勇者と魔王は許嫁

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第1話 見合い写真

 暗雲が空を覆い、稲光が轟く大地。


人間が住む左右に大きく広がる大陸はアルビリア大陸と呼ばれ、その南に広がる南方海を隔てて存在する。人間とは異なる"人在らざる者"が住む大陸を、人は恐怖と恐れの象徴として、"深黒大陸"と呼んだ。


 深黒大陸へ船で向かうにしても、大陸を囲う周りの海は常に荒れ、仮にたどり着けたとしても巨大な絶壁が侵入者を阻む。


 その深黒大陸は、一人の強大な力を持つ魔王と呼ばれる男が統治をしていた。


 しかし、人と、人在らざる者はその海を越えることなく、関わることなく500年以上、仮初めの平和が続き、人はその存在さえ忘れようとしていた。


 だが、唐突にその平和は壊された。

 五代目の新たな魔王の君臨によって。


 アルビリア大陸の中央から南を占める、豊かな漁場と大地を保有する大国"センターサウス王国"の南に位置する保養地に、突如、人在らざる者の一団が黒い巨大な木造船に乗り上陸したのだ。


 初めて見る人在らざる者の禍々しい姿に、保養地を守護する兵士は恐怖し、その大きな叫び声に両耳を押さえ逃げ出す。

だが、幸いなことにここには視察に着ていた王国軍が待機していた。


 王国軍の数は二百、人在らざる者は五十と人数としては王国軍が倍以上を有していたが、人在らざる者を率いる男の強大な魔力の前に、剣も弓も通じなかった。


 その男の身長は180cm程で、人在らざる者の中では小柄であった。

浅黒い肌で短い銀髪、鋭い目つき、低く威圧感あるその声は、周囲を緊張に包む。


 男は王国軍の中へ配下を従え突き進んだ。

 その中心で、数名の屈強な兵士に守られたドレス姿の美しい女性を男は見る。


 この時、王国軍は国の将来が大きく変わることに恐怖していた。

 彼らが守るのは、第二王女であり王位継承権一位のマリアンヌ。

 実は視察という名目で、保養地へ向かう彼女の警護が彼らの本来の目的だったからだ。本来王女を逃がすための近衛兵は、人在らざる者の来訪に驚き、ただ震えるだけで本来の職務を遂行できずにいた。


 男はマリアンヌに近寄ると、低い声で何かを話すが、その言葉を理解できる者は誰もいない。


 マリアンヌは王女として気丈に男に向き合おうとするが、彼女の唇は青く血の気を失い、足は震えていた。


 男は、彼女の白く美しい手を取り、耳元で誰にも理解できない言葉を紡ぐ。

それは呪いの呪文だったのか、マリアンヌは意識を失い倒れそうになるが、男はそんなマリアンヌを片手で支え、何故か彼女の側にいた身動きできない兵士に無言で引き渡す。


 男は短い何か言葉を残すと、再び人在らざる者を従え、船に乗り込み姿を消した。



 一ヶ月後、センターサウス王国の首都マリスの城内。


 王女マリアンヌは無事に帰ってきた。

 彼女は呪いの類も掛かっておらず、体も健康であった事が確認され、王は安堵する。


 そして、魔王軍を討伐するための勇者率いるパーティーが結成された頃、それは起きた。


 城内の謁見の間に雷(いかずち)が落ち、巨大な肖像画が現れたのだ。

 それを見た王女マリアンヌはその肖像画に恐怖し、震えながら頭を抱えて泣き出す。


 そこには浅黒い肌をした、銀髪の男が描かれ、彼らに分かる文字がその下に添えられている。


 王はその文字を目を見開き、拳を強く握りしめて読んだ。


「魔王マルク」


 三ヶ月後、勇者達一行は海を渡るために魔法で加護した船を用意し、兵士六千名と共に出航したが、南方海を守護する魔物や荒れ狂う海はそんな彼らの力を奪い、たどり着けたのはたった一隻。


 避難用の小さな小舟だけだった。


 漂流した小舟は、深黒大陸の巨大な絶壁にあるわずかな隙間に偶然入り込み、天然の水路を巡って絶壁を通り抜け、その先に広がる海岸へ漂着した。


 その小舟の中で、勇者は目を覚ます。


 肩までの金色の髪と緑の瞳をした美しい女性、王位継承権を放棄したマリアンヌの姉、それが勇者クローディアであった。意識を取り戻した彼女は、周りを確認し、自分達の現状を把握する。


 黒い空が覆う大地がそこにあった。

「クローディアここは?」

 小舟の中に重なり倒れていた戦士の鎧を身につけた男性が彼女に尋ねると、クローディアな空を見上げ、静かに言う。


「深黒大陸だと思う。ここまで来れたのは私達だけのようだ」

「そうか、俺たちは運が良かったと言うことか」

 戦士は頭をかくと、その下につぶれているもう一人が苦しそうにしているのに気づき、声をかけた。

「わりぃ、大丈夫か?」

「大丈夫ではありません。早くどいてくれませんか」

 潰されていたのは、青いマントに杖を持った魔法使いの少女だった。


 戦士が立ち上がると、魔法使いは周りを見渡しながらゆっくりと身体を起こす。


「どうしますか? 私達だけでは戦力としては厳しいのではないでしょうか」

 魔法使いがクローディアに言う。


「しかしよ、逃げるにしてもこの小舟じゃ無理だ。奴らの船を奪うか?」

 戦士はクローディアの言葉を待たずに言う。クローディアは悩んでいた。


 今彼らがいる海岸の先、そこは高台になり、その上に大きな漆黒の居城が見えたからだ。


 それをクローディアは緑の瞳で睨む。


「奴らの船を奪う前に、せめて魔王に一太刀浴びせるぐらいはしよう」

 クローディアの言葉に戦士と魔法使いは、仕方ないと勇者の言葉に従うことにした。



魔王の城 城門


 クローディアは仲間と共に城門に向かうと、悪魔とおぼしき像をかたどった門は大きく開かれた状態で、彼らの前に現れた。


 罠か、と、仲間と視線を交わした勇者たちは、互いの背中を合わせて警戒をする。その時、彼らの足下に巨大な紋章のような青い光が現れ、彼らを包む。


「ダメです!レジストできません!」

 魔法使いが叫ぶ。

 クローディアは手に持った聖剣に力を込め、その力を自分たちを守る為に使った。

聖剣から放たれた赤い光は勇者たちを包むが、青い光はそれさえ包み込み眩い閃光を放つと、全てを消し去っていく。


 クローディアは、魔王の強大な魔力に初めて恐怖を感じた。

 今の私では敵わない。私にもう少し時間と力があったのなら、こんな事にはならなかったのではないかと、後悔という感情も併せて彼女を包んだ。


「よく来た、勇者たちよ」

 クローディアの恐怖は、威圧感ある低い声に上書きされる。そして彼女はゆっくりと閉じた目を開けた。


 ここは何処だ?クローディアは辺りを見回す。側には戦士と魔法使いもいた。自分たちはまだ生きていると実感した。


 そして、声のする方を三人が見る。


 黒く、少し冷えた城内の奥、赤い血の色の絨毯が続くその先に、禍々しい装飾で飾られた椅子に男が座っている。その脇には妖艶な青い肌をした女が付き添うように立っていた。


 この男の顔をクローディアは知っている。


「魔王マルク!」

 クローディアは足を一歩、恐怖を勇気で断ち切るように踏み出し、叫ぶと同時に勇者たちはそれぞれ戦闘態勢に入った。


 その様子を、魔王マルクは興味深げに見て、口を開く。


「その様子だと私の贈り物を見てくれたようだな」

 その低い声は、勇者たちの戦意を奪うかのように響く。


「あれが、贈り物だと。ふざけるな!」

 クローディアは魔王マルクに向かい剣の切っ先を向けるが、魔王はそれを気にもとめず隣の女に困った顔で言った。


「気に入らなかったらしい。画家が悪かったのだろうか?」

「マルク様、やはり新鋭のものに描かせたのが問題だったかと」

 女はマルクの質問に答える。


「済まない勇者たち、見合い用の肖像画は改めて送り直すので、機嫌を直してくれないか?」

 魔王はクローディアに言った。


 勇者たちは意味が分からず、言葉を失う。

「あー、言葉は通じているな? 悪いな、おまえたちの言葉はまだ勉強している途中なので、上手く話せないのだ」

「マルク様、発音は問題ありません。こちらの誠意がうまく伝わっていないのでは?」


 魔王は、ふむっと頷くと、クローディアに向かって胸を張って言う。

「私のものになると言うなら、この世界の半分をおまえたちにやろう」

「くっ、やはりキサマは魔王だ! 私はおまえのものにならないし、この世界をおまえにもやらない!」

 クローディアが魔王に叫ぶと、戦士と魔法使いも魔王を睨み一歩踏み出す。


 魔王は、どうしたものかといった顔で彼らを見て、もう一度口を開いた。


「もちろん、半分は妻で、残り半分は子供たちの人数分で均等に分けることになる。価値観の違いがあるなら、お互いにちゃんと話し合って、折り合いをつけるようにしよう。私は長男だが、兄弟はいないのでな、あと面倒を見る親もいないから同居ということもない」

 クローディアは、ちょっと待てと手を出して魔王の発言を制止させる。


「魔王、聞きたいのだが、一体何の話をしている?」

「見合いの話と、その後の人生設計の話に決まっているだろう。それとも見合い自体が駄目だというのか?それならそれでちゃんと理由を聞く必要がある」

 魔王は勇者の言葉にそう返す。


「みっ、見合いだと、そんなふざけたことがあるものか!?」

 クローディアは声を荒げた。

「大体そんな話など聞いたこともないぞ!」

 魔王はすごく悲しい顔をした。


「聞いていないのか?五百年前に私の父である前魔王と、当時のおまえの国の国王が幼なじみだとかでな、私が成人する頃に、自分の子孫の長女と結婚させると約束したのだ」

 勇者たちは開いた口が塞がない。


「それは確かに親たちの約束だ、もちろん本人たちの意志が何より大事だ。だから私としてはちゃんとだな、できるだけ順序を守ろうとしたいだけだ」


 センターサウス王国は、過去に隣国との大戦が起きたことがあり、大事な文献の多くが戦火で消失をしていたことをクローディアは知っていた。

「魔王よ、おまえは人間を滅ばそうとしているのではないのか?」

「滅ばしてどうする? 下手に血を流す理由が俺には分からん」

 それに、戦士が異議を唱えた。


「魔王、きさまは我らが船団を壊滅に追い込んでおきながら、何を言うか!」

「あんな荒れる海で、バランスの悪い船をだしたから沈没したのだろ、あれでは魔法の加護もあったものではない」

 戦士が唖然とすると、魔法使いが負けじと言う。


「なら、あの魔物はどう説明をするのです!」

「魔物に襲われたのは、勝手に縄張りに入ったからだろ?ちゃんと何かしら食べ物など貢ぎ物をしなかった方が悪いだろ」

 クローディアはダメもとで聞く。


「最初に上陸した際に我が国の兵を攻撃したのは何故だ!」

「まずは初めの挨拶が大事だからと船で近くの港に来ただけというのに、おまえたちが勝手に怖がって先に攻撃して来ただろ。聞いていないのか? 仲間守るための魔法をかけていたところに、おまえたちが勝手につっこんではじき飛んでいただけだ。俺達はせめて話だけでもと思い、話の分かる者を探していたのだ。その際、そこにいた美しい女性には、私は非礼を詫びる言葉も伝えたのだぞ」


 魔王はそういうと少し疲れた様に見えた。それを察した隣に立つ女は、魔王の代わりに勇者たちに向かって宣言したのだ。


「勇者たちよ聞きなさい。我が魔王軍の目的は、魔王マルク様の婚活です!」


 そんな宣言を受けた勇者たちは、魔王に船を借りて、一路センターサウス王国へ報告の帰路についていた。


「クローディアはどうするんだ?」

 戦士はクローディアへ目を向け言った。

「どうするとは、何のことだ?」


 クローディアの質問に魔法使いが答えた。

「現センターサウス王国、王家の長女はクローディア、あなたです」


 クローディアは魔王の顔を思い出し、頭を抱えるしかなかった。

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