第11話 先輩のコイバナ 1

クローディア自室


 帰宅した二人は、小さな食卓で料理長が丹誠込めた料理を味わっていた。


「何時食べてもこれは美味しいな。癖になりそうだ」

 クローディアがそう言うと、魔王はそれは良かったと、静かに笑った。


「クローディア、料理長は馴染めているか?」

「んっ、ああ、マリアンヌが料理長のために一室用意していたぞ。さっきちょっと覗いたら、ティーセットをマリアンヌが持ち込んで、楽しそうに話していた。どちらかというとマリアンヌが一方的という感じだったが」

「料理長もなかなかやるものだ」

 二人して笑う。こんな関係をいつまでも続けたいとクローディアは思う。しかしその度、ルーシアの事が頭をよぎる。


 勇者として戦乱の世界で命を懸け戦い、そして先代魔王と出会い、彼を愛し、そして叶わぬ思いを未来に託し、生涯を終えた女性。


 本当はこんな言葉で短く表現など出来ない人生を、彼女は生き抜いたはずだ。クローディアは、彼女のため、自分のためにそれを知りたいと思っていた。


 "そんなに知りたい?"

 部屋の隅に、見知らぬ、長い銀髪を揺らし子供のような笑顔を浮かべる少女が立っていた。クローディアはそれを見つけると、ガタッと椅子を後ろに倒して立ち上がった。

「誰だ!」

 クローディアが睨んでも、少女は表情を変えない。少女が纏う同じ銀色のシルクのような服がふわりと揺れる。

 クローディアが少女に一歩近付こうとしたとき、声がかけられた。


「クローディア?」

 振り向くと、魔王がどうしたものかといった顔で、クローディアを見ている。

「魔王、ここは私に任せてくれ」

「何を言っている?クローディア、そこに何かあるのか?」


 クローディアがはっとして、少女のいた場所を見るが、そこには誰もいない。

「魔王、そこにいた銀髪の少女はどこに行った?」

「ん、そのような者はいなかったぞ。お前はいきなり立ち上がって、何もない壁を睨んでいただけだ」


 そんなはずはないと、クローディアは魔王に言うが、魔力の類は一切感じなかったと魔王は返した。

「なら、あれは何だったんだ?見間違いと言うには、余りに存在感があったのだ」

「ふむっ。なら、俺には見えない何かということなのか。見覚えがない相手なのだな?」

 ああ、とクローディアは魔王に言い、倒れた椅子を戻し、座る。


「特に殺気はなかったから他国の暗殺者の類ではないと思うが」

「注意するに越したことがないか。分かった、クローディアは俺が守ろう」

 魔王はそう言ってクローディアを見た。


「ありがとう、魔王」


 夜、クローディアが恥ずかしいとのことで、魔王が背を向いている状態で寝衣に着替えた。魔王はクローディアを気にする事なく着替えると、そのままベッドに入り込む。

 クローディアは赤い顔のままベッドの側に立ち、どうしたものかと悩んでいた。それを見た魔王は笑い、手をさしのべた。


「別に俺は襲いはしない。それに急く事もない」

「すまん、気を使わせてしまって」

 クローディアは静かにベッドにはいると、魔王をじっと見た。魔王はそんなクローディアの頭をさするように手を置き、落ち着かさせようとする。

 クローディアはそんな魔王の手がとても温かく感じ、張った意識が落ち着いていく。そしてゆっくりと目を閉じた。



見知らぬ戦場


 クローディアは、激しく金属のぶつかり合う音で目を覚ました。


「どこだここは?」

 突然の出来事にクローディアが辺りを見ると、そこには多くの人の死体があり、馬も倒れ、その中を泥と血にまみれた人々が剣や槍を持ち駆け抜けていた。足元にはべったりとした血で覆われた赤い土が広がる。

 現実感はあるが、自分の存在感はここに感じられない。まるで演劇を鑑賞している観客のような感じだ。だから分かった、これは"夢"だと。


 勇者になってからいくつか戦いを経験してきたクローディアだが、この戦場には見覚えはなかった。まあ、夢だから当たり前かとも思ったが、それはあまりにリアルだった。


 彼女の前で、首を飛ばし、臓物をまき散らすのは人間の兵士たちだけでなく、人在らざる者の姿もある。

「まるで殺すことが目的の戦だ」

クローディアは目の前の光景をそう表現した。その一角、一際激しいぶつかり合う音が響いている。


 小柄な全身甲冑を纏う一人の戦士を相手に、何十人もの人間の兵士が襲いかかっている。三撃が同時に戦士を襲うが、一撃を盾で二撃を剣で受け止め、それを一気に払うとそれぞれ一刀していく。

「すごい身のこなしと、剣捌きだ」

 クローディアはその戦士の動きに感嘆した。今までこのような動きをする者を見たことがない。


 その戦士へ別の五人の兵士が遅いかかろうとしたところ、突如上空より電撃が走り、黒こげとなった兵士が地面に突っ伏した。

 戦士の脇には、電撃を放ったと思われる杖を持った老人が並び、次の獲物を探しているようだった。

 更にその脇では、赤い髪の筋骨隆々とした女が巨大な斧を振り回し、人間の兵士や人在らざる者の体を複数に分けていく。


 この三人の周りに、立つ者の姿が見えなくなったとき、彼らの全身は血塗れとなっていた。

だが、それを不快と感じることもなく、三人は次の戦いの場所を探して場所を移動し始める。三人が川辺近くに行くと、川の中も死体が重なり、小さい子供の死体も流れていた。


 クローディアは口元を抑えた。なんだこれではまるで地獄じゃないかと、形に出来ない感情が胃の中にも回り込んだ。


 三人は周りに死体があることも気にせず、そこに座り込み、水筒から水を飲み、干し肉を頬張る。その時、一本の矢が放たれ、赤い髪の女の左肩に突き刺さった。


 女が苦痛を浮かべると同時に、戦士が甲冑を着ているとは思えないスピードで弓を放った相手に駆け寄り、首をはねる。それを狙っていたのか、気づくと戦士の周りは十人程の人在らざる者が取り囲んでいた。


 戦士は周りを見渡し、目の前の一人目の胴を剣で払い、二人目を剣の束の部分で一撃すると、上空へ高く跳ねる。

 戦士は上空より残った人在らざる者へ、高速で突きの連撃を放つ。目、鼻、頸動脈、心臓、と戦士の突きが人在らざる者達に突き刺さると、上空に真っ赤な血の雨が舞った。

 それを戦士は空を見上げ、血の雨を浴びるかのように立ち尽くす。


 仲間の二人が駆け寄った。すると戦士は赤い髪の女の傷口に両手を当て、手を当てしているようだったが、その直後、戦士は急に膝を突き、剣を支えに立っているのがやっとの状態となった。


「何だ、何があったのだ?」

 その様子にクローディアは違和感を感じた。先ほどの戦いだけの疲労には見えない、もしくはこの戦士は元々身体に問題を抱えているのか?と思った。


 力を失った戦士は、二人に支えられ歩いていく。それはとても長い時間に見えた。

 クローディアもそれにゆっくりと付いて歩く。


 三人がついた先は野営のテントだった。

 夕暮れとなり、たいまつの明かりが辺りを照らしている。三人がそこに入ると、多くの傷ついた兵士が、地べたに毛布一枚の上で寝かされていた。


 三人はその一角に座り込み、鎧も脱ぐことなく背を預けていた。

 テントの中はせわしく動く人の音だけが包む。ここにいる人間は、しゃべる力さえない、いや喋る力さえ惜しいと言うことなのかとクローディアは感じた。


 他の軽傷の兵士たちの目は濁っており、ただ生きているだけのように見える。


「ここには何も、希望一つ無いのか、、」

 何と酷い夢なんだと、クローディアが思ったとき、テントが在る空が赤く輝いた。


 兵士は全員上を見上げた。夜明けにはまだ早い。そして理解した、魔法による攻撃だと。


 しゅん、と小さな音がしたと思った瞬間、辺りを真っ赤な炎が包む。同時に声にならない叫びが響く。それを見たクローディアは叫んだ。


「やめろ!ここにはもう戦える者達はいないのだ!」

 その声が届くことはない。分かっていても叫ばずにはいられない。彼らにも帰りを待つ親や兄弟、恋人や家族がいるはずだ、もう帰してやっても良いじゃないか!何だこの理不尽さは、こんな事があって良いのか!押さえられない感情がクローディアを駆けめぐるがそれは空しいものだった。


 炎は全てを燃やし尽きるまで静まらない。焼ける人間の匂いが辺りに充満する。喉を焼かれ、苦しみもがく人間がバチバチと音を立てる。


「おおおおおおっっ」

 その時、身体を燃やしながら何かを守ろうと数人の兵士が、あの戦士の元に駆け寄る。兵士は戦士の上に倒れ込む。よく見ると既に戦士の仲間の二人にも戦士を守るように覆っていた。

 戦士はそれを止めさせようともがくが、赤い髪の女が戦士に何かつぶやくと、戦士は動かなくなった。


 どれぐらい時間が経っただろう。

 炎はやっと消え、辺りにはただ消し炭だけが残った。辛うじて人の形をした炭も僅かに見える。


 そして、その消し炭の下で、動くものがあった。


 甲冑を着た戦士が、かつて人だった消し炭を掻き分けて姿を現す。

 戦士は、自分を救おうとした人間が、ただの炭や灰となったことを知ると、甲高い声を上げた。


「私に生きろと、何故自分の命を投げ出すの!何故自分が助かろうとしないの!」

 戦士は顔を覆っていた兜を脱ぎ捨て、元人間の炭や灰を自分の胸に抱きしめた。

「もういや、こんな戦い!私はもう誰も殺したくない!」

 長い金髪がその灰を覆う。


 それを見たクローディアは、はっとする。髪の色は違うが、部屋で見た少女の顔がそこにあった。


「あああっ、こんな力なんていらない、こんな力、ただの戦争の道具の力なんて!勇者の力なんて私はいらない!」


 少女は形を維持できない灰を胸に抱えたまま、天に向かい泣き叫んだ。

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