第10話 同棲
センターサウス王国 謁見の間
城に戻ったクローディアは、魔王が来るのを、今か今かと落ち着きなく待っていた。その後ろにはマリアンヌの姿もある。国王代行という立場として、彼女は嫌々ながらでもいるしかなかった。
謁見の間には、クローディアとマリアンヌ以外には誰もいない。次女などいても気を失って邪魔になるだけだとマリアンヌが同席を認めなかった。
「クローディア、気持ちが焦るのは分かりますが、もう少し落ち着きなさい」
マリアンヌがそう言うと、クローディアは肩を狭めて、申し訳ありません、と返す。
「私もこんな状況に慣れつつある自分が嫌ですわ。でも、仕方ありません」
私が許可してしまったのですからと、小さくマリアンヌな呟く。
そして大きな光が巻き起こる。光の嵐といった大気の乱れと併せて、重く気が巻き起こり、それは姿を現した。
魔王マルク。
「待っていたぞ、魔王」
クローディアが笑顔で迎えると、魔王は軽く微笑んで頷く。
「すまぬな、しばらく世話になる」
魔王はマリアンヌにも頭を下げた。
「まっ、魔王がそんなに簡単に頭を下げて、よっ、よろしいの?」
マリアンヌがわずかに震えながら言うと、魔王は、こんな頭は必要ならいくらでも下げるさと答えた。
「あと、ただ世話になるのは悪いのでな、料理長を連れてきた。俺のいる間、ここで彼を使ってくれ。料理長は魔力自体は少ないのでな、他の人間に混じって生活しても問題はない」
魔王の後ろから料理長が現れ、頭を下げた。
「出来ること、料理だけ。でも、出来ること、何でもする」
料理長はマリアンヌを見ると、少し顔を暗くし、言葉を続ける。
「俺、そんなもの、でも、邪魔ならないようする」
「あっああああっ、まだ気にされていたの!?ゴメンナサイ、あれは、あの時そう言うしかなかったのですの!あっあとでお茶でもしながら、ちゃんと誤解を解かせて下さい!!」
マリアンヌは酷く動揺して、料理長の白い袖を掴んで涙目で訴えている。それを見た料理長は逆に驚き、分かった後でと、声に出した。
「魔王こっちだ」
マリアンヌと料理長を謁見の間に残し、クローディアは魔王を自室へ向かう。
魔王が持ち込んだ手荷物は、大きめのトランクが二つだけだった。
魔王と廊下を歩く最中、何人かの次女とすれ違い、廊下が酷い状態になっていたが、クローディアは興奮していたのか一切目に入らない。
クローディアは目の前のドアに手をかけて開き、魔王を招いた。
「ここが私、いやしばらくは二人の部屋となるところだ。狭いが許してくれ」
「なに、お前と過ごすには広さは十分だ」
魔王は少し落ち着いた様子で言うと、クローディアの頬は少し赤くなった。誤魔化すようにクローディアは魔王のトランクを一つ持ち、言った。
「中身を出すのを手伝おう。服ならば私の衣装棚を利用してくれ。あと、何か必要になる物はあるか?」
クローディアは、自分が普段より早口でまくし立てていることに気づきながらも制御できない。そんなクローディアを見て魔王はすまんなと言い、一つだけ希望があるとクローディアに言った。
「この王家の墓に一度行ってみたいのだ。お前の先祖に挨拶がしたい」
「あっ、そう言うことか。分かった後で一緒に行こう」
クローディアは一人浮かれ気分の自分が恥ずかしくなった。それを見た魔王は、首を横に振った。
「クローディア、多分お前が俺の部屋に来たなら、俺も同じようになるだろう。だから、力が入ることは気にするな」
「そ、そうだろうか。魔王は、私よりも普段落ち着いているように見えるからな」
クローディアは顔を赤くして、下を向いた。
魔王はトランクを開け、ラフな感じの軽装を取り出すと、隣にクローディアがいることを気にせずに、今着ている魔王の正装を脱ぎだした。クローディアは何も言えず、ただじっと着替える魔王を見ている。
「どうしたクローディア、何かあったか?」
全裸となった魔王が静かになったクローディアに振り返る。クローディアはやっと我を取り戻し、目を見開いたまま、ゆっくりと顔を背けた。
「いや、な、何、私は、男性の裸が見慣れていないだけだ。。。。」
「そうか、まあすぐ慣れる」
クローディアは、そうか、すぐに慣れるのか、と天に向かい言う。顔は今まで以上に真っ赤になっている。
「待たせたな、クローディア」
クローディアはその魔王の声に意識を取り戻す。そこには服装が違うだけなのに、普段の気配と違う魔王がいた。
「魔王、これは一体?」
「ああ、人間の世界で過ごすために用意した。魔王の力を外には出さないようにするのでな、俺を見て恐怖する者もいなくなる。これならかける迷惑も減るだろう」
魔王はそう言うと、じっと見つめたままのクローディアを抱きしめた。
「どうしたクローディア、黙ったままで?」
「いや、なんだその、恥ずかしながら今更照れていただけだ。今のお前は本当に普通の人間にしか見えないな」
そう言ってクローディアは腰に回された魔王に手を握り誘導する。
「さあ行こう、案内する」
魔王とクローディアは手を取り、初めの一歩を共に歩みだした。
王城 西の静寂の地
近年の王族の墓は街の協会にあるが、戦乱以前の王家の墓は、城の敷地の中にある"静寂の地"と呼ばれる場所に静かに立っている。
魔王とクローディアは二人そこに訪れ、あるものを探していた。
「これも違うか」
「魔王、私は奥の方を探してみる」
クローディアは並ぶ墓標を一つ一つ確認しながら、ある女性の墓を探していた。
五百年前の彼女の墓を。
しかし、端からは端まで探しても、それらしきものは見つからない。
「戦争の中で失われてしまったのだろうか、それとも存在自体していない可能性もあるか、、」
「クローディア、あっちは何だ?」
魔王が指さす方に、別の墓標が並んでいた。それは王家の墓標よりも小さく、少し寂しげに見える。
「あっちは、歴代の勇者の、、、」
言いかけてクローディアは走り出した。そうだ、どうして気づかなかったのだろう、クローディアは自分を責めた。その可能性は十分にあったはずだ。魔王と関係を持つ者だ、ならそれは当たり前ではないか、と。
「クローディア、どうした?」
魔王がクローディアに駆け寄る。
「ここは歴代の勇者の墓だ。勇者は王族の血からしか現れない。ならそうなのではないか?」
クローディアと、魔王は並ぶ歴代の勇者たちの墓を一つずつ見て探し、最後の一つの墓の前で足を止めた。
小さく、色もくすみ、所々欠けている墓標。
その墓だけ、名前と共に言葉が添えられている。
クローディアはそれを読み上げた。
「勇者 ルーシア=センターサウス
親愛のミストへの思いと共にここに眠る」
魔王はクローディアがその名を読み上げると、口元に手をあててから声を出した。
「ミストとは、父の名だ、、、」
クローディアはそれを聞き、運命というものを感じずにいられない、
「ああっ、ルーシア、あなたも私と同じ勇者だったのか。あなたは本当につらい思いだったのであろうな、、」
クローディアはルーシアの墓の前に跪づいた。
「あなたは勇者として魔王と出会わなければ、もしかしたら魔王と添えられたのだろうか。いや、それなら魔王に会えなかったか。私は、勇者として魔王とどのように出会い、どのように魔王と恋に落ちたのかまでは分からないが、、」
クローディアはルーシアの墓をそっと撫でる。
「私はあなたの思いの強さだけは理解できる。だから今こうして、五百年経った今、ここに私と魔王がいるのだ。それを私はあなたに見せたいぞ」
クローディアは見知らぬ勇者ルーシアに語りかける。
「なあルーシア、あなたのその思いを叶えるのは本当に私でよいのか?私が魔王と幸せになることをあなたは願ってくれているだろうか?」
クローディアの横に、魔王も跪づく。
「勇者ルーシアよ、我はミストの子マルク。父は亡くなるまであなたのことを何時もとても嬉しそうに話していたぞ。もし、今も向こうで待っているのであれば、父と出会えていることを願うぞ」
魔王は胸元から何かを取り出すと、勇者ルーシアの墓標の脇に穴を掘ってそれを埋める。
「魔王、何を埋めたんだ?」
「父の遺髪だ。これで向こうで会えるまでも一緒にいられる」
勇者ルーシアの墓標は何も語らない。
ただ、クローディアと魔王が出来ることは、思いを言葉にして語り、その墓標に触れることだけだ。
「魔王、言ってなかったが、勇者になると王位継承権を失うのだ。だからルーシアたちはこんな寂しいところで眠っているのだ」
「そうか、ならたまには話しにこよう。そうすれば寂しくはないだろう」
魔王はクローディアに微笑む。
ああ、とクローディアは涙目で笑う。
一体ルーシアという人物は、どのような女性だったのだろうか?
今となっては資料は消失し無くなっているため分からないが、クローディアは彼女のことをもっと知りたいと思ってならなかった。
「行くか、クローディア」
魔王が声をかけると、クローディアは、ああ、と返事をして歩き出し、一度だけ振り返った。
「ルーシア、また来る」
瞬間、軽く風の渦が巻き起こり花びらが舞う。それは待ち望んだ二人へのはなむけのように、クローディアは感じていた。
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