第3話 お見合い
見合い当日 魔王城
魔王が自室で、姿見を前に身なりを整えていると、ドアがノックされた。
「入れ」
その声にあわせて、青い肌の妖艶な女が入ってくる。女は片手に持った手帳を広げた。そして、手帳に一通り目を通してから口を開く。
「マルク様、本日の当方の付き添いですが、本当に私で良かったのでしょうか」
「今更何を言う。お前は魔王軍一の博識だ、付き添いをつとめる事が出来るのは、お前以外にいないだろ」
魔王は、革で作られたジャケットを身にまとい、女に振り向く。
「よくお似合いです。この日に一番適したお召し物です」
女がそう言うと、魔王は、そうかと一言呟いた。
魔王は最後にジャケットの胸元にハンカチで包まれたものを忍ばせる。
「行くか」
「はい。アルマとグルルは先方をお連れにあがりますので、私達は会場に一足先に向かい、彼らを待ちしましょう」
魔王は、うむと頷いた。
センターサウス王国 謁見の間
そこには、落ち着かない二人の女性が立っていた。
一人は赤いドレスを着て、金色の肩までの髪をふわりと軽くまとめたクローディア。
もう一人は、白いドレスを着て、腰までの金色の髪を後ろでまとめ、目の下にうっすらと隈を浮かべたマリアンヌ。
それ以外の者は、この謁見の間に入室を固く禁じられていた。マリアンヌは白い手袋越しに右手の親指を噛み、じとっとした表情で周りを見回す。そんな様子にクローディアもたまらず声をかける。
「マリアンヌ様、もう少し落ち着いた方がよいかと。今回は戦争ではありませんので」
「五月蝿い黙れ!妾の子の分際で私に口を出すな、お前は魔王のご機嫌だけとっておればよい!」
マリアンヌの厳しい返しに、クローディアは出来るだけ冷静な顔で、失礼しましたと言うことしかできなかった。
クローディアは、若かりし頃の国王が、狩りの途中に立ち寄った村の娘を興味本位で抱いた結果産まれた子だ。
彼女の母は幼い頃に流行病で亡くなったが、彼女の存在を知った国王が仕方なく彼女を引き取った。だが、彼女に勇者の素質があることを知ると、王位の継承権を剥奪し、勇者という立場で国に軟禁したのだ。
そのためクローディアは、勇者であっても異母妹であるマリアンヌには頭を下げるしかない。しかし、それもクローディアは慣れてしまった。それは望んだ生き方など出来ないという諦めと言える。
そんな二人の前に、光が現れた。
クローディアはただじっとそれを見つめ、マリアンヌは目に涙を浮かべて、ひぃぃっと言っている。
「お待たせしました」
「ぐるるるっるっ」
「魔王様がお待ちだ、と言っています」
アルマとグルルが、前回と同じように現れた。アルマが二人を見て、どちらが長女の方ですか?と聞いてきたので、私だとクローディアは答えた。
「本日はよろしくお願いいたします」
「ぐるるるっるる」
「魔王様に失礼の無いようにと言っています」
クローディアは頭を下げた。
「それでは移動します。舌を噛まないように注意してくださいね」
アルマが言うと、四人は光に包まれる。
「やっばり、いやあぁぁっ!」
謁見の間は、マリアンヌの声を最後に響かせ、静寂に包まれた。
魔王城 会場前
クローディアとマリアンヌが目を開くと、そこは暗い血糊がついたような廊下だった。マリアンヌはがたがたと震え、クローディアは目の前にある重厚な両開きの扉を見つめていた。
アルマがその扉をノックすると、中から、どうぞと女の声がした。アルマとグルルがそれぞれ扉を開き、クローディアとマリアンヌを中へ案内する。
震えるマリアンヌを横目にクローディアが中に入ると、そこは大きなガラスの扉が見える、それほど広くない部屋。中心には料理の乗ったテーブルに漆黒の椅子が六つ囲むように並び、二つの席は既に魔王と青い肌をした女が座っていた。
クローディアたちを見ると、魔王は席を立ち、相手の椅子に手を向けた。
マリアンヌは顔面蒼白のまま、クローディアは一礼して席に座ると、魔王も席に着く。そして、クローディアの顔を見た魔王はこの世のものと思えない笑顔となった。
「勇者ではないか、そうかお前が俺の相手であったのか」
「久しぶりだ魔王、お招き感謝する」
クローディアは出来るだけ冷静に、恐怖心に打ち勝とうとした。隣のマリアンヌは既に泣いている。
「わっ、わたくしは付き添い人の、第二王女の、マリアンヌ。本日はお、お願いいたしますっわっ」
マリアンヌを見た魔王は、その顔を思い出した。
「お前はいつぞやの娘か、勇者の妹であったとはな」
魔王の目が向けられたマリアンヌは泡を吹く。
すると、魔王の隣の青い肌の女が口を開いた。
「私は、マルク様の付き添いのメラルダです。秘書をしております」
クローディアはメラルダに対し秘書とは何だ?と思いながら頭を下げる。
それを確認したアルマが立ち上がり、双方に目を配ってから、挨拶をする。
「さて、本日はお日柄もよく、両家お集まりいただき有り難うございます」
外は相変わらずの黒い雲だが気にせずに続ける。
「まずこちらは魔王軍総大将の、五代目魔王マルク様です。ご存じの通り、この深国大陸を統治されておられる方でございます。次にこちらがセンターサウス王国の第一王女、クローディア様です。クローディア様は勇者として活躍されておられます」
アルマの紹介にクローディアは何かかゆくなる感じがして、小さくこほんと咳をする。横のマリアンヌは、半分白目で椅子にもたれ掛かり動かない。
「では、まずお近づきに趣味でもお伺いしましょうか。では魔王様から」
魔王は少し考え、低くうなる。
「そうだな、大して趣味と呼べるものはないが歴史書などの読書と魔法の研究ぐらいだ」
これはどういう流れか分からないが、クローディアも話を合わせるように努力する。
「私も剣の練習ぐらいだ」
それを聞いたアルマは目を閉じて、言った。
「では、簡単な自己紹介も済んだことですし、お食事をしながら歓談と致しましょう」
クローディアは目の前の料理に目をやると、それは以外に質素なものであった。でもそれは丁寧に料理されているという事は分かる。飲み物も普通の紅茶だ。
「毒など入っておらぬよ、安心しろ」
魔王の言葉に、クローディアは顔を横に振った。
「いや、決してその様なことを考えたわけではない」
魔王はクローディアの顔を見て、察した。
「料理のことだな。ふむ、この大陸の大地は、おまえのところの大陸のように肥沃ではない。だから少しでも栄養のある土地を見つけては耕し、作物を育てるしかない。恥ずかしくも国民には花壇さえ作らせることが出来ないという現状だ」
魔王は恥ずかしそうに言う。
「俺は彼らが育てた作物が好きでな、料理人もそれを察して、上手く調理してくれる」
クローディアは食事を口にすると、何か懐かしい味のように感じた。
「美味しい」
それを聞いて魔王は、それは良かったとだけ言った。
それは決して歓談と言えるものではなかった。だが少しだけ魔王を垣間見た気がしたクローディアであった。
クローディアの横を見ると、付き添い人のマリアンヌは、完全に白目をむいて口からは泡を吹き、そして下は。。。
アルマがマリアンヌの様子を見て、口を開いた。
「では、そろそろ若いも者どうしということで私達は席を外します。マリアンヌ様もお召し物を着替えられた方が宜しいようですし」
クローディアは何も言えなかった。
魔王と勇者、二人だけになった部屋。マリアンヌは、グルルに抱えられ退出していった。
魔王が外につながるガラスの扉を開くと、その下には赤い大地が広がっている。
「見るがいいクローディア、これが俺たちの住む大地だ」
そこにはいくつか畑も見え、人在らざる者が農機具を持ち、耕す姿が見える。遠目には子供が遊ぶ姿も見えた。
「彼らを見てどう思う?怖いか?」
魔王はクローディアに聞いた。クローディアは、魔王が自分に何を言いたいのか分からないといった顔をすると、魔王は冷たい笑いを浮かべる。
「おまえたちが我々を怖いように、俺たちも人間が怖いのだ。我々はこの容姿と力、そして共通の言語がないことで、人間たちは初めは恐怖する。しかし次は剣や槍、弓を取って人間は我々を見ただけで襲ってくる」
「しかし、それは、、」
クローディアの言葉に魔王は頷く。
「そうだ、あえて人間を襲うような人在らざる者も確かにいる。しかし、それは人間も同じ事ではないか?人間がすべて良い者ばかりで無いようにな」
魔王の言葉にクローディアは言葉を失った。
「あのグルルなんて、俺の父が討伐した山賊の頭だったのだからな。今では結婚して丸くなり、俺に仕えているから分からんものだ」
魔王は、自分の着ているジャケットを優しくなでる。クローディアは、色も均一でなく酷いシミが付いた革の服を、魔王が着ていることに気づいた。それはあまりも魔王が着るものには見えない。
「この大地に住む者は、よく病気にかかる。特に体の弱いものなど、若くして死ぬ。私の友人だった獣の男も体が弱くてな、俺が魔王となった世界を見たいと言いながら死んでいった。これも奴の忘れ形見だ」
この魔王という男が、何を考えているかまだクローディアには分からなかったが、人在らざるものだからといって単純に戦うべき相手なのか?と新たな疑問を自分に投げかける。
魔王は胸元からハンカチに包まれたものを取り出し、クローディアに差し出す。
「これは何だ?」
魔王の手がやけに傷だらけな事に不思議に思いながら、クローディアがそれを開くと、まるで枯れ草のような一輪の花が包まれていた。
「プレゼントだ、受け取ってくれ。世界の半分ではないよ」
魔王はそう言うと、魔王の笑みを勇者に向けた。クローディアはその花をとても重く感じ胸元に抱える。
「ありがとう、魔王」
ところでと、魔王はクローディアに聞いた。
「また会って貰えるか?」
「ああ、また会おう、魔王」
それに勇者は笑顔で答えた。
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