第265話 北川家の娘を嫁に貰え、らしいです

 『精霊の揺り籠』最下層では、ティリティアが見せてくれていた映像を眺めるアリア達が雄一に喝采を送っていた。


 雄一が100頭はいたドラゴンのブレスに飲まれた瞬間は息を飲み込んで見守り、かろうじて判別できる口元に笑みを浮かべて何事もなかったかのように出てくるのを見て、北川家の面子は喜色を見せ、ノースランドとヒースの親子は驚き、父は苦笑し、息子は口を開けて見つめた。


 そして、ノースランドの常識から当て嵌めると目の前に現れただけで死を受け入れ、生を諦められるようなドラゴン、バーストドラゴンを一撃で仕留める雄一に恐怖を覚えるかと思えば、そう思わない事を当然と思うと同時に不思議に思っていた。


 凄く身近に感じ、そして、果てなき距離を感じる。


 そのカラクリは、雄一をどう見るかの違いである事をノースランドは気付いていた。


 雄一の業績、力というものに焦点を当てた場合、果てなき距離を感じ、人となりを見れは、その魅力的な人柄に惹かれ距離を自然に詰めてしまう。


 どちらのスタンスを取るかは人それぞれだが、ノースランドは、隣で呆けた顔をして画面越しの雄一を見つめる息子、ヒースの肩を抱き寄せる。


 呆けていたヒースはそれに驚き、顔を上げてくるのを見つめ笑いかけるノースランド。


「ヒース、頼みがある。俺は雄一と家族の縁を持って、酒を酌み交わす仲になりたい。そこでだ……」


 画面越しの雄一に喝采を上げるアリア達4人の少女に視線を向けるノースランドが顎をしゃくる事で示す。


「あの中の娘達の誰かを嫁に貰えるように精進して欲しい。頼めるか?」

「あっああ!! お、お父さん!!」


 笑みを浮かべて頼むノースランドの言葉を受けたヒースが顔を真っ赤にしてアタフタする姿を見て、どうやら意中の相手がいる事を見抜き背中を叩きながら話す。


「俺は2つ返事で了承してやるから頑張れ。期待している」


 顔を真っ赤にして俯く息子の頭を抱き抱えながら、ノースランドは画面に映る雄一の雄姿を眺めていた。



 ノースランドとヒースがそんな話をしてたとは露にも思ってないアリア達は雄一の凄さをネタに騒いでいた。


「アイツのオーラ、天まで届いてたんじゃねぇーか? アタシはせいぜい自分の体を覆うぐらいなのに……うん、やっぱりアイツはバケモンだ、勝てる訳ないって!」


 雄一をボロクソに言うレイアであったが、満面の笑みを浮かべて、ミュウと顔を見合せながら、スゲー、スゲーと連呼する。


 自分が父と認めた雄一の無敵っぷりにレイアは嬉しくてしょうがないようだ。


 騒ぐレイアを苦笑いしながら横目で眺めるホーラ達は呆れるように画面に映る雄一に視線を向ける。


「分かってた事ではあるさ? でも、こうやって再確認させられると、アタイ達でもユウにとったらアリア達と大差ないと分からされるのが辛いさ」

「ユウイチさんの物差しの目盛りは物凄く大きいから仕方がなくはあるのですけど、ホーラの気持ち分からなくはないわね」


 ホーラとポプリは冒険者としては悲しいが女としては頼もしくて嬉しいと言ったなんとも形容し難い気持ちになって困っていた。


 そんな姉達の後ろから雄一を眺めているテツは遠い目をして微笑む。


「遠いな……やっぱりユウイチさんの背中は。でも、きっと追い付いてみせます」


 誇りに思う人と勝ちたいと思う人が同一人物であるという事を幸せにテツは感じた。


 騒ぐレイアやミュウは勿論、姉、兄の様子も我関せずとばかりに雄一の映像にご執心の2人、アリアとスゥが話す。


「うーん、でも、ユウ様は何か言ってるようだけど音は聞こえないから残念なの」

「うん、ユウさん、物凄く怒ってる気がする。表情は分からないから……なんとなく?」


 アリアとスゥは雄一が力を無意味に誇示する人柄ではないと知っている。


 そんな雄一がオーラを天に届かんばかりにしたには理由があるはずだと思っている。


 そうなると理由はいくつかに絞られ、その中で雄一が発する雰囲気からアリアは怒っていると判断したようだ。


 アリアとスゥが話しているのを後ろで聞いていたダンテは、心を読んだ訳でもないのにアリアが正解に行き着いているのに感心していた。


 アリアは心を読めるので、その力に頼る傾向があり、状況から人の考えを読み解くのを不得手としていたが、普段から見つめている雄一に限り、これは適用されなかったようだ。


 何故、アリアが正解を言い当てたと判断できたかというと精霊から雄一が話している内容をリアルタイムで聞かされていた為であった。


 そのおかげで雄一が何を話して、何に怒ってるかを理解していたが、同時に知って良かったのかと悩んでいた。


 この世界を攻めてきていた『ホウライ』の狙いがアリアだった事を本人、他の人が知ったらどうなるだろうと悩む。


 勿論、ダンテはそれが事実であれ、アリアとこれからも変わらぬ関係を築いて行くつもりだ。


 だが、本人であるアリアは苦しみ、迷惑を被った人が心ない事を言うかもしれないと判断したダンテは当面、胸に仕舞い、機会を見て雄一と相談する事に決める。


 もう1つ気になる事を2人が話してた事を思い出す。


「アリアが剣で、レイアが鞘ってどういう意味なんだろう?」


 思わずと言った感じで考えてた事を口にすると目の前で議論してたスゥが聞き逃さなかったようで聞き返してきた。


「アリアとレイアがどうしたの?」

「えっ、あ、えーと!?」


 口にする気がなかった事を洩らしてしまい焦るダンテを見つめるアリアに気付く。

 心を読まれると焦ったダンテの口から飛び出した言葉はその窮地を救った。


「ど、どうやら、ユウイチさんにヒースが男である事が知れたようで、こちらに戻ってこようとしてるらしく……」


 ダンテがそう言うと画面に映る雄一が土煙を上げながらこちらのほうに向かうのを見たアリアとスゥが納得する。


「もしかしたら、帰るまで誤魔化せるかも、と思ってたけど甘かったの」

「ユウさんが勘違いしてるのは知ってたから黙ってたけど……きっと銀髪キツネが喋った」


 ダンテの言葉を受けて、アリアとスゥは顔を見合わせると頷き合う。


 レイアの初恋の相手を死なせる訳にはいかないと意思を確認し合う2人はダンテを放置して急ぎヒースの下へと駆け寄っていった。


 それを見送るダンテは胸を撫で下ろす。


「なんとか誤魔化せた……」


 嘘を言った訳ではないが、ちょっと罪悪感に苛まされるダンテであった。




「えっ? どうして逃げるような真似をしなくちゃ駄目なんですか? 僕もユウイチさんに会ってみたいと思ってたのに」

「今のユウさんにヒースが会うのは自殺と同義」

「ユウ様にしっかりと私達が言い聞かせて納得させるまで会うのは危ないの!」


 ヒースはまるで会ったら雄一に殺されるみたいに言うアリア達を困った顔をで見つめるが、それを横で見ていたノースランドは楽しそうに笑う。


「なるほど、アイツ程の強者でも娘を持つ親の業からは逃れられなかったか」

「むしろ、人一倍ダメな人なの!」


 はっはは、と笑うノースランドを見て驚くヒースを余所にスゥが突っ込むと更に楽しそうに笑う。


 ヒースの知るノースランドという父親はいつも仏頂面で感情が漏れる事なく、黙ってる人という認識であった。


 先程から、アリア達から嫁を取れ、だとか、今のように感情豊かに笑う人という認識ではなかったので驚いていた。


 だが、そんな父親、ノースランドに幻滅する事はなく、前より父親の事が大好きになったヒースであった。


「確かに今、ヒースが会うのは得策ではないな。ヒース、お前は先に戻り、爺に無事に済んだ事を伝え、俺はノンビリと帰ると伝えておいてくれ」

「……はい、分かりました」


 明らかに少し拗ねてしまっている息子に苦笑いを洩らしながら頭をワシャワシャと撫でてやる。


 髪を無茶苦茶にされたヒースを見て、アリアが笑うのを見て、父親に構われる事の嬉しさとアリアに笑われる恥ずかしさの板挟みに耐えれなくなったヒースはノースランドから飛ぶように離れる。


「爺にしっかり伝えておきます。お父さんも早く戻ってきてくださいね?」

「ああ」


 頷くノースランドを確認するとヒースは小走りして出口を目指して走っていった。


 それを何気なく見ていたテツが呟く。


「通り道のモンスターはあらかた駆除はしてますが、少し心配なんで僕も行ってきますね?」


 ホーラとポプリにそう言うと頷かれてテツはヒースを追いかけて走っていった。


 ヒースと合流したテツと2人を見送るアリア達とノースランドの視界から2人が消えたのを見計らったかのように大地の切れ目から雄一が滑降してくる。


 静かに着地した雄一は迷わず、ノースランドに視線を向けると声を大にして問う。


「お前の一番下の息子はどこだっ!」

「コミュニティへの報告に今、出したところだ」


 な、なんだと……と呻く雄一を楽しそうに見つめるノースランド。


 掻いてもない汗を拭うフリをするアリアと呆れるように溜息を吐くスゥ。


「紙一重だったの」

「空回りして困るユウさん、可愛い」


 恋する少女2人はヒースを追いかけようとする雄一がホーラとポプリに必死に止められる姿を目を細めて見つめた。

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