第263話 彼の者、英雄では非ず、彼の者……らしいです

 風を斬って飛び上がり、上がりきった所で無重力状態になった雄一が口の端を上げて問いかける。


「さて、どれからいくか?」


 雄一が作った壁により防がれている大型モンスターの群れの姿をチラッと見た後、ザガンに攻めこもうとしている数千のモンスターの群れ、というより軍団を見つめる。


「そうじゃのぉ。ご主人の壁で動けん小物など後廻しでも問題なかろう? それよりも小物じゃが数が多く街に攻め入る奴等をなんとかせんと1時間も持たんのじゃろうな?」


 巴の本体を担ぐ右肩の反対側の左肩に座る精神体の巴は美味しそうにキセルを吸ってご満悦にザガン壊滅の危機を語ってみせる。


 巴を見上げる雄一がウィンクする。


「じゃ、まずは街を攻めようとしてる奴等からだな、いくぞ、巴」

「いつでも良いのじゃ。やっと本来のわっちの出番じゃ、気張ってくれよ、ご主人?」


 応っ! と返事する雄一は空気の壁を蹴るとザガンの方向に滑空していく。


 モンスターを見つめる雄一と巴の顔には主従そっくりな猛禽類を思わせる笑みを浮かべていた。





 雄一に取り残された『精霊の揺り籠』の最下層では、ホーラ達が陣頭指揮を執って戻ろうとしていた。


「急いでここから出るさ!」

「お待ちください」


 出る指示を出した瞬間、止められたホーラ達は声がする方向、土の宝玉を見つめると黄色のチャイナドレスを着た栗色の癖のある長い髪をした少女がこちらを見つめていた。


 ホーラが誰かと問おうとしたが、声に出す前にダンテが口を挟んできた。


「もしかして、土の精霊様? アクアさんと同じ四大精霊の?」

「はい、その通りです。私の名はティリティア。四大精霊の一柱の土の精霊です。水の祝福を受けし子よ」


 突然の四大精霊の登場に慌てる面子であったが、ちゃんとアクアが四大精霊だと自覚があり、なんとなく感じていて冷静だったダンテにティリティアが話しかける。


「もし、今、飛び出して行かれたあの方を追うつもりならお止めなさい。貴方達が着いた頃にあの方はまたここに戻ってくるでしょう」


 ティリティアは雄一に敬意を払うように、あの方という時に目を伏せるように言葉にする。


 それは雄一に土の邪精霊獣を始末して貰えた感謝なのかダンテ達には分からないが土の精霊にも敬意を払われる雄一を誇りに思い、少し口許が緩む。


「あの方は私に用があったはずなので、こちらに来られるので戻っても徒労ですよ?」

「でも、僕達が関わった事の結末は見たい、いや、見ないといけないと思ってます」


 ダンテがそう言った瞬間、やっとショック状況から立ち直ったらしい皆も頷いてみせる。


 それを見つめるティリティアは頷くと土の宝玉に近づいて行く。


「なるほど、分かりました。本来なら人の子にあれこれと世話を焼く義理はありませんが、あの方の縁者の願いであれば叶えましょう。見るだけでいいなら、これで足りるでしょう」


 そう言うとティリティアは土の宝玉に触れると光が飛び出し、壁にぶつかると広がり、シアターのように映像が映る。


 そこに写されたのは地上をホバークラフトのように滑走する雄一の姿が現れた。


「これで良いでしょう……クスクス」


 もうティリティアの言葉など聞こえてないようで、その場にいるモノは全員、その映像に釘付けにされていた。



▼▼



 ザガンの城門前の陣にいるシャーロットに良くない報告が飛び込んでくる。


「シャーロット様! もう戦線を維持できません!! 撤退命令を!」

「馬鹿を言うな! ここを抜かれたらザガンは終わる!」


 そうは言うがシャーロット自身もここから見える状態で、もう支えられないだろうと判断していた。


 だが、それと同時に自分が言ったように抜かれたら終わりの最終防衛線でもあった。


「もう少し耐えろと伝えろ。なんとしても非戦闘員が避難する時間は稼ぐんだ!」

「しかし……!」


 報告してきてる者もシャーロットの言い分も分かるが現実的に無理だと俯く。


 そんな悲壮感が漂う陣で終始無表情だったミラーがニヒルな笑みを浮かべる。


「シャーロット嬢、朗報です。『彼』が来ました」

「なっ!」


 驚くシャーロットを余所に、エイビスはミラーが見つめる先を胸元から双眼鏡を取り出し覗くと土煙を上げて単身で突っ込んでくる人らしい姿が見える。


「確かに、あんな非常識な登場するのは『彼』しかいませんね、ってあれ……シャーロットさん?」


 楽しそうに双眼鏡で見ていたエイビスのを奪うとシャーロットも双眼鏡を覗き込む。


 そこに映る姿にシャーロットは震える。


「主がきた!」


 シャーロットは目の前で状況が理解できてない報告に来た者に力強く伝える。


「最強の援軍が来た。戦線を維持せよ!」


 目を白黒させる報告に来た者に「急げっ!」と怒鳴ると慌てた様子で陣を飛び出す。


 それを横目に肩を竦めるエイビスは胸元から予備の双眼鏡を取り出す。


 エイビスの行動を見て、クスっと笑うミラーに笑いかけながら話しかける。


「特等席に案内されて見れないというは情けないですからね。当然、予備は用意しますよ」

「そうですね、そう約束しましたね」


 普段のアクマぶりが嘘のように優しい笑みを交わし合う2人は再び、派手な登場をする雄一を見つめた。



 シャーロットの言う通り、雄一が登場すると一気に戦局は逆転した。


 敵の中央を突っ切る雄一の足を止められるような相手は居ず、突然現れた理不尽な力の塊にモンスター達も浮足立つ。


 雄一はそれを伝染させるように縦横無尽に駆け巡った。


 それを見つめるシャーロットは首を傾げる。


「主の様子がおかしい。主ならこれぐらいの相手なら蹴散らすだけでなく、壊滅もできるはず……もしや、大きな怪我でも!?」


 シャーロットはホーラ達に聞かされている雄一の規格外の話を一切疑わずに信じている。

 実際に事実であるし、問題はないが、その話を照らし合わせると雄一が全力ではないと判断したようだ。


 困惑するシャーロットにミラーは薄く笑みを浮かべる。


「シャーロット嬢は勘違いをされている」

「勘違い?」


 ミラーを見つめるシャーロットに頷いてみせる。


「シャーロット嬢はユウイチ様を英雄だと勘違いされている。だが、ユウイチ様は英雄という枠では収まりきらない」


 余計に首を傾げるシャーロットにエイビスが繋げる。


「つまりですね?……」



▼▼



「なんで、アイツ、モンスターを一気に倒してしまわないんだ?」


 映像に見つめながら眉を寄せるレイアが呟くとそれを拾ったホーラが話しかける。


「分からない? 答えはアンタ達の中にきっとあるさ」

「そうですね、ヒントをあげるなら事の大小に惑わされない事ですね」


 ホーラの言葉に補足するようにポプリが意地悪な笑みを浮かべて伝える。


 それを見ていたテツが、「教えてあげたらいいじゃないですか?」と言ってくるのを頭を平手打ちされて黙らされる。


 レイア達は難しい顔をして見つめるが、今のやり取りでノースランドは理解に至ったようだが、雄一の家の教育方針を邪魔しないように口を閉ざす。


 そんななか、ボゥと見つめているようにしか見えなかったミュウが呟く。


「ミュウ達と狩りに行った時のユーイと一緒」


 その言葉を呟いたのを聞いたダンテが答えに行き着いたようで、感心したようにミュウを見つめて掌を打って納得する。


 ホーラ達もまさかミュウが最初に答えに行き着くとは思ってなかったようで驚きが隠せない。


 単純におめでとう、という気持ちで一杯のテツが笑顔でミュウを見つめる。


「良く分かったね?」

「ユーイの動き、狩りを教える動きだった」


 そこでアリアとスゥにも理解の色が走る。


「私達との訓練で捌き切れる数までユウさんが削ってくれてたのと同じ?」

「訓練なら分かるの。でも、これは生きるか死ぬかの戦いなのに、どうして?」

「だからこそ、さ。このままユウが1人でモンスターを倒してしまったらどうなる?」


 ホーラの問いかけに正しく理解したダンテが答える。


「確かに命は助かるでしょう。でも、あの場で戦う冒険者達の矜持が死んでしまい、剣を握れない者が続出するでしょうね」

「戦う者が守られる。自分達だけならいいでしょうが、守ってるつもりで守られたとなれば自分に自信持ちようがありません」

「冒険者とは見栄を張らないとやっていけない情けない職業だ」


 ダンテの説明にポプリが補足し、ノースランドが以前、自分がノンに言った言葉を思い出して苦笑いを浮かべて告げる。


「つまり、いつでもユウイチさんはユウイチさんということだよ」


 そう言うとテツは嬉しげに笑みを浮かべた。





 雄一が戦場を縦横無尽に駆け巡り、モンスターが1割程度、冒険者達と同数ぐらいまで削ると戦場に響き渡る声を張り上げる。


「てめえ等! ここは任せた!」


 そう雄一が叫ぶとそれにたいして、大地を震わせるような声量で力強い返事や雄一への感謝の言葉が混ざり合い、ただの怒号のように響き渡る。


 雄一ですら、それを聞き分けられた訳ではないが、いつもの口の端を上げる笑みを浮かべると巴を突き上げる事で返礼とした。


 それに対して冒険者達は地面を踏みならして雄一を送る。


 その音でモンスター達に更に浮足立った。



 陣から雄一の様子を見ていたシャーロットがエイビスを見つめて、途中で止められた言葉の続きを促す。


 それに笑みを浮かべるエイビスは空高く飛んでいく雄一を見つめながら言葉にする。


「ユウイチ殿は、英雄では非ず、王でもない。誰もが、あの背中を目で追い、見つめ追ってしまう、彼は皆の『親』なんですよ」


 シャーロットはエイビスの言葉で今まで以上に雄一を正しく理解する。


 そして、仕える相手を間違ってないと心を震わせ、喜びが体、全身を包む。


 離れていく自分の主の背中を潤んだ瞳で見つめる。


「ご武運を」


 心配するだけ野暮と知りつつも、剣を捧げた相手にこれ以上の言葉が思い付かないシャーロットであった。

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