第7話 ご挨拶

センターサウス王国 謁見の間


「なっ、も、もう一度申してみなさい?!」

 体を壊している王に代わり王座に座る第二王女マリアンヌは、クローディアの発言に開いた口が塞がらずにいた。その言葉にクローディアは仕方ないともう一度口を開く。


「私と魔王は結婚を前提につき合うことになりました」

 マリアンヌは首を振り、いやいや違う、という顔をする。

「くっ、クローディア、聞きたいのはその後の言葉です!」

 クローディアは何だそんなことかと言う顔をして言った。


「お互い誰か二人だけでの生活をしたことはないということでしたので、お試し同棲というものをしたいと魔王が言っております」

「違う、その次の言葉じゃー!!」

 クローディアに苛立ったマリアンヌが叫ぶ。クローディアはマリアンヌの怒った理由が分からない。困った顔をしてクローディアはマリアンヌに向かい言う。

「マリアンヌ様、そのように叫びますと周りのものが驚きます。私と魔王は、ただこの城の私の部屋で同棲というものをするだけなのです」


 クローディアは少し顔を赤らめていた。そして、マリアンヌの顔は明確に青ざめていた。

「それが私をびっくりさせるのです!そんなことを勝手に許されるとも思ったのですか!」

「もちろんです。ずっとなど許されるものではないので、一ヶ月ごとにそれぞれの部屋で同棲というものをします。ですので来月は私が魔王城の魔王の部屋で生活します」

 マリアンヌは開いた口が更に大きくなって震えているのを無視して、クローディアは胸を大きく張った。


「魔王城では勇者として恥ずかしくないよう魔王と過ごしますので、ご安心下さい」

「クローディア、そそ、それを陛下が許すとでも思ったですか!」

 マリアンヌの言葉にクローディアはにこりと笑う。


「それも安心して下さい。魔王は真面目ですので、明日ちゃんと陛下に挨拶に来るとのことです」

「明日、来ると?あの魔王がここに?」

 マリアンヌは後ろに倒れ、尻餅を付く。顔は青から土色に変わっている。


 すると、いつの間にか倒れたマリアンヌの後ろに、王直属の次女が立っていた。その次女は無言で手に持つ二つに折られたメモのような紙を、抜け殻のようなマリアンヌに手渡す。

「なっ、何ですの?これは?」

「陛下よりマリアンヌ様への御伝言でございます」

 次女は頭を下げ、マリアンヌがその紙を見る前に立ち去った。訳が分からぬマリアンヌはとりあえず二つに折られた紙を開いて固まる。


「まっ、魔王関係はすべて、第二王女マリアンヌが対応するように、ですって???あっ、あはは、あはははははは、アハハッハハ、、」

 マリアンヌは心を病んだが、壊れた笑いはなかなか止むことがない。


「ではマリアンヌ様、明日は宜しくお願いいたします。魔王も楽しみに来ると思います」

 魔王とマリアンヌが少しでも仲良くできれば嬉しいと、クローディアは思った。魔王と結婚した場合、マリアンヌは魔王の義理の妹となるからだ。


 灰色に染まった瞳に映るクローディアの笑顔を、あれは勇者ではなく悪魔ではないのか?とマリアンヌは恐怖を感じていた。


翌日


 謁見の間には、一睡もできず深い隈の出来たマリアンヌの姿があった。王座に座ったマリアンヌは、土色の肌が出来るだけ目立たぬよう化粧をし、頬にも軽く朱を入れている。


「ああ、なんということですの、、私が何をしたというのですか、、」

マリアンヌの呟きは、低く、辺りに伝わっていく。


 それを察したクローディアはマリアンヌを励ます。彼女なりのやり方で。

「マリアンヌ様、魔王はマリアンヌ様に会うのをとても楽しみにしているはずです!」

「ひぃぃい!」

 マリアンヌは頭を抱えて、絶叫した。


 その叫びが呼んだのか、いつもより大きく激しい波動を放つ光が現れた。その光の中にいる存在を直視できる人間はごく僅か。

 在る者は失神し、在る者は頭髪から色素がすべて失われ、在る者は、、、自分の存在さえ否定する。


 それが人間から見た魔王という存在。


 人在らざる者率い、勇者と並ぶ力を持つと言われ、世界を恐怖と殺戮で覆う人間の敵。


 人間はその存在を魔王というのだ。


 魔王はその後ろに配下を従え、溢れる力は謁見の間包む。魔王はふふっと表情を崩すと、マリアンヌの側にいた次女は瞳の色を失い、目を開いたまま意識を失った。


「魔王!」

 魔王の前にはいつの間にか勇者が現れ、互いの瞳を見つめ合う。そして勇者は口を開く。


「挨拶に来ただけなのだから、緊張して、照れ笑いをすることはないぞ。その笑いはちょっと怖い」

 魔王は心外といった顔をしたようだ。しかし今日の目的を思いだした魔王は首を縦に振り、マリアンヌを見た。


 マリアンヌは痙攣のように身体が縦に横に震えている。気力を振り絞り、口を開く、

「お父さ、、ちっ違いましたわ、魔王、クローディアから話は、きっ聞いています」

「久しいなマリアンヌ、今日の私がここに来た理由は承知しているということか」

 マリアンヌは魔王が来ることに備えて化粧以外にも準備をしていた。

 恐怖に倒れないようにするため腹筋と背筋を鍛え、涙を流さないようにするために水分を控え、そして直前に花を摘みにも行った。

 それでも目の前にいる魔王の威圧感は、殺気が無くても、相手が弱い人間なら心の臓の筋肉の動きさえも止めてしまうだろう。


 それにマリアンヌは必死に耐えた。

「魔王、私は陛下の代理の立場として、この城に同棲するというものは、、チョットどうかと、いろいろと考え、、、」


 しかし、マリアンヌの脳が恐怖に麻痺しだした。

「わ、私に怖いことをしないなら許します!」

「クローディアの妹にそのようなことをするわけがないだろ」

 そして、センターサウス王国として、勇者と魔王の同棲の許可が下りたのだ。


「マリアンヌ様、許可をしてくれてありがとうございます」

「ああ、私はもうこれで怖い思いをしなくてすみます、、、、」

 マリアンヌはクローディアの声も届かないところにいるらしい。マリアンヌは何度も同じ台詞を口にしてから気を失った。


 数分後、マリアンヌが目を覚ますと、クローディアと魔王が恐ろしい気を放ちながら歓談している光景が目に入った。まだ魔王がここに、と思ったマリアンヌは、自ら同棲を許可してしまったことを思い出し、頭を抱え泣き出した。

「私はなんて事を、なんて弱い、何て馬鹿で、ああああああっ」

 悲鳴のような泣き声だった。


 泣き続けるマリアンヌをクローディアが収めようとするが、それは止まらない。

 一度気を失わせるかとクローディアが思ったとき、魔王の配下の一人がマリアンヌに近づき、その口に何かを入れる。


「んんっ」

 興奮状態だったマリアンヌは、口に入れた何かに抵抗しようとしたが、思わずそれを噛んでしまった。

すると、マリアンヌの瞳の色は元の色を取り戻し、口に入れられたものを味わっていく。


「これは、一体?」

「これ、野菜から作った、菓子。この菓子の甘み、野菜からだけ。でも、沈静効果ある」

 マリアンヌは目の前にいる人在らざる者へ問いかけると、相手は片言の言葉で返した。


 色白で金髪、整った顔の青年がそこにいた。

しかし、耳はふつうより長く、人間ではないことを示している。

 見た目の年齢はマリアンヌと同じぐらいだろうか、彼は元来無口なのか、それだけ言って口を閉じた。


 マリアンヌはこの青年だけは恐怖を感じなかった。


「助かったぞ、料理長」

 魔王に料理長と呼ばれた青年は、振り向き無言で頭を下げる。


「彼が料理長なのか?」

「そうだ、いくつか手みやげの料理も持ってきたのでな、どうせならば料理長の紹介も兼ねてと思い、一緒に連れてきたのだ」

 クローディアの問いに魔王が答える。


 料理長と呼ばれた青年が、マリアンヌに真面目な顔で言った。

「この国の料理、贅沢。食材、無駄にする料理多い」

ニッと笑った青年に、マリアンヌは冷静さを取り戻す。そしてまだ口の中にある菓子の甘みを感じていた。


「ありが、、か、感謝を致しますわ!」

 マリアンヌは何か居心地の悪さを感じ、思わず料理長から顔を逸らす。その様子に納得した料理長は、もう一つ包みを差し出した。


「これ、後で食べる。肌、良くなる。お前美人、勿体ない」

「なっ、何を仰いますのっ?!」

 褒め言葉に慣れていたはずのマリアンヌは、そのたどたどしい言葉に変に動揺しつつ、その包みを手に取る事にした。マリアンヌはじっと青年を見つめ口を少し尖らせた。

「あっ、ありがと、、」

 青年は、笑顔のままだった。ただ、人とは違う雰囲気のこの笑顔を見て、マリアンヌは青年が人在らざる者と、改めて感じる。


「ふむ、気に入って貰えたようだな。さすが料理長だ」

「言葉感謝。これ、良い経験」

 料理長は魔王にそう答え、頭を下げた。魔王は再びマリアンヌを見つめる。


「では、準備もあるのでな、来週からここで暮らすことになるが宜しく頼む。俺は魔王だ、迷惑はかけんよ」

 そういった魔王にマリアンヌは再び恐怖したが、先程よりもそれが楽になっている自分に気づいた。


「おっ、王女に二言はありませんわ!」

「ふむ、それはもちろん俺もだ」

 そう言った魔王は、軽くクローディアを抱きしめた後、また来週、と言い残し姿を消す。


 残されたまだ意識ある者達は、それぞれガクガクと震え、国、いや自分の身を心配していた。違う態度をするのは、笑顔を振りまくクローディアと、何やら納得できないものを抱えた表情をするマリアンヌだけだ。


 マリアンヌは、側で気を失ったままの次女を無視し席を立つ。

「本当に一体これからどうなるんですの?もう何がなんだか分かりませんわ。でも、、、」

 あの菓子は懐かしい感じのする味だったと思いつつ、花を摘みに行った。


 その手には、料理長と呼ばれた青年が渡した包みがある。それを見たマリアンヌは、にんまりとした表情となる。


 少しだけ良い事がありましたと、マリアンヌは暫く忘れていた感情に浸ることができた。

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