第5話 来客?
レイサが突き出してきた条件は、なかなか暑苦しいものだった。
護衛として、レイサにウェイス、いつもの護衛の四人を引き連れて移動となる。本当は一人でいろいろ見て回りたかったのだが、あまり細かい注文をしてしまうと、レイサの気が変わってしまうと恐れてしまった。
正門を出ると、横幅が十人ほど並べるくらいの長さの階段が、下にいる人が小さく見えるくらいに、長く続いた下りの白い階段がのびていた。その奥には、噴水を中心とした広間があり、広間を囲うように店が立ち並んでいる。広間から三方向に大きな道がさらに伸びている。
ゆっくりとした足取りで降りていた階段だったが、徐々にテンションが上がっていき、スピードを上げていく。
「待ってください」
後ろから冷静なレイサの声が静止をするが、聞こえぬふりで早足で駆け下りていくが、レイサの声は近づいてくる。
顔を向けてみると、すでにレイサは走っておらず、翼を背負っているわけでもないのに、地面から数センチ浮いてこちらに近づいていた。その姿につい足を止めてしまったが、身体の勢いは止まらず階段下のほうに体勢が崩れてしまう。
「うあっ」
反射的に伸ばした腕を、焦ったレイサが腕を伸ばして掴まれ、運よくと言うべきか、レイサの反射神経の良さと言うべきか、階段に転げ落ちることなく体勢を取り直した。
驚いたことにより上がった心拍数を落ち着かせると、レイサが一つ冷たいため息を零す。そのレイサはすでに地に足を置いていた。
「なんで飛んで…?」
「? 魔法ですが」
「そんな当たり前な顔で言わないでよ。魔法って飛ぶこともできるのか」
「条件が揃えば」
体勢を整えた後も、レイサは美弦の腕を離そうとしない。その腕をじっと見ていると、奥から来たウェイスが口を開いた。
「書物で読んだ話だと」
「また書物か」
「リベラルには個々の名前が存在すると」
「あぁ」
こちらの世界では“リベラル”と言う名前で慣れていた美弦だった。寧ろ、リベラルと呼ばれることにより、こちらの世界にいるという実感があるからこそ、名乗るつもりはなかった。
視線を逸らし、掴んでいたレイサの腕をさりげなく外す。
美弦は、レイサやウェイスに名前を教える必要があるのは理解していた。
狙われているというリベラルの名前で、街を徘徊するということは、狙ってくれと言っているのと大差はない。
「……教えたくない」
それだけ言い、階段下のほうに足を進めて駆け下りていく。
美弦にお金をレイサ達は渡してはいない。買い物自体は無理だが、レイサとウェイス、少し離れて護衛との買い物は、大人数すぎて逆に人の目を引いた。気にしているのはレイサとウェイス。目立つことによって狙われる確率は高くなる。気にする様子のないリベラルである美弦。
ほしそうな顔をするものの、買ってと強請ることはない。年齢が若いというのはレイサ達にもわかっているからこそ、もう少しほしがったりされるものだと思っていた。
あまり遠くまで行くつもりはないらしく、広場からあまり離れない位置をキープする美弦。もともと逃亡したいとうわけではなかった。ただ、この世界の外を見てみたかっただけ。レイサ達にも徐々にそのことが理解できたようで、あまり近づかず、ある程度の距離を保っていた。
アクセサリーを販売している路面店に足を止め、手に取らず飾られている商品を見ていると、不意に美弦の肩に何かがぶつかった。
振り向いてみると、布で全体的に隠している赤毛の人がぶつかったようで、少し驚いたように美弦のほうを見ていた。
「すみません」
邪魔な位置だったかと先に謝ると、驚いた拍子で若干開いていた口が閉まり、少し微笑んで美弦のほうに一歩近づいてきた。視界の端にレイサが警戒して近づいてくるのが見える。
「いや、大丈夫だ。君こそ大丈夫だったかな」
声はすごく渋い低音。男性だったようだ。体系は全体を灰色の布で隠されているためわからないが、身長は高く見上げてしまう。
大丈夫と少し微笑んで首を縦に振ったが、この場所を去ろうとはしていない。何かしなければならないことがあるのだろうかと困っていると、レイサがすぐ近くまで近づいてきた。微かに見える赤毛がそっと揺れる。眺めていると、その男は手を差し出してくる。
手はしっかりと肉がついており、握力が強く感じられる。手首には黒い布でできたアクセサリーが巻かれていた。手に触れるのだろうかと、手と男を交互に見ながら、恐る恐る手を伸ばそうとすると、その手をレイサが止める。
「行きましょう」
「待て」
レイサが赤毛の男の隣を横切った瞬間、赤毛の男から腕が伸び、グイッと腹部に腕を通され、背中から男の腕の中に抱き着かれる形となる。その感覚に背筋に寒気が走る。それでも腕を離さないレイサは、赤毛の男を睨みつける。
ウェイスは美弦の腹部に通っている腕をつかみ、力を入れてレイサとともに睨みつける。
「ぶつかったのは謝りますが、この方は離していただけないでしょうか」
「いやー。まさかこんなところに放牧してるとはね~」
「放牧って……家畜か」
「今回のリベラルは冷静だね」
「……え?」
楽しげに話す赤毛の男。
(リベラルってすぐわかるもんなのか)
レイサとウェイスが驚いている様子と言うよりも、完全に赤毛を敵視しているように美弦には認識される。
美弦の腹部が冷えることに気付く。視線を落として腹部を見ると、固定された赤毛の腕に触れているウェイスの手から冷気が出てきている。これが魔法なのかと美弦はのんびり眺めていた。
赤毛の男は鼻で笑い、にやりと微笑む。
冷気が出ていたウェイスの手と、赤毛男の腕を括り付けるように、氷がつなぎとめるように覆う。
「お、おい」
レイサも同じように男と氷で体を繋ぐ。見たこともない状況に恐怖が勝ち、一瞬赤毛のほうに体重をかけてしまう。
「わりぃな」
赤毛はにやりと微笑み、どこからか現れた炎が腕を覆い、振り払うとすぐに氷が外れた。
すぐに外れてしまったことにレイサとウェイスは目を見開き、もう片方の腕をこちらに伸ばしてきたが、炎をまとった男は後ろに地を蹴りジャンプしたかと思えば、すぐに背を向け走り去っていく。
腕の中に納まったままの美弦は、何が起きているのかわからず、炎がすでに消えた赤毛の腕に掴んで落ちないようにする。
一瞬炎がまとったことにより、周りを覆っていた布は消え去っていた。
「バルト!」
レイサとウェイスの知り合いだったのか、後ろからこちらに向かってそう怒鳴りつけては、追いかける。しかし、地を駆けてではない。
「唸り声…?」
後ろから獣のような二匹の唸り声が聞こえ、それは徐々に近づいてきている。
どういう状況かはわからないが、恐怖よりも好奇心が現れてきた美弦は、赤毛に捕まりながらも顔を見上げる。すると視線に気づいた赤毛は目線を合わせて一つウインクをしてみせる。
布に隠れていた顔は、赤い瞳のイケメン。その姿に何だか対抗意識的なものが美弦の中に起きる。
「なぁ、ちょっと力借りるぜ」
「は? 何だよイケメン」
「イケ……なんだそれは」
どういうことなのかはわからずに、イケメンと言うイラつきをそのままぶつけると、少し目を見開き驚いたような顔をして下を向く赤毛。
美弦の視界に薄い水色の何かが視界に入った。ピントをそちらに移すと、氷の狼のようなものの上にレイサが乗っていた。獣の声の正体だ。赤毛を挟むように、逆側にも同じような氷の獣が。その上にはウェイスがいるのを美弦の視界にとらえる。
挟まれているというのに、赤毛は楽しそうに走っていた足に力を入れて多少高めに跳ねると、足元に赤茶のライオンのような獣が現れ、それに跨いで座る男。抱っこされる形で美弦。イケメンに抱っこされてる時点でイライラが徐々に増してくるが、ともに好奇心も増してくる。
「すげっなにこれ」
「魔獣だ」
「ま、まじゅう?」
「あぁ、リベラルは初めて見るのか」
「うん」
「っていうか、お前面白いな。拉致されておいてそんなに冷静か? 普通」
追われているというのに、緊張感のない男。それに鼻で笑い、顔を背けて見せる。
「だーってあんた、あんまり恐怖感ないんだもん」
答えると、男も鼻で笑い、視線を前方へと戻した。
スピードが上がり、左右にいたはずのレイサとウェイスが徐々に離されていく。
「やっぱりリベラルはすごいな」
「……え?」
「普通、こんなにスピード出せないぜ」
「どういうこと」
「リベラルの力を使わせてもらってるからな」
「ちょっと、悪用しないでよ?」
「はは。もう悪用だぜこれ」
そう笑う男はバルトと名乗った。つい自分の名前を名乗りそうになったのを必死にこらえた美弦は、リベラルとだけ伝える。
空中で浮いて止まった魔獣は、戻るかのように後ろに振り向く。レイサとウェイスが近づいてきては、すごい剣幕で目の前に現れる。
「やぁ、久しぶり」
「バルト、どういうつもりだ」
「いやーリベラルと会ってみたかったんだよ。奪うつもりはなかった」
「では今バルトは何をしている」
つもりもないことをしていることに、レイサは徐々に怒りを見せてきていた。
「うーん。奪ってるね。大丈夫返すよ。ちょっと友人をからかってみたくなっただけさ」
「じゃあ返してもらおうか」
魔獣を近づかせ、レイサは渡せと言わんばかりに腕を伸ばす。
「ただで返すのもなぁ…。この子が捕まったのも君たちの不手際でしょー?」
「……何が言いたい」
「久々に城でじんわりとお話ししようぜっていうお誘い」
「…」
「もちろん城はリヘンサで良い」
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