第13話 先輩のコイバナ 3


 クローディアは、今、一人の少女の生涯を見つめている。


 魔王ミストと別れたルーシアは、心労で病に伏した兄に変わり女王として即位する。勇者の力を失った変わりに王位継承権が復活したというのは、何と皮肉なものだろう。


 ルーシアはその残された命を、周辺諸国の平定に尽くした。

 ルーシア自身、自分の生きている間には平定出来ない事は理解していたこともあり、各大臣などに対し今後の国の基本方針として作らせる。


 また、前国王である兄の息子に対しても、次の国王となるための意識や心構えを伝えなければならず、そんな幼子に重荷を背負わせることについてはルーシア自身もとても心を痛めた。


 身体が言うことを利かず、迫る死の恐怖と戦いながら、ルーシアは辺境の大陸で必死に戦うミストを思い浮かべる。

「ミスト、私も頑張っているよ」


 遠くの大陸にいる思い人へ気持ちを告げることで、今日一日を生きるための力を少しだけもらう。これは今のルーシアの日課となった行為だった。


 月日が流れ、一年半が経ち、ベッドから起きあがることが出来なくなったルーシアだったが、それでも彼女は仕事を休まずに続けた。ミストとの約束を守るために。


 そしてその二週間後、ルーシアはいつも手にしていたペンを握ることもなく、初めて仕事を休んだ。


 "銀髪の女王"と呼ばれたルーシアは、安らかな寝顔のままこの世に別れを告げたのだ。享年18歳、その短くも波乱に満ちた人生を、彼女の最後の寝顔から誰が想像できただろうか。


 ルーシアが予め残した遺言は、自分を女王ではなく勇者として扱うことと、墓標に言葉を添えるのみだった。


 エピローグは終わり、観客だったクローディアはただその場に一人立ちすくんでいた。

 クローディアの目は涙に溢れていた。決して悲しい訳ではない、ただルーシアという少女の生き様に心が強く震えたのだ。


「私の人生は長くなかったけど、あの人に愛された私の人生はとても幸せだった」

「ルーシア?」

 いつの間にかクローディアの横に銀髪のルーシアが立っていた。自分より背は低く、か細い手をした少女はクローディアから見ても勇者として戦ったとは思えない。


 ルーシアはクローディアを笑顔で見上げた。

「私はね、あなたにも幸せになって欲しいの。それはね、私だけじゃない、ミストからの願いでもあるの」

「魔王の父上からの?」

 ルーシアは笑顔で頷く。


「私以上に勇者を心配していたから。変だよね、魔王なのに」

 ルーシアは笑った。それを聞くと、クローディアも目に涙をためたまま思わず笑ってしまう。


 クローディアは、ルーシアに向かい合い聞く。

「なあ、ルーシア。私は思いを託してくれたあなたに対して、何か出来ることはあるか?」

「クローディア、それは逆だよ。死者へは何もできないんだよ。だって、今を生きているのはクローディア、あなただもの。だから、私たちがあなたに何かをしてあげたいの」


 クローディアが戸惑っていると、ルーシアは微笑む。

「だからね、もし、あなたが誰かに何かをしてあげたいのなら、これから先の、次の世代の誰かに行ってあげてね」

 その言葉に、クローディアは胸が押しつぶされそうになった。

「分かった。その言葉、肝に銘じる」

 クローディアは胸に右手を当て、ルーシアに誓う。

 ルーシアはずっと笑顔のままだった。


「あっ、そろそろ私の迎えが着たみたい。これは今の魔王のおかげだね」

 一歩後ろに下がったルーシアに、空から一筋の光が差す。

 クローディアが見上げると、浅黒く精悍な顔をした男性がルーシアへ手を伸ばしていた。その男の片目には深い傷跡が見える。


「遅いよ、ミスト」

 ルーシアは笑って男の手を取った。並び立つ二人はクローディアを見つめ、何かを口にしたかと思うと、ゆっくりと光の粒になって消えていく。


「さよなら、ルーシア、ミスト、、」

 クローディアは光に包まれた二人に別れを告げた。




 クローディアが目を覚ますと、目の前に心配そうにじっと見つめる魔王の顔があった。


「ああああっ、おっ、おはよう魔王」

「おはようクローディア、大丈夫か?」

 クローディアの目から涙が流れているのを見て、魔王は余計に心配になった。


「ああ、問題ない。少し夢を見ていただけだ」

「怖い夢か?」

 違う、とクローディアは笑顔で言う。

「頑張れ、と励まされたのだ」



 自室で朝食をとりながら、クローディアは夢で見た話を語った。何故かこの場にはマリアンヌと料理長も同席している。


「良くできている話だと思いますが、この城の近くの森に昔の魔王がいたというのがどうにも腑に落ちませんわ」

 マリアンヌはテーブルにティーカップをカツンと置いた。それに対し、答えたのは料理長だった。


「俺の部族、昔、この近くの森住んでた。結界ある、人間気付かない。そこに魔王、いてもおかしくない」

「ああ、その話は俺も聞いている。人間にしてみれば、意外にも近くに魔王がいたという事だろうな」

 なるほどな、とクローディアは頷く。


「あと、俺の父の片目には確かに酷い傷があった。本人は名誉の勲章などと笑って言っていたがな」

「すべて本当として、なんか考えてしまいますわ。別に人間と人在らざる者は戦う必用なんてないじゃないですの。もちろん人間同士もですわ。戦争を起こすのは利権であったり、征服欲であったり、個人的正義ばかりですわ。真面目に考えると嫌になります」


 マリアンヌはだらしなく身体を伸ばす。それをクローディアは珍しいものを見たような表情をしながら口を開く。

「でも、ルーシアや魔王の父上が今の世界を作ったからこそ、我々はそのように考えることが出来るのではないか?」

 マリアンヌは姿勢を直して、全員に対して視線を向けた。

「それはそうですわ。戦乱の中では今のような考えを持つ余裕はなかったでしょうし。だからこそ今その考えを持てる者が、戦乱を二度と起こさないようにすることが、我々に課せられた責務なのでしょう」

 マリアンヌは、じっとクローディアを見た。


「なっ、何だ?」

「私はクローディアに戦いで勇者の力を使って欲しいとは思いません。そんな勇者という"犠牲"など必要ない国に私はして参りますわ」

 マリアンヌがそう言うと、魔王はふふっと笑う。


「これが二人が望んだ方向性なのか。全く大変なものを残してくれたものだ」

 魔王は一人つぶやいた。



マリアンヌ自室


 マリアンヌは椅子に腰掛け、顎元に手をやって何かを考えていた。


「でも、何か引っかかりますわ。そもそも勇者とはいったい何なんですの?魔王を倒す使命などといった漠然なもののためだけに存在するなら、一人ではなく同時に複数出ても良いはずですわ。1対1なんてルール在るわけないのですから」

 これは少し調べる必要がありますわね、と席を立ち、窓の外を見る。


「大体勇者一人に頼らなければいけないこと事態ナンセンスですわ。国は国民全員で作り上げるもので、勇者を用立てる必要なんてないはずですのに。何か大きな悪意を感じますわ」

 マリアンヌはそういうと、お茶のセットを持って部屋を出ていく。取りあえず、お茶でも飲んで頭を切り替えましょうと、料理長の部屋に向かうのだった。



クローディアと魔王の部屋


 クローディアと魔王は一つのテーブルを挟んで向かい合っていた。クローディアはテーブルの下の足をもじもじしている。


「なぁ、魔王。ちょっと良いか?」

「何だ、クローディア?」

 魔王に見つめられて、思わず顔が赤くなるクローディアだったが、頑張って質問をする。


「気になったのだが、魔王の母親は誰なのだ?人在らざる者と言っても両親は必要なんだろ?」

 魔王はちょっと難しい顔をした。

「うむ、俺の種族については、もちろん母親がいなければ子は出来ん。だから生みの母は当然いるのだが」

「やはりそうなのか?誰なのだ?」

 おおっと、クローディアは目を輝かす。


「うむっ、あれは母親扱いされるのを大変嫌っていてな、、、その癖一人だけ下の名で呼ぶのだが」

「そうなのか。私に紹介してもらえないか、魔王。挨拶もしたいしな」

 クローディアは期待に胸を膨らませたようにキラキラとした目で魔王を見た。

 魔王はそれに少し困った風に頭をかいたが、それを見たクローディアが頭を傾げたので、魔王は仕方ないと口を開いた。

「おまえは既に会っている。俺の隣に居るのをよく見ていたはずだからな」

 クローディアは考える、魔王を下の名前で呼び、いつも隣にいる、、、青い肌の女性が浮かんだ。確か夢の中でも出てきた女性。

「メ、メラルダ、、なのか?」

「そうだ。あれが母だ。ずっと父の側にいたからな、あれは情がわいたらしい」

 クローディアは素直に驚いた。


「見た目では分からないな。夢の中で魔王の父上と一緒いたところを見たが、確かに容姿が今とほとんど変わらなかった」

「メラルダの種族も長寿だからな、分からなくても仕方在るまい。まあ、メラルダも父のルーシアへの気持ちが強いことを分かっていたからか、父とは結婚をしていない、つまり内縁の妻だった訳だが」

 クローディアはふむふむと頷く。


「そうか、では私も魔王城に行った際は、ちゃんと挨拶しなければな」

「いや、多分メラルダは嫌がると思うぞ」

 そうなのか?とクローディア。


「まあ、俺が言うよりクローディアが直接言って反応を見るのがよいかもな」

「そう言われると、ちょっと怖いな。。。」

 そのときは一緒にいてやる、と魔王がクローディアに言うと、頼む、と返した。


 クローディアはこんな会話のやり取りさえ、今は幸せに感じている。知れば知るほど、自分を気にかけてくれていた相手が増えていく。

 母を亡くし一人城に着て、冷たい視線を浴びながら生きてきて、自分は一人だと言い聞かせるのが当たり前だった頃とは大違いだ。


 だからルーシアにはいくら感謝しても足りない。

だからこそ、私はもらった思いをこれから先の人へ返そうと、クローディアは決意する。


 ルーシア、私は頑張るよ。

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