午後は別行動にしよう」
「ああ、良い汗をかいてくるがいい。俺もこの格好なら問題ないのでな、ちょっとぶらぶらしてみることにする」
クローディアは魔王の配慮に感謝し、包容で気持ちを表した。
騎士団の駐屯場
そこにはすでに老年といわれる年齢に差し掛かった騎士団の隊長と、練習用の木刀を激しく交わすクローディアの姿があった。
互いに練習とは思えない速度で剣を相手へ打ち付ける。クローディアは盾で剣を流し、相手の首筋に剣を払うが、相手はその動きを読んでいた。
隊長はその剣を首を少し傾けるだけでかわすと、身をかがめて腰下に力を溜め、身体を盾ごとクローディアにぶつけた。その重い一撃をクローディアは避けることも、勢いを殺すことも出来ずにもろに受けてしまった。
「くぅっ!」
「どうした、クローディア!その程度か!?」
隊長の声に再び戦意を取り戻したクローディアは、膝をついたまま剣を構え直す。
クローディアは足のバネを生かしたスピードで一気に詰め寄り、隊長へ剣の束に一撃を叩き込む。隊長はそれを冷静に盾で受け止めるが、クローディアの勢いに負け少し後ずさりした。その瞬間、クローディアは上空へ高く跳ね、落下しようとしたその位置から頭にイメージした素早い突きを繰り出す。頭、肩、腹、足へと。
しかし、落下の途中でクローディアはバランスを崩し、切っ先ではなくその身体ごと相手が防ぐ盾にぶつかり、地面に身体を打ち付けながら転がった。
それを見た隊長が、片手を上げ終了の合図を出すと、二人を取り囲んでいた観客の兵士からは、おおぅと声があがる。隊長はクローディアに歩み寄り、手を差し伸べた。
「クローディア、この場で勇者の力を使わなかったのは誉めてやるが、動きにまだまだ無駄が多いな。そこで感嘆しているだけの兵士には通用しても、まだまだ俺には当たらん」
「ご指導、ありがとうございます!」
隊長の手を取り立ち上がったクローディアが息を切らしながら頭を下げる。それを見た隊長は思いだしたかのように言う。
「しかし、最後の攻撃は惜しかったな、まだ動きを物に出来ていないようだが、あの動きはどこで習った?」
「あの技は、私の恩人の見様見真似です。まだ私には使いこなせませんが」
クローディアは、夢で見たルーシアの華麗な剣技を思い出し、あれを自分の物にしたいと思っていたのだ。
「そうか。よし、では今日はここまでだ。クローディア、またいつでも汗を流しに来い、待っているぞ」
「はい、ありがとうございます!」
クローディアは久々に身体に流れる汗に心地良さを感じながら、場所を少し移動し座り込むと、そのまま身体を地面に預けた。
見上げた空は青く、太陽がまぶしい。
「魔王も楽しんでいると良いな」
流れる汗はそのままに、クローディアはただそれだけを願っていた。
魔法師団 駐屯場
その頃、城内を散策していた魔王は、偶然会った魔法使いに捕まっていた。
「で、俺は何をすればよいのだ?」
「今日は魔法の基礎を学ぶレベルの生徒が城への社会見学に来ているのです。彼らに魔王を使う上でのアドバイスをお願いできませんか?」
話を聞くと、魔法使いは副職で個人で運営する魔法学校の講師をしているという。
「つまり、何かと忙しい本職の魔法師団の代わりに、暇をしているこの俺が講師まがいのことをすればいいと言うのだな」
「簡単に言えばそういうことです」
魔法使いはにこりと笑いながら言うと、後ろの方で様子をうかがっていた生徒達を呼んだ。彼は十名程で、まだ十二、三歳の同じ制服に身を包んだまだ子供といった感じで、訝しげな顔で魔王を見つめながら近づいた。
「はーい、みんな。こちらのちょっと怖い顔したお兄さんが、みんなに魔法の上手な使い方を教えてくれますよー」
魔法使いのワントーン高いその声に、なんだその説明は、と魔王は思いながらも仕方なくそれに合わせることにした。
「ふむ、俺の名はマルクだ。今日はお前たちの魔法の使い方を見させてもらったうえでコーチをさせてもらう。俺は厳しいが、お前たち決して泣くなよ」
それを聞いた子供数人が、声を上げた。
「兄ちゃん、格好の割に態度でけーな」
「あははは、魔王と同じ名前だよ、この人」
「うわー、本当に目つき悪い」
言いたい放題だなと、魔王が笑顔のままの魔法使いに言うと、魔法使いは、子供の言うことですから、と笑って返す。
今、子供たちは魔力を体に中に集中させる練習をしているようだった。それを見ていた魔王は、自分の役目を理解して一人一人に声をかける。
「姿勢が悪い、力の流れが崩れているぞ。まずは少し腰を落として身体の中心を意識するところから始めろ」
「手先に意識を集中しすぎだ。目や手はあくまで周りの情報を集めるだけの道具と思え」
「頭で考えすぎだ、まず意識を手先、足先まで広げろ。そこで感じた物を胸元に抱えるようにイメージしろ」
それを見ていた魔法使いは、なんだかんだ言って子供たちへ真面目に教える魔王に感心をしていた。
「子供が嫌いな訳ではないのですね。どちらかというと世話好きな方ですか」
これが彼らにとって、良い経験になれば幸いだと魔法使いは思う。普通の人間が魔王に教えを請うなど中々あることではないのだから。
一時間ほどすると、生徒の全員が魔力の集中を出来るようになっていた。それを確認した魔王は、両手を胸にくみ肩幅に足を広げた姿勢で全員に向かい声を張り上げる。
「これはあくまで基本だ、力を高めるためには、自分がどうありたいかを心に刻むようにしろ。それがお前たちの力となる。だが忘れるな、魔力とはただの大きな力だ。大きな力は簡単に誰かを傷つけ、その命を奪うことができるものだ。だからこそ、力を間違ったことに使わないために、力だけでなくその心も磨け!」
魔王のその言葉を聞いた子供たちは、最初とは嘘のように目を見開いて魔王を見つめ、身体を振るわせて感動しているようだった。
それを見ていた魔法使いは、魔王なんですからカリスマありますよね、と納得の表情をする。
魔王の抗議が終わり、終始にこやかな笑顔の魔法使いに連れられ帰って行く子供たちを、魔王は手を振って笑顔で見送った。
「こういうのもたまには悪くないか」
魔王は一時の酔狂で始めたようなこの講義に、確かに意味があったと納得する自分自身を感じていた。
クローディアと魔王の部屋
夕方になって魔王が部屋に戻ると、先の特訓で汗をかいた身体を、濡らした手拭いで拭うクローディアに出くわした。
お互い一瞬動きが止まり、裸を見られることに抵抗のあるクローディアを察した魔王が、すまん、と背を向けると、クローディアは顔を下に向けた。
「いや、、私こそ、貧相な身体を見せてしまい申し訳ない、、」
「何故そうなる?」
魔王は後ろを向いたまま、その言葉に不服を言った。
「クローディア、お前は美しい、周りは別にしても俺に対しては誇ってもいい。俺が言うのだ、間違いはないぞ」
「魔王がそう言ってくれると、私は嬉しい。でも、私はそんなに自分に対しては自信がないのだ」
少し朱に染めた顔のままのクローディアは、ざっと身体を拭き終わると、部屋着に身にまとった。
「もちろん、これでも私は女だからな、裸を見られること自体は恥ずかしい」
「それは、俺も承知している。しかし、それでも自分のことを貧相などといった表現はするな。そんなことを言われると、俺が悲しくなる」
魔王はクローディアに振り返えると、真面目な顔で彼女を見つめる。
そんな魔王に、クローディアは流した汗とは違う、心地よさを感じた。
「すまない魔王、次からは気をつける」
「構わんよ。ところで今日はどうだった?」
クローディアと魔王は、それぞれの過ごした時間を話した。互いに知らない出来事を聞くことはとても新鮮で、二人の会話は自然に弾む。
そんな当たり前のような日常を、二人は今、とても幸せに感じていた。
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