第12話 先輩のコイバナ 2
ルーシア=センターサウス
彼女はセンターサウス小国の、王位継承権第二位の長女としてこの世に生を受けた。
王である父と、王位継承権第一位の兄から溺愛され健やかに育ったが、二人にはルーシアの少々おてんばな所が困らせものであった。
遊びと称して次女の目を盗んでは、街中や近くの森によく遊びに行く。
街中では同い年の子供たちと、身分関係なく遊んだりする。
小さい国と言うこともあり、子供同士、身分など対した意識がないというのもあったかもしれない。
そんなルーシアが偶然彼と会ったのは、五歳の彼女が森の中に一人で遊びに出かけたときのことだった。何時もの遊び場と思い、つい進みすぎたのだ。
いつしか森は深くなり、日の光もほとんど届かない場所でルーシアは道に迷った。闇の中に立ち並ぶ黒い木々の陰はこの世のものでない者の形に見え、鳥の声は亡者の叫びとして不安な彼女の心に突き刺さる。
深い森の中、ルーシアは泣いた。
泣けば優しい父と兄が助けに着てくれると思ったのだ。しかし無情にも、いくら泣いても父も兄も助けに着てくれない。泣き疲れたルーシアは、そのまま大木を背に眠ってしまった。
そしてルーシアは、肩を揺される動作で目を覚ました。辺りは既に木漏れ日もなく、僅かに月明かりが差し込む。
彼女の前には、自分と同じぐらいの背丈の男の子が立っていた。肌は浅黒く、短い銀髪の少年。街中では見たことがない子だった。その子はルーシアが起きたことを確認したら、理解できない言葉を話しながら、手招きする。
ルーシアはその少年について行った。途中色々と話しかけるが、言葉が通じないことを知ると、自分をさして"ルーシア"と何度も言うと、少年も理解したらしく、同じように"ミスト"と自分の名を名乗った。
身振り手振りでルーシアとミストは会話しながら歩いていくと、森が開け、遠くに城が見えた。
城を指して、あれが自分の家と伝えると、ミストは安心した様子になる。ルーシアはミストにまたここに遊びに来ると伝え、手を振り別れた。
この日、城に帰ったルーシアは父と兄からこっぴどく怒られたが、ミストのことは話さなかった。話したら彼も怒られると思ったからだ。
それからルーシアは、街中よりも森に遊びに行くことが増えた。
いつも手には、お気に入りの本を持って森へ向かう。そしてミストとその本を使って一緒に言葉の勉強をするのだ。ミストの吸収力は高く、三ヶ月もすると言葉を使って会話が出来るようになっていた。
「ねえ、ルーシア。ルーシアは僕のことが怖くないの?」
「何で怖いの?」
質問に質問で返され、ミストは困った。
「だって、僕は人間じゃないから」
「でもミストは怖くないよ。この森で迷った私を助けてくれたもん」
ミストの問いに、ルーシアは笑って返す。
「じゃあ、どうしてもミストは私と会ってくれるの?人間と会うの悪いことなんでしょ?」
「大人はそう言うけど、僕はルーシアのこと嫌いじゃないもの」
なら、いいじゃないと、ルーシアは笑う。
人間の少女と人在らざる者の少年は、このように出会い、そして同じ時を過ごす。
だが、その関係はルーシアが十五歳になった日に唐突に変わった。
ルーシアが勇者の力に目覚めたのだ。それは彼女が人以上の力を持つ存在となったことを示す。そして人でない者は人間の国の指導者にはなれないため、王位継承権を失う。
それが勇者と呼ばれる者の定めだった。
いつもの森にルーシアが来ると、少年から青年へと変わりつつあるミストが彼女を待っていた。だが、ルーシアの様子がおかしいと感じたミストはルーシアに何があったか聞き、彼女が勇者となったことを知った。
「ルーシア、勇者の使命は何だ?」
「魔王を倒し、世界を平和にすること、、」
そうか、ルーシアの言葉を聞いたミストは顔を上げ目を閉じた。ルーシアは下を向いて、わなわなと震えている。
「俺は、魔王の子だ。お前の敵になってしまった。どうする?俺を殺すか?」
ルーシアはキッとミストを睨んでから、彼の頬を打った。
「何言っているのよ!誰も好んで勇者になったんじゃない。でも、私を勇者として頼りにしてくれる人がいる。だけど、私はミストと戦うことだけは嫌!」
ルーシアは叫んだ。それをミストはただ静かにそれを聞いて、口を開く。
「人在らざる者の中でも、勇者の誕生の情報が伝わっている。それと合わせてではないが、他の小国の動きが怪しい。近々大きな戦争が始まる事になるだろう」
「そっ、そんな。私が勇者になったから、戦争が起きるっていうの?!」
ルーシアは、そんなのは嫌だと、ミストの両肩をつかむ。
「私は戦いたくて勇者になったんじゃない!それじゃただの戦力なだけじゃない!」
「じゃあ、ルーシア。俺と逃げるか?この戦争が終わるまで」
ミストは真剣な目でルーシアを見つめる。ルーシアはミストの目をじっと見た。
「私が逃げたら、この戦争もっと長くなるかな?」
「そうだな、長くなるとは思う。でもそれは仕方がない。勇者がいても戦争が無くなる訳じゃない」
ルーシアは目を閉じ、息を深く吸い、長く吐く。
「でも、私がいれば、この戦争が早く終われば、傷つく人の数は減ることになるよね?」
「分からない。早く終わるだけで、傷つく人数は変わりないかもしれないし、多くなるかもしれない」
ルーシアは目を開ける。
「なら、私は少しでも可能性がある方に賭けたい。出来るだけ人を、あなたたちも傷付けずに戦争を終わらせたい!」
ルーシアはミストを抱きしめた。ミストは動けない。
「ルーシア、それを本当に君は選ぶのか? 俺は、君と殺し合いは、、いや、俺は君を失いたくはない」
「ミスト、私頑張るよ、そんなことにならないように。だって、私は勇者だから。あなたの大好きな私だから」
ルーシアは泣き笑いのような笑顔でミストを見つめた。そして、手を握り言った。
「また会いましょう、ミスト」
「必ずだ、約束だルーシア」
ルーシアは長い金髪を振り乱すように背を向け、ゆっくりとその一歩を踏み出す。
ミストは何もいわず、ただ立ち去るルーシアを静かに見つめる事しかできなかった。
それから、ルーシアは勇者として戦った。たくさんの人間と人在らざる者を斬り殺し、この戦争を早く終わらすために戦った。
その両手はどれだけの命を奪い、血に染まったのかもう彼女は覚えていない。
敵の攻撃で勇者のパーティーメンバーを失った後、何かを振り切ったのか、まるでゲリラのようにルーシアは一人敵陣に入り剣を振るった。
たくさんの村で、街で、国で、ルーシアは戦った。
戦いの力はルーシアの血をたぎらせ、癒しの力はルーシアの寿命を少しずつ削る。
それでも、ミストとの約束を守るため、ルーシアは戦い続けた。
勇者の力が自分を傷つけていることは分かっている。でも、どんなに辛くて泣いても、自分を麻痺させてでも戦うとルーシアは誓っていた。
そして更に二年が経った。
センターサウス小国は、周りの小国の半数を制圧した。ただこの戦争の最中、王は病で崩御したため、現在ルーシアの兄が王に即位し、統治をしている。
王になる前に兄は既に結婚し子がいたが、その妻は子を産むと同時に亡くなっている。
妻の死を悲しむ暇なく、ルーシアの兄は王になったのだ。それが更にルーシアを気負わせた結果になったかもしれない。
現在、センターサウス軍は制圧した国の兵士も併せて人間軍として組織をしていた。人間軍は他国とは均衡状態が続いていたが、反して活発なのはこれに乗じて勢いづいた魔王軍だ。
魔王軍は北の大地にその総力を集め、一気に南下し人間軍を攻め滅ぼす算段であった。
これをいち早く知った勇者ルーシアは、人間軍の総力を持って撃退に向かう。
南下する魔王軍に対し、人間軍を左右に分けた上、先端を先回りさせ前後左右からの囲い込みを仕掛けたのだ。
人間軍は魔王軍を追い込んだかと思ったが、人在らざる者の強大な魔力に押され睨み合いが続く。均衡状態に業を煮やしたルーシアは、単身で魔王軍の中枢に乗り込み、魔王の討伐に向かったのだ。
そして、勇者と魔王の直接対決が始まる。
勇者の聖剣は魔王の魔力を切り裂き、魔王の魔力は勇者の精神を削った。その戦いは半日に及んだが、その終結は意外な展開を見せる。
勇者と魔王の戦いに、何処からか魔力の一撃が振り下ろされたのだ。これに一瞬気を取られたのは魔王だった。形としては魔王の手助けとなるはずが魔王の油断を招き、勇者はそこにすべての力を込めた一撃を放つ。
その一撃は魔王の身体を縦に両断し、周辺の人在らざる者をも巻き込み、巨大な爆発を招いた。
爆発の砂煙が消えると、その中心に一人ルーシアが立っている。
しかし、彼女が手にした聖剣は傷つき、美しかった髪は色あせていた。
「これで終わったのか?」
振り返るルーシアの前に、片目に酷い傷を負ったミストが優しい顔でルーシアを見つめ立っていた。
それを見たルーシアは慌ててミストに近寄って、その目を癒やそうとするが、ミストにその手を止められた。
「何故邪魔をするの、今ならまだ治せるのに!」
「お前はもう勇者の力は失ったのだ。今の状態でその力を使うことは、自分の命と引き替えになるぞ」
ルーシアは今になって、自分の髪の色が銀色に変わっていることに気付いた。
「私の命なんてどうでもいい!私は多くの人、人在らざる者も殺してしまったのよ。私の体は血だらけなのよ、こんな私が生きている必要なんかない!」
「必要はあるぞ、ルーシア。魔王が死んだことにより、新たな魔王が誕生したのだ」
ルーシアはその意味を理解した。
「そんなの、そんなのってないよ!どうしてミストが魔王にならないといけないんだよ!?」
「そういう決まりなんだ、ルーシア。すまない、許してくれ」
ミストは優しい目のまま、じっとルーシアを見つめる。そして、無言でルーシアをその胸に抱きしめた。
「でも、俺はルーシアとの約束は守れた。またルーシアに会えた」
「ミスト、本当にそれでいいの?」
ルーシアを抱きしめる手に力が入る。
「俺はこれから南の深黒大陸へ、残った人在らざる者すべてを連れて行く。これでこの大陸では人間以外との戦いはなくなるはずだ」
「そんなっ、あの大陸は不毛の地だよ!あんな大陸で生きていくなんて、、」
「ああ、でも俺たちは人在らざる者だ。あんな大地でも何とか生きていけるさ。だから一つお願いがある。南の大陸は人の立ち入れない恐ろしい場所と広めてくれ、そうすれば下手に来る人間はいなくなるだろう」
そう言うと、ミストはルーシアに軽く口付けをした。
「俺は出来たらルーシアと一緒になりたかった。でも今は無理だ。それぞれの大陸の平定にはまだまだ時間がかかる。そんな中で魔王の俺と人間のルーシアは一緒にはなれない」
「な、なら私が出来るだけ早くこの地を平定するから、だからミストも頑張って、はや、、」
言いかけて、ルーシアは急に力を失い、膝を突いた。
「ル、ルーシア?どうした?」
「ごめん、ミスト、、、私やっぱり力を使いすぎてしまったみたい。足の感覚がなくて」
ミストは生気を失ったルーシアを支えるのと同時に彼女の額に手をあてると、何かを理解し顔色を悪くした。
「どうしたの、ミスト?」
「本当に、無理をしてきたのだな。ルーシア、お前の寿命は早くて一年長くても二年しかない、、」
ルーシアはそれを聞いても驚かない。
「私、やっぱり力を使いすぎたんだ」
勇者の力を使うには、力の弱い女性は生命力を圧縮して力となすため、使いすぎると命を縮めるとミストに伝えた。
「はは、でも長くて二年って、、いくら私でも間に合わないよ、どうしようミスト?」
ルーシアは泣きながら震えるような声を出す。
「その体では深黒大陸への旅に耐えられない、何か別の手段を考えるしか」
それならと、ルーシアは少し考えてミストに言う。
「なら、私はだめだけど、お願い、あなたの子供とセンターサウス王家の子孫を一つにしてあげて」
「それでは意味がないだろ」
ミストの言葉にルーシアは首を横に振る。
「分かるの。多分その頃には私と同じ王家の長女の子が勇者として現れるから、その子を救って欲しいの。だから、私みたいな辛い思いをその子にさせないで。お願い、ミスト」
「ルーシア、本当にそれでいいのか?」
「、、うん。その子はきっとね、あなたの子供の事を好きになるって自信があるの。あと、、、あの時、私を助けてくれてありがとう」
ルーシアは今できる精一杯の笑顔をミストに向けた。
その時、ミストに青い肌の女性の声がかかる。
「魔王様、そろそろ南に向かわないといけません」
「分かったメラルダ。すぐに向かう」
それを聞くとメラルダと呼ばれた女性は、霧のように姿を消した。
「ルーシア、これで本当にお別れだ。君が生きている間には俺たちはもう会えないだろう」
「そうだね、本当に悲しいよ。でもミスト、私はあなたのことをいつまでも愛しているよ」
ルーシアはミストと唇を交わす。
これが勇者ルーシアと魔王ミストの、今生の別れであった。
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