第2話 仲人

 センターサウス王国の首都マリスは、勇者たちの帰還を歓迎しなかった。


 魔王討伐のための六千名の部隊は、七割が死亡、二割が重傷。残り一割だけが無事に帰還したが、魔王軍は被害は無しというセンターサウス王国始まって以来の大敗であったからだ。


 謁見の間に現れた勇者たち三名は、跪き、王が現れるのを待つ。

 しかし、この謁見の間は普段と様子が違っていた。巨大な魔王の肖像画"二枚"が謁見の間の両サイドに突き刺さっていたのだ。


 一枚はよく見られる上半身だけのもの。もう一枚は禍々しい椅子に座って足を組み、肘掛けで支えた手に顎に乗せ不敵に笑うものだった。


 この二枚の巨大な肖像画は強力な魔力で守られており、これを破壊だけでなく移動すら出来ない状態ため、やむなくそのままとなっている。


 勇者たちはそれを見て思った。

 描き直したのだと。


 暫くして国王が、娘の王女マリアンヌに支えられ現れた。彼は魔王の肖像画を視界に入れると、苦虫をつぶすような顔になり、そしてその顔のまま、跪く勇者たちに顔を上げるように言う。


「よくも魔王に一太刀も与えずに戻れたものだな、クローディアよ」

 不機嫌そうな国王の声にクローディアは奥歯を噛み締める。


「国王陛下、申し訳ございません。ただ、生き恥をさらして戻ったのには理由がございます」

 クローディアは国王に魔王の城での出来事を語るが、その内容に先に反応したのは王女マリアンヌであった。


「そんな作り話良くできたものです!人在らざる者の王の戯れ言に、あなたは乗ったというのですか!」

 正面しか向けないマリアンヌは怒りを込めてクローディアに叫んだ。今もマリアンヌは、魔王の肖像画を見ると怖くて泣いてしまうからだ。


「予もそんな話は聞いたこともないぞ。魔王軍が大群をなして攻め込むまでの時間稼ぎではないのか?」

 クローディアは何も言えなかった。彼女とて魔王の話を信じているわけではなかったからだ。


 沈黙が辺りを包んだとき、勇者たちの目の前に突如光が現れた。


「勇者の話は本当ですわ」

「ぐるるるっ」

 光の中からは、腰まである緑の髪の角の生えた女と、上半身が狼のような姿をした男がいた。


 周りが慌ただしく動き、近衛兵が王と王女を守る。その様子をクローディアは動けずに見て呟く。


「この二人、魔王程ではないにしても、強い。この中で勝てるものがいるものか」

「ああ、これはやばいぜ」

「今行えるのはこの結界を越える短距離のテレポートで避難する事ぐらいです」

 それに合わせて、戦士と魔法使いも呟く。謁見の間では結界を張られており、本来魔法は使えないようになっていはずなのだ。

 その結界さえ越える力を、この二人は持っているという事になる。


 女は、王と王女に向かい口を開いた。

「初めまして国王陛下、私は魔王様の乳母のアルマと申します。隣にいるのは魔王様の格闘技の教官で夫のグルルです」

「ぐるるっ」

「夫も、初めましてと言っています」


 国王は、この二人の眼力に引かないように、強い視線を向けたまま、声をゆっくりと出す。

「何用だ、人在らざる者よ?」

「私達夫婦は魔王様を幼少の頃から知る身でございます。その私達に魔王様は仲人を任されましたので、まずはこちらにご挨拶をと思いまして」


 アルマは見ただけで凍死するような笑みを浮かべている。

「な、"なこうど"とな?それは仲介人ということか?」

「左様です。まずはスケジュール調整のご相談ですわ」

 国王の問いに、アルマは答えた。

 グルルは獲物を刈る獣のような笑みを浮かべる。その笑みを見たマリアンヌはひいっ!と小さな悲鳴を上げ、腰を抜かして動けなくなった。


「では、三日後また参りますので、その際に良き日程を教えてくださいませ」

 それだけ言い残すと、二人の姿は忽然と消え失せる。ぐるるるるっ、といった響く声を残して。


 国王は天を見上げて、声を出す。

「なんということだ、魔王軍は開戦の日を我々に訪ねて来たというのか、もしくはこれは降伏の勧告か」


 クローディアは話が何か食い違っている気がしてならず、国王に向かい言う。

「陛下、失礼ながら先程の者達の話は、何かの日取りを決めたいだけのように見えましたが、戦(いくさ)ではないと思われます」

「その根拠はなんだ?」


 国王の問いにクローディアは静かに答える。

「あの者達は、陛下と皇女殿下の命を奪う力がありながら、それを行使しなかったことです。ですので、その、なんと言いますか、彼らは見合いとやらの日程を決めたいだけではないかと、、」

「うむ、その見合いとやらの日をこの三日間で決めなければ、この国には未来が無いという事になるのだな」


 これから始まるとても長い三日間は、センターサウス王国の歴史書に、"仲人の勧告"という名で後世に伝えられることになる。



魔王城


「二人とも良く勤めを果たしてくれた」

 魔王は戻ったアルマとグルルに向かい労いの言葉をかけた。二人はその言葉に頭を下げる。


「もったいないお言葉です。私たちは魔王様の仲人ができて心から幸せなのです」

アルマが言うと、隣のグルルも頷く。

「前魔王様に救って頂いた命を、坊ちゃんのために使えるなら、こんなに嬉しいことはありませぬ」

「ありがとうグルル、でも坊ちゃんはやめてくれ。今はもう俺が魔王なのだからな」

 そんなグルルの言葉に魔王は笑って答えた。


「ところで魔王様のご都合ですが、如何ですか?」

「ふむ、今月であれば問題ない。来月は先日火事にあった村の慰問もしたいのでな。それ以降であれば要調整としてほしい」

 魔王様がそう言うと、アルマとグルルは承知しましたと、後ろに下がる。


 魔王の隣に立つ青い肌の女は、スケジュール表に何かを書き込みながら、魔王に尋ねる。

「先方への贈り物は何か用意されますか?」

「ああ、それはもう考えている」

 魔王は目を閉じ、静かにそう言った。



三日後、センターサウス王国


 謁見の間では勇者たちと、通常の倍以上の近衛兵が今か今かと見守る中、再びあの光が現れた。


「国王陛下、日程を聞きに参りましたわ」

「ぐるるるるるっ」

「聞きに着たぞ、と夫も言っています」

 現れたアルマとグルルは単刀直入に国王へ答えを求める。


 その態度は控えめのようだか、謁見の間の大気は震え、力ない者は意識を失うほどの威圧感があった。


「良く着た、人在らざる者よ」

「私は負けませんわっ」

 国王はアルマとグルルから目を避けることなく向かい合い、マリアンヌはよつんばになって、倒れるのを必死に耐えている。


「では、二日後の午後ではどうだろうか?」

 国王は二人に向かい言うと、アルマの笑みがこれでもかと言うぐらいに大きくなる。


「問題ありませんわ、その日程で。良かったですわ本当に。もし来月になってしまったら慰問、いえ何でもありません、それはこちらの都合でした」

「いっ、慰問だと」

 国王は息を飲んだ。先延ばしすれば国を滅ぼした上で、降伏を勧告するつもりであったのだと、その言葉から感じ取ったのだ。


「それでは、二日後の午後ですね。お食事をしながらが宜しいでしょうか」

「それでかまわぬ」

 国王は短く答える。


「では、会場へご案内いたしますので、当日は長女の方とお一人付き添いの方お二人でこの謁見の間でお待ち下さい。あと服装は平服でお願いしますね。」

「むっ、付き添いとは、代表者ということか?」

 国王の問いにアルマは、はい、 と短く答えた後、アルマとグルルは再び姿を消した。


 むぅ、と国王は二人が消えた場所を見つめていたが、その視線を横でよつんばとなっているマリアンヌへ向けて言った。

「マリアンヌ、クローディアの付き添いはお前がするのだ」


 マリアンヌは口をぱくぱくして、足が震える。

「わっ、わたくしですか?!」

「体の自由があまり利かぬ予より、王位継承権一位のお前が代表となるのが筋であろう」

 その国王の言葉にマリアンヌは返す言葉がなかった。マリアンヌは意を決し、立ち上がって国王に向かい誓った。

「分かりましたわ。私が代表として付き添い人をいたします!」


 マリアンヌは、離れたところにいたクローディアを睨む。

「クローディア、当日は恥ずかしくないように飾るのですよ!」

 クローディアはマリアンヌに、分かっております、と答えるしかなかった。


 大体、見合いとやらは一体何なのだ?とクローディアはわからないことが多すぎて迷っていた。


 魔王の話では、遙か昔の約束として私と許婚の関係であったいうが、それにここまでこだわる理由があるのか?魔王とはいったい何なのかと、クローディアは今になって考えることになる。


 そして、すぐにクローディアは次女たちに連れて行かれ、身体の採寸をされることとなった。それを見ていた戦士と魔法使いに助けを求めるが、二人はただ連れ去られるクローディアに手を振り続ける。


 一方マリアンヌはというと、国王にああ言ったものの、今からでも誰か代わって貰えないかと、謁見の間の隅で壁に手を付け後悔する。

「何て事ですの、あの魔王とまた対面するなんて。私は死んでしまうかもしれません、、、」



その頃


 一人、額に汗をにじませ山肌を素手で上る魔王の姿があった。

 山の中腹にたどり着いた魔王は何かを見つけると、それを掴み取り取り、満面の笑みを一人浮かべていた。

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