第4話 プレゼント
センターサウス王国 首都マリス
クローディアとマリアンヌが魔王城から帰還した翌日、クローディアは王宮内の自室で一人、魔王からプレゼントされた花を見ている。
「この花にも意味があるのだろうな」
軽装でベッドに横になり、その花を見上げていたクローディアは、再びハンカチに包むと、部屋を出て街に出ることにした。
昨日帰還した際、気を失ったままだったマリアンヌを次女に預け、国王へ報告を行った。
内容は主観を交えずに、魔王と自分を紹介するための食事会であったことを伝えると、国王はその内容には興味がないらしく、ただ戦争にならなかったことだけに安堵していた。
「国王は戦いのことしか頭にないのか」
と呟く彼女の前に、マリアンヌが通路をつかつかと歩きながら迫る。
「クローディア、昨日の私のことは決して言わないように!」
マリアンヌは、睨みながらそれだけ言うとそそくさと立ち去った。クローディアはため息を付く。
そのようなことを言って何の意味がある、と思うからだ。つまらぬ保身にはクローディアは興味がない。
街に出た彼女が、馴染みの店に入って食事をしていると、戦士と魔法使いがやってきた。
「よっ、昨日は大変だったようだな」
「王女も色々大変だったとか」
二人はどこかで噂を聞きつけてきたようだ。詳しい内容を聞きたがったため、クローディアは今度は自分の感想を交えて話すと二人は意外な顔をする。
「なんか想像と違うな、もっと国自体が殺伐としていたイメージがあったぜ」
「確かにそうですね。しかし、それから考えても、許婚に会うためだけに五百年の沈黙を破ったというのは、理由としては弱い気がします」
魔法使いの疑問はクローディアも同じだった。
「そうなのだ。それについては魔王からは何もなくてな、とりあえず次に会った時に聞いてみようと思う」
クローディアがそう言うと、二人は驚いた顔をする。
「おまえ、また魔王と会うつもりなのか?!」
「ああ、約束したからな」
「懐柔されたのですか?」
そういう事ではないと、クローディアは二人に言う。
「一つの国にいただけでは見えないものが在る、というのに近いかも知れないな」
クローディアがそう言うと、戦士と魔法使いは、なら良いんじゃないかと肯定的な返事をする。
「しかし、魔王と接触したことを、隣国が放っておくかが気になりますね」
魔法使いがそう言うと、どういうことだ?と二人が質問をする。
「簡単なことです。今は均衡状態なので小競り合いはあっても戦争までなりませんでしたが、我が国が巨大な力を持つ魔王と手を組んだと思われれば、新たな戦争が起きる可能性があります」
「マジかよ、でも手を組むなんてことは無いわけだしよ、大丈夫じゃね?」
戦士のそんな発言を魔法使いは否定する。
「魔王はクローディアとの結婚を目的にしているのです。理由はどうあれ、それを政略結婚ととらない方が逆に難しいのではないでしょうか」
「確かに魔法使いの言う通りだ。しかし、このような展開を国王が何も考えていないとは思えないが」
クローディアの発言に、戦士は少し心配するような表情をして言った。
「まあ、あれだ。俺たちが言いたいのはな、お前がこの国に良いように使われないかってことだ」
魔法使いも頷く。
クローディアはそんな二人の気持ちを受け取り、答えた。
「ありがとう二人とも。この件も併せて魔王に相談してみるとしよう」
戦士と魔法使いは互いの顔を見合わせた。
「お前、魔王のこと信用しているんだな」
「魔王はそんなに人格者なのですか」
二人の発言に、クローディアは異論できなかった。
そして二人と別れ、城に戻ったクローディアを待っていたのは、少し慣れかけた光景だった。
謁見の間に来るように言われたクローディアを待っていたのは、魔王の秘書のメラルダ。
特徴的な青い肌をした彼女の妖艶さは、周りの近衛兵の視線を奪う。
メラルダはクローディアを見ると、軽く頭を下げる。
「メラルダ、私に用と聞いたのだが」
「はい。マルク様からクローディア様へ、次にお会いする日程を決めたいとの伝言を預かっております」
「昨日の今日だぞ。かなり早急だな?」
クローディアがそう言うと、メラルダはふふっと赤い唇の端を釣り上げた。
「ひゃぁあああ」
いつから居たのか、クローディアの後ろにいたマリアンヌが何とも表現しづらい格好で倒れているが、メラルダは気にせずに言う。
「魔王様はあなたのことを気に入ったご様子です。それ以外の理由がありますでしょうか」
「そう言われると仕方ないと思ってしまうのも何だが、今のところ私は特に用事はない。何時でも良いと伝えて貰えないだろうか」
メラルダはそれを聞くと、承知しましたと頷く。
「それでは、私はこれで」
去ろうとするメラルダに、クローディアは呼び止める。
「メラルダすまぬ、一つ質問があるのだが良いだろうか?」
「私に答えることができる事であれば」
クローディアは、大事にしまっていたハンカチに包まれた花をメラルダに見せた。
「これは、花ではありませんか。マルク様はこれを取りに行かれていたのですね」
メラルダが思いがけない表情で花を見つめたとき、クローディアの後ろで痙攣するような音がする。
「知っているのか?」
「マルク様から聞いているかも知れませんが、深黒大陸の栄養のある土地は全て農地となっています。それは花が生えることが出来る土地も同様ですが、栄養があっても開発できない山があります」
「そんな山があるのか?」
「はい。その山はすべての魔力を無効化する力を持っているため、そこではマルク様でも、力の強い人間程度になります。そしてその山頂近くの山肌にだけ、その花が咲いているのです。ですので、マルク様もかなり苦労して手に入れられたのではないかと」
クローディアは魔王の傷だらけの手を思い出した。
「そうだったのか。どおりでこの花は重いはずだ」
メラルダはクローディアの言葉に満足し、消え去る。
辺りを静寂が包んだが、後ろで異臭を放つマリアンヌがその光景を台無しにしていた。
魔王城
「マルク様、戻りました」
メラルダは玉座に座る魔王に報告をするが、魔王からは返事がない。
「マルク様?」
その声に魔王はメラルダがそこにいることに気づいたようだった。
「メラルダすまん、考え事をしていた。今日は用事を頼まれてすまんな、あいにくアルマたちは法事で城にいなかったものでな」
メラルダは特に気にすることなく、ご配慮有り難うございますと言った。
「クローディア様からは、特に用事はないのでいつでも良いとのことです」
そうか、と頷く魔王にメラルダは尋ねた。
「ところでマルク様、先程考え事をしていたとのことですが、どの様なことで?」
「気になるか?」
「はい、マルク様はどんな時でもご自身への言葉を聞き逃すことは有りませんので」
魔王は苦笑した。
「よく見ているものだ。なあに、父のことだ」
「前魔王様の事ですか?」
「そうだ。父がな、まだ我々と人間が戦乱の中であった時代に、幼なじみとは言っていたが、どの様に人間と関わろうとしたのか考えていたのだ」
魔王の言葉に、メラルダは、そうでしたかと言う。
「それで前魔王様の考えは分かったのですか?」
「ああ、何となくな。それは大変だが俺も興味があるものだ。メラルダよ、これからは色々な意味で大変な時代となる。サポートを頼むぞ」
魔王の言葉に、メラルダは笑顔で答えた。
数日後、センターサウス王国 謁見の間
「ご無沙汰しています」
「ぐるるっっるるるっる」
「法事で来るのが遅れてしまった、と言っています」
グルル、アルマ夫妻がいつものように光と共に現れた。
しかし、ちょうどそのころ謁見の間では、職務の不正を暴かれた大臣の一人がマリアンヌにきついお叱りを受けていたタイミングであった。
初めて人在らざる者をみた大臣は、髪の毛がすべて抜け落ちて倒れ込み、マリアンヌは膝だけ突いた状態で何とかとどまる。
「クローディアを呼んできなさい!」
謁見の間にはマリアンヌの悲痛な声が響いていた。
クローディアが謁見の間に来たときには、既にマリアンヌも、大臣の姿もなかった。ただ、大量に落ちた髪の毛だけが残っている。
「次に魔王と会う日程の話か?」
「はい、魔王様は次はただ会うのではなく、何かしら遊びをしたいと仰っていますわ」
「ぐるっっ」
「楽しい、と言っています」
クローディアはそれがどの様なものか見当がつかないが、分かったと頷いた。
アルマはクローディアに、それに際してお願いがあるという。
「お願いとは?」
「はい、今回の参加者として他に男女ペアの方をお連れしてください」
怪訝な顔をしたクローディアに、アルマは説明をする。
「お二人だけでも楽しいですが、人数が倍になれば、またその楽しさも倍となりますわ」
「そ、そういうものなのか?」
「はい。聞いたところによると、これはダブルデートと言うものらしいです」
「だぶるでーと?なるほど、そういうものがあるのか。取り合えず、仲の良いもので男女であればよいのだな?」
クローディアは考えを巡らせてから、分かったと言うと、では一週間後に迎えに参りますとアルマは言って、消えていった。
クローディアはその足で城を出て、馴染みの酒場に向かう。中に入り辺りを見回すと、いつもの席にその姿があった。
「戦士に魔法使い、良かった居てくれて。いきなりですまないが、来週は暇だろうか?」
戦士と魔法使いは尋ねた。
「二人ともか?」
「そうだ、空いているなら頼みごとを聞いて欲しいのだ」
「俺も特に用事はないけどなっ」
「私も特には、、これは何かの討伐の依頼ですか?」
クローディアは首を振って、違うと言う。
「魔王と来週会うのだが、だぶるでーとというのをするらしくてな、それにおまえたち二人に来てもらいたいのだ」
ガチャンと戦士と魔法使いの持つジョッキが落ちる。
「ちょっと待て、魔王だと!」
「ああ、魔王の誘いだ、別にかまわんだろ」
「クローディア、か、かなり慣れてきましたね」
"魔王の誘い"は意外に身近なものなのかと戦士と魔法使いは思うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます