第266話 風の精霊に希望を託すようです

 雄一の腰に抱きつくようにしてホーラとポプリが必死に止めようとしていた。


 それを優しい手付きではあるが力強く引き剥がそうとする雄一。


「離せっ、ホーラ、ポプリ!! 俺は行かねばならんのだ!!」

「このセリフだけ見れば、世界の未曽有の危機に挑む英雄みたいなとこが残念過ぎるさ、落ち着くさ!!」

「そうですよ、私はユウイチさんの子供を息子5人、娘4人という念密な計画を練っているのです。これと同じやり取りを何度もする余裕などありませんよ!?」


 ポプリの発言でホーラは半眼で見つめ、雄一はそんな計画が既に立てられている事を恐怖したが、人外の娘達以外は雄一が知らないだけで似たり寄ったりの計画を練っている事を知らない。


 男など選んだつもりで実は選ばれており、選ばされてるのに選んだ気になっているピエロである。


 だから、選んだのではない、選択肢が一択になってるだけである事を世の男は大半は知らない。

 勿論、雄一も例外ではなかった。


 世の男は大半がマ○オさん、ア○ゴさんであった。


 一度はその発言で動きを止めたが、恐ろしいモノを見る目でポプリを見つめた雄一は先程より必死になり、振り解こうと躍起になる。


「俺はやらねばならない事があるんだぁ!」

「だから、ダメだと言ってるさ!」

「そのやる気は私とベットでやる気になるといいんですよ! きゃっ」


 そのあざとい発言に雄一は涙目になりながら引き剥がそうとしつつ、「俺のバリアはどこだぁ!」と叫ぶ。


 だが、雄一が追いかけたい相手とバリア、こと、テツは一緒に行動しており、この場にはいない。


 2号の少年は普段から鍛えられた危機管理能力を発揮して岩陰に既に避難済みであった。


 そんな家では、たまに見られる風景の雄一達の行動をボゥとした顔をして見つめていた少女、ティリティアが声をかけてくる。


「あのぉ、すいません。早く寝っ転がりたい……ではなく、長い年月の間、力を使い続けたので眠りに着きたいので、こちらの用を先に済ませてくれませんか?」


 雄一に話しかけてきた緩んだ瞳を潤ませて見つめてくるティリティアであったが、どうやら眠かったらしい。


「寝っ転がりたいって言ったよな?」

「言ってません。お忘れですか、これでも私は四大精霊の一柱の土の精霊ティリティアですよ?」

「教えを受けた立場ではありますが、火の精霊のアグートは残念でしたよ?」

「ええ、僕も加護も教えも受けてますが、とっても残念な水の精霊様ですよ?」


 アグートに教えを受けたポプリと、もう雄一にバリア扱いされないと判断したダンテが岩陰から顔を覗かせて突っ込みを入れてくる。


 眠い為か表情が幼く見えるティリティアは、可愛らしく首を傾げる。


「大抵の人は、こう言うと信じてくれるのですが、貴方達には無理らしいですね……はっきり言いましょう! さっさと食っちゃ寝したいです!」

「アンタはアイナと同類か! 水と火の精霊と精霊獣の性格は結構違ったぞ!」


 そう突っ込む雄一を不思議そうに見つめるティリティア。


 ティリティアの言葉を聞いていたアリア達は最初に出てきた時に「本来なら人の子にあれこれと世話を焼く義理はありませんが」と言ってたのは面倒臭かっただけだったのだと理解した。


「アイナ? 誰?」

「お前のところの精霊獣だろうがぁ!」


 突っ込まれたティリティアは、思い出したようでポンと掌を叩いてみせる。


「あ~、知ってる、知ってる、ウチの精霊獣のアンナですね?」

「アイナだ! 今は勝手に家に棲みついてる」


 シレッと自分の眷属の代表のアイナの名前を忘れているティリティアに、お前、本気で忘れてただろ? と凄むように覗き込む雄一。


 そんな雄一を恐れもせずに逆に瞳を覗き込むようにして話しかけてくる。


「へぇ~、あの子が? 面倒臭がりで他人と関わるのを嫌う子なんですが……」


 そう呟くティリティアにこの場にいる者達の心が一つになる。


 お前が言うな、であった。


 雄一を緩んだ瞳で見つめ続けるティリティアが頷くと話しかけてくる。


「怖そうな顔をされてますが、面倒見は良さそうですね。あの子が棲みつく場所として選んだという事は美味しいご飯も出てくるという事……」


 うんうん、と頷き、ドヤ顔をするティリティア。


「2~3年寝たら、お世話になりに行きます」

「アイナを連れて帰るぐらい言えよ!」


 危険な予感しかしない雄一がドサクサに紛れて捨てるに捨てられない粗大ゴミ化してるアイナを処分しようとする。


 雄一の言葉など歯牙にかけないティリティアは、気にせずに話しかけてくる。


「私は美味しいご飯と寝床があれば文句は言いません。寝たら簡単には起きませんので睡姦プレイしたい放題……」

「ば、馬鹿! ここにはピュアな子達が一杯いるんだぞ!? それと言ってる事がアイナと一緒だからな!」


 苦虫を噛み締めるような顔をする雄一が心配する該当する人物がダンテ一人だけという悲しい事実でダンテのみ顔を真っ赤にしていた。


 レイアとミュウは言葉の意味が分からなくて眉を寄せるほどピュア過ぎたが、他の面子は呆れ顔でティリティアを見つめていた。


「何を慌てて……ああ、私が経験豊富だと思われてる? 安心してください、新品ですから!」

「もう、いいわっ!」


 つい、雄一はアクアを叩くようにティリティアを叩いてしまう。


 頭を摩るティリティアを見つめて盛大な溜息を吐きながら、最後の風の精霊に会う機会がきたら怖いな、と考える。


 せめて、1人ぐらいまともな精霊がいる事を祈る雄一にホーラが呆れを隠さずに言ってくる。


「ユウが頑張ったところで来るヤツはほっといても来るさ。それよりザガンに来た理由を先に片付けるさ?」

「ちょ、ホーラ、まるで不可避の未来みたいに言わないでくれ! はぁ、確かに先に用事を済ませるか。土の精霊であるお前に頼みたい事が……」

「崩落を阻止する為に力を貸して欲しいですね?」


 こちらから何かを言う前に頼む内容を先に言われて雄一だけでなく、ダンテを除いた者達が驚きを見せる。


 岩陰から出てきたダンテがティリティアを見つめて話しかけてくる。


「やっぱり、この地繋がりになってる場所の事は把握できるのですか?」

「ええ、やろうと思えば、この大陸全域の全てを把握できますが、面倒……力の無駄使いなので自分に関わる話題のみですが」


 ダンテは雄一が話をしてた事を知ったようにティリティアがもっと広範囲でできるのは道理であった。


 驚きから立ち直った雄一がティリティアに話しかける。


「なら、話は早い。頼めるか?」


 そう言うとティリティアは頷き、胸元で両掌で水を掬うようにしてみせるとティリティアの後ろにある土の宝玉に似たビー玉サイズの物が現れる。


 それを雄一に手渡す。


「その宝玉を崩落の危機のある場所の中央に置いておいてください。そうすれば、力を送りますので1年しない内に崩落の危機を脱するでしょう」

「アイナは土の精霊の眷属を連れてくるようにって言ってたが?」


 思い出すように言う雄一に口をへの字にするティリティアが嫌そうな声で言ってくる。


「そんな事ができる精霊を寄こしたら私がしないといけない事が増えるじゃないですか?」

「ついに面倒臭いという思いを隠すのを止めたの!?」

「働け、土の精霊のトップ1、2」


 雄一の話を邪魔してはいけないと黙っていたアリアとスゥであるが、ついに我慢の限界に達して突っ込んでしまう。


 だが、この場にいる皆の想いでもあった。


 ノースランドなど、「こんな自堕落な土の精霊だったからノンが犠牲になったんじゃないんだろうな?」と目尻に涙を浮かべた程であった。


「まあ、とりあえず、この宝玉があれば問題はないんだな?」

「はい、その宝玉1つで100年分の土の精霊への祈りの費用が掛かってますので大事に扱ってください」


 それだけの費用を捻出しても惰眠を貪りたいらしい。


 こんな残念な土の精霊を祈るモノ好きがいるのだろうかと思う雄一であったが、収穫祭などで勝手に祈る者達がいるから成り立ってるのではないかと思う。


 アクアを思い、不条理な世の中だと溜息を吐く雄一はティリティアに感謝を告げる。


「まあ、何をともあれ、助かる。面倒臭がらずに力は送ってくれよ?」

「ええ、それは間違いなく部下がやってくれます。ウチの部下は優秀ですから!」


 ドヤ顔して言ってくるティリティアだったが、筆頭の部下はかなり使えない事を棚上げして言ってくるのに呆れるが放置する事にした。


「じゃ、頼んだからな?」


 そう言って手を上げて疲れた顔をして地上を目指してこの場から出ていこうとする雄一を見るホーラとポプリは頷き合う。


 どうやら、ティリティアのインパクトでヒースの事を一時的に忘れているらしい雄一はアリア達に声をかけて帰ろうとしていた。


 ティリティアに振り返ったホーラが笑みを浮かべる。


「1つだけ、良い仕事をしたさ?」


 褒めてるのか貶してるのか判断に苦しむところだが、言われたティリティアは、欠伸を噛み殺し、目尻に涙を浮かべると幼女がするような笑みを浮かべてみせた。

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