第8話 回復…
◆◇◆◇
「んー…っ」
目覚ましを止め、布団の中で一度丸まってからゆっくりと布団を捲り上げる。
頭を掻きながらベッドから降り、階段を下りていく。
「いてっ」
階段を下りている最中、掻く場所を頭から首に変えている最中、何かに引っかけて痛みを覚える。
掻いていた右手を見てみると、爪に瘡蓋のようなものが引っ掛かっていた。止めていた足を進め、洗面台のところに足を運ばせて鏡を見る。
ちょうど右耳と右肩の間の皮膚部分に、何か引っかけたような横線の傷が一本残っていた。引っ掻いて瘡蓋を剥してしまったからだろうか、血が微かに滲み出てきている。
手の平と手の甲を見ても、引っかけてしまうようなものはついていない。他にも傷がない。
以前親指に傷が残っていたことを思い出す。それも寝ているときにできた傷だ。
不思議に思いながらも、気にすることをやめ、顔を洗って歯を磨き始める。
リビングに入ると、母が朝ご飯を用意している最中だった。父はソファに座って今日の天気予報を見ているのか、ただボーっとしているだけなのかよくわからない表情でいた。その隣に腰掛け、同じような表情でテレビを見つめた。
今日の天気は午後から雨。この間の天気予報が当たったことから、いつもは渋った顔をする天気予報士も、少し自信があるような明るい表情でテレビに出ていた。
予報通り、午後の授業中徐々に雨が降り始めていた。風はそんなに強くはなく、降る量も少なめだった。一応と言うことで、母は美弦に傘を持たせていた。
まだ天気予報は信じていなかった美弦だったが、ホッとしながらも前までの不思議な出来事はたまたまだったんだなと勝手に納得していた。
「そういやぁ」
授業が終わると、後ろの圭太が、肩を叩いて何かを思い出したように声をかけてくる。
「隣のクラスに武田っているだろう」
隣のクラスとは、体育の授業などを合同に行うため、大体の人の顔と名前は一致している。なんとなく思い出すように首を縦に振ると、少し前屈みになりながらも深刻そうな顔になる。
「昨日他校生にケンカ吹っかけられて入院中だと」
「マジで?」
暴力沙汰を起すなど、この学校では珍しいことだった。
ほかの学校と少し位置が離れているというのもあり、店などで他校生に出会うことはあまりない。しかし、家はどこから通っているかは人それぞれ。登下校時にすれ違うことはある。
暴力沙汰となると、なんとなくどこの学校の生徒かは、誰もが一致するほど評判の悪い学校がある。近いわけではないから、学校近辺で問題になることは少ないが、どこで鉢合わせするかわからないため、絡まれるというのは少ないわけではなかった。
しかし離れている学校のため、他の学校よりも巻き込まれる数は少ない方だった。
「最近範囲広げてるみたいで、怪我するまでとは言わないけど、見かけたり睨まれたりするの増えたみたいだぞ」
「やだなぁ」
「と言うわけで美弦」
「なんだい圭太。何をたくらむつもりだ」
にやりと微笑んだ圭太に呆れ顔を見せる。
「しばらく一緒に帰ろうぜ」
一人よりも二人。何かあった時、どちらかが助けを呼びに行くという作戦を立てる。
結局は日常に刺激がないから、そういう仮定を持ちたいだけ。圭太も美弦も、絡まれるなんて微塵も思ってはいない。ただ、一緒に帰って寄り道して帰るというのを、遠まわしに言っただけ。のつもりでいた。
「おい…美弦…」
学校帰り、予定通り圭太と最寄りのゲームセンターに遊びに行った。
そのゲームセンターは、古くからあるゲームセンターだが、何かを主張するかのように、建物の上には、ゲームセンターを経営する社長の銅像が、作られていた。その銅像は、清掃をするつもりはないのか、雨風に当たり小汚い。
ただ気を付けをするように、何かのポーズをとることなく立っている銅像は、ある程度離れてもすぐにそれだとわかるくらい、他の建物よりも高く作られている。そのせいで、ゲームセンター前が待ち合わせポイントとされることも多く、初めて来た人も、あの銅像だと指を示して教えることができる、この辺りでは中心となっている場所だった。
ゲームも十分に遊び尽くし、いつもの帰宅ルートに入った美弦と圭太だったが、向かい側から他校の生徒が歩いてきていた。
そのこと自体に問題はなかったのだが、歩いている他校生のメンバーに問題があった。
今朝、圭太が美弦に忠告と言う名のお誘いをした原因だ。
問題児の名前と顔は結構有名で、厄介なのは高校生だけではなく、大学生も絡んでいる。この大学生がリーダー扱いとなっており、相手が中学生だろうと高校生だろうと、大学生でも社会人でも関係なく問題を起してきている。
美弦が反応した時にはすでに遅く、相手の集団は圭太と美弦を完全に視線でとらえていた。
数は五人。反射的に圭太を後ろに押して逃げるように勧める。足に自信がない美弦は、時間稼ぎをと考えていたのだ。
気がついたのか、圭太は躊躇いはしたものの、後ろを向いて走り出す。
(さすが陸上部。走りが綺麗)
少し遅れて、美弦も逃げようと後ろを向いてものの、一歩早かった集団の手が肩に触れた。
「……うぅ……」
最初は何かを誘う様な話し合いから始まり、ニヤニヤとほほ笑んで楽しそうにしていた男たちが、脳裏に焼き残されている。
頬と腹部を殴られたのは、強い打撃が入って痛み出してから認識した。
守るように腹部を押さえるが、さらにその上から相手の打撃が入る。
本当に絡まれるなんて思ってもいなかった美弦は、どうすればいいのかがわからなかった。
最初は五人で何かを口々にしていたはずの男たちだったが、今美弦の視界に入るのは三人だった。つまり、二人はどこかに行ってしまっているということは、圭太も無事ではない可能性が出てくる。
焦りと不安と痛みに、徐々に美弦の思考は停止していった。
「おいおい…もう終わりかよ」
「…っ」
立っていられなくなり、近くの壁に寄りかかる。
夜になるまで人通りは極端に少ない飲み屋が並ぶ路地。それでなおかつ、このあたりで有名な問題児が騒いでいるとなれば、誰も関わろうとはしてこない。
膝を曲げ、ずるずると地面へと腰を下ろしていった時だった。
「おい、こいつ」
腹部の痛みは弱まっていき、切れていたはずの口元も、痛みがなくなっていくのだ。美弦の目の前にいた男も、何かに気付いたのか一歩下がり気持ち悪いものを見るような渋い顔をして、仲間に見るように指をこちらに差してきた。
仲間たちも何が起きたのかとその指の先を集中してみると、同じように一瞬目を見開いて一歩下がる。
恐怖からか、微かに震えている膝は治ることなく、立ち上がることはできず、ただ三人を見上げる。
「お前、何もんだよ…」
「…え…」
「なんで傷…治ってんだよ…」
何のことを言っているのかと、頬に手を触れ、切れていたはずの口元に指を当ててみたが、触れた手に血もつかず、触れた感覚も、切れている感じではなかった。
鏡を見る余裕まではないものの、目の前の男たちがそう言うのであれば、本当に治ったのだろう。
「おい! 君たち!」
「…サツだ。逃げるぞ」
圭太が去って行った方向から、警察数名が圭太と共に走ってきていた。
警察に保護されてからは、親の呼び出しと細々とした手続きを圭太とともに行う。
相手が問題となっている若者たちと言うのがわかっているようで、見た目に怪我がない美弦だが、特に怪しまれることはなかった。一応と言うことで病院に行くように勧められたが、目立った怪我がないということで行かない方向になった。
(いいだけ殴られたのに傷が消えたって…)
言ったところで信じてもらえるとは思ってはいなかったし、そうなった本人ですら信じられていなかった。
解放されたときにはすでに暗くなっており、家に帰りご飯を食べて風呂に入った。風呂に入る際に顔を見てみたが、特に喧嘩をした後と言うような傷は見当たらなかった。言うのであれば、首にあったはずの切り傷すらも消えていた。
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