第8話 嫉妬

センターサウス王国 南方保養地


 魔王の同棲の挨拶があった二日後、クローディアとマニアンヌは数名の近衛兵を連れ、南房に位置する保養地にいた。


 今回この保養地に来た目的は、東の隣国、イースト公国の使者を接待するためだった。


 センターサウス王国とイースト公国は、縦に連なるストレイト山脈が国境となっている。標高五千メートルを越えるこの山脈を越えるのは難しく、センターサウス王国が接する南方海と、イースト公国が接する東方海を利用した海洋貿易が主な交流方法となっている。


 また、イースト公国は海の資源だけでなく、綿花と養蚕、ワインの産地としても有名である。センターサウス王国もシルクの主な輸入先としていた。


 国王も健在であり、現在のところ統治にも問題はない。現在王子が三人と末の王女が一人。王女は長くできなかった女子とのことで、王の溺愛は相当なものらしい。


 その王女、シズクが今回の使者である。歳はクローディアと同じだが、シルクのような艶を持つ腰までの黒髪、茶色い瞳は民族の違いを表していた。


 シズクは王女でありながら貿易業務の管理者としての立場もあり、貿易船に乗りセンターサウス王国へ来ることも少なくなかった。


「マリアンヌ、クローディア、二人とも元気そうね」

「シズクこそ。その黒髪の海風にも負けずに艶を保っている秘密を教えて欲しいものですわ」

 王家の別宅として用意された別荘で、三人は再会した。シズクとマリアンヌの挨拶に併せ、クローディアは軽く頭を下げた。立場的にクローディアは王家同士の関係に口を出せないが、三人だけの時は割と素で話すことを許されている。


 シズクはクローディアのその態度に何も言わず、さもそれが当たり前といったように笑った。


「ここは良いわよね、よけいな邪魔も入らないし。向こうにいると伯爵の三男坊やら、聞いたこともない辺境の国とかの縁談ばっかりで心底参るのよ」

 シズクは顔を手で扇ぐ仕草をする。マリアンヌはその話を毎度のものといったように見ていた。


 シズクは悪い人間ではない。しかし日々のストレスを発散する手段としてか、自分の縁談の話しを嫌がりながらも自慢するといった行為を無自覚ながら行っている。


 実際マリアンヌもそう言った話がないわけでもなく、シズクのその態度を否定することはしない。

シズクはクローディアを見て、薄く笑顔を浮かべた。


「クローディアはそんな心配もなさそうで羨ましいわ」

「私か?私は既に将来を決めた男がいるぞ」

 場の空気が変わったことをマリアンヌは感じた。これはまずい、と思ったマリアンヌはフォローに回る。


「シズク、クローディアにもそんな話の一つぐらいあるという意味ですわっ」

「そっ、そうよね。勇者なんてやってるクローディアですもの、その名に惹かれてというのもあるわよねっ」

 クローディアは首を傾げて、口を開いた。


「いや、あれは私が勇者だから好いてくれているのではないぞ。私もそうだが、互いの立場などを気にしていたら一緒に住もうといった話にはならない。あいつも立派な王なのだからな」

 マリアンヌは額に手を置き、眉間に皺を寄せる。シズクはわなわなと震え、目の前のクローディアを信じられないものとして見る。


「クローディアが冗談なんて珍しいわね」

「ん?冗談は言っていないぞ。私だって、来週からの同棲というものの準備で大変なのだ」

 シズクはキッとマリアンヌを睨んだ。睨まれたマリアンヌは、何で私なのです?と勘弁して欲しいといった表情をする。


「えっと、クローディアには実は辺境の国に許婚が居たのです。私達も知ったのはつい最近ですわ。で、二人は意気投合しトントンと話が進んだだけのことです」

 マリアンヌは、相手が魔王とは言わないようにだけ注意し、出来るだけ嘘がないように話す。それを聞いても、シズクはあからさまに機嫌が悪い様子に見えた。

 その様子を見てクローディアはなるほどといった顔をする。


「そうか、すまないシズク。お前は縁談などといった話が大嫌いだったものな。私のこのような話、気分を害するだけであった。本当に済まない」

 シズクは立ったまま背をそらすと、ゆっくりと歯ぎしりしながら、元の姿勢に戻ってくると、目の奥の色が濁っていた。


「そっ、そうよ。私は縁談なんて大嫌い。私は、もうこのまま、このまま、死ぬまで、死ぬまで、たった一人孤独に余生を、、、、」

「シズク、食事にいたしましょう」

 マリアンヌはパンッと両手のひらを叩き、シズクの意識を自分に意識を向けさせた。


「そ、そうね。食事にしましょう」

 目の色を取り戻したシズクは、頭を振る。

 三人が別室の食堂へ足を運ぶと、既にテーブルの上には料理が並んでいた。

 それを見たシズクの表情が変わる。


「趣向を変えたの?いつもの料理と違って色味の鮮やかさが押さえられてある感じね」

「そ、そのようですわね」

 マリアンヌも予想外だった。知ったメニューが一つもない、しかし漂う香りは食欲を誘い、心を幸せにする。


「早速いただこう。とても美味しそうだ」

 クローディアがそう言うと、マリアンヌとシズクば、ナイフとフォークを持ち食事を口にした。


「こ、これは?何?」

「本当、食べたことのない味ですわ。でもとても美味しい」

「良かった、気に入ってもらって。今回、無理言って料理長を借りたのだ」


 マリアンヌの表情が青く変わった。クローディアは腰に手を当て、胸を張る。シズクはよく分からぬ顔をする。


「クローディアの相手の国の料理長が、今回シズクのために手を振るったという事ですわっ!」

「私のために、この料理を?それは嬉しいわね」

 シズクの機嫌が直ったことを感じたマリアンヌだったが、不安要素が増したことにどうしたものかと思いつつ、あの料理長とまた会えることを内心喜んでいた。


 メインを食べ終わった後、テーブルに紅茶とデザートが配られる。


 デザートをおいた相手にありがとうと言ったマリアンヌだったが、その相手を見た瞬間、顔が真っ赤になった。

「あなたですの!?」

 その相手は料理長だった。その耳だけが人間と変わらない形に変わっている。

「マリアンヌ、良い肌色になった」

「そ、そんなことは、、あなたのおかげですわ、、」

 マリアンヌは変にもじもじしている自分を自覚しつつ、シズクの痛いほどの視線を浴びていた。


「誰よ?」

「こっ、こちらがその料理長ですわっ」

 マリアンヌが答えると、シズクは冷たい表情で料理長を上から下まで値踏みするようにみる。


「へぇ、悪く無いじゃない。これがマリアンヌのタイプ?」

「そんなのではっ、ありませんっ!」

 シズクの言葉にマリアンヌは強く否定する。

 それを聞いた料理長は、申し訳ない顔で言った。


「すまない、そんなのが、料理用意した」

「いえ、決してそのような意味ではっ、ああ、ごめんなさい料理長!気分を害さないでください!」

 クローディアはあんなに必死に取り繕うマリアンヌを初めて見た。

 シズクはその光景を羨ましく見て、あっという顔をした。


「やだ、私嫉妬してる。。。」

「どうしたシズク?」

 そんなシズクをクローディアが気にすると、シズクは頭をかいた。

「何か色々ごめんなさいね。私嫌な行動していた事に今頃気づいたわ。本当、あのマリアンヌがあんな表情出来るなんて私知らなかった」

「私も初めて見た」


 料理長が退室した食堂では、三人が静かに食事の余韻を楽しんでいたが、その静寂を最初に破ったのはシズクの一言だった。


「私、ちゃんと縁談受けようかな」

「な、何ですのいきなり?」

 シズクの言葉に何故かマリアンヌが強く反応する。


「んー、何か二人見てるととても楽しそうと思ったのよ。勿論相手はしっかり見極めるけど、前向きに行動しようかと思ったの」

 マリアンヌは口をパクパクさせて否定する。


「私はそんなのではありませんわっ!」

「うむっ、共に背を預けられる相手というのは悪くないぞ」

 クローディアの肯定の言葉に、シズクは笑った。


「だよね。ただ任せるより、共に歩いていける相手が良いと私も思うよ」

 シズクがそう言うと、クローディアは強く頷く。マリアンヌは顔を赤らめ、何でそうなりますの!と弱めに否定するように努める。


 それから暫く三人の王女は、今までにないぐらい話で盛り上がった。


「クローディア、今度相手ちゃんと私に紹介しなさいよ」

「分かった、いい男だから安心しろ」


 そんな、クローディアの発言にマリアンヌは溜息し、シズクはニッと笑う。

「なら、私はその時までに、もっといい男を見つけておくわ!」


 翌日、シズクは再び貿易船に乗り、帰りの旅路へつく。シズクの晴れ晴れとした顔を船員は不思議に思いつつも、悪い気はしなかったようだ。


 クローディアとマリアンヌは、その生き生きとした顔をしたシズクを二人で見送った。

 今度はこちらから出向きたいと思ったマリアンヌは、その時こちらは何人で行くのかと考えようとして、ひとまず思考を止める。


「まだ分かりませんわ」


 その言葉は波音に遮られ、クローディアには届かなかった。

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