第9話 経験者の言葉

センターサウス王国 クローディアの自室


 軽装のクローディアは、朝早くから最後の準備に大忙しだった。


 元々そんなに持ち物が多いクローディアではない。しかし、母親と幼少の頃に死別し、城の中に住むようになってからはそれなりに自由にしてきたのだ。

 物が少ないことと、二人で住むというのはまた別の話。


 実はマリアンヌからは、二人のために別の部屋を用意しようかと言われもした。しかし、それではただ与えられる現在と代わりないため、珍しいマリアンヌからの申し出であったが丁重にお断りをした。


 それに対し、マリアンヌは、

「そっ、なら頑張ってみるといいですわっ」

 と、断られたことに気分を害した様子は見せなかった。先日の保養地から帰ってから、マリアンヌが少し変わったようにクローディアは感じている。


 クローディアは、一つの部屋で二人で行動する導線や過ごし方を、今の自分の頭で出来るだけ考えて家具の配置などを変更した。


「とりあえず、こんなものか」

 後は生活の中で変えればよいと思い、一息つくためクローディアは街中に足を運ぶ。


 まだ午前中であったので、近くの店に入り甘味に癒されていると、見知った二人が現れた。


「よっ、クローディア。朝から幸せそうな顔しているな」

「幸せなのは認めるが、何かと大変だぞ」

 戦士の言葉にクローディアは苦笑しながら答える。同じテーブルに同席した魔法使いはそんなクローディアを見て微笑んだ。


「楽しいことと、楽なことは別ですからね。そう言えば今日ですよね、魔王が来るのは?」

「そうだ、午後にはくる予定なのだが、私もやはり緊張している」

 クローディアは、太ももに手をやり何度もさする動作をする。


「いやぁ、いいねえ。クローディアが女の子らしくしているっつうのは、何度見ても新鮮だぜっ」

「戦士、あなたの発言はセクハラですので止めた方がよいですよ」

 魔法使いは戦士の発言に注意する。その二人の様子を見て、クローディアはふと口にした。


「前から聞きたかったのだが、二人はどういう関係なのだ?今更の質問かもしれないが」

 戦士と魔法使いは、クローディアの質問にお互いの顔を見合わせ、むぅとした顔を互いにする。


 クローディアは勇者としての資質に目覚めてから、更にその力を高めるために現在の戦士と魔法使いと組むようになった。

 二人と引き合わせたのは騎士団の隊長であったが、使える奴がいるので紹介するというだけで、詳しい説明があったわけではない。しかし二人と会い、パーティーを組んで戦いに身を投じると、この二人が戦いだけでなく、信頼の出来る人間であるとクローディアは分かった。それから共に戦い、数年が経つ。


「言ってなかったか?なんつうか、俺は近くの宿屋の息子でよ、ガキの頃から強くなることに興味があったんだわ。で、よくうちの宿に泊まりに来ていた変なオヤジがいたわけよ、よく変なガキ連れてな」

「何度もあなたに変と言われる覚えはありません。えー、私の父は色々な国を巡る魔導師でしたが、この国に滞在する際は何故かこの粗雑な戦士の両親が経営する宿屋を利用していたのです。そこで頭の悪いガキに会ったのです」

 ほー、とクローディアは互いの嫌みに気にせずに話の続きを聞いた。


「こいつさ、初め会ったときからこの口調なんだぜ。ガキらしくなくてさ、遊びに誘っても乗ってもきやがらねぇ、何かむかついてよく泣かしたなぁ」

「私は魔導を学ぶ身です。子供であっても遊んでいる余裕はなかったというのに、頭の悪いガキが何度もちょっかいを出してきました。酷いんですよ、私が興味ないと言ったらいきなり頭にげんこつです。私も小さい女の子なんですから、叩かれたら泣きますよ」

 クローディアは、じっと戦士を見た。


「戦士、お前結構酷い奴だったんだな」

「まっ、まてクローディア!俺だってよ何度も最初は普通に声かけたのに、こいつは無視すんだぜっ。そりゃ、こづいたのは今考えても悪いと思うけどよ、でも無視はないと思うんだぜっ」

 戦士は全部自分が悪いという視線に耐えられず訴える。


「仕方ないでしょ、私は父の期待を一身に受けていたのですから。その後、私はとりあえず泣きたくなかったので、一応このクソガキと遊ぶことに了承したのです」

「いざ遊びに乗ったと思ったら、びっくりしたぜ。足は遅いし、体力ないし、他にいた女友達と比べても弱っちいのなんのって。頭良くても、こりゃ実戦出たらすぐ死ぬなとガキの俺でも思ったものよ」

 魔法使いは、むぅと唸るような表情をする。


「私たちは、体力よりも頭を使うのです。クソガキときたらそんなことも分からずに、私を引っ掻き回したのです。おかげで全身擦り傷だらけになりましたよ」

「でも、そのおかげで体力ついただろ?最初の頃はよく風邪引いていたのに、途中からは病気もしなくなったものな」

 戦士がそう言うと、魔法使いは、確かにそうですがと、顔を下げた。


「でも、その当時からの付き合いとはすごいな、良く続くものだ」

クローディアが感心すると、魔法使いが笑った。


「まあ、確かにそうですね。それからは私が戦士の勉強見たりと、互いにフォローする関係が始まりました。一度私が修行のため他国に一人行っていた時期もありましたが、戦士とはずっと手紙のやり取りはしていましたね」

「あっ、あれは、お前が一人で寂しがっていると思ったからだ。手紙まで泣かれたらたまったもんじゃねぇからな。えーと、その頃の俺は丁度騎士団のテストに合格したころだったな」

 戦士が、ふんっと顔を逸らす。


「でなっ、数年経ってこいつが修行が終わって街に戻ってきたんだ。俺はこれでも当時騎士団で割と地位あるとこまで行っていたんだぜっ」

「確かに数年ぶりに会った戦士は随分と男らしくはなっていましたね、口の悪さは変わりなかったのですが。少しして私も戦士も成人を迎え、私がどの国に所属するか等、今後の身の振り方を考えたときでした。戦士が私に結婚の申し出をしてきたのは」

 クローディアは、えっ、という表情をする。


「ん、すまん。良く聞こえなかったのだが、戦士が魔法使いに結婚の申し出をしたのか?」

「んなの男からするのが当然だろ」


 クローディアは、自分がすごい勘違いをしていることに今更ながら気づいた。


「俺はな、嫁にするなら魔法使いしかいないと思ったんだよ。だからこいつのオヤジに、こいつをくれって頭下げたわけだ」

「本当びっくりしましたよ。長い付き合いでしたけど、うちに来たと思ったらいきなり土下座ですよ。私なんて最後には笑っていました。父なんてその潔さに逆に感心するぐらいでしたし」

 クローディアは、申し訳無さそうに聞いた。


「あの、二人は既に結婚しているのか?」

「ん、言っていなかったか?」

 本当に今更であった。話を聞くと自分より年下と思っていた魔法使いは、実は三つほど年上。それを知らなかったこともあり、思わず詫びるクローディアであったが、魔法使いは気にすることなく言った。


「私はこの容姿ですし、子供に見られることも多いので慣れています。だから、そんな気にしなくて良いですよ。クローディアと会ったのは結婚した直後で、戦士も私が動きやすいように騎士団を辞めフリーの戦士となった頃でしたね」

「あん時は、勇者のパーティーに夫婦で参加とは思いもしなかったなっ」

 戦士と魔法使いが懐かしむように頷く。


 クローディアは、今まで戦いだけでなく、魔王との関係で悩んだときもこの二人には本当に助けられた。生き方の先輩となる人物がこんな近くにいることにクローディアは感謝する。


「私は魔王と上手くやっていけるだろうか?」

 ちょっと自信がなくなったクローディアがそう言うと、二人は笑った。


「やってみる前から分かることなんて何もねぇよ、相手は自分とは違うんだからな」

「共感した価値観などは小さな共通点にしか過ぎないのです。でも、共通点があったからこそ、自分とは異なるその相手と進みたいと思えるのではないかと思います」

 魔法使いは、可愛い後輩に経験を伝える。


「自分の世界というのは、自分で思ったよりも本当は狭いものと気づき、苦しむことがあるかもしれません。それを気づかせてくれるのは、クローディアにとっては魔王がその存在となるはずです。でも一人で苦しまないで、二人で苦しんで下さい」

 クローディアは、背筋を正し二人に向かい合い真剣に話を聞いている。彼女が緊張しているのは嫌でも伝わってくるが、それを二人は受け入れた。


「あなたは一人でなく、二人で生きていく事を選んだのですから」

 その言葉は、まるで今は亡き母親のもののようにクローディアは感じ、目頭が熱くなる。


「わっ、分かった。精一杯やってみる!」

「おうっ、やって見ろやっ。俺ら夫婦も相談には乗るからよっ」

 戦士は、クローディアの頭を手でグシャグシャにして笑う。

 それを魔法使いは、溜息混じりに見つめながら笑っていた。


 クローディアは、自分の周りにはいっぱい心配してくれる人がいるのだと感じ、そんな自分を幸せに感じた。


 そして、それに甘えて驕らないようにしなければと思う。


 魔王はどう考えているのだろう?ふとそれを考えたとき、クローディアは魔王に早く会いたくて仕方がなかった。


 自分が共に生きようと選んだ相手に。

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