第7話 魔法と日記
中庭に出ると、冷たい風が体を冷やす。しかし、今は魔法という物を楽しんでやろうという趣旨に変わった美弦は、寒さなど気にすることなく中庭の中心部分まで行き、護衛に振り向く。
少し渋い顔をしながらも、護衛の一人が腕を前に伸ばし、手のひらを広げて前方に向ける。
冷えていた風が、さらに冷気を纏って強くなった気がした。風が流れる先は、護衛の手の平付近。手に触れた外気が凍るかのように、手の平の周りに氷が集まっていき、徐々に下に向かって伸びていく。
まっすぐにではなく、何かの形を作るように氷が現れ、地にたどり着くと冷気が収まり、一定の方向に流れ戻る。
護衛が作ったのは人型の氷像。
身長的には子供だが、なんだか見覚えのある容姿。
「これ、俺?」
「すみません。思いつく物がなかったので」
「俺を題材に作るなら身長も同じにしてほしかったな」
「今使用できるヘルガではこれが限界でした」
「…」
いざというときに使うため、ヘルガを残して作ったとのことだった。
その言葉に、腕を組んで考え込む。美弦の頭の中で、何かが思いつきそうな気がしたのだ。
「…なぁ、俺のヘルガを使うこと出来るんだよな」
「……えっと…ですね…」
躊躇うように視線を外される。
使えないのであれば首を横に振っていただろう。渋るということは、使えるということだというのは、美弦の脳みそでも理解が出来た。
にやりと微笑み手を差し伸べると、一歩離れて気まずそうな顔をされる。
「俺が良いって言ってんだから良いんじゃねぇの? 俺のわがままなんだし。ヘルガ使わせちゃってるんだし」
「…ですが」
「なに? ほかに誰かの許しでも必要なわけ?」
「通常、国王陛下の許しを得た者のみが許されます」
「バルトなんて他国なのに、俺の許可すらなく使用したぞ」
「……」
その言葉には、護衛二人とも口を塞いでしまっていた。
「ちなみに今許し得てるのって誰?」
「レイサ様とウェイス様です」
「……不便だねー。じゃあ、もしいま俺ら三人が大変な状況で、俺のヘルガがあれば余裕って時でも、断固として使わないわけ?」
「状況に…よりますが、あとでお叱りを受けるのは」
「その時には俺も一緒にお叱り受けるよ」
「しかし……」
「今は俺に脅されたとでもいえばいいさ」
無理やり護衛の右手に触れると、視線を外しもう一人の護衛に助けを求めるが、その護衛すらも視線を外してソッポを向いてしまった。
触れた護衛がもう一度こちらを見ると、聞こえるか際どいくらいの小さなため息を吐き、左手を先ほどのように伸ばし、冷気を纏っていく。
作り直されたその氷像は、美弦と同じ身長の氷像だった。
「おー。できんじゃん。俺の氷像っていうのが気まずいけど」
そういって出来上がった氷像に触れ、数回叩いてみせる。
「こういうのって壊したくなるよね。壊してもいい?」
振り向くと、驚いたような表情で肩に触れられ、下がるように押される。
「どのように壊すおつもりですか」
「え? 殴って蹴って」
「腕が壊れます。簡単に壊れるようには作っていないです」
「そうなんだー。じゃあどうやって壊そう」
もう一度氷像に近づき、小さい方の氷像をもう一度軽く叩いてみる。
確かに簡単に割れるようなものではなく、拳を作って軽く叩いてみても、削れるような硬さではなかった。
「壊しましょうか?」
「どうやって?」
「攻撃魔法であれば簡単に」
「えー。物理的に壊したいよ」
そうですかと言わんばかりにあきれる護衛。
腕を組み、目を瞑って考え込む。
「あ、ねぇ、氷でハンマーみたいなの作って」
普通に金づちがあればいいのだが、取りに行って戻ってくるというのが、面倒くさいと感じてしまっていた。
先ほどのように護衛に触れると、もうヘルガを使うことに対して吹っ切れてしまったのか、ため息を一つ吐いてお願い通り、大きめのハンマーを作ってくれた。
「氷対氷ってどうなんだろうな」
そう言いながらもハンマーを受け取ると、想定していなかった氷の冷たさに身体が固まる。
しかし氷で作れと言ったのは美弦。わかっているからこそ、再度ハンマーを手に取り、肩に担ぐ。
「ちょーっと下がっててね」
大きく振りかぶり、頭部分を目がけて振り下ろす。
すると、想定以上の割れる音が鳴り響き、身を屈める。周りも驚いたのか、塀の近くにいる警備の者も、驚いたような表情をし、城の中からは少し騒がしい声が聞こえてくる。
「いっ…」
割れた拍子に、砕けた氷が体に刺さったのか、口と耳の間の頬の部分に違和感を感じ、手で触れてみる。
触れた手には微かに血がついている。腕などを見てみると、飛び散った氷で、服や皮膚が軽く切れていた。触れた手の甲にも、振り下ろした際に刺さったのか、小さな切り傷が入ってしまっている。
「ふむ」
「何事ですか」
城のほうから警備の者が、数人驚いたように顔を覗き込んできた。中庭の警備の者が平然としていることに、少しだけ不思議に思うような顔をしていた。
「あぁ、遊んでるだけ。ごめんねうるさくして。あと数回行くから耳塞いでて」
そういって振りかざそうとしたハンマーは、すでに頭の部分はなく、棒のみとなり、氷の棒を振り上げただけとなってしまった。
「あら、一緒に砕けちゃってたか」
もう一度氷像を見ると、等身大のほうは肩辺りから上が壊れており、小さい方は、飛び散った氷で削れたのか、顔は傷だらけで誰の氷像かわからない状態となってしまっていた。
どうしようかと悩んでいると、城のほうから険しい顔をしたレイサが近づいてきているのが視界に入る。
先ほどの話が報告に入ったのか、通り過ぎることなく中庭のほうに向いては、美弦たちのほうへと近づいてきた。仕事の途中だったのか、片手には本のようなものを二冊抱えていた。
「レイサ、怒ってます?」
「いったい何を」
「いやーなんていうか、ストレス発散?」
「スト…とはなんですか」
「え。えーっと。ストレスを言葉で説明するのは大変難しくてですね…」
「それにこの氷の塊りはなんですか」
残っている氷像を指さし、レイサは怒鳴るわけでもなく、ただ淡々と聞いてくる。
「氷の塊りです」
「見ればわかります。なぜこのようなものが……。作らせたのですね」
「うん。魔法ってどんなこと出来るのかなって思って。お願いしてみました」
護衛のほうを見て、目線だけで叱るようにレイサは睨みつけている。気づいた護衛は、深々と頭を下げて無言で謝罪を行う。レイサの腕をつかみ、美弦のほうを向くように引っ張る。
「ちょっと、わがまま言ったのは俺だぜ? なんで二人を睨むんだ」
「聞いていいお願いとダメなお願いがございます」
「…へぇ? 俺には待遇良くしてくれるんじゃないの? それに、ダメなら俺を叱ればいいだろう。俺がわがまま言ってんだし。最初はこの二人だって拒否してたんだぜ。なぁ?」
見ていたはずだと、塀のほうの警備に顔を向けると、関わらないようにするためか、リベラルである美弦を庇うためなのか、視線を逸らされる。
「それに、俺が居たところは魔法なんて夢の世界なんだよ。どんなもんなのか見てみたい。俺に攻撃してみろって言ってるわけじゃないんだし、怪我人出してるわけじゃないんだから良いだろうが」
「ではこの血を流してるのは?」
そういって頬に手を触れるレイサ。そういえばと、視線をつい外してしまう。
「良いだろう。俺のわがままで勝手に怪我してんだから。命に関わるような事じゃないだろ。遊びに怪我は付き物です!」
胸を張って言えることではないが、護衛を責めたレイサと、結局責められる形にさせてしまった自分自身に、イライラが現れてくる。
用事があるウェイスではなく、レイサが来たということにも、少しだけ美弦の中ではもどかしい気持ちになっていた。
「お前たちはこの氷の始末を。誰かヴェイをリベラルの部屋へ」
護衛と近くにいた警備にそう伝え、レイサは美弦の手を引いて、自室のほうへと連れて行かれた。
部屋に着くと、呼んでいたはずのヴェイがすでにそこに居て、バルトとテーブル越しに向かい合って、飲み物を口に含んでいるところだった。
目が覚めた時から、ヴェイとバルトがいたことを思い出す。
「何の騒ぎだったんだぁ?」
「ヴェイここにいたのですね」
「どうされたのですか」
楽しげにバルトが話しかけていたが、レイサはきれいに無視を決め込み、ヴェイに向けて美弦を差し出す。
頬や右腕、手の甲の傷を見て何が起きたのかとレイサのほうを見るが、一つため息をついて近くの椅子に腰を下ろしていた。
「ちょっと遊んで怪我しちゃっただけなのに、レイサが大げさに怒るんだぜ」
「遊びって、こんな怪我どのような遊びでできたのですか」
頬に手を添え緑色の何かを纏わせる。それもまた魔法なのだろう。微かに痛んでいた頬の痛みが引いていく。完全に引くと、腕の傷に触れ、一つ一つ丁寧に直していこうとするその手から逃れるように、添えられていた腕を引いて逃れる。
「ありがと。頬だけでいいよ。他はそんな痛くないし」
「リベラル様いけません」
「良いって。そんな小さい怪我一つ、自然治癒させるって。自業自得なんだし」
「放牧してた割に過保護だなお前ら」
「だから放牧言うな!」
楽しげに茶化してくるバルトに、ツッコミを入れるように美弦は怒鳴る。
手の甲を見てみても、怪我自体は深くなく、血は固まり、傷跡が残っているだけとなっていた。この程度でいちいち治癒をされていたら、本当に体が弱くなってしまいそうだった。
「リベラル、そろそろ自覚してください」
「だから自覚も何もリベラルっていう制度がよくわかってないし。城から出ようとしてたわけじゃないんだから良いだろう」
「良くありません。そういえば、ウェイスから渡すように頼まれてました」
思い出したかのように、レイサは抱えていた本二冊を美弦のほうに差し出してきた。
昨日言っていたリベラルが書いた書物だろう。渡された一冊の本を捲ると、ここにいたリベラルも日本人だったのか、運よくそれは日本語で記載されていた。
「そうそう、元々はこれを借りようとウェイスを探してたんだよ」
「ウェイスなら陛下の元に」
「うん。一通り探していなかったからそうだろうなと思ったよ」
椅子に座ってもう片方の表紙をめくろうとすると、覗き込んできたバルトが口を開く。
「そんな文字読めるのか」
「…うん。ウェイスが言うには、リベラルの事が書かれてる書物が俺には読めないらしいから。バルト達には読めないのか」
顔を上げてそう聞くと、ヴェイもレイスもバルトも、首を縦に振る。
学者などに解読させても、読み取ることはできない暗号にしか見えないと言う。
表紙を開くと、そこには英語で記載されていた。
「げー。こっちの人は外人か。無理」
向こうの物を持ち込めるのであれば、英和辞書でも持ち込みたかったが、現実世界で来ていたパジャマの状態で目が覚めないということは無理だというのを、前に諦めていたのだ。
パタンと本を閉じては、レイサに返す。
「なんだそっちのは読めないのか」
「うん。不得意の分野。なぁ、前のリベラルはどこの国にいたんだ」
「ネチーラだ」
「…確か好戦的な国って聞いたけど」
「そうです。なのでリベラルが生きている間、戦争状態にあったと聞きます」
「聞きますって。レイサ、その時は」
「まだ生まれておりませんでしたので、話にしか聞いていない」
「じゃあリベラルに会うのは初めて?」
「ほとんどの者が初めてに近いでしょう」
ヴェイやバルトを見ても、首を縦に振って知らないと口にしていた。
リベラルの強力な力を利用し、他国との力の差を見せつけていると。レイサは説明を続けた。リベラル死後は、極端に力を失い、押されていた他国からの逆襲にあっていたと。
命あるものはいずれ亡くなる。その時が来るまでリヘンサ含め、他国は耐え続け、ネチーラの勢力が弱まった時を狙って急襲したと。運が良かったのか悪かったのか、その時のリベラルの死因は疲労と病と聞かされていると説明を受ける。
「じゃあ、俺を使ってそのネチーラに仕返ししたりするわけ?」
「してほしいのか」
「……そういうわけじゃないけど」
「そんなことをしても、その時の者はほぼ生きていない。昔の話だから。知らない者同士でその時の復讐をして犠牲を出したくはない。しかしグライトはそうは考えない。グライトも好戦的で、いまだにその昔の話を引き摺りネチーラに対しての敵視はひどい」
悲しそうな瞳でレイサは、どこを見ることなくそう説明をする。
「今でも戦を仕掛けるものだから、リヘンサとベルミアの行き来は命がけに近い」
ふざけるようにバルトは言うが、東と西で戦っているのだから、冗談ではないのだろう。
そうなんだと適当に相槌をうつ美弦は、日本語で記載されている本を捲り始める。
「今度ベルミアにある本も持ってきてやる」
「いいのか?」
「ああ。その代り、書いてあることを解読してほしい」
「解読って…俺こっちの文字わからないから書き写しはできない」
「それは人を用意しよう」
「口に出して読めばその人が書くってこと?」
顔を上げて質問すると、バルトは首を縦に振る。怒っているわけでも喜んでいるわけでも、楽しんでいるわけでもないその表情は、どういう意図があるのかを読み取ることはできなかった。
どうするかの返答をせず、バルトはレイサと会話を始めてしまった。
本を持って寝台に上がり、枕近くにおいてはうつ伏せになって頁をめくり始める。
不意にもう一人立ちあがる音がする。テーブルとは逆側の寝台側面に来ては、腰を下ろしては美弦の右腕に触れてくる。
「ヴェイ…。良いって本当に」
「これは私のわがままです」
それを言われると美弦は何も言えなかった。口を閉ざして少し膨れているうちに、治癒は終わり傷跡はきれいに消えていた。
しかしそれでもヴェイは寝台から降りようとはせず、本をと言うよりも読書をする美弦をただ眺めていた。眺められるのにむず痒さを覚えながらも、内容を進めていく。
昔からリヘンサは好戦的ではなく、平和に物事を進めようとしていたのが、本の中で読み取れる内容だった。
こちらの世界に来て、しばらくしてから書き始めた日記のようで、最初のころの内容は記載されていなかった。が、美弦と同じように、眠ると本来の日本の世界に戻ると記載されている部分を見つける。
怪我をしたものは、お互いの世界に持ち帰ってしまうよう。しかし、こちらの世界で受けた傷をすべて持ち帰るわけではなく、深く傷を負ったものでも、日本の世界では浅い傷跡となっている。しかし、逆に日本の世界で負った傷は、そのまま持ち込んでしまう。そして、同じように日本の世界だと、こちらの世界の事を綺麗に忘れてしまっていると。
その日その日に起きた出来事にあまり興味がわかず、軽く目を通すのみとなる。
リベラルとしての力を使用すると、使用する量によってかなりの疲労を覚えるとも記載があるのを見つける。
まだ疲労を感じるほどの使用をしていない美弦は、やはりピンと来るものはなかった。
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