第6話 前提としたお付き合い
クローディアの自室
魔王と最後に会ってから、一週間が経っていた。
クローディアは勇者と魔王のこれからの関係を、無い頭を出来るだけ絞って考えていたが、答えは何も出てこなかった。直接魔王に会って話したいとも考えたが、魔王は今は村の慰問中ということもあり、魔王からクローディアへの連絡は何もない。
「私からは魔王に会う手段が無いのか。何故、今まで私はそれに気づかなかったのか」
クローディアは、今まで魔王からの連絡を待っていただけの自分に気づいてしまった。
しかし、今の悩み事については、誰かに話したいという思いが募る。
「で、俺たちに会いに来たっつうわけか」
酒場で昼から魔法使いと酒を飲んでいた戦士は、少し赤い顔で言った。
「そうだ、お前たちから何かアドバイスを貰えればと思ったのだ」
魔法使いは、ちょっと落ち込み加減なクローディアのその台詞に対して、きつい目をする。
「クローディア、私たちはあなたに頼って貰えることを、仲間として友人として嬉しく思います。ただ、あなたの悩みについては順番が逆ではないですか?」
「逆?」
魔法使いは頷く。
「そうです。率直に聞きますが、あなたは魔王と結婚したいのですか?」
クローディアは、魔法使いの言葉にムッとした。
「今はそんなことは関係ないだろ」
「馬鹿かお前、関係あるに決まってんだろうが!」
酒の入ったジョッキをガツンと、戦士はテーブルに叩きつけた。
「お前はな、勇者だが、それ以前にただの女だろうが。お前は好きでもない男と、将来どうありたいかって聞いているつもりか?」
クローディアは言葉を失った。
「魔王は変な奴だ、人在らざる者であること除いたとしてもな。男としては不器用だし、単純だ。だけどなクローディア、魔王は男としてお前のことを好きなのは確かだ、あいつの気持ちを知らねえとは言わさねえぞ」
クローディアは自分の顔が真っ赤になっていることに気づかない。
「そっ、そんな事言われても困る。私は勇者だ、私は魔王を倒すように運命付けられた勇者なのだ」
「なら、勇者なんて辞めたらいいじゃないですか?」
魔法使いは呆れ顔で言った。クローディアはわなわなと震え、拳をテーブルにドン、と置く。
「ふざけるな!私から勇者を取ったら何が残る!」
クローディアの目は赤く充血している。
「勇者を言い訳の道具にするなよ、クローディア」
戦士は、深い息を吐きながら言う。
「あなたが勇者になる以前の事は、私もあなた自身から聞いて知っています。そんなあなたが勇者にしがみつくのも仕方がないと私も思っていました」
「思っていた、というのはどういうことだ、魔法使い」
魔法使いは、被っていた帽子を脱ぎ、クローディアに向かい合った。
「戦士も言いましたが、あなたは勇者である前に女性です。あなたの母は、母としてあなたに幸せになって欲しいと願ったと私は思います。でも、それをあなたは勇者になるという事と引き替えに失ってしまいました」
魔法使いは一呼吸つく。
「ですが、あなたは会ったこともない五百年前の祖先にも、幸せになってほしいと願われていたのです。結婚だけが幸せと私は思いません。ですが、あなたが仮に勇者でなくても、一人の幸せを願われた女性ということに違いありません」
「私は勇者でなくも良いのか?」
クローディアの言葉に、魔法使いは笑顔で言う。
「勇者があなたではありません、あなたが、勇者なのです。だから勇者であっても、勇者でなくもあなたは何も変わらないのです。だからもう一度聞きます。あなたは魔王と、、」
その時、甲高い音が響いた。クローディアは頬を、自らの手で平手打ちしたのだ。
「ま、、魔王のことは私も好きだ。だから、それから先私は一緒に考えていきたいと思う」
赤くはれた頬を恥ずかしくもなく戦士と魔法使いに向けたまま、クローディアは言った。
「では、ここがスタート地点です。まずはその気持ちをもって、魔王に会いましょう」
魔法使いは立ち上がり、クローディアを抱きしめた。
一週間後
謁見の間に光と共にメラルダが姿を現すと、メラルダの前にはずっと待っていたかのように、赤いドレスを着たクローディアが立っていた。
「クローディア様、お久しぶりです。まるで私を待っていたみたいでびっくりしました。もう、よつんばになるぐらい。さて、魔王様とお会いする次の、、」
「メラルダ、これから魔王に会えるか?会えるならこのまま連れて行って欲しい」
メラルダはクローディアの珍しい申し出に、興味がわいた。
「承知しました。では、宜しいでしょうか」
「頼む」
二人は光に消え、魔王の元へと向かう。
深黒大陸 辺境の村
この村は、付近に火山帯がある影響で、しばしば吐き出したマグマによる被害を受けている。
しかし、先日発生した被害は甚大で、村の大半が火災で消失し、住民の被害もそれに比例するものであった。
慰問に訪れた魔王はその余りの惨状に驚き、直接魔王軍を指揮した上、復興と犠牲者の弔いを指示している。
安易に他の土地へ移住する考えもあるが、生活できる土地も少ないこの大陸には、そんな余裕はない。何も考えず行えばその先で戦となるだろう。
この地に住む者は、住む土地の選択は出来ないのだ。
だからこそ今ある土地を復興する必要がある。
しかし、魔力用いた復興作業は、火山帯にさらに悪影響を与えることがあるため行えない。魔王軍は手作業での復興を余儀なくされた。
そのため、当初数日の滞在予定だったものが、二週間以上かかることになり、現在もまだ復興への光は見えない。
それに加え、魔王軍だけでなく住民の疲労も大きく、希望もないこの現状に自ら命を絶つ者もでる始末であった。
魔王は嘆いた。
魔王はこんな時ほど自分の力の無さを呪わずにはいられない。自分の国の者を守る力なくして、何が魔王かと。
自分の目指す姿は、この先本当に叶うのだろうか?と。
そんな後ろ向きな気持ちがいやになり、魔王は一人、多くの負傷者のいる大きなテントの中に入り、一人一人痛みに耐える国民の手を取り、ただただ祈る。
誰かこの者達を救ってくれないだろうか、と。
そんな魔王の言葉に併せたように、光が魔王の前に現れた。
その光を魔王が確認すると、その光へ声をかけた。
「メラルダご苦労であった、クローディアは何か言っていたか?」
「魔王様、申し訳ございません」
メラルダの後ろにクローディアの姿を見た魔王は驚いた。
「魔王、すまん無理言ってここに連れてきて貰った」
クローディアはそう言うと、周りの惨状に心を痛めた。傷だらけの人在らざる者が多数。
今にも命を落としてしまう様に見える者が半数もいた。
彼らへ手を施そうとしたクローディアに魔王は魔法は使えないことを話すと、自分の勇者の力なら仕えると思うと言い、クローディアは自分の身体から眩い聖剣を取り出す。
聖剣はクローディアの思いを受け取り、テント内の人在らざる者すべてに光の雨を降らした。
その光は、人在らざる者に触れるとその身体に深く染み込み、薄い光を滲ます。すると傷は完治とはいえないが、出血は止まり、痛みが引いているようだった。
それを確認したクローディアは気が緩んだのか、ガクッとひざを崩しそうになった所を魔王に支えられた。
「クローディア、無理をしたな」
「そんなことはない、これだけの人を救えたのだからこれは無理とは言わせないぞ」
クローディアは額に汗を滲ませ、魔王に笑いかけた。
「全くここに来た要件も言わず、いきなり行動に出るとはな。だが、クローディアのおかげでたくさんの命が救われた。彼らに代わって、俺から礼を言わせてもらう」
魔王は腕に抱えるクローディアに頭を下げる。
「なら、魔王。一つ私の願いを聞いて貰えないだろうか?」
クローディアは魔王の首に両手を回し、口を開く。
「何だ、クローディア?俺が出来ることであれば、もちろん願いを聞くぞ」
魔王のその言葉に、クローディアは目を閉じ、唇を魔王に添えた。
魔王はその行為に驚き、一瞬身体の動きを失う。
クローディアはその行為に満足すると唇を離し、魔王にお願いをした。
「魔王よ。結婚を前提として、私、クローディア=センターサウスとつきあって貰えないだろうか?」
魔王がその言葉に頷き、クローディアに自分から口付けをすると、周りより盛大な拍手と歓声が起きる。
どうやら、メラルダが二人のやり取りを人在らざる者へ対して翻訳し、伝えていたようだった。
それを見た魔王とクローディアは、二人顔を見合わせて笑う。
その拍手と歓声は、暫く止むことはなかった。
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