第6話 ほうぼく
「まぁ、もともとお前は今日こっちに来る予定ではあったが、やり方というものが」
「先にリベラルをリヘンサが捕る分にはいいとは思ったが、あんなにも放牧しているのはどうかと思ってね」
「だから放牧っていうな!」
結局レイサに引き取られ、一度城へと戻ってきた。
客室にバルトを招き入れ、使用人に水差しを持ってこさせた。
バルトはアクリアと呼ばれる泉を超え、南に位置する国、ベルミアの王族であり、レイサの古くからの友人とのこと。リヘンサとベルミアの仲は良く、お互いに何かがあれば助力する仲。
リベラルの事も、どちらかが捕るということを事前に話し合いはされているようだった。
(どっちにしても人の事を物のようだな…)
棚に置かれている時計を目にする。
こちらの世界と、現実の世界での時間の違い。昼夜逆転している。
現実が昼であればこちらは夜。現実が夜であればこちらでは昼。だからこそ、こちらの夜を美弦はまだ知らない。
「じゃあ、俺が居ないほうが話が弾むと思うし、出てるわ」
そろそろ起きる時間となってくる。ここで寝るわけにもいかず、軽く手を振って部屋を出ていく。ウェイスも続いて出てきては、護衛と共に通路を歩く。
また逃げ出されないようにと、一言耳元でウェイスは伝えるが、美弦に逃げ出すつもりはない。
「あ、そうだ。ウェイスたちが言う、リベラルの事が書いてある書物、読みたいんだけど」
「ご用意いたしますが、恐らくリベラルには読めないかと」
「は?」
ついウェイスの言葉に美弦は足を止め振り向く。
こちらの文字と現実の文字が違うらしく、今までリベラルがこちらの文字を読めたことがないとのこと。仕方がないと諦めようとしたとき、リベラルが書いた書物ならあると言う。
次、目が覚めたら用意しておいてほしいと伝え、布団の中へともぐりこんでゆく。
「もう寝るのか」
「今日は結構活動した方だと思うけどー」
「…すまなかった」
「え…?」
目を閉じようとしたとき、ウェイスがいきなり美弦に対して頭を下げた。
慣れていない美弦は、布団をどけて上体を起こす。
「…まって、頭を上げろよ。なんでウェイスが」
「何かあってはと護衛としてついて行きながら、軽々と誘拐される形になった。バルトだとはわかってはいたが、もしもバルトじゃなかったら大変なことになっていた」
「逆に、相手がバルトって人じゃなかったら、もっとやりやすかったんだろう」
「それでも…」
「いいよ。実際俺だって警戒心なかったんだし。まぁ、相手がバルトじゃなかったらどうされてたかは、いまだに想像つかないけどね」
軽く笑ってそう伝える。
大丈夫だという言葉に、ウェイスはまだ納得いっていないようだった。
「それさ、俺が許す許さないの話じゃないだろ。別にあれがウェイスやレイサのせいだなんて思ってないよ。これから俺も気を付けるし、なるべく護衛からは離れないようにするからさ、たまには外出させてよ。ちゃんと言うから」
「……外は…検討しておきましょう」
「ははっ」
まだウェイスの顔は、晴れない様子に美弦は見えていた。
目覚ましの音はまだ聞こえないということは、時間にまだ余裕があるということだ。
ウェイスに椅子に座るように言い、美弦はベッドの端に座る。再度靴を履く元気まではなかった。
「なぁ、時間までもう少しこの世界の事教えてくれないか」
「この世界の事、ですか」
「どうしてリベラルが必要なのかとか」
少し迷った様子だったが、ウェイスは徐々に口を開いていった。
「リベラルは、魔法を使用するのに必要なヘルガが、他の者よりも強力で、そのヘルガを使用することによって、魔法の質は高くなる。現に、バルトが出した魔獣のスピードが上がったのは、リベラルの力を使った」
「俺の力って、どうやって使ってるの」
実際、美弦が使われたというときも、身体から何かを抜き取られた感覚はなかったのを思い出す。
ウェイスも説明に少し困るのか、視線を外して小さく唸る。魔法を使用したことがない美弦に、口頭で伝えるのは、ウェイスにとって難題となった。
腰を上げて、ベッドのほうへと近づき、美弦に左手を伸ばした。応えるようにその手に手を伸ばす。
「触れるだけ。とは少し違いますが、触れあった部分からリベラルの気をもらっております。バルトの時も今も、少しだけ頂いておりますのでわからないかもしれませんが、大量に使用すれば使用するほど疲労に似た感覚をリベラルは感じることとなります」
「ふーん。ところで、レイサが世界を救ってほしいって言ってましたけど」
「…リベラルがいることによって、こちらの天候が安定するのです」
「…は?」
現実の世界でも出てきた天候問題が、こちらの世界でも起きているという。
リベラルが来るまでは、予想できていなかった大雨がいきなり降った代わりに、晴れると思われた前兆すらも消え、嵐が続いたと。それがリベラルが現れてからは、徐々に予想が大幅にずれることはなくなってきていると。
ウェイスから聞くその逆が、現実世界で起きている。リベラルとはそのような存在。
あたかもリベラルを通して、安定を連れてきているかのよう。
◆◇◆◇
「リベラルが寝坊助っていうのはレイサから聞いてはいたが、まさかここまでだとは」
目が覚めると、なぜかヴェイとバルトが、テーブルを挟んで椅子に座っていた。
なぜ人の部屋で盛り上がっているのだろうかと思いながらも、目をこすりながらベッドから降り、面倒くさい靴をおおざっぱに履く。
二人とも美弦を見ながら、バルトはニヤニヤと。ヴェイはいつもの冷静な表情で見上げてくる。
頬を膨らませて顔をそむけ、部屋を出る。それについて来ることなくバルトは笑い続けているだけだった。
後ろからついて来る護衛に足を止めて振り向く。
「なぁ、その距離で見守られてると、もどかしいんだけど。ついて来るなら隣歩いてくれないか」
すぐには行動には移らず、ジッと護衛のほうを見ていると、顔を合わせて渋々美弦のほうに足を進めてくる。
隣とは言い難いが、一歩後ろに立ち止る。それがこの二人の限界なのだろう。
城の中で何かがあるわけではないからこそ、あの距離を保っていたのだとは、美弦はわかっているが、それでももどかしさが慣れることはなかった。
一歩後ろに着く護衛に小さく溜めい息をついて、足を進める。
「まずはウェイスを探すか」
「ウェイス様でしたら」
「待った」
後ろにいる護衛の一人が居場所を伝えようとしたとき、後ろを振り向き手の平を見せて止める。
「探す。この城の中だったら止められたことないし、探す。暇だしね。城の中にはいるんだろう」
「え、えぇ」
「よーし。っていうか、たぶん見つけられなくて相当歩くだろうから、城から出ないしついてこなくてもいいですよっと」
その言葉には護衛二人、首を横に必死に振った。
そういうわけにはいかないようだ。よくわからないこちらでのルールか、この国でのルールか命令があるのだろう。しっくりこず、強制する気もなかった美弦は、あきらめて足を進め始めた。
思い当たるところと言うよりも、すべてを確認するために一つ一つ確認した。まだご飯の時間ではないというのに、厨房にも行った。
国王のいる場所だというのは、美弦にもなんとなくわかってはいることだったが、今の美弦では行く勇気一つ持てなかった。
「昨日お願いしたのになぁ」
歴代のリベラルが書いた書物だった。
ウェイスが用意しておいてくれるとのことだったが、起きたらバルトに茶化されたせいで、部屋を見渡してはいない。唯一確認できたのは、テーブルの上にコップと水差ししかなかったことだけだった。
つまり直接手渡しをされるのかと思い、いろいろ歩き回るものの、王のいる場所以外にはどうやらいなさそうだった。
「なぁ、レイサとウェイスってどういう立ち位置なの?」
休憩と壁に背を預け、向かい側と隣に同じように背を預ける護衛に聞く。
「国王の補佐兼護衛です」
「へぇ」
国王の護衛でありながら、リベラルの近くにいた時はああもあっさり誘拐されていた。つまり、それがウェイスにとって謝罪と言うよりも、恥だったのだろう。
「昨日俺に付きっぱなしだったけど、そういう時はどうしてるの?」
「あの日は国王の外出予定が入っておりませんでしたので」
「あー。城の護衛で十分ってこと?」
向かいにいた護衛が首を縦に振って肯定する。
「でも普通、リベラルよりも国王の護衛を優先しない?」
「ほかの国にリベラルを誘拐されるのも、問題でございます」
「なんで? だって、こっちにいればこっちの天候は落ち着くんだろう? 言ってしまえばそれだけの役割だろう」
「グライトとネチーラの国は好戦的。もしこの二国にリベラルが渡るとなると、他国をつぶすため力として利用する可能性がございます」
「……ふーん」
リヘンサと呼ばれるこの国の事も分かっていない美弦としては、他国の存在を意識するほどの余裕まではなかった。わかった振りをしながらも天井を見上げる。
「あ、なぁこの世界の奴らってみんな魔法が使えるのか」
「人によって向き不向きはございますが、たいていの人間は使えます」
「じゃ、二人も?」
首をかしげると、二人とも不思議そうな顔で首を縦に振った。
「魔法ってどんなこと出来るの」
「魔獣の呼び出しや攻撃、治癒や補助魔法もございます」
「補助?」
「体を軽くしたり、逆に重くしたり、シールドの作成等です」
「へー。じゃあ面白いことに使ったりはできないの」
「面白いこと…ですか?」
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