第4話 ナイフとキズ

◆◇◆◇


「リベラル。寝すぎだ」


 ご飯を用意してくれるとのことで、城の食堂にてあまり空いていないお腹に食事を入れていく。

 言いに来たのはレイサだった。向かいの椅子に姿勢を正して座る。

 美弦にとって、現実の世界が本来活動する場であり、こちらの世界は夢として認識しているため、優先とされる現実世界で寝続ける方が生活に支障が出てくる。


「それが俺にとって普通なんですー。あと、今こんなに食べれないんですけど」


 二口ほどお腹に入れては見たが、今の身体はご飯を食べ風呂に入り、睡眠状態なのだ。ご飯の後のご飯は苦痛だとしか感じられない。


「リベラル、君はここに来てから何も口にしておらん」

「……」


(これ、現実世界で食べてるからって言っても、夢だからって言われそうだな)


 書物に、美弦が言う現実世界は夢だと書かれていた事を思い出す。

 数分かけて食べるご飯を、姿勢を正したままレイサは待っていた。

 何とかお腹に詰め込んだときには、一時間ほど経っていた。食器を戻そうお盆を持って立ち上がると、近くにいた使用人が引き取りに来る。おとなしく渡すと、レイサもようやく立ち上がる。


「レイサは王の元に居なくていいのですか」

「ウェイスがいる」


 二人もいらないということなのだろうか。

 今まで城の中で、行動を止められる場所はなかった。王の部屋だろうと、止められることも責められることもなかった。

 中庭から正門のほうへと足を運ぶ。正門には他とは比べ物にならないくらいの警備が整えられており、今までは足を運ぼうと思わなかった。

 さすがに外は怒られるだろうか。後ろについてきているはずのレイサへ振り向くと、遠くの方から、いつもついて来る護衛二名がいるくらいで、一緒に出てきていたはずのレイサはすでに見当たらなかった。

 恐る恐る正門へと近づくと、警備の視線が美弦に集中し、一瞬足を止める。正門にいた警備二人も、何かを警戒する様に、正門中央部分に肩を寄せていた。

 一度息をのみこみ、気合を入れて足を進める。


「仲良いね」

「…」


 どうやら美弦を外に出すつもりはないようだ。

 今まで自由に城の中を歩き回らせた代わりと言わんばかりの厳重さ。中に入ろうとしているわけではなく、出ようとしているのだから問題はないだろうと、安易に考えていた。

 足を延ばして警備と門の間を潜り抜けようと、何気なく歩いてみても、その隙間を足をずらして埋めてくる。


「リベラル様。申し訳ございませんが」


 後ろから渋い声が近づき思い振り向くと、いつも少し離れた場所からついて来る護衛だった。

 外に出すことは許されていないのだろう。手を差し伸ばされ、戻るように示されている。


「ちょーっとだけお出かけするだけだよ。すぐ戻るから」

「貴方は今、各国から狙われております」

「でもこの外に出ても国の領土なら」


 首を横に振られる。それ以上困らせないでほしいと訴えるような瞳で。

 困らせているのはわかるが、城の外がすでに領土ではないなんてことはないはずだ。それであれば国とは成立しないのを美弦はわかっている。しかし領土内でも危険があるということに、実感が湧かなかった。

 夢の向こうは平和な世界。危険だと言われても、その程度が今の美弦にはわかっていない。


「待遇、良くしてくれるんじゃなかったのかよ」


 それでも警護の者は首を横に振った。確かにご飯はおいしかったとは思うし、ここまで自由に歩かせてもらっていることも、本来はできないのだろうと美弦はわかっていることではある。

 小さく舌打ちをし、城のほうへと早足で足を戻していく。少し距離を置いて護衛がついてきている。それでもスピードを落とすことなく、早足であちこちへと歩き回る。

 いざという時のための裏口があるはずだと、少しゲームをしている気持で。




(疲れた…)


 早足で歩けば見失ってくれると思っていたのだが、そうもうまくいかないようで、一定の距離を保ちついて来る。意地になり歩き続けるほどの体力が美弦にはない。

 迷子の末、たまたま通りがかった自室に入り、椅子に腰かけて体力の回復を待つ。

 何かいいものはないかと部屋の周りを見渡すと、飾り程度にしか見ていなかった棚が視界に入る。立ち上がり重い足取りで近寄り、入っている数冊の本から一冊を手にする。頁を捲ってみても、白紙の状態。本当にただの飾りだったようだ。

 引き出しを開けてみると、ペンのようなものが数本と、黒い液体が入っているビン、銀色の細長いケースに入った“何か”があった。

 細長い物を手にし、切れ目のところから左右に引いてみると、左手側が鞘となり、右手側はナイフのような形になっている。刃の部分を軽く触っても切れないところから、ペーパーナイフだろう。

 左手親指の腹部分に、ナイフの鋭利となっている先端部分を押しつける。

 今まで現実世界に戻ると、こちらの世界の事をすべて忘れてしまっている。何か一つでも印をつけていれば、何か考えるのではないかと思ったのだ。

 しかし、こちらの傷を現実へ持って行けることが、できるのかがわからなかった。実際、服が影響されたのは、最初の一度だけ。それ以外は、こちらで用意されていた服となっている。

 グイッと力を入れると痛みは感じる。そのまま横にスライドしてみるが、さすがにペーパーナイフで傷をつけることはできなかった。


「…だめか」


 元あった通りに戻し、引き出しをしまうと、扉にノックが三回鳴る。

 扉に近づきゆっくり扉を開けると、いつもの女性の使用人の一人だった。手にはお盆があり、その上にはリンゴが数個入った器と、果物ナイフ、空の皿が置かれていた。


「おやつに林檎はいかがでしょうか?」

「……うん。もらおうかな」


 身体を入り口から避け、中に入るように促す。

 テーブルにお盆ごと起き、ナイフを手にする使用人の手を止める。


「ねぇ、もう一つナイフもってきてもらえる? 俺も剥きたい」

「えっ。でも」

「良いから良いから。俺がわがまま言ったからって言ってくれていいからさ」


 にっこりほほ笑むと、リベラルの言うことは聞く様にと言われているのか、渋々ナイフを置いて一礼して部屋を出ていく。

 使用人が手にしていたナイフを持ち、左手の親指の腹に刃を当てる。切れるナイフだと思うと恐怖が入るのか、心拍が早まるのがわかる。

 当てた刃を横にスライドすると、深くまで入っていないからか、じんわりじんわりと血が流れてくる。


(痛みはある…)


 ノック音が三回鳴り、驚いて反射的にナイフを落としてしまう。


「あーーっ!」

「リベラル様っ!?」


 叫んだことに驚いたのか、先ほどの使用人がナイフを置いたお盆を持って、急いで中に入ってくる。さらに親指を見て、さらに顔を真っ青にしてみせた。

 すぐにお盆をテーブルに置き、怪我をした手に触れられる。


「いったいどうしたというのですか」

「いやー、先に切ってようかと思ったらミスしちゃって。ヴェイのところに行ってくるね」

「リベラル様っ」


 そういって部屋を出ようとすると、叫び声に反応したようで、護衛がすぐそこに居た。


「あーびっくりしただけ。なんでもないよ」


 護衛の隙間を縫って小走りで進むと、その後ろから護衛がついて来る。

 ヴェイのところに行くなんて大ウソだ。この傷を残して寝なければならない。護衛に傷が見つかると、本当にヴェイの元に連れて行かれそうだった。

 親指を隠しつつ、人気の少なそうなところに移動する。

 中庭にたどり着いては、警備が薄い塀のほうへと足を運んで背を預ける。座り込み、右手で覆っていた左手の親指を見る。

 滲み出てくる血が、微かに右手についている。もう一度右手で左手を覆い、目を瞑る。



◆◇◆◇


「ん…?」


 不意に目が覚める。

 部屋はまだ暗く、冷房が微かに音を鳴らしている。

 目覚ましの音は聞こえず、たまたま目が覚めてしまったようだ。時間を確認するため、布団から顔を出し携帯を付ける。光が目に刺さり、薄く開いた瞳で時間を確認する。あと二時間は寝られるようだ。


「ん?」


 携帯の光が反射した指に、何かが映る。

 右手で携帯を持ち直し、左手を携帯の光を当てる。


「血?」


 左手の親指に、紙で切ったような切り傷がある。古傷のように、微かに血の色は見えるが、滲み出てくる様子はない。

 両手の爪を確認するが、引っかけるような伸びた爪はない。寝る前まではこんな傷なかったはずと、周りを見渡すが、指を切りそうなものは周りにはない。


「あーもう。目ー覚めた」


 一つ欠伸をして部屋の電気を付ける。



◆◇◆◇




 一日を終え、再度世界を変えると、目の前にはレイサとヴェイが居た。

 豪華な寝台の横に、少し怒ったような表情のレイサと、呆れたようなヴェイ。


「起きたか」

「…レイサ」


 身体を起こし、手の平を見る。

 左手の親指を見ると、綺麗に傷跡は消えていた。


「どういうこと? 怪我なくなってるんだけど」

「確か、怪我をされたということで私のところにいらっしゃる予定でしたが、なかなか来られなかったので探したところ、中庭で気持ちよーく寝ていらっしゃるではないですか」


 嫌味を言うように、ただでさえ細めの目を、更に細めてわざとらしい笑顔でヴェイが答えた。

 得意の治癒にて回復を行ったと伝えらえる。

 一つため息をついて、寝台から足を降ろして靴を履く。


「外に出ようとしたと聞いたが」

「ずっと城の中っていうのもね。やることがないんだもん。城では使用人が居たりしてやることはなさそうだから、城の外だったら何かやることあるんじゃないかと思ってね」

「危険だ」

「だいじょーぶ」


(たぶん)


 お願いと両手を顔の前で合わせ、片目を瞑ってみせる。

 レイサもヴェイも、眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を向けてくる。


「ダメっていうならもっと起きてる時間短くしてやる」

「……」


 そんなこと実際にはできない。現実に戻ると覚えていない時点で、時間の調整はきかないし、結局授業があるため、長い間寝ているわけにもいかない。

 しばらくお願いポーズをし続けていると、先に折れたのはレイサのほうだった。

 ため息をついて諦めたように分かりましたと口にする。


「その代り…」

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