第5話 ダブルデート
センターサウス王国 謁見の間
そこでは勇者たち三名だけが、迎えを待っていた。
「着ちまったけど、本当に良かったのかな?」
「今更後悔しても笑えませんよ」
戦士と魔法使いは、魔王の誘いに乗って良かったのか、と半分諦めながらも自問自答する。
「まあ、そんなに緊張するな。取って食われるわけではないのだからな」
クローディアはそんな二人を落ち着かせようと笑顔を向けるが、逆効果だった。
すると、いつもの見慣れた光が現れた。
「お待たせいたしました」
魔王の秘書であるメラルダが、姿を見せる。
「本日は、私メラルダが皆さんのガイドを勤めさせていただきます」
「すまないな頼む」
クローディアがメラルダに頭を下げると、後ろの戦士と魔法使いも習って頭を下げる。
「こちらのお二人ですね。おや、戦士さんと魔法使いさんですか」
「えっと、こういうのは初めてでよく分からないんだが、よろしく」
「私も」
「こちらこそ。では、早速向かいましょう」
メラルダを含めた四人は光に包まれ、謁見の間から消えた。
光に包まれた四人が次に見た光景は、魔王城とは異なる、城を模した建物が入り口となった庭園だった。その城を模した建物の入り口の前に、魔王が一人立って待っていたのをクローディアは見つけて、手を振る。
「魔王、待たせたな」
「なに俺も今来たところだ」
そんな魔王と勇者の会話を、戦士と魔法使いは複雑な心境で見ていた。
メラルダを先頭に入り口を潜ると、そこには複数の大きな木造の遊具が置かれ、人在らざる者の子供たちが遊ぶ光景が広がっていた。
クローディアと戦士、魔法使いの三人がその光景に目を奪われていると、メラルダが口を開く。
「皆さん、ここは深黒大陸を代表するテーマパーク、魔王ランドです」
「ま、魔王らんど?」
クローディアの問に、メラルダはハイと短く答える。
「この国では、子供たちが幼い頃から仕事を手伝うのも珍しいことではありません。そんな子供たちに、仕事だけではない楽しさを知って貰おうと作ったのが、この魔王ランドです。運営は魔王軍が行っており、子供たちは無償で楽しむことが出来るようになっています」
「それはすごいな」
クローディアたちは素直に感動する。
「今日は皆様に、この魔王ランドを楽しんでいただきたいと思います」
「すげぇ、楽しそうだな」
「私達の国にはこういう物はありませんからね」
メラルダが語る趣旨に、戦士と魔法使いは気持ちを踊らせた。
クローディアが魔王の様子を見ると、魔王は静かに周りで遊ぶ子供たちを見て何かを考えているようだった。
「魔王?」
「ん、ああすまん。行くとしよう」
しばらく歩くと、目の前に巨大な山が現れた。階段でその山を登っていくと、連結されたトロッコがある。
メラルダはそれを指さし、説明する。
「こちらは一番の目玉のビッグファイヤーマウンテンです。このトロッコに乗り、この山の中を猛スピードで走り抜けます」
メラルダは四人を座席の付いたトロッコへ案内し、安全のためのベルトをする。
前列に戦士と魔法使い、後列に魔王とクローディアという並びで座っている。
「あれ何でしょう?」
魔法使いが指さした前方に巨大な翼を生やした人在らざる者が、トロッコの先端にいた。
「おいっ、あれってまさか!」
戦士が驚くと、メラルダはにっこりと笑う。
「こちらは普段は南の火竜山に住んでいる者ですが、週末は子供たちを楽しませるためにお手伝いをお願いしています」
巨大な叫び声が辺りを包むと、その人在らざる者は、トロッコを引いて飛び出した。
「飛んだ?!」
クローディアが叫ぶと、魔王はしっかり掴まっておけと言って、その手を掴む。
トロッコは宙を舞い、山の中だけでなく外周も駆け回る。お約束といったように、その人在らざる者は口から火を噴き、観客を楽しませる。
それは数分間の出来事だったが、初めて乗った三人は永遠に続くかのような出来事だった。
スタート地点に戻ったトロッコから四人が降りる。クローディアはその初めての感覚に興奮して、あれはすごい!と連呼。戦士はふらつきながら、こいつはすげえぜ、と言いながら真っ直ぐに歩けない。魔法使いはその場でうずくまり、口に手をあてている。
「どうだ、楽しかっただろ?」
魔王が三人に言うと、「とっても」と三人違った意味での返事が返ってきた。
しばらく休憩した後、小さなドーム状の建物に入った。
「ここは、普段見ることが出来ない場所を体験して貰うところです」
メラルダはそう説明すると、半円状のドームの内側に、青い空と緑の大地が映し出される。
子供たちは大喜びだが、招かれた三人とっては見慣れた光景だった。
クローディアはそれを見て、そういうことか、と呟く。
「ああ、この大陸に住む者にとっては、空は黒、大地は赤が当たり前なのだ。だから青空と緑の大地というのは見たこともない幻想の世界に映る」
魔王がそう言うと、魔法使いがきつい視線で見た。
「魔王、あなたはそれを得ようとしているのですか」
「前にも言ったとおり、無駄に血を流す理由がない。なぜこの景色を見るために血を流して奪わねばならぬのだ。見たいときに、そこに行ける世界になれば良いだけだろう」
魔法使いの問いに魔王が答えると、戦士が頷いた。
「確かにな、何でもかんでも奪えば良いってもんじゃねぇ。ただそこにある物なんだしよ」
「魔王、お前はそういう世界を望むのか?」
クローディアは魔王の目を見る。
「まだ分からん。まずは知りたいことがあるのでな。だから、その次に考えるつもりだ」
魔王がそう言うと、メラルダが口を開く。
「では昼食としましょう」
メラルダが赤い土の公園の上に大きめのシートを広げ、どこに用意していたのか、たくさんのバスケットをその上に並べた。
「たくさんありますので、ご安心下さい」
全員でシートの上に座り、バスケットの中にあるパンや携帯食のような物を口にする。
見た目の色は鮮やかさに欠けるものの、その味は優しく美味しいものだった。
クローディアは食事をしつつ、魔王に聞いてみることにした。
「魔王、聞きたいことがあるのだが良いか?」
「言ってみろ」
否定ではないと感じたクローディアは質問を続ける。
「お前は五百年前の父親の約束のためだけに、人間ともう一度関わろうとしたのか?」
「その事か。俺は昔から父に飽きるぐらい、父の幼なじみとの約束の話を聞いて育った。この大陸から出ることを止め、人との交流を断ったのも父である前魔王が決めた事だというのに。それでも幼なじみの人間の約束を楽しそうに語る父に対し、俺は何がそこまで言わせるのか知りたくなったのだ」
魔王は黒い空を見つめた。
「何故、そんな仲の良い幼なじみと別れたのか。子供の許婚の約束をするぐらいの間であったというのに、どうして人と距離を置いたのか」
「調べたのか?」
「ああ。当時はおまえの国も、俺の国もそれほど大きくなく、周りの小国と戦争ばかりだったらしい」
「聞いたことがあります。伝説では三十年もの間戦争が続き大変な死者が出たということです」
魔法使いの言葉に魔王は頷く。
「その通りだ。人間同士、人間と人在らざる者、人在らざる者同士の三つ巴の何とも酷い戦争だったようだ」
「そりゃひでえ話だな。互いに殺し合っても意味ないのによ」
戦士の言葉に、魔王はそうだなと笑う。
「今の平和と呼ばれる程度の国になるためには、それに見合った国の大きさが必要になる。それは我々も人間も変わらん。異なる種族で交流をするためには、交流できる余力、この場合は平和だが。それがなければ同じ土台で話すことも出来ないだろう」
「小さい国が争っている時代では無理ということか」
クローディアは何か分かった気がした。
「そういうことだ。ここからは推測となるのだが、それをお互いに理解した父とその幼なじみは、敢えて互いに干渉することをやめ、それぞれの大陸内が落ち着く時代を待っていたのではないだろうか。生憎、その肝心の幼なじみとやらのことは資料が無く、どのような相手か分からないままなのだが」
クローディアは目を閉じ、自分ならどうするかと考え、見たことのない前魔王の幼なじみの思いに自分を重ねた。そして口を開く。
「魔王よ、私は思うのだ。そんな長い時間を違えてまで、そのような誓いを出来る相手がただの幼なじみとは有り得ない。彼らは自分たちが無理でも、自分たちの子の世代では、せめて一つになって欲しいと願ったのではないか」
クローディアは自分の目からは涙が溢れ出ている事に気づき、それを拭った。
「ああ、そういうことか」
魔王はその涙が意味することを理解する。
そんな思いを込めて何度も俺に楽しそうに話していたのか、五百年もその気持ちを持ち続けていたのかと、魔王は父の叶わなかった思いを受け入れた。
クローディアは涙目のまま笑った。
「お前の父、前魔王は存外ロマンチックな男だったようだ」
「ぬかせ」
魔王は噛みしめるように言う。
メラルダはそんな二人を見つめてから、黒い空を見上げた。
今はいない前魔王に対し、せめてこの二人が望む未来を掴めるようにと願う。
戦士と魔法使いは、ぐしゃぐしゃな顔をして下を向いたままだった。
夜
帰宅したクローディアは、以前魔王に貰った花を見つめていた。
魔王と勇者、昔から続く相容れぬ中を、塗りつぶすほどの関係を私たちに作ることが出来るのか?と問いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます