第17話 黒歴史

魔王の自室


 クローディアは初めて入った黒で統一された部屋の中で、荷物を下ろしてきょろきょろと回りを見渡した。


「綺麗にしているのだな。男の部屋というものは割と散らかっているのをイメージしていた」

「まあ、ここは主に寝るためだけの部屋だからな、掃除はするが基本それほど散らかしようがない部屋だ。まあ仕事部屋は書類で散乱しているのだが、それは仕方ないと思っている」

 魔王は自分の荷物を下ろすと、早速片づけ始める。


「クローディア、部屋にある物は自由に使って良いからな。あと、この城には侍女がいないかわり、役割分担のないメイドがどこかしらにいるはずだから、何かあれば聞くといい、全員言葉は通じるように教育しているからな」

「な、なるほど。やはり場所が変わると違ってくる物なのだな」

 クローディアは、ふむふむと感心する声を出しながら、自分の荷物を開いていた。


「室内着は、これでよいか」

 魔王城の雰囲気に一応合わせ、黒っぽい服をクローディアはこのために用意していた。魔王が背を向いている事を確認し、赤いドレスを脱ぐと、手早くそれに着替える。

 着替え終わったクローディアは、黒のシックな衣装に金髪が映え、軽装のはずが普段と違う力強さを放っている。

 それを見た魔王は感心した。


「ふむっ、クローディアは黒も良いな。ブラック勇者という感じで、俺と並ぶと決まる感じだ」

「何だその、ブラック勇者というのは?!私が悪に落ちたみたいじゃないか!」

 まあ、悪ではなく魔王に落ちた訳だが、人在らざる者の本質を知らぬ者からしてみれば大して変わらないのかもしれない。


 なら試してみようと魔王が言い、魔王も正装に着替えると二人して魔王の間に向かう。

 二人が魔王の間に着くと、魔王は王座に座り、クローディアは魔王の指示でその脇にポーズを決めて立ち、聖剣を肩から背中に回すように構える。


 その魔王の間に、偶然二人のメイドと思われる女性が通りかかった。その光景を見た瞬間、二人のメイドは平伏した。

 面食らったのはクローディアだ、思わずその二人に声をかける。


「そっ、そんなに極端に態度を変える必要はないかと思うのだが、、、」

「滅相もございません、そのお姿、この魔王城で魔王様以外に敵う者はこざいません!」

 メイドの一人が真剣な表情でクローディアを見つめ、言い放つ。もう一人は頷きながら、そのままお待ち下さいといって走り去ってしまった。


 クローディアはちょっとした遊びの気分だったのに何か大事になった気がしてならなかったが、走り去ったメイドが別の人在らざる者を連れてきたのを見て確信した。その者は手に絵筆とキャンバスを持っていたからだ。


「魔王様、クローディア様、暫くそのままの姿勢でお願いします」

 絵師と思われる人在らざる者は、二人にそう言うとキャンバスを前に高速で絵筆を動かす。それほどの動きをクローディアは見たことがなかった。


 時間にして十五分程だろうか、お疲れさまでした、と声がしたと思うと、絵師は二人にキャンバスを向ける。


「これはすごい、この短時間でここまでの絵を」

 クローディアは絵師が縦二メートルもあるキャンバスに、威厳を放つ魔王と、それと並ぶように黒い気を放つ、鋭い目をした金髪の女性の立ち姿が描かれた肖像画を前に感動した。

 しかし、これ私なのだなと、クローディアは文字通り黒歴史を残されたことに複雑な気分でいた。

「うむっ、見事だ」

 魔王はその出来に笑顔を見せた。


 後日、その肖像画を見たマリアンヌが、料理長と二人の肖像画を所望したのは、また別の話である。


 そして、この魔王とクローディアの肖像画はもう一つ複製され、在る場所へ転送された。センターサウス王国の謁見の間、王座の後ろへ。それは城中に衝撃を与え、留守を任された王へ更に精神的ダメージを与えたのだが、それをクローディア達は知る由もない。


 クローディアが聖剣を体内にしまい、これからどうしたものかと思っていると、魔王がクローディアの手を取る。

「まずはこの魔王城を案内しよう」

 クローディアは、頼むと、笑顔で答えた。


 魔王城は黒と血のような色の混じった石が使われているが、聞くと、この大陸の山から切り出される石は、基本この色なのだとクローディアは魔王から説明を受けていた。

「色は良くないが、堅くて質自体はよいのだ」

「しかし、印象が悪いのが勿体ない話だな」

 クローディアがそう言うと、魔王はこの大陸では贅沢は言えないからな、と苦笑する。


「魔王城では様々な者たちが働いている。軍だけでなく、内政に関わる者たちも男女の差はない。共働きの者も多いのでな、子供のための託児所も用意されている」

「いつも思うのだが、この国は他のどの国よりも国民を大事にしているな。この機構が私たちの大陸にもあればよいのに」

 クローディアがそう言うと、魔王は腕を組み、顔を上げた。

「そうだな。しかし、それは利権で儲けている一部の人間には迷惑にしか映らないのかも知れん。この国だからこそ成り立つシステムかもしれないからな」

 クローディアはそういうものかと、残念な顔をする。

「だが、変えられるのであれば、少しずつ変えていけば良い」

「ああ、そうだな、変えていこう!」

 クローディアは笑顔になった。


 そんな二人の前に、城の中と思えない子供の声が響いてくる。その施設と思われる扉は魔王城の中で違和感があるぐらいカラフルに塗られていた。

「魔王、ここがそうなのか?」

「そうだ、覗いていくか?」

 クローディアが頷くと、魔王が扉を開く。そこは以前魔王ランドで見たような遊具を小さくしたようなものが設置された広い空間だった。

 様々な種族の子供たちが二十人ほど、その中で遊んでいるのが見える。すると、二人の来訪に気付いた子供の何人かが近づいて来た。


 子供たちはクローディアが理解できない言葉を発し、物珍しい目でクローディアを見ていた。クローディアは子供たちと目線を合わせるためにしゃがんだところ、一人の女の子がクローディアの髪を後ろから力一杯掴んだ。

 それを見た魔王は、その子を何か叱ったようだったが、クローディアは魔王を制した。

「魔王、この子は人間が珍しかったのではないか?」

「その様だが、それでもやって良いことと悪いことは教えないとな 」

 魔王はそう言うが、クローディアは大して気にならなかった。


 クローディアはその子に言葉が通じない事が分かった上で言う。

「私は人間だが、髪を引っ張られると、お前と同じように私も痛いのだ」

 クローディアが笑顔をその子に向けると、その子は表情を変えて何かを言った。


「引っ張ってごめん、だそうだ」

 魔王がその子の言葉を翻訳すると、クローディアはその子を抱きしめた。

「分かってくれてありがとう」

 クローディアがそう言うと、魔王が翻訳したらしく、何度も頭を下げた。魔王は続けて言う。


「この子は一年ほど前、流行病で両親を亡くしている。ここにいる子たちは先に言った共働きの両親以外にも、様々な理由で親を亡くした子供たちもいるのだ。本来なら養護施設を別途建設した方がよいのだろうが、正直手が回らん。ここならメイドたちもいるので、どうにか回せているのだ」

「両親を亡くした子はその後どうなるのだ?」

 クローディアは他人事のように思えず、思わず聞いた。


「成人まではここで暮らすことが出来る。その後は例えば魔王軍に入ることも出来るし、メイドとして働くことも出来る。または生まれた村に戻り、そこでやり直すことも出来る。ただ、成人までに自分の身の振り方を決めなければいけないのだ。人間もそうだが我々も実際は平等ではない、環境がその子供に不利益に働くことなど当たり前のようにある。苦労しても幸せになれないことがあるなど、ここでは誰もが知っている」

 クローディアはその言葉の重みを受け止める。彼女自身、母親が死んだ後は自分の意志に関係なく、ただ王女して勇者として生かされたのだ。そんな身動きが出来なくなったクローディアに魔王が声をかけた。


「クローディア?」

「す、すまない魔王。しかし、この子たちは幸せではないかもしれないが、自分で選択できる権利を持っているのはとてもすばらしいと私は思うぞ」

 クローディアは子供たちに手を振りながら言う。


「この子たちを見ていると、私の生まれ育った村に、母の墓参りに行きたくなった」

「その時は、俺も一緒に行こう」

 魔王も子供の目線までしゃがみ、クローディアに微笑んだ。


 その後しばらくは群がった子供たちの相手で、時間が過ぎていった。

 子供の相手がそんなに得意ではない二人は、子供たちに逆に遊ばれたとも言う。


 言葉の通じぬ間であっても、身体を使った遊びには言葉は必要ない。広い室内を二人は子供たちと思いきり駆けずり回る。追って追われて、馬鹿のように走り回ったのだ。魔王に至っては正装だというのに。


 魔王の部屋に戻った二人は、汗でびしょびしょになったお互いを見て思わず吹き出した。

「これは夕食前に汗を流さないといけないな。クローディア、次は風呂場へ案内しよう」

「魔王、一応確認するのだが、、、」

「安心しろ、男女は別となっている」

 安心したと、クローディアは笑う。


 人間も人在らざる者も変わりがない。それを今、クローディアはその身で体感していた。

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